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7.ようやく最低限の人権が守られる生活に突入(長かったー)。

その変な二人組は、ちょいちょいやって来た。

赤毛の男は、見るからに面倒くさそうで嫌そうだった。

じゃあ来るなよ、と言いたいけれど語彙的に言えないので、胡乱な目で見上げる。

女の子の方は、私にカタコトの言葉を投げては、反応をメモしているようだ。

何のためにそんなことをしているのか不明だけど、ありがたいと言えばありがたい。

私がここの言葉を覚えるより、呑み込みが早そうな彼女に言葉面で歩み寄ってもらった方が、てっとり早い。

まぁ、赤毛の男がまじで感じが悪いこと。ちょっと聞いてほしい。

私の親類縁者でないことを感謝するレベル。まじで感じが悪い。関わりたくない。

言葉を交わさなくても、あ、コイツと相性悪い!くらいはわかる。

女の子が彼を振りあおぐとき、いつも アレン と発し、彼もいちいち返事をしているようなので、名前はアレンというのだろう。知らんけど。

でも女の子の方へ呼びかけないので、彼女の名前が推測できない。

ちゃんとお前も人を名前で呼べや赤毛男。


ある日、アレン(仮)がめっちゃくちゃ、究極に嫌そうにやって来た。一人で。

あれ、いつもの女の子は?と私が怪訝そうにしているのに気づいたのだろう、ことさらわざとらしく、はぁぁぁ、と、ため息をつきやがった。

感じ悪っ。

ますますこちらが顔をしかめると、なんとなんと、牢屋のカギを開けてくれたのだ!

感じ悪いとか思ってごめんよ、アレン(仮)、なになに、解放してくれるの?

そして期待は見事に当たった!

そのまま牢屋を出るように促された。嫌そうな顔で。

だからその顔やめろよ。

縄でつないだりもされなかったので、逃げ出さないと油断しているのか。

気に食わないこいつを驚かせてやろうかと、一瞬本気でダッシュして撒いてやろうかと考えたけれど、いや、そんなことしてる気力も体力も実はなかった。

なんかもう、私のライフはゼロよ。


無言で促されるまま長い廊下と階段をいくつか経ると、夕焼けの空が見えた。

地上だ。

「・・・。」

久々に感じる外の風、ほんのり朱に染まる空。

いきなり直射日光を見たら目ん玉つぶれるところだった。

このくらいの明るさでちょうどいい。

アレンに促されてさらに進むと、あ、いつもの女の子だ。

彼女がにこにこしながら建物の入り口に立っていた。

最近は、彼女が私の言ってることをほんのり理解している風で、いくつか短い言葉で話しかけると、首を振ったりうなずいたりの返事が返ってくる。

「ここから、出て行っていいの?」

ふるふる。否定の意で首を振られた。え。じゃあどうして。

アレンを振りかえると、ものすっごく盛大に嫌そうな顔をして、このジェスチャーは万国共通なのか、手でシッシと追い払う仕草をされた。

っかーーーーーむかつくなコイツ。

二度とお前の顔は見たくないわ。

私は永遠の別れを(一方的に)誓い、彼に背を向けたのであった。



「ねえ、これ何っ?」

「ダイジョブ」

「大丈夫じゃねえから聞いてんの!」

「ダイジョブ、ダイジョブ」

「微妙に使い方が合ってんのが腹立つわあぁぁ!!」

私は、巨大な盥に座らされ、頭からジャバジャバとお湯をかけられていた。

うすうす気づいてたけど、相当体が汚かったんだろうな…確かにお風呂に入れなかったし、ちょっと髪がぺとっとしてて泣きそうだったもん。ありがたいけど、この、犬猫を洗うような手際は何なんですか?

私は石造りの恐ろしく豪勢な、そう、お城のようなところの一室に連れてこられ、屈強なマダムたち(気を使ってそう表現してるけど、要は強そうなおばちゃんたち)3人に囲まれ、衣服をはぎとられてはぎゃー、お湯をかけられてはぎゃー、泡が立つ何か(セッケンですか?セッケンであってくれ、頼む)でわっしゃわっしゃとこねくりまわされてぎゃーと叫びつつ現在に至る。

私のライフはゼロだってば!

