表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

第10話



 最近、すべてが上手くいっている気がする。

 勉強、マナー、魔力、タロット、エトセトラ。

 前世を思い出してから、とにかくやりたいことが溢れてきてどうしようもない。

 あんなにつまらないと思っていた歴史の勉強も今となっては早く続きが知りたいし、魔力の操作も乾いた土に水が染み込むように成長が止まらない。

 そして何よりも1番上手くいっているのが、家の使用人との関係だ。

 元々関係性が悪かった訳ではない。しかし会話は必要最低限、加えて侯爵令嬢特有の圧力で現場には重苦しい空気が漂っていた、と今なら分かる。

 そんな空気が崩れたのは、先週のことだった。

 ここ最近のティファニーは、屋敷を探検することが日課になっている。なにせ前世ではこんな広い家に住んだことがないのだ、今になって噛み締めてしまうのも仕方のないことである。

 その日もいつものように屋敷を歩いていた。そういえば厨房の方に行ったことがないと思いつき、家の1番端にある階段を降りたときだった。


「……だから、私もう信じられなくて」


 ……曲がり角の先に誰かいる。そりゃいるか。この家には基本的に沢山の人間が働いている。

 どうやらメイドが立ち話をしているようだ。


「まさか、別れるなんて言わないわよね? 」

「分からないわ。もしかしたら別れるかもしれない」

「まあ! あなたたちあんなに仲が良かったじゃない! 」

「それっていつの話? もう何週間もまともに話していない気がするわ」


 どうやら1人のメイドがボーイフレンドとぎくしゃくしているようだった。

 立ち聞きなんてはしたないと思いつつも、こっそり引き返した後ろ姿を見られようものなら、仮にも位の高い令嬢としては最悪だ。

 息を潜めてその場に立ち尽くす。選択肢は2つだ。向こうがこっちに歩いてきて見つかるか、こっちから出て行くか。

 話し続けるメイドたち。頭に浮かんだあるアイディアをまとめてから、ティファニーは姿勢を正し、大きく1歩踏み出した。


「……! ティファニー様!」


 案の定そこにはメイドが2人いた。ティファニーを見るなり頭を下げた2人にいいのよ、と声をかけて頭を上げさせる。


「それよりごめんなさい、あなた方の話を聞いてしまったわ」

「あ……」


 1人のメイドがぽっと顔を赤く染め、口を押さえた。


「申し訳ありません、お恥ずかしい話を……」

「そんなことないわ。それで……その、私からあなたにかなり迷惑なお願いがあるんだけど」

「なんなりとお申し付けください」


 左手に持っているポーチをぐっと握りしめる。なるべく、圧を掛けすぎないように、断りやすい雰囲気を持って。


「あなたが今話していたボーイフレンドとのことを、私に占わせてくださらないこと? 」


 ……しまった、まだまだ高圧的だった。

 瞬時に反省したティファニーだったが、メイドはきょとんとした顔をした。


「占い……ですか? あの、明日の天気とかが分かるやつでございますよね? 」

「そうよ。このカードを使ってね」


 ポーチからタロットを出して見せる。2人はさらに目を見開いた。

 この世界にはタロットがないどころか、占いも発展していない。恋愛について占えるという前提がないのだ。


「今私、このタロットというカードを使って占いをする練習をしているんだけど……。単刀直入に言うと、あなたの恋愛について占いたいの」


 やっぱり嫌かしら、と付け加えると、いいえ、と大慌てで首を振られた。


「とんでもございません。その……恋愛を占うとは、どういうことなのでしょうか」

「そうねえ……。厨房の中に座れる場所はあるかしら? 」

「はい。普段私たちが座っているような椅子しかありませんが」

「構わないわ。まずは座れる場所へ行きましょう」

「かしこまりました。こちらです」


 先を歩き出したメイドに続き、突き当たりのドアをくぐる。

 初めて入った厨房は、想像よりずっと広かった。部屋の壁沿いに流しや炉があり、中央には調理台がどんと存在感を放っている。

 その部屋の片隅に、木の長机が置いてあった。料理人がまかないを食べる場所だろうか。

 メイドがそのテーブルの横に立ったので、自分から腰掛けて2人を向かいに座らせた。

 ポーチから占いに使う道具を出しつつ、興味半分困惑半分といった顔のメイドに質問をする。


「あなたは……あなた、お名前は? 」

「ニナです」

「ニナは、ボーイフレンドとどうなりたいの? 」

「私は……」


 ニナは一瞬言葉に詰まったようだったが、やがてゆっくり口を開いた。


「私は、彼ともう一度仲良くなりたいです。昔のように」

「分かったわ。じゃあ、まずはあなたとボーイフレンドのことについて詳しく聞かせてくれる? 」


 はい、と頷いてニナが話し出す。

 この屋敷の厨房で働く彼とニナが付き合い始めたのは、3ヶ月前のこと。ひょろっとした体で一生懸命真面目に働く姿を知っていたニナから告白して、交際を始めたと言う。ところがここ最近、彼がどうもよそよそしい。仕事後に会ってもすぐに帰ってしまう、嬉しそうに見えない、と落ち込んだ様子でニナは言った。

