4.ブラとパンツだけでイケメンを助けた。
そして気づいた。
あれ、私、ブラとパンツ一丁なんですけ・・・
「どぉぉぉぉぉぉ!?」
慌ててシーツをかき集めてささやかな胸やらを隠す私と対照的に、彼はほぼ無反応だった。
そうだ、服は置いてきた(イケメンの上に)。
慌ててシーツの下の体を見れば、ところどころ痛そうなあざが散っていた。
流されたときに結構岩に激突したもんな。
そして一番重要なのは、まさか、こんな姿の私を、目の前の彼が目撃して・・・そして・・・ここに運び・・・
考えたくないことが頭によぎり、ベッドの上で思わず彼との距離を取ろうとしてあがいた背中に壁が当たる。
こわごわと、目を合わせる。
「・・・。」
彼が無言なまま黒のマントに手をかけて外しだしたときには、全身をひやっとした汗が駆け抜けた。
何、脱ごうとして、え、ちょ、どうしよう、金的蹴り(※対男性急所攻撃)して数秒くらい時間を稼ぐか?
けれど予想に反して、彼はそのマントをばさりと私に投げてよこすと、そのまま部屋をでていってしまった。
・・・・・・・。
王子さまもそうだけど、ここの殿方はお目が高すぎて、私のような凡人はメスとも認識しないでいらっしゃるのかしら。
そのおかげで助かってるんだけどね。うん。美人じゃなくてマジよかったーほんとほんと(棒読み)。
彼からの施し(?)であるマントをまとい、右肩の留め具でぱちりとやると、思い切り走ったりしなければ下があられもない姿だというのはわからないようになった。
でもマントの下は下着オンリー。
困った、人や助けを呼びに行きづらい。一歩間違うと露出狂だよねこれ。
少なくともまともな衣服を調達するまではここを出ていけない。
仕方がなくベッドの上にちょこんと座って周りを観察する。
石造りのこの部屋は、ちょっと殺風景だった。
小さな窓がが一つ。ベッドと机といすが各一つ。
木の扉が二つ。一つはさっき彼が出ていったもの。
それを開ける勇気もなかったから、そのままこの状況を脳内整理してみた。
誘拐されたのか、大がかりな一般人ドッキリか。
どこかに隠しカメラでもあるのだろうか。
部屋をぐるぐる見回し、クローゼットらしきものを発見する。
もしかしたら、彼のシャツくらいは拝借できるかも。
そう思って開けた時、外から複数の靴音が近づいてきたので、マジで焦る。
もし、あの矢を射かけてきた連中だったら?知らない男の人が大勢入ってきたら?この、マントの下はブラとおパンツだけの状況で、無防備に姿を見せる気にはならなかった。
コンコン。
ドアがノックされる。
さっきの彼が戻ってきたのなら、ノックなどしないだろう。
つまり、やっぱり知らない人たちがそこに立っているのだ。
とっさに、クローゼットの中に身を隠し、音を立てずに扉を閉める。
それと、人が入ってきたのはほぼ同時だった。
クローゼットの扉はきれいで細かい透かし彫りがされていて、その模様の隙間からうっすらと部屋の中を見ることができた。
入ってきたのは2人の男性。やばい、よかった、隠れててよかった。
ガテン系の、ガタイがよすぎるおっさん2人で、片方はトレイに食事らしきものを持ってきていた。
途中で外から誰かの声がして、おっさんのうちの1人がそちらの方向に歩いていく。
取り残されたもう1人は、机の上にトレイを置いて、そのまま出ていこうと・・・せずに、袖口から何かをごそごそ取り出していた。
ん?しょう油ビン?
そう思ったのは、大きさとか、ガラスっぽい造りとか、中に入ってる液体の黒さがそれを連想させたからなのだけれど、彼はそのまま器の一つにその中身を入れ始めた。
うん?料理の仕上げか?
それにしても、運んで来てから食事にかけるか。
味が薄くてという理由で追いしょう油をするなら(しょう油前提で話を進めているが)、食べる本人が味を見ながらやるものじゃない?