綺麗にしてもらってんだろうなってことはわかる。

でも知らない人たちに裸にされて体中をゴシゴシされるなんて、あれだ、今後ペットを連れてトリマーさんところに行くときは、もうちょっとペットに親切にしてあげよう…怖いよねぇこれ。

やがてタオル状の布(ゴワゴワしすぎだよ!素材はなんだよ!)でわっしゃわっしゃとかき混ぜられ、抵抗する気力もなくなったところで、じゃあ、何を着るんですかねと首をかしげたタイミング、小ざっぱりとした衣装と、たぶんおパンツ的な丈の短いももひき(と言ってはみるけど、私、ももひきとか履いたことも実物を見たこともない)を渡された。

あの女の子の着ている服と、色違いのようだ。

彼女は深い青と黒が基調、私は水色だ。

ちょっと、スイスの民族衣装っぽい。チロリアーンみたいなイメージ?知らんけど。

着るの複雑そうだな、この網目のとこなー。こういうのよくひっかけてダメにしちゃうんだよなー。

くだらないことを考えているうちに、身ぎれいにした私の目の前に、今度は美味しそうなご飯が提供されたのだ。

やった!湯気の立ってるスープ!いい匂いのするお魚!やわらかそうなパン…!

食べてもいいのか、とジェスチャー交じりで聞くと、屈強なマダムたちが首肯してくれた。やった!いただきます!

もっぐもっぐと口に食べ物を入れ続ける妖怪と化した私に、向かいの席に座ったおなじみの彼女が、ゆっくりと説明してくれたことを要約すると、たぶんこんな感じだ。半分は憶測だけど。


私はこれから、彼女の仕事を手伝うのだという。

彼女の名前はシリス。

彼女は投獄されている人間の聴取を主に担っており、それゆえに25もの言語を話せるという。すげえ。

ちなみに彼女の職業はランクがあり、言語を3つ話せるごとにランクが上位になる。

この世の言語は、現在発見されているだけでも27。

ってことは、彼女は25だから、最上級のランクだということか。すげえ。そんな風には見えないけれど。

けれど彼女は私という謎の言語を話す人間を発見した。

これは人類にとっても大発見で、もしかしたら他にもこの言葉を話せる人間がいるかもしれない。

そうしたらこの世にある言語は28。

彼女のランクが、1個下がるほどの大事件になる。

で、彼女と一緒に仕事をして牢屋にぶち込まれて移送されてきた世界中の人と接していれば、いつか私と同じ言葉(要するに日本語)を話せる人がどこかにいるかもしれない、ついておいで、世界の宝は俺のもんだ、海賊王に俺はなる、的な。

