6.で、初めて女の子と会った。
何か何かが口癖の主人公ですが、本人無自覚のまま、現時点で2人の男の初恋を狩ってます。
いやあああああもおおおおお出してぇぇぇぇぇ!!
内心では泣き叫びたかったが、声に出したところで誰にも通じない。
じゃあ、めっちゃバカみたいじゃん。
なので、さして広くないその牢屋の隅っこで、ひたすら体育座りをするしかなかった。
暗いよ何もないよ、うわーあからさまなボットン式のお便所一個しかない、うへーこんなところに長くいたくないよーカビみたいな匂いがするし、ああ、いつもふんわりといい匂いしてたユカリのところに帰してよう(泣)
そういえば川におぼれて誰かに助けられた時も、ふわっと花の匂いみたいなのがしたけれど、あれはやっぱりユカリだったんだろうな。
マントから同じ匂いがする。ちゃんとお礼、言いたかったな。
その匂いに少しだけ落ち着きを取り戻し、それでも数秒後にはすぐに心細くなってめそめそしてしまう。
明かり取りの窓すらない。
暗闇の中で、ずっとえぐえぐ泣いていた。
帰りたいもうやだこんな変な世界。
だいたい、なんで私は捕まってるの?何か悪いことした?魚を捕ってただけじゃん?
まさか、あの魚たちは天然記念物とかか?
もしくは漁業権の話?
だとしても、こんな牢屋にぶち込むほどのこと?
何せ、考える時間だけはうんざりするうほどできたわけだ。
ユカリのくれた黒いマントを毛布代わりに、暖を取りながら考える。
語彙が少なすぎて聞けなかったけれど、ユカリのあの生活は軟禁というやつじゃなかろうか。
不自然なほど他者との接触を断たれ、あまつさえ食事に毒さえ入れられるとか、普通じゃない。
そんな中、よくこんな怪しい女をかくまってくれたよな。なんていい人。イケメンだったし。
いつも何かを警戒しながら、黒い瞳を張りつめさせていたユカリ。
言葉はほとんどかわせなかったけれど、何かに傷ついている人の横顔だった。
最後の方は一緒に添い寝するほど懐かれたけどね。てへ。
今頃、ユカリも心配してるだろうなぁ。
そんなことを考えているうちに、いつの間にかうとうとと眠ってしまったようだ。
我ながらたくましい。えらい。
たぶん、翌日。
なにせずっと薄暗いので時間の経過に自信がないけれど、お水ももらえずに何日も放置されるとは考えにくいので、せいぜい2日も経ってないくらいの時。
私をさらったあの赤毛が、鉄格子の前に現れたのだから、こっちは文句の一つも言ってやりたくなった。
ちょっと、これどういうことよ!
でも叫んだところで(以下略)なので、鉄格子ごしにねめつけるように見上げてやった。
向こうも向こうで、こっちを冷ややかに見おろしている。
感じ悪いなオイ。(お互い様である)
そしてその背後から、もう一人の人物が現れたので、ちょっと面食らってしまった。
しかもだ。
女子!おんなのこ!たぶん同じ年くらいの!
かわいい、この子も赤い髪だけど、一緒にいる男よりもずっと明るい赤。
そして茶色い瞳がくりくりしてて、すごくかわいい。
そういえばこの変な世界に来てから、会う人会う人みんな男、主にイケメンばっかり見てきたけれど、やっぱりちゃんといるよね女の子。
同じ女の子として、こんな扱いを受けている私を見て何か思うところはありませんか?
期待に満ちた目で見つめることしばし、彼女は手元の手帳のようなものを開き、私に何か話しかけてきた。
「@@@@@」
あっ、すみません、それ聞き取れないやつです。
知ってる単語でもなかったので、眉尻を下げて無言になるしかなかった。
そんな私の反応を見て小首をかしげた後、手元の手帳だか何だかをめくって、今度はすこしだけニュアンスの違う語調で話しかけてきた。
「#########」
ん?
なんですと?
