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第15話



 同じ公爵家の屋敷と言っても、似ているのは家の大きさだけで趣味は全く異なる。

 ティファニーはランスロット家の廊下を歩きながら、思わず感嘆のため息を漏らした。


「ねえ、素晴らしいと思わない? この内装」

「そうでございますね。窓枠1つ取っても格調高く、威厳に溢れております」

「私たちの家ももちろん優美で素敵だと思うけど。騎士の家にはこういう荘厳な雰囲気の内装が合っているわね」

「そう言ってくれるとこだわった甲斐があったな」


 先を歩くランスロット卿が口を大きく開けて笑う。

 彼の家はティファニーの家から馬車で1日の距離の場所にある。一晩馬車で過ごしたせいか腰に痛みを感じていたティファニーだったが、公爵家に一歩入った瞬間、その圧倒的な内観に疲労は吹き飛んだ。


「客室は気に入ってくれたかい? 」

「ええ、もちろんです! 客室から見えたお庭もとても素晴らしいものでした」

「ああ、あの庭は我が家の自慢の一つだ。今晩は案内できないが、その代わりにうちのもう一つの自慢である料理を堪能してもらうとしよう」


 ランスロット卿に続いて角を曲がった先に広がっていたのは、広いダイニングルームだった。

 中央に鎮座する大きなダイニングテーブルの端に腰かけていた青年が、こちらに気が付いて笑顔で歩み寄ってくる。


「妻のコレットと、うちの一人息子、ヴィクターだ」

「初めまして、ティファニーさん。まあ、あなたのお母さまにそっくりね」


 嬉しそうに笑うコレットは、真っ赤な口紅が印象的な人だ。そして、その隣には。


「初めまして。父からよく話は聞いているよ。ヴィクター・ランスロットです」

「初めまして、ヴィクター様。ティファニー・ライザ・トラヴァーズです。本日はお招きいただきありがとうございます」

「ヴィクターでいいよ。僕もティファニーと呼んでも? 」

「ええ、もちろん」


 目を細めてニカっと笑うその顔は、どう見ても「ヴィクター・ランスロット」だ。しかし、ティファニーは猛烈な違和感に襲われる。


ーーヴィクターってこんな笑顔を見せるタイプだったっけ!?


 使用人に促されて着席しつつ、ティファニーの頭は高速で回転していた。

 ヴィクター・ランスロット。『光の乙女が祈る時』に登場する攻略対象で、無口な一匹狼。鋭い目つきが人気の剣豪キャラーーだったわよね!?

 顔を上げて目の前に座る青年をちらりと見る。笑顔でアルベールに話しかけるその目つきは、鋭いというよりも笑顔で細くなっている、と言った方が正しい。

 馬車の中で必死に思い出してきたヴィクター像が早くも崩れ去った。

 視界の端に、一緒にテーブルに座るよう勧めるヴィクターと、それを必死に断るアルベールの姿が映る。ゲームだったらまずありえない光景だが。


ーーいいえティファニー、違うわ。あなたは普通に初対面の人と会っただけ。事前の情報なんて知っている方がおかしいんだわ。ゲームの登場人物だからって警戒しては、相手に失礼すぎる。


 気持ちを切り替えて、出されたアミューズに目をやる。魚のマリネだろうか。白身がきらきらと光っていて美味しそうだ。


「ところでティファニーさん、今日は父にどんな用事があるんですか? 」

「えっ!? ええと、」

「おや、すっかり言うのを忘れていたよ。ティファニーにはな、占いをしに来てもらったんだ」

「まあ、占い? あなた占いがお好きなの? 」

「そうだ。赴任している間は娯楽が少なくてなあ。隊員の1人が毎日明日の天気を占ってくれて、それが当たるかを小さな楽しみとして毎日頑張っていたもんだ」

「へえ! ティファニーさんは占いができるんですね」


 ええ、と頷きつつ、違和感を感じる。

 確かに占いをしに来たことは間違いないが、それはあくまで手段であって。本来の目的はランスロット卿が近頃感じる"家の違和感の正体を探る"ことだと認識していたのだが。


ーーランスロット卿はあえて核心部分を言っていない?


 しかし自分からつっこむ必要はない。自分はあくまで占い師としてここに来たのだ。


「占いが終わったら、庭を案内してあげたいんだ。ヴィクター、頼めるか? 」

「はい、もちろんです! 」


 よろしくお願いします、と笑う彼にこちらこそ、と返す。

 それ以降は占いの話が出ることは無かった。



 翌日。

 ランスロット卿の執務室のローテーブルで、ティファニーはタロットと睨めっこをしていた。

 不穏な結果が出た前回の占いの内容を詰める為に、今回は屋敷に出入りする人間とランスロット家の未来との関係を細かく占っていく。

 厨房の人たちとランスロット家の関係、執事たちとランスロットの関係、新しいメイド長とランスロット家の関係。

 昨日夕食の場で変に隠していたのはこの為だったのだ、とティファニーは静かに納得した。あの場には執事もメイドもいた。もし仮に悪事を働いている人間があの場にいたら。自分たちが占われると分かれば、昨日のうちに逃げ出す者も居たかもしれない。

 役職ごとに何度も何度もカードをめくり、占う。そしてついに。


「……出ました、前回と同じ裏切りのカードです」

「おお! で、どんな具合だい? 」


 今回のカード展開は、北斗七星スプレッドというものだ。北斗七星の形に7枚のカードを並べ、2者の関係の行く末を占う。

 スプレッドの右下、丁度ひしゃくの角の部分にあたる位置に、ソードの7ー裏切りのカードーが出た。

 そしてこの位置に出るカードは、「今後相手が自分にどう関わっていくか」を表す。


「おそらく、ランスロット家の財産に目が眩んでしまっているのでしょう。現在は何かよからぬ企みを画策している可能性があります」

「なるほどなあ。ま、一代で大きくなると変な輩も一緒に寄ってくるのは多々あることだ」


 顎に手をやるランスロット卿は、特段動揺した様子には見られなかった。


「で、誰のことを占ったんだい? 」

「……新しく経理担当としてランスロット家に仕えることになった、ルナール男爵とその弟、お二方です」

「ほお」


 ランスロット卿はカードをじっと見つめたまま動かない。その視線に妙に不安になってくる。


「あの、あくまで可能性ですので。あくまで、私の占いでは、というだけですわ」

「そうだな。まあどの道、この屋敷全員を調べるつもりだったんだ。それをルナール男爵らから開始してもよかろうとしたもんだろう」


 ニッと笑ったランスロット卿は、よっと立ち上がった。完全に人払いをしてあった執務室の外に聞こえるように、パンパンと手を打つ。すぐに扉が開いた。


「ティファニー、甚大な協力感謝する。さあ、あとは我が家自慢の庭を楽しんでくれ。昼食ごろにはなったらメイドを遣いにやろう」

「ありがとうございます。少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」

「では、また後ほど」

「はい。失礼致します」


 扉のところまで送ってくれたランスロット卿に礼をして、くるりと振り返る。


「こんにちは、ティファニー」

「……ご機嫌よう」


 そこには、人好きのする笑顔を浮かべたヴィクターが立っていた。




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