第20話
「ティファニー様、始まりますよ」
その声にはっと顔を上げる。壇上には校長と思われる老人が、ゆっくりと中央の教壇へと近づいていっているところだった。
この後は校長のスピーチ、国の役人のスピーチ、そして新入生のうち主席合格者のスピーチが待っている。
この主席合格者が、ゲームではヒロインなのである。
個別の家庭教師等、入学前に上質な教育を受けるのが難しい庶民であるにも関わらず、主席でこの学園に入学したヒロインにレオンが興味を持つーーつまり、本日2つ目の遭遇イベント、レオン編だ。
校長が壇の正面に立つと同時に、生徒教師は一斉に立ち上がり深く礼をする。御着席ください、の言葉を合図に頭を上げると、ふと視界に見知った人物が映った。
驚いて斜め後ろのアルベールの袖を引っ張る。
「ねえ、アルベール! ヒューゴ先生が壇上に座っているわ! 」
壇上の1番後ろ、1番端。ほとんど幕に隠れているような場所に、見慣れたもじゃもじゃ頭が見えた。
小声のティファニーに、アルベールは当然です、と答えた。
「彼はこの学園の教師も勤めていますから」
「まあ、そうなの!? 」
「と言っても、魔力の授業の臨時講師ですが。本職は研究者ですので」
「そうだったのね! 」
顔見知りの教師が学園にいるのは心強い。ゲーム終盤では生徒はおろか、教師までティファニーの味方をしてくれる人間はいなかった。彼がいれば、もしかするとピンチのときに相談できる相手になってくれるかもしれない。
希望を抱くティファニーの耳に、突然はっきとした声が届く。
「続きまして、新入生代表の挨拶です」
ーー来た!
「新入生代表、」
そう、ここでヒロインの名前が呼ばれて、壇上に上がって、そこで彼女はバルコニーのレオンと目が合って、
「シリル・ラバーン」
ーー……えっ!?
自然と俯いていた顔をばっと上げる。シリルが透き通る美声で「はい」と返事をし、背筋を伸ばして立ち上がった。
そのまま壇上へ真っ直ぐ進む背中をぼーっと目で追う。
ーー……待って、ヒロインは!?
ざっと視線を滑らした。探さなくともピンクの髪は一瞬で見つかる。
自分の席で大人しく座っているヒロインは、どことなく背筋が丸まって元気がないように見えた。
これはつまり、イベントは発生しなかった、ということか。
ーーどうして? やっぱり私がゲームの登場人物に事前に干渉したから? でも、だとしたらなんでさっきはイベントが起きたの?
纏まらない思考が片付かないままシリルの挨拶が終わり、拍手が起きる。パチパチと拍手をするヒロインの背中をぼんやり見つめていると、ふと何かがひっかかった。
ーーヒロインって、あんな雰囲気だったかしら?
ピンクピーチの髪、小柄な背丈、華奢な肩。どれを取ってもヒロインに間違いないのだが、どこかしっくり来ない。
まさか別人? いやでも確かにシリルにぶつかっていたし。……でも、どうしても言葉に出来ない違和感がある。
しかしそんな思考も、起立、の声で中断された。いつの間にか式はすべて終わっていたのだ。
いけない、私ほとんど聴いてなかった。
教師陣が退場するのを、拍手しながら見送る。
「この後は教室でオリエンテーションですが、ここからですと少し遠いようなので早めに移動しましょう」
「あら、そうなの? じゃあもう行きましょう。レオン様、お先に失礼致します」
左右のバルコニーに軽く挨拶をして、さっと立ち去る。
だからティファニーは気がつかなかった、ヒロインがじっとこちらを見ていることに。