「###、##・・・@@@@@?」
もうだめ、ぜんっぜんわかんねえ。
ここで変に首を振ったりしてリアクションすると、返事をしていると勘違いされたら嫌なので、つとめてノーリアクションを貫いてみる。
「@@@@」
赤毛が女の子に何かを話しかける。
表情から察するに、ダメダコリャ、みたいな感じかしら。
対する彼女は首を振り、またパラパラと手帳をめくりはじめる。
「△△△?」
語尾があがって、たぶん質問されたのだろうけど、もう全然通じない。
彼女がしゃべればしゃべった分、こちらのテンションも駄々下がりだ。
どんなに頑張ってくれても、あなたが日本語を話せない限り私たちに意思の疎通などできようはずもないのだけれど、それすら伝える術がない。
言葉が通じないって、こんなに苦痛なんだなぁ。
もし元の世界にもどれたら、もうちょっと外国語の授業頑張ろう。
ちなみに大学の授業で、第二外国語で中国語をチョイスしたところ、一つの文字に音が4つあって、その音を聞き分けないと言葉が通じない…と知り、半期でソッコー他の言語に切り替えた私ですよ。
わかるか、そんな微妙な音の違いなど。できる気がしない。
そんなことを考えている間も、察するに、彼女はいくつかの言語で話しかけてきているようだ。
わからない言葉でも、大体の音の連なりで、今までのとは違うとかさっきと違う言語使ってるなくらいはわかる。
英語と中国語とスペイン語は、それぞれ何言ってるかわかんなくても「違う言葉だな」とわかるような、あれですよ。
いつまでこの問答を続けるのだろう、とじゃっかん飽きはじめたころ、赤毛の男が私の肩を指さして彼女に何かを言い始めた。
え?肩になにかついてます?
つられて見てみると、マント留めの飾りがあるだけだ。
複雑な、何かの文様のような奴。
金属特有のひんやりしたそれは、ゴルフボールくらいの大きさで、これが何か?と赤毛を見ると、かなり渋い顔をしていた。
何が気に入らないというのか。
こっちはお前の存在すべてが気にいらんわ!と完全にケンカモードに入った私にお構いなく、女の子が何かを叫んだ。
「@@@@@@!」
いやいやわかんないって。こっちがノーリアクションなので伝わってくれ、これは時間の無駄というものですよお嬢さん。
かと思えば、そのお嬢さんは鉄格子の間から腕をつっこんできて、あろうことかマント留めをつかんではぎ取りやがった!あ、こら!
と、こちらの脳内言葉遣いがどんどん悪くなってくる。
ちょっと返してよ!
「何すんのよ!?」
思わず日本語で叫んでしまった。
私が初めて言葉を発したことに彼女はびっくりしたのか、マント留めをつかんだままこちらを食い入るように見てきた。
な、なによ。
「@@@・・・@@@@?」
何か言ってる。だーかーらー。
「通じないって言ってんの!いい加減気づけよまじこれ時間の無駄じゃね?ってかそれ返してよ!」
腹立ちまぎれに私がまくしたてると、彼女の大きな目がますます大きく開かれたのだ。
おとなしくて無抵抗だと油断していたのか?なめんな。
何だか知らないけれどそれ返してよ!再会できたら、ユカリに返すんだから。
そうだ、せめてユカリと再会するんだ。
この世界で私の味方はユカリだけだ。
にらみつける私を無言で見返すこと数秒、彼女はすうっと息を吸うと・・・
吐き出す勢いで何かをまくしたて始めた。
「@@@@@@@!?@@@@@@@@@@@@@@@@@@!!」
しつけぇなオイ!
「だーかーらー、わかんないっての!だるいわ!このやり取りがだるいわ!何なのよさっきから!」
「@@@@@@@、@@@@@@!」
「知らんがな!日本語しゃべれコノヤロー!!」
ぎゃんぎゃんと攻防を重ねる私たちを制したのは赤毛の男だった。
「@@@!@@@・・・@@@@」
何を言ったのかはわからない。
でも彼の言葉が途切れるのと同時に、私と彼女が一斉に吼える。
「やかましいわ!」「@@@@!」
それがまったく同じタイミングだったので、彼女と顔を見合わせてしまった。
たぶん、お互いの気もちは一緒。
お互いちょっと顔が半笑いになってしまった。
「・・・。」
これみよがしにため息をつくと、男は何かを言いおいて彼女の首根っこをつかんでどこかへ行ってしまった。
あ、行っちゃった。
まぁこれ以上ここにいられても、話すことなど何にもないけれどね。
ってかそれ(マント留め)返せよ!
