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5.この辺でようやく「ここ、変だ」って気づいた。

ユカリとの不思議な生活は順調だった。

そしてこの辺で、うん、これはきっと夢なんだそうに違いないと、自分に言い聞かせる回数が増えてきた。

会話が成立するほどの語彙はなく、基本的にジェスチャーや図説、あとは気合とフィーリングで乗り切っていた私たちだけれど、不思議と不便はなかった。

ユカリはとてもとても無口だった。

私相手限定ではなく、もともとしゃべるタイプではなさそうだ。

そして。

夜中、ユカリは時おりうなされる。

くるしそうに身を縮こまらせ、あまりにも辛そうなその姿を何度も見てしまい、つい弟たちにするように背をさすってあげたのは、何日目のことだろう。

触れた瞬間、びくりと布越しでもわかるほど過剰反応したユカリは、まるで敵を見るように私を振り仰いできた。

さっきまで夢うつつで寝ていたとは思えないほどの、急速覚醒。

それだけ彼がいつも気を張っている証拠だ。

かわいそうに。

うんうん、と、意味もなくうなずいて背をさすり続けると、荒かった彼の息が少しずつなだめられていくのを感じる。

何が怖いのかはわからない。でも、手が届くところに私がいるのでご安心ください。

この頃、彼が寝巻に使用していた丈の長いシャツ(黒)を貸してくれたので、私の装備も下着+ロングシャツ+マントと重装備になってきた。

この人、黒しばりで生きているのだろうか。

そしておそろいの黒いパジャマで、一つのベッドに横になる。

彼がうなされていれば私がなだめる、そんな夜は、少しずつ私たちの距離を近づけていった。



そして見つけてしまった。

夜空に浮かぶ、2つの月を。


それまで満点の星空しか見たことがなかったので気づかなかったが、ここ、夜空に「月が2つある」。

思わず声に出して確認してしまった。

「?」

めずらしく私が声を発したことに興味をひかれたのか、ユカリが隣に並んで一緒に夜空を見上げた。

こちらからすれば月が2つある時点で驚愕モノなのだが、彼は特に反応を示さなかった。

つまり、これが日常ということなのだろう。

試しに、紙に2つの月―どちらも三日月の形をして、隣同士で並んでいた―を描き、窓の外に見えるそっくりなそれを指さしたうえで、こちらの言葉で”火”という単語を言ってみた。

あれ、あの火。

正確には火じゃないのだけれど、指さす先のあの光ってるやつ。あれ、なんですか。

『アド』

返事はそれだった。

指でVサインを作り、つまりは2つという意味で指を二本立て、アド?と言ってみる。

返ってきたのは首肯。

そうか、月はアドって言うんだ。

そして、ここでは月が2つあるんだ。



・・・何、それ。



急に、足に力が入らなくなった。

結果、しゃがみこんだ。

立つために背中に通ってたなにかが、それを理解した瞬間にするっと抜けていったように、立っていられなくなった。


変だなぁとは思っていた。

人工衛星でもなさそうな、連なる月が2つ。

ここは地球じゃないのか。

聞いたことがない。月が2つ、同じ大きさで並行して浮かぶ場所なんて、地球上にない。

少なくともここは、神奈川でも関東でも日本でも地球でもない。

じゃあ、どこだ。

帰り道は、どうなっているの。

じわじわと実感する恐怖で、体が小刻みに震えてしまった。

怖い、いま、座りこんでいるこの床さえ信じられない。

考えてみると、あの浜辺の邂逅も、ここにたどり着くまでのいきさつも、笑えないほど命のぎりぎりを渡っていたのだと実感してしまった。

夢でも何でもない。

いつ死んでもおかしくなかったかもしれない。


どのくらいそうしていたのか、ふわっと背中に熱が添えられたことで我に返った。

ユカリが、隣に同じように座り込んで、背中をさすってくれたのだ。

目が合うと、うん、うん、とうなずいてくれる。

・・・それ、いつも私がやってたやつ。

一生懸命、私がしたことを返してくれるその優しさが伝わった瞬間、だめだった。

たまらなくなった。

ぶわあっと、泣いた。

必死に目の前の彼にしがみついた。

泣いたってどうしようもないし、解決なんてしないんだろうけれど、それでも泣いた。

彼は辛抱強く、抱き返してくれていた。

それに安心して泣きつかれるまで、ずっとその温かさに包まれる。

ユカリがいてくれてよかった。

本当に本当に、そう思った。




ところで。



ギャン泣きした後って、気まずいですよね。


もうこの世の終わりかと大泣きした私ですが、それでも朝はやってくるし、ユカリと陽の下で目が合うわけですよ。

そんな翌朝のベッドの上。

気が付いたら背中から抱え込まれてて、おいおいこれはあれですか、カレシカノジョの朝チュン(死語)風景ですか、と、自覚した瞬間、羞恥で死にかけた。

彼と私の名誉にかけて、別にいやらしいことをしたわけではない。

それゆえ、なおさら恥ずかしい。

後ろからホールドされてなければ、ごろごろ転がり「きゃぁぁぁ無理無理、恥ずかしいいいいいぃ」とうめいて暴れまわったことだろう。

そうするとユカリに攻撃をする形になって迷惑すぎるので、ぐっとこらえて様子をうかがうことにした(私、賢明!)。

そろそろと背後を振りかえると、うっすらと目を開けたユカリがいて、相当な至近距離で見つめあってしまった。

 にこ。

あ、ユカリの笑顔は珍しい。

つられて、にへらっと笑みを返す。

 こ れ は 恥 ず か し い。

もし自分が中学生だったら、もうこの日から意識しすぎて彼の顔もまともに見られず、避けるように、でも目で何度も追いながらモジモジする謎の妖怪的なモノになってしまう所だった。

頑張れ私、成人女子。

こんなことくらいで、そんな意識過剰になってる場合か、とにかく何事もなかったように今日を迎えるしかない。

体を起こそうとした途端、ぎゅ、と信じられないことにユカリが両腕に力を込めてきた。

 抱きしめられとる・・・!

