第12話
前回の話を忘れてしまった方は11話からどうぞ!
物音に気がついた青年が、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。
先程は慌てて飛び出してしまったため、どんな顔かよく確認できなかった。アルベールは綺麗な顔だとか言っていたが、
ーー嘘。
青年と正面から目が合う。つらつらと考えていた思考がばちんと途切れた。
「ティファニー様? こちらへどうぞ」
アルベールの声ではっと正気を取り戻す。テーブルの上にはメイドが用意しておいたらしい、私の好きな紅茶が湯気を立てている。
「え、ええ。……あなたもそんなところで立っていないで、こちらへ」
呼びかけに応じて、青年も黙ってテーブルへと来た。返事をしなかったことにアルベールがぴくりと眉を動かしたのが分かったが、視線で制す。
手で促して、ローテーブルを挟んで向かいに座らせる。
改めて正面から見た青年は美しい顔をしていた。白に近いくらいの金髪、ブルーにもグレーにも見える不思議な瞳、切れ長の目元からは涼しげな雰囲気が漂う。白い肌、真っ直ぐな鼻筋、薄い唇ーー間違いない。
ーーなんでシリルがここに。
紅茶をひと口飲んで心を落ち着かせる。
シリル・ラバーン。『光の少女が祈る時』攻略対象の1人だ。ヒロインと同じクラスに通う学生で、優男風のちゃらちゃらした奴。複雑な家庭環境で愛に飢えたシリルをヒロインの優しさが救うーーみたいな展開だった。
そんな彼がなぜここにいるのか。ティファニーの従者だったという設定は無かった気がする。
マネキンのようにソファに座っている彼は、ゲームの彼のような華やかで楽しげな雰囲気はない。むしろ、世の中の全てを瞳に映したくないような、なにかを諦めているような。
クールすぎる、とも言えるその様子は、ゲームの彼を知っているティファニーにとっては違和感しかない。
「……あなた、名前は? 」
「シリル・ラバーンと申します」
確定。こんな声をしているのか。やや高めの透き通った声だ。
一体なぜ彼がこんなところにいるのか。
「あなた、誰かの従者になりたかったの? 」
「……」
「……」
どうやら早速地雷を踏んだようだ。光のない瞳に、更に暗い影が落ちる。
やっぱり、私が派手に行動しすぎたせいで、無理やり従者として連れてこられたのかしら。
ティファニーの中にむくむくと罪悪感が湧き上がる。
「……あなたが帰りたいのなら、今日にでも帰っていいのよ。お父様には私から伝えておくし、」
「いえ! ここに……いさせてください」
突然声のボリュームが上がった気がする。驚いて紅茶から顔を上げると、シリルは気まずそうに目を逸らした。
暗い雰囲気を纏っているのに、ここにいたいと言う。もしかしたら、実家で何かあったのかもしれない。
そこまで考えて、はたと思い当たる。
ーーそうよ、確かゲームの中で彼は「新しく来た継母と上手く行っていない」とヒロインにこぼしていたわ。シリルは新しいお母様、もしくはお父様と何かあったのかもしれない。そしてシリルがここまで絶望しているとなると……。
もしかしたら踏み込みすぎかもしれない。その上、前世での記憶を利用するのも卑怯な気がする。しかし、ティファニーは静かに息を吸い込んだ。
「もしかしてあなた、お父上と何かあったのではなくて? 」
ばっとシリルが顔を上げる。その瞳は驚きと警戒心で揺れていた。やはりそうか。
「……喧嘩でもなさったの? 」
「……うちのことを何かご存知で? 」
クールな仮面が揺れる。あと少しで何か聞けそうだ。
「ただの勘よ。それで? 」
「……別に、お嬢様には関係のないことでは? 」
「っ君、ティファニー様への、」
「アルベール、いいから。ねえ、喧嘩していないなら帰ればいいじゃない」
「……もう決まったことですので」
「あら、そんなの私のひと声でいくらでもひっくり返るのよ? 」
「私の事情なんぞ、どうぞお気遣いなさらず」
「私が気になるって言っているのよ。ねえあなた、本当に従者になりたいわけ? 」
ティファニーの言葉には答えず、シリルはティーカップに口を付けた。
伏した瞼を縁取る長いまつげ。何というか、色気が凄い。思わず息を呑む。
シリルは紅茶を一口飲み、ゆっくり視線を上げた。先ほどまでにはなかった妖しい色が瞳に浮かんでいる。
「お嬢様は、私を雇いたくないのですか? 」
「ええと……雇いたくないと言うか……」
「後ろの彼にできないこと、"なんでも"いたしますよ」