最後はかなりテキトーな憶測だけど、たぶんそんな感じだと思う。


そうか。もしかしたら私のようにこの世界に放り込まれた日本人、百歩譲って英語とかが話せる現代人に会えるかもしれない。

私が来てしまったのだ、他の人も来られるんじゃないですかね。この世のどこかに、仲間がいるんじゃないですかね。



そう思っていた時代が、私にもありました。



それから月は何回もめぐり(相変わらず2個ある…意味が分からん…)ちょっとずつ私とシリスの言葉も通じるようになってきた頃。

めぐりめぐってたくさんの人と会ったけれど、日本語も英語もついに耳にすることはなかった。

この辺で、あれ、もしかしたら元の世界に帰れないかも、ここで一生を終えるのかも、と、漠然と怖くなってきた。

嫌すぎる。

収穫ゼロの現実が重くて、それでも他にできることがない。

気が乗らないままシリスの金魚のフンをやっていたある日、牢屋で不思議な少年に出会った。

目が水色。きれい。

まず第一印象はそれだった。髪は茶色い。ユカリと一緒。

鉄格子をはさんでシリスがいくつか質問しているのだが、彼のきれいな水色の目は敵意むき出しだった。

問われても何も話さず、出された食事も手を付けない。

と言っても、不味そうなガビガビのパンと水なんだよね。

わかる!私もそれ食わされてた!まずいよねぇ。

何かの政治犯?みたいな容疑らしく(シリスの口ぶりからそう判断したけれど違うかもしれない。まだ細かいことはわからない)シリスは執拗に彼への尋問をしている。

私はその横でぼんやりとよそ見をしていた。

やることがない。

次の日もその少年に会いに行くというので、あんな不味いパンじゃテンション上がんないべ、と、おやつにもらったクッキーを数枚、こそっと紙にくるんでポッケにスタンバっていた。

本当はこういうのをあげたらだめなんだろうけれど、私もあの牢屋の日々がきつかったから、放っておけなかったのだ。

シリスが他の下手人?(なんて言えばいいのだ、収容されている人たちのこと)にかまけてる隙に、そっと水色の目の少年のところに忍び寄った。

目が合うと、思い切り怪訝そうな顔をされた。

ああ、わかります。

まぁ、ちょっと待ってくださいな。

ポケットからすばやく紙でくるんだ例のブツを取り出し、少年に見えるように開いて見せた。

うさんくさそうにそれを見やる彼の表情は「だからなんだこのアマ」そのもので、ああ、わかります、私もあなたならそう思いますとも、とうなずいてみる。

警戒心むき出しの彼の目の前で、そっとクッキーを一枚かじってみる。お毒見です。

彼の反応が、ちょっと出会った頃のユカリに似ていたので、何となくお毒見を連想してやってみた。

ん、おいしい。

実は、これはシリスのお手製で、彼女はストレスがたまると大量のお菓子をつくるという妙な性癖をお持ちでいらっしゃる。

何度かその相伴にあずかっている私である。

味は保証する。

私が1枚きれいに食べ終わるのを、じっと野生動物のように観察する彼に、残りのクッキーを包みなおして、床を滑らせるようにして投げ入れてみた。

彼の足元まで、それはきれいに届いた。

戸惑っている風の彼にもう一回にこっと微笑むと、私は何事もなかったようにシリスの元へ戻って、あとはしらんぷりをしていました。

別に怒られはしないんだろうけれど、何となく。

あの少年をいたずらの共犯に見立てた感がある。


次の日、彼の牢の前を通りかかった際に、ついっと鉄格子の間から手が突き出された。

「ん?」

見ると、昨日あげたクッキーのつつみ紙だ。

くしゃっとしてるやつを、突っ返してきている。

少年の顔は、ちょっと怒っている。

余計な事すんな、クッキーは食ったけどその他は紙切れ一枚も受けとらねえからな。

言葉にするとこんな感じか?(脳内アテレコごっこ)

律義な反抗期そのものの態度がほほえましくて、紙を受けとりながらちょっといたずらをしてみようと思う。

受けとった紙は正方形だ。

これをこうして・・・。

「はい、できた!」

私の言葉なんてわからないだろうけれど、さっきの紙から見事な(本当は不器用でちょっと形がヘンな)ツルを折ってみました。

鳥には見えるよね?

すごくない?と見せてみると、彼の顔に なんだこれは って書いてある。

けっこう興味津々のようだ。こっちの世界には折り紙とかないのかな。

彼にそのまま折り鶴の形で紙を突っ返すと、「何してるの?」と呼んでるシリスの元へ走った。



それから何回かシリスの目を盗んで、クッキーを差し入れたり変顔をして笑わせようとしたり(完敗だった…ちっ)、アホみたいなことをしてその少年と(一方的に)遊んでいたら、ある時ついにシリスに怒られた。

やべっ。

思わず少年と顔を合わせ、次いでおかしくて笑ってしまった。

彼も、少しだけ口の端に笑みを浮かべた。

彼の初めての笑みは、そんな感じで拝みましたとさ。




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