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42.―――ひとのきもしらないで

愚弟を実家に呼び出したのは、ほんの少し前。

忙しいを言い訳に、何年も実家に寄りつかない弟を「姉の命令」のテイで、呼びつけた。

実際に多忙なのはわかっていた。

陛下は「ある時」を境に、王城の奥深くから出てこなくなったという噂が、貴族中にささやかれるまでそれほど時間はかからなかった。

何せ、辺境のアカデミアにいる(シリス)の耳に入るなんて、よほどのことだ。

仮にも身辺警護を預かる身、そうそう休暇などとれないだろうが「姉の言うことが聞けないの」という短い手紙の殺傷能力は高かったらしい。

・・・もちろん、検閲を警戒しての、あえての短い文面だったことは、名誉のためにつけくわえておく。


久しぶりに会う愚弟は、見るからに焦燥していた。


「あちらのご様子は?」

あちら、と、親衛隊である者に尋ねること自体が、”陛下のご様子”の意である。

軽々しく名前を呼べないその存在に対し、アレンは眉間のしわを深く刻んだ。

幾度かためらいのため息をこぼした後、食後のお茶のカップにある水面を揺らせながら語るには、想像を絶するほどの荒廃ぶりで、誰もがもてあましている、否、もてあますどころの騒ぎではないのだそうだ。

寵姫を奥の宮に閉じこめ、そこから脱走されたということは。

まず第一に、安心安全を誇っていた足元の警備も、意のままにならない、裏切り者がいるかもしれないということ。

そして脱走者の捜索もままならないほど、所詮、王と言えどすべてを御せないというジレンマ。

何より、最愛の女性が、死んでも手に入らないほどに自分を厭うていたのかもしれない、という絶望。

誘拐なのか、脱走なのか、手掛かりはまるでない。

だからこそ、どうとでも解釈できる。

そして不安が大きければ大きいほど、想像は悪い方へ傾くものだ。

「もう、見ていられないほどだ・・・」

前髪をわしづかみにしながら、テーブルに肘をつく愚弟を、シリスは、ふーん、というように見やっていた。

「お前だって!」

その様子に、なぜか逆切れしたのはアレンだ。

「心配じゃないのか?言葉も話せない、世間も知らない、何もできないあんな小娘が、さらわれたのかもしれないっ。身代金目当てならとっくに連絡が来ているはずなのにそれすらもないということは・・・つまり・・・っ」


殺されたのでは。

生きていないのでは。


その言葉を必死に飲み込もうとする愚弟を、どこか感動する気持ちで見つめた。

こんなことに心乱すなんて、そんな甘い精神力で、よくもまあこんなに苛烈な環境でまっすぐ育ったものだ。

生まれながらに「女じゃない」という理由で、両親どころか親戚中から捨て置かれた弟。

そこで腐らずに這い上がった根性は、姉弟共通かもしれない。

「今、どこでおびえているのか。食事はのどを通っているのか…」

「・・・。」

本当に、感動する。

それと同時に、ただの純粋とは違う温度を感じ取った。なにせ、物心つく前から身近にいた、文字通り身内なのだ。

ああ、この子は。

自覚があるのかどうかはわからないが、弟の純情など今は問うている場合ではない。

「いるわよ」

突然の言葉に、髪をかきむしっていた指が止まった。

伏せていた顔があげられ、目が合う。

愚弟は、本当に愚かだ。

「私のところに、あの子」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は。」

ものすごい”溜め”の挙句、発せられたのはそんな音とも取れないつぶやきで。

「な、ん」

「あの子、うちで保護している」

多分、アレンの脳がその言葉の意味を分解して咀嚼して飲み下すまでにかかった時間と、同じ長さの沈黙だったのだろう。

「え?」

わざとらしく、ゆっくりお茶を口に運んでみる。

そのしぐさを、アレンの目がじっと追いかけている。

視線に力があるのなら、貫かれているのではというほどの強さだった。

「まさか、おま、お前…」

「私がさらったんじゃないからね」

先に刺しておく。

激高した愚弟が叫んだり暴れたりしないよう、機先を削いでやった。

案の定、叫びたくても叫べず、酸欠の魚のように口をはくはく動かしている間抜けな顔が拝めた。

「詳細は伏せるけど。いまはうちの施設で保護してる。まだどこにも漏れていない」

はずである。

彼女を私に引き合わせた何者かが、それを漏らしたりしない限り。

「じゃ、あ」

「無事」

一番知りたかったであろうことを告げる。

「・・・っ」

ぶつん、と。

アレンの両肩から力が抜けたのが、目に見えてわかる。

「・・・・っ」

両手で顔を覆ってしまった。

弟の百面相など面白くもないので、礼儀として目をそらし、静かにお茶を飲み下す。

無言の間に、アレンの感情がどう揺れたのかはわからない。

ただ、この愚弟の美徳は。


「・・・で、俺は何をすればいい」

感情や恨み言や文句を飲み下し、今日私がわざわざ実家で落ち合おうと提案したことの、真意を汲もうとする程度には、デキる男に育った点だ。

「あなたに届けてほしいものがあるの」



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