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第18話



 冬。比較的温暖なこの国でも、1番寒い頃は雪が降り、湖の水は凍る。


「これだけ沢山氷があると、果たして私が魔力で氷を生み出す練習をすることに意味があるのか分からなくなってくるわ」


 テーブルに肘をついて、指先で空中をくるりと滑らす。その軌道をなぞるようにつるりと出た水は、シュワッと音を立てて雪の結晶になった。


「なにをおっしゃいます。お嬢様のお陰で、家の者たちは湖から氷を切り出さなくて済んでいるではないですか」


 アルベールが紅茶をすっと出してくれる。今日はミルクティーだ。その甘い香りに、心までほっと温まる。


「確かに、それはそうかもしれないわね。言ってくれればもっと早くから魔力を……」


 魔力を習得していた、だろうか? 前世の記憶を取り戻す以前の自分を思い出して、ティファニーは中途半端に口を噤んだ。

 そんな思考を読んだのか、アルベールはふふっと笑った。


「今年だけでも十分助かっていると思いますよ。なにしろ今年の冬は男手が少ないものですから」

「そうね。彼らももう若くはないんだし、体は大事にしてほしいわ」

「私としましては、ティファニー様が倒れられるのもあれきりにしていただきたいですね」

「……それに関しては、悪かったわ」


 魔力の習得を始めてから半年以上。レオンとティファニー、ついでにアルベールも一緒に練習を重ねた結果、ついにティファニーは水だけでなく氷を出現させることができるようになっていた。

 今年の冬、ティファニーはそれを活かして家の貯氷庫に巨大な氷を出したのだ。

 毎年冬になると、トラヴァース家は湖に張った氷を切り出す。それを貯氷庫に保存しておき、夏に食材を冷やしたりするのに使うのだ。

 ところが今年は不慮の事故で男手が足りず、悩んでいたところにティファニーが手を挙げたのだ。


「そういうお話でしたら、私が協力致します」

「ティファニーがかい? しかし、湖までの道のりは険しいぞ」


 夕食後の穏やかなひと時。ティファニーの言葉に困った顔をした父に、いいえと首を振る。


「違います。魔力で地下に氷の塊を出すのです。これならわざわざ危険な目に遭ってまで、湖に氷を切り出しに行く必要もありませんわ」

「ティファニー、お前は氷が出せるのか! 」


 目を丸くした父に、ティファニーはふふっと笑う。ティファニーの父は魔力の量こそ多いものの、氷を出す技量は持ち合わせていなかったのだ。


「その点では私、お父様を超えてしまったかもしれませんわね」

「いや、間違いなくそのようだな。……しかし、本当に大丈夫なのか? 」


 父に魔力鍛錬の成果を見せたことはない。ティファニーはぐっと胸を張った。


「お父様。ぜひ、私にお任せください」


 地下倉庫の中はひやりとしていた。冬の間にここに氷を入れておくことで、夏の間も涼しい温度が保たれるという。

 意識を集中させ、空気中の魔素と体内の魔素を共鳴させる。タロット占いをする前の呼吸と似ていると気がついたのは、最近のことだ。

 空気中の水魔素を捉える。すっと手を前に出し、氷をイメージして更に意識を集中させると、すぐに水流が出現した。


「おおっ……! 」


 どよめきが倉庫に響く。水の流れはくるくるとまとまって、氷の塊になる。どんどん水を出して、さらに氷に巻きつけていく。

 もっと、もっと、もっと。


「ティファニー、もう十分だ! 一旦休もう! 」


 誰かが叫ぶ声がした気がするが、何を言っているか分からない。水が耳のすぐそばをヒュンと流れていく。氷の大きさは人の背の高さを越していた。

 まだまだ……!

 突然、目の前が暗くなる。立ちくらみだ、と思った瞬間、体を支えられなくなった足からふっと力が抜けた。

 次に気が付いたとき、ティファニーはベッドに寝かされていた。


「もう魔力切れは起こさないわ。自分の力量も分かったもの」

「だと良いのですが」

「あの後、8回も氷を出して1回も倒れなかったのよ? さすがにもう大丈夫よ」


 魔力切れーー体内の魔素を使い切ってしまい酸欠のような状態になってしまうことーーで倒れたティファニーだったが、魔素が回復した後すぐに地下倉庫へ戻った。

 アルベールには止められたが、夏を越せるだけの量の氷にはまだ到達していなかったことと、何より父から「できることならもっと出してほしい」と言われたことにより、ティファニーはアルベールを振り切ってずんずんと地下倉庫に降りていったのだ。


「しかし、これだけ魔力の実力があるとなると、入学式のスピーチはティファニー様にまわって来るかもしれませんね」

「それはないわ。スピーチは入学試験の点数で決まるのよ? 私は確かに魔力量は多いかもしれないけれど、勉強の方は普通だもの」


 そう、この冬があけて春が来れば、ティファニーたちは学園へ入学する。それはつまり、「ゲーム」のストーリーが始まる、ということだ。

 アルベール、レオン、シリル、ヴィクター。意図せず、『光の乙女が祈る時』に出てくる所謂「攻略対象」とは全員会っている。残すはヒロイン、「エイミー」だけだ。

 おそらく自分とエイミーが初めて出会うのは入学式だ。入学試験の成績がトップだったことで、エイミーは入学式で新入生代表としてスピーチをする。ゲームではそんな描写はなかったが、おそらく「悪役」である自分もその姿を見ることになるのだろう。

 気が重い。これから自分はどうなるのだろうか。

 はあ、とため息を吐きそうになるのを、ミルクティーを飲んで誤魔化す。すぐに香り高い茶葉が鼻に抜けて、少し気持ちが落ち着いた。もうひと口。うん、美味しい。我が家の紅茶以上に美味しい紅茶を飲んだことがない。この紅茶は是非とも寮に持っていきたいと思う。


「そういえば、シリル様からお手紙が来ておりますよ」

「まあ! 」


 手渡された封筒を手早く切り、目を通す。住む場所が遠いシリルとは、月に何度か文通をするようになっていた。

 シリルの父親は、シリルとの誤解を解いた後に再婚した。シリルと父、そして新しい母親の3人は、ゆっくりと、しかし確実に家族としての時間を歩み始めているらしい。

 シリルの新しい母親は学者だった。今は彼女から勉強を教えてもらう時間が毎日の楽しみらしい。

 入学式で会えるのを楽しみているよ、と締められた文を読み終えて、ティファニーはそうよ、と思い直した。

 未来を恐れていたってどうしようもない。私は学園に入学したらさらにタロットの力を磨いて、魔力を失っても家族の役に立つ人間になる。もちろん、できれば追放を回避したいところだが。


ーー私は私の学園生活を楽しむまでよ。


 空のティーカップを握りしめるティファニーを見て、アルベールは「もう1杯飲まれたいのならそう仰ってください」と呆れた声を出した。



小さな鍋でティーバッグを煮出して飲むのにハマっています

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