第16話
「へえ、それで本当に2人は仲直りして、結局婚約までしたんだ! 」
「そうらしいわ。でも別に占いが2人の仲を引き寄せたのではなくて、ただのきっかけにしか過ぎないから」
「だとしても、だよ。仲違いの原因はあたっていたんだから、やっぱり凄いよ」
ヴィクターと廊下を歩きながら、過去の占いのあれこれを話す。いつのまにかお互いに敬語が取れているのは、ヴィクターの親しみやすさ故だろう。物凄い違和感だが。
頭の中に一匹狼バージョンのヴィクターが顔を出しそうになるのを必死に押しとどめる。
やがてヴィクターは、バルコニーに通じる大きなガラスの扉の前で止まった。
「ほら、ここからだとうちの庭がほぼ全部見渡せるんだ」
そう言ってぐっと扉を押し、駆け出すようにテラスへ出た彼の後を追う。眼下に広がったのは、瑞々しい緑が輝くサマーガーデン、そして遠くには海がきらめいていた。
「まあ! この家からは海まで見えるのね! 」
「そうなんだ。設計士が庭を考えたときに、ここから海と一緒に眺めたときに調和がとれるようなデザインにしたらしい」
「そうなのね。なんて美しいの……」
海なんて久しぶりだ。もしかしたら今世では初めてかもしれない。夏の日差しを和らげるように、爽やかな風がティファニーの頬を撫でた。
「あら、あそこにあるのは? 」
「ああ、あれは簡単な食事会場だよ。父が外で食べるのが好きで、うちでは常設しているんだ」
「そうなのね!この庭で食事ができたらとても幸せでしょうね。あっちに見える小屋はなにかしら? 」
「あれは僕の馬小屋だ」
「まあ、あなた馬を飼っているの! 」
「ああ。あと数ヶ月で1歳になるんだ」
そう言うと、ヴィクターはふと何か考え込む顔をした。しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間、ヴィクターはティファニーの両手をがっちり握り込んだ。
「ちょっ、ヴィクターどうしたの? 」
凄い握力だ。しかしそれ以上に目前まで迫ったヴィクターの真剣な表情に、ティファニーは気圧された。
「頼む、僕も1つ占ってほしいことがあるんだ」
「う、占ってほしいこと? 」
「ああ。さっきまで何時間も占いをしていたティファニーにお願いすることじゃないのは分かっているんだが……」
語尾と一緒に握力が弱まる。ティファニーはすっと手を引いて。その代わりヴィクターの手に手をそっと添えた。
「大丈夫よ、ヴィクター。なんでも言ってみて。私にできることなんて占いくらいなんだから」
「その……占いって、なんでも占えるものなのかな? 」
「他の人は分からないけど、基本私はどんなことでも占うわ」
「動物が相手でも? 」
「動物? 」
「基本的には優しい子だから、変に緊張しなくていいよ」
そう言うとヴィクターは、「ブラスク! 」と声を掛けながら馬小屋の扉を開けた。
馬小屋の中は外の気温と比べて幾分涼しい。公爵家の馬小屋としては素朴だが、木の雰囲気が心地良い。
もそもそと食事をしていた黒い頭が、ひょいとこちらを向いた。
「こいつがブラスク、オスの9か月。綺麗だろう」
ヴィクターが近寄って行って撫でると、ブルルっと鼻を鳴らす。丁度ヴィクターと同じくらいの背丈だろうか。黒い毛並みは濡れたようにツヤツヤと光っている。
「触ってみるか? 」
「いいの!? 」
「大丈夫。こっちへおいで」
手招きをされ、おずおずとブラスクの元へ近づく。そっと手を掴まれて、ブラスクの鼻の前へ手を持っていかれた。
柔らかい鼻がふにっと手の甲に触れる。
「……くすぐったいわ」
「ふふ。首を撫でてあげて」
言われるがままに首に手をあてる。あたたかい。そのままゆっくり撫でる。
「かわいい……」
「だろう? アルベールもどう? 」
「えっ」
バトンタッチ。
無言で撫で続けるアルベールを見ながら、ヴィクターが口を開く。
「大人しいだろう。だけどここ最近、朝小屋に来るととても興奮していることがあってね」
「興奮? 」
「ああ。あまり暴れると身体に傷がついたりするから、なんとかしてあげたいんだが……」
「暴れる理由が分からない。それを占ってほしいのね? 」
「そういうことなんだ」
基本的にティファニーのタロットは、"人"に焦点を合わせて占う。無くした鍵の場所を探すのも明日の天気を占うのも、「この人はどんな気持ちで行動していたか」「この人は明日どんな目に遭うか」という観点から占うのだ。その為には占う相手のヒアリング、協力が不可欠である。
しかし、今日は馬が相手だ。馬にヒアリングをすることは出来ない。どうする。
ふと横に顔を向けると、優しい眼差しでブラスクを見つめるヴィクターの横顔が目に入った。
ーーならば、ヴィクターとブラスクの関係を占えば?
……いける気がする。
「分かったわ、やってみるわね。なにかテーブルのようなものはあるかしら? 」
「小屋の外の木の下に古いガーデンテーブルがあるよ。少しガタつくけど大丈夫? 」
「まったく問題ないわ。行きましょう」