 事情を詳しく聞いたところで、カードの山をクロスの中心に丁寧に置く。静かに深呼吸をすると、伝染したように2人もすっと姿勢を正した。

 それを感じ取り、一気にカードの山を崩してシャッフルする。そのままカードを捌いていき、再び1つの山に戻した。

 上から順にめくって、左から置いていく。

 1枚、2枚、3枚。

 なるほど。


「……タロット占いは、カードに描かれている絵から相手の気持ちや今するべきことを読み取る占いなの」

「そうなんですね。ああ、なんだかとても緊張しました」


 ニナはほうっと胸を手で抑えた。


「左手、ニナから見て右手のカードから、過去、現在、未来を表しているわ」


 目を大きく見開いてカードを見つめる2人を見つつ、ティファニーはカードの表す処を考える。


ーー『星』の正位置、『戦車』の逆位置、そして『カップの2』の正位置。これをさっきのニナの話に当て嵌めると……。


「……ねえニナ、あなたもしかして、とても人気があるんじゃない? 」

「えっ!? 」

「そうなんですティファニー様! 」


 一瞬で顔を赤くして小さくなったニナと対照的に、もう1人のメイドが体を乗り出してきた。


「ニナはこの通り可愛くて、とても働き者でございます。ですので男連中の人気も凄くて、この屋敷の中でも1,2を争うくらいなんです」

「そ、そんなこと……」

「なるほど。そうなのね」


 『星』のカードの正位置の意味の中には、"相手への憧れ"というものがある。

 なんとなく読めたかもしれない。タロット占いというのはそんな事まで分かるのですね、と感嘆の声を出すメイドの横のニナにねえ、と話しかける。


「あなたのボーイフレンドは、そのこと気にしているのかもしれないわ」

「え……? 」

「あなたのような素敵な方と付き合えてとても嬉しいと思う反面、自分じゃ釣り合わないと思っているのかもしれない、ということよ 」


 あくまで推測だけど、とつけ加えるとニナは、でもあの人はそんな風には……と困惑した顔をした。


「それとももしかしたら、最近彼が何か自信を無くすようなことがあったんじゃないかしら? 例えばあなたの近くに魅力的な人が現れた、とか」

「あ! この子この前、屋敷に出入りしている肉屋のお兄さんに告白されていました! 」

「ちょっとアリー! 」


 耐えきれないという風に顔を真っ赤にしたニナがガタンと立ち上がる。それだわ、とティファニーは頷いた。


「彼はその場面を見ていた、もしくは噂を聞いた可能性があるかもしれないわ。その肉屋の男って、どんな方なの? 」

「筋骨隆々の笑顔が眩しい良い男ですわ、ティファニー様! 」

「そうなのね」


 ニナから聞いたボーイフレンドとは対照的な男だ。そんな男に告白されたと知ったら、不安にもなるだろう。

 そして2枚目に引いた「現在」を表すカード、『戦車』の逆位置。


「あなたのボーイフレンドは、多分焦っているわ。肉屋に告白されたことを知ったかどうかは分からないけど、あなたのような方と付き合えている自分に自信が無くなってしまっているかもしれない」


 そこでふと思いつく。ひょろっとした容姿、筋骨隆々の肉屋、すぐに帰ってしまうこと。


「……ねえ、これもあくまで推測なんだけど、あなたの彼氏、夜な夜な筋肉トレーニングとかしていない? 」

「き、筋肉トレーニングですか? 」


 面食らったような表情のニナに、なるほど! とアリーは手を打った。


「自分と真逆の筋骨隆々男に告白されたのを知ったら、自分も筋トレをするかもしれないですね! 」

「で、でも、私はあの人に筋肉なんか期待していないわ! 」

「そうね。でも、今の彼は迷走してしまっているかもしれないの」


 ニナの前に『戦車』の逆位置のカードを出す。


「このカードには、"周りが見えなくなって暴走してしまう"という意味があるわ」

「周りが見えなく……」

「そう。これを今のあなたの彼に当て嵌めると、"恋人が告白されたことに焦って、間違えた方向に努力してしまっている"、つまり"本当に大切にすべきであるニナではなく、肉屋へ意識が向いてしまっている"という風に解釈ができると思うの。その結果が筋トレかどうかは分からないけど……」

「そんな……私、今のままでも十分、あの人のこと好きなのに」


 呆然と呟くニナに、そうね、と続ける。


「でも彼は、今のままの自分で大丈夫だという自信が無いかもしれないわ。あと……その肉屋に告白されたこと、彼には言った? 」

「それは……」


 口籠るニナに、言ってないの!? とアリーが驚いた声を上げた。


「だ、だって、言ってどうなるのよ! 」

「噂で他人伝いに聞く方がしんどいわよ! 」


 アリーの言葉はニナにぐさっと刺さったらしい。うう……と黙ってしまった彼女に話を続ける。


「このカード、『カップの2』はあなた方へのアドバイスであり、未来でもあるわ。このカードの絵を見て、どう思う? 」

「えっと……2人の男女が向かい合っていて、とても穏やかな感じがします」

「そう、それよ。今のあなた方に足りないのはコミュニケーションだわ。少し時間をとって話し合ってみるのはどう? お互い自分の話をしないまま別れてしまうことになったら、本当に勿体無いわ」


