第14話
暑さの盛りも過ぎた午後。勉強が終わったら来なさいと言われ、ティファニーは父の書斎へ入った。
テーブルを挟んで奥のソファには父が、手前のソファには大柄な男性の後頭部が見えている。
「来たか、ティファニー」
「お待たせいたしました。お父様、こちらの方は? 」
その問いには答えず、ティファニーの父はにやりと笑って顎で自分の正面のソファにいる客人を指した。それに応えるように、大きな背中が動く。
振り返った顔を見て、ティファニーは思わず大声を出した。
「まあ! 」
「久しぶりだねティファニー。随分と大きくなったもんだ」
「ランスロット様! 」
がたいの良いティファニーの父と比べてもさらに大柄な体躯を持つ彼は、ランスロット卿だ。ティファニーの父の同級生で、国の騎士団を率いる男である。
ティファニーが幼少期のころはよくトラヴァース家を訪ねていたが、長らく地方へ赴任していたのだ。
小さかったころーまだティファニーが”高飛車冷酷令嬢”になる前ーの楽しい思い出が一気によみがえり、ティファニーは自然と顔がほころんだ。
「ランスロット様、いつこちらへお戻りになってらしたのですか? 」
「去年の冬ごろだよ。仕事がなかなか片付かなくてね、気が付けば年を跨いでしまっていた」
「そうだったのですね」
記憶とほとんど変わりのない、精悍な顔が懐かしい。こうして会うのは7年ぶりだろうか。
「変わりはないか、ティファニー。少し見ない間に立派なご令嬢にならせられたようだな」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
「昔はピアノや外で転げまわるのに夢中だったが、最近はなにがお気に入りなんだ? 」
「この子は最近、占いとやらをやっているんだ」
「えっ 」
お父様!? なぜそれを!?と叫ぶのを寸前で堪えた。お客様を前にして叫ぶなど言語道断である。
別に隠してもいなかったけど、占いのことはお父様には一言も言っていなかったはず。どこかで見られた? それともアルベールが報告したのかしら?
などという動揺はおくびにも出さず、あらやだお恥ずかしい、と手を口元にやって微笑んだ。
「占い? あのー、水晶玉のやつか」
「ティファニーはカードを使うらしい」
「カードを! なかなか面白そうだな。めくった数字で占うのか? 」
「いや、私も占っているところを見たわけではないからな。詳しくは分からない」
盛り上がる2人をよそに、ティファニーは頬にじわじわと熱が集まるのを感じた。
なぜだろう、少し恥ずかしい。こっそり歌っていた鼻歌を「その歌好きなんだね」と後から言われたときのような気分である。
「しかも、なかなか当たるらしいんだこれが」
「ほう!そりゃすごいな」
「占ってもらったメイドたちが口々に言うんだ。ティファニー様の占いはなんでもあたる、不思議な占いだと」
メイド! そこから漏れたか!
面白そうな表情で話を聞いていたランスロット卿だったが、ならば、と身を乗り出した。
「ひとつ、我が家のことも占っていただこうか」
ランスロット卿の瞳がきらりと光る。
「ランスロット家をですか? 」
「そうだ。ティファニー嬢直々に、我が家の行く末を占っていただけないだろうか」
「行く末……」
随分と重たい言葉だ。それにタロットはあまりにも遠い未来のことは予測できない。どうする。
難しい顔をして黙り込んだティファニーに、ランスロットはそんなに思い詰めなくともいい、と豪快に笑った。
「なに、当たらなくったってかまわないよ。それよりどんな風に占うのか見せてくれないか」
「……それでしたら」
ドレスのスリットの内側のポケットからタロットを出す。このところ常に持ち歩くのが癖になってしまっているのだ。
あまり多くのカードを展開するスプレッドだと、意味を読み取るのに時間がかかってしまう。ランスロット様はお忙しい方だし、なるべく短めに終わるものを。
「これは今なにをしているんだい? 」
「カードをシャッフルしております。ここから3枚のカードを引いて、それらからランスロット家の過去、現在、未来を読み取ります」
「なるほど、そうやって占うのか」
顎に手をやってふむふむとティファニーの手元をのぞき込むランスロット卿は、カジュアルな雰囲気なのに妙な存在感、オーラがある。
……緊張してきた。
いけない、なるべくフラットな目で、と心を落ち着けて3枚引いた。
過去、現在、未来。
並んだカードにティファニーは思わず息を飲む。
「……どうだったかな? 」
「え、ええと……」
「あまり良い結果ではなかったのかな? 」
「……はい」
「構わない。ティファニーが占った結果を教えてくれないか」
こちらを安心させるような笑みに、動揺が収まる。
「……ランスロット家に、裏切り者が潜んでいるかもしれません」
「ほう」
『未来』の位置に出た、ソードの7のカード。1人の男が沢山の剣を抱えて逃げている絵だ。誰かに裏切られたり、大切な物を盗まれたりする、そんな意味である。
過去と現在のカード、そしてここ数年のランスロット家の話を加味して、ティファニーは考えを述べた。
「ランスロット様のご活躍により、ランスロット家は一代でとても大きくなりました。きっと出入りする人間や関わる人も増えたはずです。こんなことは申し上げたくありませんが、もしかするとその中に、ならず者が混ざり込んでいるかもしれません」
なるほどな、とランスロット卿は腕を組んだ。
「実はな、私も少し不可解に思うことがあったんだ」
「不可解に……? 」
「ああ。今こうして占いでも不穏な結果が出て、図らずとも確信を強めたよ」
ランスロット卿はなにか考えているようだったが、よし、と両ひざを叩いた。
「ティファニー、今度我が家へ来てもう一度詳しく占ってくれないか」
「え……でもあの、一度占ったことを短期間で再び占っても、当たらないことが多いんです」
「占う内容を多少変えれば平気かな? 」
「それでしたら……」
「決まりだな。今週ティファニーに何か予定は? 」
「いや。いつでも連れて行っていいぞ」
「ありがとう」
とんとん拍子に話が進んでいく。気がつけば、明後日ランスロット家に行くことが決定していた。
「ティファニーが我が家に来るのは初めてかな」
「ええ。いつもランスロット様がいらして下さっていたので」
「そうか。では美味しい茶葉を用意させよう。息子もきっと喜ぶだろう」
「息子さん……? 」
唐突に出てきた人物に、ティファニーは首を傾げる。
「ああそうか、トラヴァース家には息子を連れてきたことが無かったな。私には15になる1人息子がいるんだよ」
「そうでしたのね! 」
「ああ、ヴィクターと言うんだ。あいつもティファニーのような完璧な御令嬢に会えば、ちっとは品というものも身につけようという気になるだろう」
ヴィクター……?どこかで聞いたような……。
さてそろそろ帰るか、と立ち上がったランスロット卿の耳に、きらりとゴールドのピアスが光る。その瞬間。
ーーヴィクター・ランスロット!
この瞬間、ティファニーは一匹狼の剣豪かつ攻略対象の1人である、ヴィクターを思い出したのだった。
こんばんは!
次話で新しい登場人物が出ます!
よろしければお付き合いください☺︎
ブクマ&評価ありがとうございます!モチベーションマシマシです٩( 'ω' )و