不審でしかないおっさんのこそこそした行動が気にかかりつつ息をひそめていると、さっき出ていったおっさんが部屋に戻ってきて、いくらか話してから二人同時に出ていった。
なんだろう、この違和感。もやる。
ぜったい、怪しい。
そろそろとクローゼットから出て、器の匂いを嗅いでみた。
とくに変な匂いはしていないけれど。
でも並んだ食事の色は、しょう油がかけられたような色みではなかった。
食事にかけると無味無臭?なんで?怪しい以外に言葉が出ない。
黒い瞳の彼が帰ってきたのはそれから少しあとだった。
私はさきほど見たことを説明したいのだけれど、言葉が通じない。もどかしい。
食事を指して一生懸命ジェスチャーでアピールしたのだけれど、それを 私も食事がほしい と勘違いしたのか、面倒くさそうにパンを放ってよこされたときは絶望した。
ちっがうわ!パンをおねだりしたんじゃないわよ!
首を振ってまだ何か訴えようとすると、彼は心底迷惑そうな顔をし、無言でトレイを押しやって食事の手を止めてしまった。
ごちゃごちゃうっせえから、食欲失せた、面倒くさい。
無言でも伝わるくらいの態度に地味にショックを受ける。
いや、いいけどさぁじゃあ食べれば。でも変だったもん怪しいんだもん、1人になった瞬間にこそこそ食事にものを入れるとか、こっちでは普通なの?私は映画で犯人が食事に毒を入れるシーンそのものにしか見えなかったけど。
そう、自分の自問自答で気づいた。
そうなのだ。
そういう怪しさだったのだ。
気のせいかもしれないけれど、少なくとも人が見ていないところで何かを入れた食べ物は絶対にお勧めできない。
結局、彼は食事もとらず、そして私に投げつけるように毛布をかぶせて、一つしかないベッドから追いやると、こっちに背を向けてごろりと寝てしまった。
あああそうですかい。
私も毛布でミノムシ状態になると、部屋のすみっこでいじけるしかないのだ。
ええい、露出狂と間違われてもかまわない、明日はこのマント+毛布という二重装備で外へ出て行ってやる、帰る道を探してやる!
空腹を寝てやり過ごした私への、彼の態度が豹変したのは翌朝だった。
トレイの上で、ネズミが死んでいた。
パンがかじられた跡と、口周りがスープの色に染まっていたので、昨日彼が食べなかった食事を食い荒らした犯人だということはわかった。
そして本来は警戒心が強いはずのネズミが、トレイの上で死んでいるのだ。
つまり、即死に近かったのだろう。
毛布でぐるぐる巻き状態だった私の両肩を、彼が乱暴にゆすったときは なんだよまだ寝かせてよと思ったのだけれど、無言で指が示した先の食卓に、私も数秒固まった。
ぎゃ!ネズミ!っていうかやっぱりか!なんか変なの入ってると思った!!でっしょおおおお!
彼のもの言いたげな視線とぶつかると、とりあえず私は私を指さして、首をふる。
これやったの、私じゃないからね、念のため。
彼はしばし考えこんだ後、食事を窓からネズミごと外に放り出していた。
うん、そうした方がいい。
更に何かを考えこむ彼のとなりで、私も考えこんでいた。
矢が飛んでくるし、ごはんに変なものを入れられるし。
なんか、ここ、すっごく危険じゃない?
イケメンの王子さまもそうだったけれど、目の前の彼も命を狙われているのかもしれない。
なんで?さすがに撮影じゃないよね、ネズミが死んだのが何よりの証拠だ。
これがドッキリだとしても、人を殺すなんて、冗談でやっていい範疇じゃない。
黒い瞳の彼と目が合う。
私は真顔で、こっくりとうなずいてみせる。
わかんないけど、私はあなたの敵じゃない。
彼がそれをどうとらえたのかは、その後の彼の態度が教えてくれた。
彼はある程度自由に動き回れるようだけれど、毎日この部屋に戻ってくる。遠くには行けないのではないかしら。
一日に2回、2人組で男の人たちが食事を運んでくる。
それ以外は誰とも会わず、誰も訪ねてこない。
私はこの部屋で息をひそめ、食事が運ばれてくるときはクローゼットに押しこまれる仕様になった。
もし女性が入ってきてくれたら、有無を言わずに助けと呼ぼうと思っていたけれど、おっさんしか登場人物は増えなかった。
食事はなるべくとらないように、ときどき彼と外に出て例の川魚フルコースや野生の木の実をふるまったりした。
この川は、私が流されてきたあの川だろうか。
昼に見ると、流れも激しくは見えなかった。
建物は彼と過ごしているもの一軒だけで、辺りは森と草原と川しかない。
近くに人が住んでいる気配もない。
そしてそろそろ気づいたのだけれど、電気も水道もない。当然、テレビもスマホもない。
夜になるとろうそくを使っていたくらいだ。
海外に、そういう宗教の人がいたよねたしか。
昔ながらの暮らしを守るとかで、近代文明を拒否して生きていく人たち。
授業で習った。
私は知らないでその村にまぎれこんじゃったとか?
