8.そして身に覚えのない贈り物が届く(こえーよ)
ここまで流されるように大人しくしてきたが、うすうすシリスが私の監視役なのだろうな、ということは感じていた。
あからさまな投獄を経て、弁明もできない私があっさり解放されるはずがない。
明らかに隔離されていたユカリ、その身辺にいた不審人物、殺されなかっただけましかもしれない。
ユカリは大丈夫だろうか。
心配と言えば、最初に会ったあの金髪の青年もそうなのだが。
あの後、熱はちゃんと下がっただろうか。肺炎を起こしたりしてないだろうか。
でも私には消息を確かめるすべもない。
そんなある日、あの牢獄から水色の目の少年がいなくなった。
いつものようにクッキーをポケットに忍ばせて(完全に餌付けのそれだ)、彼がいたはずの独房をのぞくと、全然しらないオッサンがいた。誰!
びっくりしてシリスの袖をがっちりつかみ、牢の中を指さして「彼は?」と尋ねる。
ああ、というような表情ののち、「ここにはいない。出た」というような意味の言葉を伝えられた。
それが、罪を許されてなのか他へ移送されたからなのかはわからない。
もどかしく思いつつ、早く私はもっとここの言葉を覚えようと、苦い気もちで思っていた。
せめて、お別れくらい言いたかったなーと。
結局その日も日本語が話せる囚人はおらず、しょんぼりと自室に帰ろうとシリスの後ろについていたら、不穏な単語が聞こえた。
「アレン」
見ると、あのむかつく男・アレンが回廊の壁に背を持たれ、こちらを待ちかまえていた。
はぁぁぁキザかよ。うざい。
もう一生その顔を見ずに済むと思ってたのに。
シリスはこだわりなげに駆けよって、なにか話し出した。
短く会話した後、二人がいっせいにこちらを振り向いたものだから、ちょっと嫌な予感がする。
何よ何よ何ですか。
その後移動した先のシリスの部屋で、熱いお茶をごちそうになりながら、じっとアレンをにらみつける。
もともと捕まったのはコイツのせいだ。
アレンも不機嫌に茶をすすっている。
ここのお茶は、いわゆる緑茶や紅茶とは違う香りだ。
独特のにおいがで、昔ちょっとだけ飲んだことのあるプ―アール茶みたいな味がする。
美味しさはイマイチわからないけれど、慣れればくせになるお茶だ。
シリスが言う。
―――あなたは、海の近くにいたか。
ぎくっとした。
思わず二人の表情をうかがうと、結構マジな顔である。
ユカリのことなら何べんも聞かれ、そのたびにウカツなことを言って彼に迷惑をかけてはならないと、はぐらかして知らぬ存ぜぬ魚食べてただけだ(嘘ではない)と主張していたが、今度は切り口が変わった。
あの浜辺のことだろうか。
ここで目を覚ました一番最初の古い記憶。
金髪の美青年と、弓を射かけられた話が必要でしょうか。
話せるわけがない。
だってこの人たちは、彼にとって、敵か味方かわからない。
襲われた事実から考えて、ユカリの時みたいに、慎重にならなきゃいけないんだ。
嘘をつく語彙もなく、語れることもない。
ならば、とれる戦法はひとつ。
黙秘。
弁護士が来るまで、話しません(来られても困るが)。
しらーっとお茶を飲む私に、アレンの眉間のしわがめっちゃ深くなる。
ウケケ。悔しかったら日本語習得して来い。
シリスがアレンに何か話してる。
私にはわからない単語がいっぱいなので盗み聞きする気もなく、ポケットに入ってたクッキーをかじることで沈黙を引き延ばそうとした。
あーあ。あの少年にあげたかったのにな。
今度のは、私も焼くの手伝ったんだけどな。
どこに行ったんだろう。
その態度が気に入らないのか、アレンにめっちゃイヤミなため息をつかれたので意識がそっちに引き戻される。
何だよ、マジコイツ嫌い。
アレンが扉に向かって何か叫ぶと、部下らしき武装した人が入ってきたので、一瞬ビビった。
え、なに、牢屋に逆戻り?もしくは殺される??
けれどその人が持ってきたものを見て、ぶっはぁ、とお茶を吐き戻してしまった。
その緑のワンピース!
ぼろぼろになってはいたが、それって、私が裾を破って靴下代わりにしたからだよね。
あの脱ぎ捨ててきたワンピースだよね?
さすがに見おぼえがあった。
アレンが何か言ってるけど、うっせぇうっせぇ、それどころじゃねぇ!!
