第13話
「で、何があったのかしら? 」
ティーセットを片付けてもらいながら、シリルから話を聞く。シリルは一瞬ためらった顔をしたが、ティファニーの目を正面から見つめて話し始めた。
「ご存じかもしれませんが、母は僕が小さい頃に病気で亡くなりました。母の記憶はありません。それが関係しているのか、父は僕と一緒にいる時間を沢山取ってくれていました。だから、父の変化にはどうしても気が付いてしまうんです」
「そうなのね」
「何かが変だと気が付いたのは、数か月前のことです。父の僕に対する態度が、妙によそよそしいと言うか、不自然な部分があるなと感じました。何か僕に言いたいことがあるのかと聞いても、何でもないと言われるばかりでした」
頷きつつ、クロスをテーブルに広げる。深いブルーの布地が、シャンデリアの光に輝いた。
「不信感を抱いて数週間後、廊下を歩いていたら偶然、メイドが立ち話で『シリル様にはなんて言うのかしら』と言っているのが聞こえてしまったんです。すぐに最近の父の態度と関係していると思いました。思わず立ちすくんでしまった僕の耳に、『やっぱり血の繋がりが……』と続きが聞こえてきて……」
「それで? 」
「そこで耐えきれなくて立ち去ってしまったので、続きは分かりません」
「そう。で、あなたの結論は? 」
「……恐らく、僕と父は血が繋がっていないのでしょう。そして僕は、近いうちに家を追い出される」
「家を追い出される? また随分と突飛な意見ね。どうしてそこに着地したわけ?」
「もちろん、貴族において家族の血が繋がっていないことは珍しいことではありません。ですがそれは、子の能力が高い場合に限ります」
シリルは大きくため息をついた。
「僕は特に勉強ができるわけでも、際立った才能があるわけでもありません。その上父と血が繋がっていないとなると、ラバーン家の血を守ることもできない。つまり、僕は特に必要がないのです。となると、他から養子を取る可能性がある」
「だから、自分は追い出されるかもしれない、って考えたわけね」
「ええ。……その事実を告げられるのが怖くて、逃げるように従者の話に飛びついたのは僕です。……申し訳ありませんでした」
「それはもういいわ。さあ、一旦占ってみましょう」
すっと意識をカードへ移す。
父との関係性、メイドの発言、最近の態度……。ここまでの経緯を整理する。心が凪いだら、そっと手をカードの山へ。
今回はホースシュースプレッドーー7枚のカードをめくる展開ーーにしよう、とティファニーは心の中で決めた。3枚以上のカードを使った占いは久々である。カードの枚数が増えるほど、解釈のブレも大きくなる。つまり、占う人の力量が試されるのだ。
混ぜて、整えて、順番にめくる。左上から右下に向かって、過去、現在、近未来、アドバイス、右上に方向を変えて、相手の状況、障害となっていること、最終予想。
引きで見ると馬蹄のように見えることから、ホースシューと呼ばれている展開だ。
ざっとカードを見渡す。
「……うーん……」
「……これは、どういう意味なんですか? 」
おずおずとシリルが話しかけてくる。
「まずあなたとお父上の関係だけど、今までそう悪いものではなかったのではないかしら。むしろ、世間的に見ても仲が良い方だったのでは? 」
「……ええ。僕自身、その自覚はあります」
「そう。それが現在は少しこじれてしまっているみたい」
そう言いつつ、過去の位置にあるカード、「星」の逆位置を指さす。シリルは目を開いてうんうんと頷いた。
指を隣のカードに移す。
「……そして、このまま何もしないでいると、お二方の関係はどんどん薄くなってしまう、と出ているわ」
シリルは途端に動きを止める。それを見て慌てたティファニーは、でもね、と続ける。
「もちろん、それは今のままだったら、という意味よ。そしてこっちがアドバイスカード」
「アドバイスカード? 」
「ええ。このカードは、『お互いもっと話し合って』という意味よ」
「話し合う……」
「そう。恐れず冷静に、互いの思っていることや考えを交換する。コミュニケーションよ。こっちのカードから察するに、どうやらあなたのお父上は、あなたのことを愛しすぎるが故に踏み込んだ発言が出来ていないのかもしれないわ」
「障害」の位置にあるカード、カップのエースには、杯から溢れる豊かな水が描かれている。大きすぎる愛故の、という解釈だ。
「それでお父上の現状だけど、」
右上から左下に向かって3枚目、「相手の状況」の位置にあるカードを見て、ティファニーは固まった。
ーー馬鹿だわ、私! なんで先にこのことに思い当たらなかったのかしら!