 じっとニナの目を見る。ニナはカードの2人を見つめた後、そうですね、と言った。


「確かに、私も彼に"そんなに早く帰って何してるの"って、怖くて聞けていませんでした。今日夜会う予定なので、しっかり捕まえて話し合ってみます」


 そう宣言してニカっと笑ったニナは、すっきりとした顔をしていた。

 占いの役目は誰かの背中を押す事だ、と思う。いいリーディングができたようだ、とティファニーは安堵の息を吐いた。

 結果として、ティファニーの占いは当たっていた。

 占いの翌々日にたまたま屋敷で会ったニナは、大興奮でティファニーに話しかけてきた。

 曰く、彼はニナが告白された噂を聞いて不安になったこと、肉屋の男のような筋肉を手に入れられれば自信がつくかもしれないと毎晩過度のトレーニングを行っていたこと、その結果ニナと会う時間も削られ、会っている間も連日のトレーニングの疲れで元気が無かったこと等を装飾たっぷりの早口で報告された。


「とにかく、仲直りできたのね? 」

「はい! 以前より仲が良いくらいです。本当にありがとうございました」

「私こそ、占わせてくれてありがとう」


 そんなとんでもない、と顔の前で手を振ったニナは、それでご相談なんですけど〜、と少し言いにくそうに続けた。


「ティファニー様は、占いの練習をしてらっしゃるんですよね? 」

「ええ」

「その、メイド仲間にも悩みがある子は沢山いると思うんです。ティファニー様さえ良ければ、彼女たちにティファニー様の占いの話をしてもよろしいでしょうか? 」

「ええと……つまり、みなさんが私のところへ占われに来る、ということかしら? 」

「はい! 」

「ニナ、ティファニー様はお忙しいんだ」


 後ろから不機嫌そうに口を挟んだのはアルベールだ。途端にニナが縮こまる。


「最近は毎日の勉強に加え、魔力の勉強もしている。お疲れも溜まることくらい分かるだろう」


 ピリピリした雰囲気のアルベールの方を振り返る。眉間に寄った皺が少し怖い。


「あら、私は占いの勉強だってしたいわ。こう言っては何だけど、練習台に進んでなってくれるなんて願ってもないことよ」

「……しかし」

「私は元気だし、大丈夫。ニナ、お願いできるかしら? 」

「は、はい! ありがとうございます! 」


 顔を輝かせて礼を言うと、ニナはアルベールに何か言われる前にささっとその場を後にした。賢い選択だ。


「いいじゃないアルベール。あなた以外の屋敷の皆さんと交流するのも大切よ」

「……ティファニー様がそうおっしゃるのなら、私は反対いたしません」


 不服そうな顔でアルベールが承知したのが、先月の話。

 そこからほぼ毎日のように、ティファニーのもとには悩めるメイドや使用人が集まってきた。

 恋人を作るにはどうすれはいいか、画家になる夢を諦められないでいる、祖母の形見のブローチを無くした……。

 前世と同じように、普通タロットでは占わないような内容も、とにかくなんでも占った。どんな内容もどうにかして占う、これが野生のタロット占い師である。

 当然、屋敷の人々との交流も増える。話してみると、皆それぞれの人生があって、考えがあって、思いがあってここで働いている。これっぽっちも周りの人間に興味がなかった今まででは、思いもしなかったことだ。

 気が付けてよかった、と思う。このまま成長したら、なにかとんでもないモンスターが生まれていたような気がする。

 屋敷の人々と仲良くなって、勉強も面白いくらい頭に入って、魔力操作もヒューゴが目を見張る成長を見せていたある日。

 湯汲みを終えたティファニーは、担当のメイドと共に廊下を歩いていた。

 アルベールもさすがに湯汲みまでは一緒に居ることは出来ないので、この時ばかりはティファニーの部屋で待機させている。

 部屋の前までたどり着き、ここでいいわ、とメイドを下がらせる。

 占いを通して仲良くなったメイドだったので、少し長風呂をしてしまった。その所為か喉がカラカラだ。

 部屋のドアを開ける。視界の端にグレーの執事服を捉えて、化粧台へ向かいつつ話しかけた。


「アルベール、悪いんだけどお茶を淹れてもらえないかしら? どうも喉が渇いてしまって」


 返事がない。不思議に思って振り返る。


「アルベール? ……」


 部屋の隅に立っている執事服の男と目が合った。

 時間が止まる。


「ッキャーーーーーーーー!!」


 そこに居たのはアルベールではなく。暗い目をした、見知らぬ金髪の青年だった。




お久しぶりです!

そろそろ話を展開していきたいな〜と思っています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