それがここにあるってことは、その服をかけてあげた彼の身に、何かあったということだろうか。
さすがにお茶を吐き戻しておいて見覚えがない知らない、というのもうさん臭い。
けれど、アレンの表情からして、彼らが金の髪のあの人の味方とは限らない。
友好的でも、手掛かりが欲しくて懇願している人の表情じゃない。
どちらかというと面倒くさそうな、関わりたくねぇと言わんばかりのイヤな顔だ。
さあ、どうやってごまかそうか。
私はシリスに向けてゆっくり口を開いた。
「アレンは、どこの女を脱がしてきたの?」
「・・・。」
さすがシリス、通じたらしい。
ぐっと笑いをこらえる表情で、今度はアレンに向かって翻訳してくれた。
その言葉を聞くなり、アレンがガターッと席を立ちあがったのでまた茶をこぼしそうになった。
おいおい、マジでこの人、こんな直下型な性格でお仕事できるんですか?知らんけど。
憤然と、ワンピースとともに去っていったアレンは、次の日も、その次の日も、現れることはなかった。
あきらめてくれたんだな、と思った。
代わりにちょっと不思議なことが起き始めたのだ。
「ふわぁ!?」
牢屋訪問というお勤め(正しくは私ではなくシリスがだけど、その後ろにくっついていくのが私のお勤め)から帰ってきて部屋を開けた瞬間、むせかえるような花の山!
私はシリスの部屋にルームシェア状態で(たぶん監視の一環)、正確には彼女の部屋の控室みたいなちょっと小さいところにベッドを置かせてもらってるんだけど、自分の居住スペースの扉を開けます、となった瞬間、ぶわぁっと花が目に飛び込んできたわけです。
どういう嫌がらせ!?何!?
私の声にシリスも驚いて様子を見に来た。
あらまぁ、と言いたげな呑気なリアクションののち、あなたを好きな人からのモノだろう、みたいなことを言って笑っているけど笑い事じゃねえ!
本人不在のうちに、部屋の中にぎっしり花を詰めるとか!おかしいやろが!!
普通に心当たりがない!気持ち悪い!
まさかアレンの嫌がらせか?
「怖い!」
花に埋もれた部屋を指さしてそう訴えると、にっこり「ダイジョブ」と返された。
日本語の使い方がますますうまくなってきたシリスだ。
「大丈夫じゃない!」
「ダイジョブダイジョブ、シナナイ」
「変な語彙増やしやがって!!!」
何だよもう!こわいよ!
おちおち留守にもできないじゃない!
かといって部屋にいてみはってて、犯人と鉢合わせても怖い。
もう何しても怖い。やだ。
言うても無害な花ということで、とりあえずご近所さまに『お花のおすそ分け』をして歩き、ついでにお返しにとお菓子とかいろいろもらって、配り終わったときには夕飯の時間になっていた。
うへぇ―無駄に疲れた。なにこれ。
ようやく夕飯だ、と、いつものように食堂(社食みたいなもん)へ向かったところ、はぁぁぁぁぁぁ?今日はなんのパーティーですか?ってくらいのごちそうが並んでいた。
私とシリスのテーブルだけ。
他の同僚たちが、かなりドン引きした表情で私たちをうかがっている。
羨ましがる色はない。
でしょうね。意味わかんないもんな。
丸々と焼きあがった鳥、こんもりと盛られた色とりどりの野菜と何種類ものソース、そしてキラキラしたゼリー状の何かと、結婚式かってくらいのケーキの塔。
いい匂いが漂いまくるけど、こんなごちそう、こっちの世界に来てから一度も見たことがない。
シリスを振りかえると、こっちもあらまぁと言わんばかりの表情だ。
それさっきも見た!
ということは、彼女にも身に覚えがないのだろうか。
逆に怪しくない?毒とか入ってる?
シリスに向かっておなじみの「怖い!」を叫ぶと「ダイジョブ」が返ってきた。
いやいやいやいや、だーかーらぁぁぁ!!
変なところが大雑把な彼女が真っ先に食べ始めてしまったので、私も渋々席について相伴にあずかりましたよ。
すっげぇ美味かったよ。
そしてそれが翌日の朝食、昼食、夕食と続いたあたりで、私の疑心暗鬼が大爆発した!
「怖い!食べない!!」
困った顔のシリスに背を向け、先日お花の代わりにご近所さんからもらったパンとかお菓子とかでその日はお腹を満たすことにした。
その翌日、こわごわと食堂をのぞくと、今度はいつもの普通のごはんに戻っていたので、ほっとした。
シリスはちょっと残念そうだったけど、いやいや、あんたもうちょっとしっかり生きたらどう?
部屋いっぱいのお花、豪勢すぎるご飯。
この奇妙な出来事はここで終わるかと思っていたら、翌日、仏頂面のアレンが部屋を訪ねてきたことで様子が一変する。
彼がその手に持っていたのは、なんだか知らないけれど豪華な箱だ。
いかにも宝箱~☆というような装飾で、扉を開けた瞬間、それと彼の顔を6往復くらいガン見して沈黙してしまった。
あいにくシリスがいないので、翻訳できる人がいない。
仕方なく、なけなしの語彙力を振り絞って、こっちの言葉で応じてみる。
『私、あなたに用はない』
明らかに不興げなお顔をされた赤髪の彼は、それでも通じるようシンプルな言葉を選んでこう返してきた。
『贈り物、受け取るように』
私は飛び切りの笑顔を彼に向けた。
『帰れ』
バタン!!!!!!
思いっきりドアを閉じてやった。
まさか犯人あいつかよ!!!!!!!!
きもいよ、脳みそ沸いてんのかぁぁぁぁ?
シリスが帰ってきたら、あいつのキモさを通じるまでまくしたてようと思うのであった。
とりあえず水色の目の少年はまた後日とんでもねー再会を果たす予定。そこまで書けるか・・・書きたい・・・!