というか日本にあったんだっけそういうの。
もしくは誘拐されてここに来たのだろうか。
でも小さい子ならともかく、成人女子を意味もなく誘拐するかしら。
わからん。
でも差し迫って、危険はなさそうだ。ならよし。と、無理に自分を納得させる。
それに、彼のことが心配だったというのもある。
あの毒を入れた犯人は彼を狙ったのだとしたら、あの日の食事で死ななかったことを不審に思うだろう。
より慎重に、命を狙ってくるかもしれない。
そのくらい、ネズミの一件は笑えない事実だった。
黒い瞳の彼は、もともと無口なのかめったに口を開かなかったし、私も通じない言葉をわざわざ使うのを恥ずかしがった。
私が手づかみでとらえた魚を火であぶると、はじめは驚いていた彼も、最近はマネして捕まえられるようになってきたし。
魚は前にしか逃げられないから、口と尻尾を同時に、こう、がっとやるのよ!と態度で手本を示す。
私がもっとワイルド系だったら、森で小動物とか狩ってさばいて肉パーティーもできるだろうけれど、残念ながらそこまでのスキルはない。
夜はベッドを半分こするようになった。
何というか、恥ずかしさよりも彼が心を許してくれている感じがうれしくて、水を差せないでいた。
やがて言葉の弊害を何とかしようと思ったのか、彼が紙とペンを用意してくれたのが「プチ授業」の始まりだ。
書いてくれた文字と思われるものは、見たことのない形で、どちらかというと記号に近かった。
少なくともABCとか漢字じゃない。
彼が単語を書き、それが何かを指でしめし、発音する。
机、いす、ベッド、マント、パン、魚、火、星。
単語を覚えると、彼の発言のところどころに「あ、聞いたことあるやつだ」と拾える瞬間が増えてきて、そうか、学校でひたすら英単語を覚えさせられたのは、案外間違いではなかったのだなとぼんやり感動した。
ある時、一生懸命書き取りをしていて気づいた。
そういえば、彼の名前って何だろう。
机といすは私が占領していたものだから、床に座って膝の上の分厚い本を下敷きがわりにして、何かを書いている彼に近づいた。
顔を上げた彼を指し、首をかしげて見せる。
伝わるかな。
貴方の名前は?
それを何度か繰り返すと、ああ、と合点がいったような表情で言葉を発する。
ゆっくり、ゆっくりと2回それを発音してくれた。
一生懸命再現しようとした私が「ユカリ?」とつぶやくと、ぶっと噴出されたのでどうやら間違えたのだということはわかった。
え、そんな笑う?感じ悪っ!
私が怒った顔をすると、彼はそのまま笑いつづけるものだから、毒気が抜けていく。
そういえば、彼の笑顔を見たのは、これが初めてかもしれない。
彼は、うんうん、と笑いすぎて目じりの涙をぬぐい、笑いの残った声でこういった。
「ユカリ」
そういうことで、私はその日から彼を呼ぶときに「ユカリ」と発するようになった。
そして彼も当たり前のようにふり向く。
私の書く文字と覚えた単語が少しずつ増えていった。
そして彼がいつも私が勉強しているときに何を書いていたかというと・・・まるで美術大学生みたいにきれいでうまい私の横顔の模写だったのを後々知った。
そして彼の本当の名前はユカリじゃなくてルーカリーだと知るのは、もっともっと後になってからだ。