ずいぶんと含みのある言い方だ。なるほど、そういうやり方で揺さぶりにきたか。背後でアルベールが狼狽える気配が伝わってくる。こういう雰囲気が好みのご令嬢は一発ノックアウトだろう。
だがしかし、ティファニーだってそうもいかない。シリルが帰りたくないように、ティファニーとしてもシリルが従者になられては困るのである。ただでさえ悪役ポジションなのに、ヒロインが登場する前に2人も攻略者を引き連れた状態まで進化してしまうと、ますます「悪役感」が増してしまう。完全に悪目立ちだ。
そして無事悪役になってしまうと、学園除籍に大衆の面前で婚約破棄、そして(因果関係は分からないが)魔力の消失。絶対に避けなければいけないルートだ。
シリルはいくらか余裕を取り戻したようだ。このままだと上手いこと言いくるめられてしまうかもしれない。
ーー仕方ない、本当はこんなこと言いたくないんだけど。
別に従者はアルベールだけで足りているのよ、と言ったティファニーは、ああそれとも、と何かを思いついた表情で付け加える。
「あなた、もしかしてお父上にぶたれでもしているわけ? 暴力貴族から逃げたいっていうんだったら、」
「違う! そんなことするわけないだろう! 」
ガタンと大きな音が鳴る。ティーカップが耳障りな音を立てた。テーブルに手をついて立ち上がったシリルの顔には、はっきりと怒りの色が浮かんでいた。
なるほど、どうやら父親への愛情はあるらしい。あれだけ一瞬で本気になれるのなら間違いない。となると、ますます訳が分からない。
はあ、とため息をつく。我に返ったシリルはおずおずとソファへ座り直した。
「悪かったわ、あなたのお父上を侮辱して。でもそうなんだったら、家族の元へ帰った方がお父様も喜ばれるんじゃないかしら」
あと一押しかと思ったが、シリルははっと笑いを吐き捨てた。
「……どうだか。そもそも、向こうが家族だと思っているかも分かりませんし」
……は? 向こうが家族だと思っているか分からない?
頭に血が上ってきた。ティファニーの中にゆらゆらと炎が立ち上る。こいつ、なに1人で拗ねてんのよ、15にもなって。
前世のことを思い出す。学校で親がいないことを揶揄われたこと、養護施設に来たばかりでママに会いたいと泣く子を夜中になだめたこと、家族のようなみんな。
耐えきれない。
「……あなた、滅多なことを言うもんじゃないわよ。きっとあなただって大切に育てられたことを分かってるんでしょう!? そんなに家族を手放したいわけ!? それならこんな屋敷に留まってないで、どこか国外にでも行けばいいじゃない! 家族と思われてないとかなんとか言って親戚の家で従者やってるなんて見苦しいわ! 」
ティファニーの声の余韻が部屋にじんと響く。しまった、言い過ぎたか。
驚いたようにこちらを見ていたシリルは、やがて視線を落として両手で顔を覆った。
「……いや、そうじゃない。そうじゃないんです、決して。でも、僕にはどうしていいのか分からない」
表情は分からない。だが、泣きそうな声だ。ずいぶんと情緒が不安定である。
ゲームでの嫌味なくらいに余裕のある雰囲気の彼とはまったく違う。それほどまでに、ショックなことがあったのだろうか。
はあ、と息が零れる。なんというか、こういうのに弱い。面倒を見てあげなくては、と思ってしまう癖は、一人っ子である今世のものではない。
「……分かったわ。何があったか知らないけど、私に協力させて」
「……協力? 」
「あなたがどうやったら家族の元へ帰れるようになるのか。一緒に考えるわ」
「考えるって……」
急な展開についていけないシリルをよそに、ティファニーはどんどん話を進める。
「だからまずは、何があったか話して。背景を知らないと協力するにもできないもの。それを聞いた上で、私が占ってみるわ」
「占い? 占いって、あの明日の天気が分かるとかの……」
「そうよ。私はカードを使って、色々なものを対象に占いをしているの。もしかしたら、なにか手掛かりが分かるかもしれないわ」
あなたが嫌ならしないけど、と付け加える。占いか、とつぶやいたシリルは、少し考えるような素振りをみせて、うん、と頷いた。
「よく分かりませんが、お願いします。何かが少しでも前進する可能性があるのなら」
まっすぐな視線を正面から受け止めて、ティファニーは1つ頷く。残っていた紅茶を一気に飲み干した。
さあ、タロットの時間だ。
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