第2話
前世の私は、勉強も運動も顔もスタイルも至って普通の、どこにでもいる平凡な高校生だった。養護施設を出て一人暮らしをしていたので、平均的な高校生より生活能力はあったかもしれないが、それでもプロのレベルではない。
そんな私の唯一の特技が、タロット占いだった。
施設の小さな本棚の片隅にあったタロットの本に出合ったのが小学生のとき。最初は表紙の美しい植物の絵に惹かれて読んでいただけだったが、中学生になる頃にタロットカードをプレゼントされてから、私はその腕をめきめきと上達させていった。
最初はカードを1枚引いて、今日の運勢を占うところから。
カードの読み方は本を熟読していたので、既に身についていた。
そして段々と複数のカードを使った複雑な占いができるようになり、2年もすれば一通りのことは占えるようになっていた。
しかも、それだけではない。私の占いはよくあたったのだ。
遊び半分で占った施設の人が無くした鍵の在処をあててから、私はよく占いを頼まれるようになった。
好きな子と両想いになれるか、ドラマの展開はどうなるか、明日の遠足の服はどっちが良いか……。普通タロットでは占わないようなことも、なんでも占った。周りの人が喜んでくれるのが嬉しくて、あれあたってたよと驚いた顔で報告されるのが楽しくて、ひたすらカードをめくり続けた。
中学を卒業して施設を出るときに持ち出したのがこのタロットと本、そして『光の少女が祈る時』だ。
中学時代、恋愛とまったく縁が無かった私を心配して、施設の人が買ってくれたのだ。今思うと変なアシストである。
結果私の高校時代は、学校に行って、帰ってきて、腕が鈍らないようにタロットを引いて、ゲームをするというルーティーンが出来上がった。
前世最後の記憶は、このゲームをようやくクリアしたところで途切れている。
ーーあとちょっとで終わるからって粘っていたら夜遅くなっちゃって、それでようやく終わってぐっと伸びをして後ろに寝転がって、
……それから?
「まさかそのまま死んだ……とかじゃないわよね? 」
思わず小声で呟く。
まるで線路を切り替えたかのように、急に記憶が今日へと合流している。死んだ、と考えればなんとなくそれも分かる気がする。
……16歳で孤独死なんて、仮定だけでも嫌すぎる。
ーーまあ、思い出したのがここまでで、その後も生きたということにしましょう。
ひとまず自分を納得させる。その方が精神衛生的に良さそうだ。
うんうんと頷いていると、「動かないでください」とヘアセットをしてくれているメイドに言われた。横にいた別のメイドに両手でぐっと頭を固定される。
ーー……今さら気がついたけど、ちょっと、ほんのちょっとだけ、私の扱いって雑じゃないかしら?
もちろん、今のは頭を動かした自分が悪いのだが。ゲームと違って、メイドや従者から私に対する恐れはまったく感じられない。当然だ、私は別にそこまで意地悪な高飛車令嬢ではない。今のところ。
なのに何故ゲームではああなってしまったのだろうか。
あれこれと考えを巡らしているうちに、いつのまにかヘアセットが完成されたらしい。いかがでしょうか、と声を掛けられて顔を上げると、そこにはいつもより華やかな自分が映っていた。
編み込まれた金髪に、小さな青い花があちらこちらに散っている。今朝庭から摘んできたのだろうか、瞳の色と同じそれは瑞々しく頭を彩っている。
わあ、と声が溢れた。自然と声が高くなる。
「ありがとう、ミラ! この髪型とっても好きだわ」
「15歳最初の朝でございますから。素敵な1日になさってください」
タイミング良くノックが鳴る。はいと返事をすると、朝食のご用意が整いました、と通る声が響く。
「今行くわ」
さっきまで白米を食べる生活を送っていた(ことを思い出していた)からだろうか、急に"いつもの"少し硬めのパンが恋しい。もう一度メイドに礼を告げて、急いで椅子から飛び降りた。