それから。
彼女は毎日私のもとに訪れるようになった。
赤毛の男とワンセットで、ついでに食事やお水を差し入れてくれたので、とりあえずありがたくいただくことにした。
大体かぴかぴのパンとスープで、全然美味しくないけれど、毒入りではなさそうだ。
私が食事している間、彼女は何かをメモしているようで、常に何かを書きつけている。
そして私に向かって、いかにも好奇心旺盛です、といった表情で何かをまくしたてては困らせる。
「だから、わかんないって」
根負けして数言こっちがこぼすと、パァァァっと笑みを咲かせるので、脳みそ沸いてるのかもしれない。
そんな不思議な日々がさらに続いたある日。
いつものように食事を持ってきた彼女たちを、うさん臭いものを見るように見上げている私に、まさかの爆弾が落とされた。
「ワカンナイ?」
「!!!」
彼女が、ぎこちなくではあったけれど、言葉を発したのだ。
日本語の。
私の表情が激変したことに力を得たのか、彼女がにっこりと笑みを強めて言葉を続ける。
「ヤカマ、シイ?」
「!!」
ぶんぶん、と、食い気味に首を振ってしまった。
自分以外の誰かの口から、分かる言葉が聞ける。
こんなにうれしいなんて思わなかった。
アド、と、月の名を教えてくれたユカリの横顔を思いだす。
そうか、人と会話できるのって、本当はすごくすごく、嬉しいことなんだ。
思わず涙ぐみそうになる私に、彼女は再度にっこりと笑いかけてきた。
あああああああ、うるせえとか言ってごめんよ。
まさか、彼女が日本語を習得してくれるとは思っていなかった。
もしかしたら、こうしてちょっとずつ会話ができるようになるのかな。
そうしたら、帰り道が聞けるのかな。
せめてユカリに会えるかな。
ってか、マント留めはいつになったら返してくれるのよ。
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「アレン、あの反応見た!?」
興奮気味にシリスがまくしたてる横で、アレンは複雑な表情をしている。
「さっきのあの反応、たぶん合ってたのよ。意味は分からないけれど。ほかにも彼女の言ってる単語でよく聞くやつをいくつか類型立ててまとめたんだけど、やっぱりどの地方の言語とも合致しないのよねーーー。すごくない?ああ、もっと話せるようになりたいわ!文法の法則さえつかめればもっと会話範囲が広がるはずなのにーーー」
息継ぎほぼゼロでまくしたてられる。
アレンの無反応をいいことに、彼女の弁舌は止まらない。
だが、アレンの心はここにあらずだ。
問題はふたつ。
なぜ、第三王子の幽閉場所に、無関係な人間が紛れ込めたのか。
そして、よりによってその第三王子の紋――王族には各人に紋が授けられ、それは他者には使用禁止だ――が刻まれた装飾品を、なぜ身に着けていたのか。
まさか、下賜されたのか。
王族の紋を下賜されるということは、特別な意味を持つ。
異性間なら、求婚に等しい行為だ。
まさか、王子はあの女を見初めたのだろうか?
尋問しようにも、あの女はずっと無言を貫いていた。
男の自分を警戒しているのかと配慮して、数いる問政官の中から一応女であるシリスを指名して引き合わせてみたが、それでもだめだった。
あらゆる被疑者に対応できるよう、25の言語を習得し、法的記録を残すことに特化した特級問政官のシリスですら、すぐには会話が成立しないようだ。
いったい、彼女はどこから来たのだろう。
「ねえ、聞いてる?」
シリスの不機嫌な言葉に、アレンはため息で応じるしかなかった。
このまま放っておくわけにもいかない。
早急に対策が必要だった。