「……あの? 」
「あ! ええと、そうね。お父上の現状だけど……」
どうしよう、どこまで言っていいのだろうか。ちらっとシリルを見ると、まっすぐな視線がティファニーとばちっと合った。
「……あのねシリル、これはあくまで予測なんだけど」
「はい」
「あなたのお父上……、再婚を考えていらっしゃるのではないかしら」
さいこん、とシリルが呟く。その瞳はこれ以上ないくらいに見開かれていた。
「あなたのお父上は、今結婚してらして? 」
「いえ……」
やはり。図らずともタロットが答え合わせをしてくれた形になったのだ。
ゲーム内でシリルは何と言っていた?ーー父と、その再婚した新しい母と上手くいっていない。
では、シリルの父親はいつ再婚したのか? シリルは今の母について一言でも言及したか? 勝手に既に再婚していると思い込んでいたが、今がその、直前、だとしたら?
「相手の状況」のカードを指さす。
「このカードは『審判』というカードよ。意味としては、決心や変革、過去の清算、みたいなところで解釈することが多いのだけど。私は、『再婚』と読むこともあるの」
シリルはカードをじっと見つめたまま何も言わない。
「ねえ、お父上はあなたに再婚の話を切り出そうとしていたのではなくて? そう考えれば、メイドの『シリル様にはなんて言うのかしら』という発言も辻褄が合うわ。その後の血の繋がり云々もね」
自分で言いつつ、ますます確信が強まる。長い沈黙のあと、シリルはふーっと長く息を吐いた。
「……再婚なんて、まったく考えたこともありませんでした。ですが、そう考えれば納得のいくことが、実は他にもいくつかあります」
「……そうだったのね」
シリルは戸惑った表情こそしているものの、先程のような悲壮感は消え去っていった。
「でも、無責任かもしれないけれど、これはあくまで占いだから。実際のところはお父上に直接聞いてみるのがいいと思うわ」
「……はい」
「それに、このカードは基本的には『好転』を意味することが多いの。あなたにとっても決して悪いお話ではない……かもしれないわ」
「……そうですね。うん、うん。まずは、父に聞いてみようと思います。怖がらないで」
そう言うとシリルはすくっと立ち上がった。その顔は数時間前とは全く違う、すっきりとした表情になっていた。瞳には純粋な輝きが宿っている。
「……お嬢様。その……」
「分かっているわ。シリル、私にはアルベールで十分だから、悪いけどあなたはクビよ。お父様には私から話しておくわ」
「申し訳ございません。ありがとうございます」
深く頭を下げるシリルに、今日はもう部屋に戻っていいわ、と告げる。シリルはもう一度ありがとうございますと言うと、扉の方へと歩いていった。
その足取りにティファニーの心も軽くなる。ドアノブに手をかけて振り向いたシリルに声をかける。
「それでもまた逃げてくるようだったら、次は問答無用で雇ってあげるわ」
「……そうですね。そのときは、今度こそ"なんでもする"従者になりますよ」
「……えっ!?」
にやりと笑ったシリルに顔が赤くなる。あなたねえ! と叫んだ声は、シリルに届く前にガチャリと閉まった扉に跳ね返された。
こんばんは!
先日、第12話を更新した後にブクマと評価がばばばっと増えていて嬉しかったです( ; ; )ありがとうございます!
なんというか、人との繋がりを感じました!