今まで、ここまであからさまなスキンシップなんてしてこなかったのに、どういう心境の変化だ!?

まさか、2つの月の光を浴びると美人になる魔法でもあるのかしら、思わず抱きしめたくなる美人になってるのかしら私、それはそれでいい話だ、と、彼の腕をするりとかわし、期待半分で鏡をのぞいた。

泣きつかれて瞼がはれて、めっちゃブサイク。安定のブサイク。

これは、きっつい。

顔を洗うために水盥の方へ慌てて移動すると、背中でユカリの笑う声が聞こえてきた。

何が面白いのか、私の百面相はユカリのご機嫌に一役買ったようだ。


この日から、なぜかユカリは眠るときに私を抱き枕にし始めた。

距離の詰め方、急すぎませんか?

もうちょっと、何かワンクッションいただけませんか?


でもそれは、野良猫がようやくなついてきてくれたものに似てたし、何よりも彼から”いやらしい”感じがしなかったので、だんだんそれにも慣れてしまった。

警戒心の強い不愛想な猫が、ようやくデレてくれたような。

そんなくすぐったさもあり、とにかく私たちはとても仲良しになったのだ。


もちろん帰る方法も探さなければならない。

でも右も左もわからない、実際に東西南北の概念があるかどうかもわからない、さらにウカツに歩けば矢まで飛んでくる世界で、私ががむしゃらに飛び出したって打開策にはならないだろう。

それよりもここで仲良しのユカリに言葉を教えてもらいながら、彼の身を案じつつ、一日2回だけ他人がやってくるのをやり過ごして、時機を見たほうが絶対にいい。


そう思っていた時期が、私にもありました。



もともとこんなHide-and-seekかくれんぼ、無理があった。うすうす気づいていた。

ただ、もうちょっとこの生活が続けばうれしいなと、希望的観測と事実をごちゃまぜにしていたのだろう。


油断していた私は、うっかり人目についてしまった。


あ。


目が合ったときにはやばいと思った。

馬にのった男の人が、川魚をこっそりとっている私にめちゃくちゃギョッとしているのは伝わった。

ギョッと、ってこれも死語な表現だけど、それが一番正解に近い。

こちらの世界に来て、人の表情を読むのがかなり得意になってきたかもしれない。

「@@@@@@@@@@!」

あ、なんか言ってる。私の知ってる単語じゃない。

でもたぶん、なんでこんなところに、お前は誰だ的なことなのだと思う。知らんけど。

とっさに走って逃げようかと思ったけれど、相手は騎乗している。

下手すると踏みつぶされるかもしれない。いや知らんけど。

この人の表情からして、私は歓迎されていないことだけはわかっていた。

目が合ってお互いに固まってしまっていたのは2~3秒だったけれど、その間に上記のようなことと「うへーまたなんかイケメンだよ今度は髪が赤い、そして御大層に白馬に乗ってるよ、この人、金髪のあの王子さまの次くらいに王子っぽいな、脳内で王子さま2って呼ぼうかしら」ということを考えて・・・逃げ遅れた。

そりゃそうだ。

下馬してものすごい勢いで追いかけられ(馬でツッコんでこなかっただけ律義な人である)、背後は川だし助けを呼ぼうにもユカリは建物の中だ。

逃げ足には自信があったけれど、足の長さは圧倒的にあちらさんが有利で、くっそう、なんで私の足は短いのだと両親を恨んでいる間にガッツリ首根っこをつかまれてしまった。

殺される・・・!

もがく私を私のマント(ユカリにもらったやつ)でぐるっと巻かれて(マントってこういう使い方で合ってましたっけ?)、ぎゃーと思った時には彼ごと馬上の人になってしまった。

ひいいいいい人さらい!!!!!!

「ユカリ!!」

声も届けと叫んだ。

幸いに、馬のいななきやらで様子がおかしいと思ったのか、窓から身を乗り出しているユカリが見えた。

助けて!なんか・・・なんか・・・馬、めっちゃ揺れるんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!!!

「ユカリーー!!!!!」

私の叫びもむなしく、馬はどんどんとユカリとの距離を広げていった。

ユカリが何か叫んでいたけれど、それすらも風の音でかき消された。


いやいや怖いよ、どこに連れて行くのあなた誰!


イケメンと白馬に乗るチャンスをいただけるなら、せめてこんな黒い布でぐるぐる巻きにしないでいただきたかった。

もうちょっと、お姫様を乗せるように優雅なスタイルでお願いしたかった。


そんなこと考えてるくらいなら、命の心配でもすればよかったんだけれど、まぁそろそろ不測の事態になると冷静そうにパニックに陥るという私の習性を、自分でも自覚し始めたころだった。


ユカリにさよならも言えずにお別れしたこの時、次の再会がトンデモな展開になってしまうことなどまだ知らなかったから、逆に幸せだったかもしれない。


そして赤髪のイケメンが私をはるか遠くつれてたどり着いた先で、最終的に入れられたのは露骨に牢屋でした。



うっわあ。

鉄格子とか初めてさわっちゃったよ!!



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