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33.待ちに待った瞬間

もう頼みの綱はヨウコ様しかいない。


メイドのお姉さんに促され、暗い廊下を歩いていく。

ここは森に囲まれているからか、全体的にほの暗い。

廊下にかかげられているろうそくの灯も間遠で、牢獄感がハンパない。

ケチってるのかしら。

やがて中庭のような場所にたどりついた、その時。

いた、と思った。

黒髪だった。

腰まで伸びた髪はまっすぐで、彼女の動きにあわせてゆっくりゆれている。

思わず、先導してくれたメイドさんを見る。

無表情で、われ関せず、という態度だ。取次ぎをしてくれる気配も、声をかけてくれるそぶりもない。

でも、私がいきなり話しかけても大丈夫なのだろうか。

きっと、高貴な身分のひとだよね。

けれど、ここで回れ右して帰るわけにいかない。

何回か深呼吸をし、おもいきって声を上げる。

『あ、の、ヨウコさま』

返事は、ない。

それどころか、彼女は音などいっさい聞こえないかのように、ゆったりと中庭を横切っていく。

二度目の、声をかける勇気はなかなか出ない。

再度、メイドさんを見る。

目も合わせてくれない。えええええ、どうしたらいいんだ?

『ヨウコ様、あの、私、今日、ここ、いる、来た、です!』

言葉があいかわらず残念だ。

焦ると余計に単語が出てこない。

ジェスチャーで補強したくても、相手はこちらを見てもくれないので無意味だ。

こうなったら、袖をひっぱってでも足を止めなければ・・・と駆け寄りかけて、妙な違和感が足を止める。

ヨウコ様は、ゆっくり、まっすぐ、中庭を歩いていく。

足元に水たまりがあっても、花壇があっても、気にせずにすすむ。

足元をまったく気にしていない。

夢遊病のひとのように、ゆら、ゆら、と、ただそのまま前だけを向いて、歩をすすめているのだ。


なんで。どういうこと。


ここで、ふと、妙なことに気づく。

私ですら、メイドらしき人がついているというのに、ヨウコ様には誰もついていない。

本当にただ一人で、歩いている。

まるで、皆に存在を忘れられているように、そこにいるのにいないように、扱われている。

びちゃ、と、ヨウコ様の足が、ぬかるみを踏む。

泥が、その青いドレスの裾にはねる。

けれど、本人も、周囲も、気にしない。

私だけが、この言葉にできない違和感と戦っている。

本日三度目、メイドさんを見る。

そのまなざしは淡々として、まったく感情が見えない。

当たり前の光景を見ている、退屈な景色を見ているかのような態度だ。

なんだろう。

胸がざわざわする。

『ヨウコ様…!』

ええい、と飛び出して、その右腕をひいた。

くい、と、ヨウコ様の体が傾く。

動きがとまる。

お、怒られる、か?と、恐る恐る顔を見上げてうかがっていると、つい、と、彼女の顔が、つかまれた腕を見る。

近くで見て、息をのんだ。

綺麗だった。

濡れるような目は黒。縁どられたまつげも黒。

淡々と、私がつかんだ右腕をみおろしている。

日本人だと言われれば、そうか、と思ってしまう顔立ちだった。

すこしハーフっぽいけれど、全体的にアジア系の顔立ちだ。

『あ、あの』

『・・・。』

一言も発しないまま、つい、とヨウコ様の左手が、私の手に重なる。

ん?

そっと、私の手がはがされる。

ヨウコ様はこちらを見もしない。

あ、と思った時には、そのままゆっくりどこかへ歩いて行ってしまう。

引き止めには失敗した。

会話にも。

彼女はまるで袖にひっかかった枝をよける程度の反応で、私に何の反応もしめさなかった。

夢遊病、という言葉を、ふたたび連想した。

混乱する。どういうことだろう。

考えたところで分かるはずもなく、私はそっとヨウコ様のうしろをついていくことにした。


彼女はゆっくりと、やがて一室にたどりついた。

扉は開けっ放しで、彼女も入室したからと扉を閉めない。

それに勇気をもらって、えい、と私も同じ部屋にお邪魔した。

部屋はがらんとしている。

誰も控えていない。

重々しいカーテンは中途半端な開かれ方で、夕焼けに近い空がほんの数センチの隙間から見えるだけだ。

床には、点々と何かが落ちている。

衣類?

家具もモノもほとんどなく、散らかっているのに生活感がない、という変な状況だった。

ヨウコ様は床にあるものも踏みしめ、何も気にしないようにベッドへ向かった。

そして、あろうことか、ごろん、と寝ころびあそばされたのだ!

変な言葉遣いになったのは、私の動揺を示している。

だって、さっき靴もドレスも泥だらけになったやんけ!

そんな状態で、ベッドにあがっちゃうの!?

あわてて駆け寄ると、案の定、ベッドのその部分が泥で汚れてしまっていた。

あああ・・・。

よく、ホテルのベッドの足元になぞの布がかかってることがあって、あれってなんなのかずっと疑問だったんだけど、いわく、室内でも靴を脱ぐ習慣のない外人さんが、靴のまま上がってもカバーを汚したりしないよう、靴用にかけられてる生地が、それなのだそうだ。

うーん、つまり、ヨウコ様は外人さんの文化的風習の人?日本人じゃない?望み薄い?

『ヨウコ様』

念のため、もう一度声をかける。

返事もないし、こちらを見向きもしない。

そっと、目を閉じて眠る体制に入っているようだ。

・・・・・・・・私のようなわけわからんやつとは、口もききたくないのか。

それとも、夢遊病のような状態で、ちょっと正常な状態ではないのか。

わからない。

でも、なんか、気になる。

私は散らかった衣類をおそるおそる拾い(幸いパンツとか下着じゃなくて、ぬぎちらかしたスカートや落とされたスカーフやら、なぞなものだった)、一か所にまとめたところで、部屋を見回す。

散らばった本も、とりあえず本棚に押しこむ。順番とか文字が読めないのでわからないけれど、なんとなく形や色でそろえてみる。

ここでもう一度ヨウコ様を見たけれど、無反応で、眠っているのかもしれない。

なるべく音を立てないよう、ささっと室内を片づけて、私は部屋を後にした。

明日、また来ようと心に決め、ヨウコ様の部屋の位置を念入りに確認した。

扉はもちろん、閉めた。そっと。

そして振りかえる。

廊下には、さっき私を先導してくれたメイドさんがいて、うながされるまま自室に戻るしかなかった。

どうか、今宵は。

キャリーが訪れてきませんように。



次の日。

無事に夜をこえることができた。

私の身の回りのことはメイドさんらが黙々としてくれるようで、着替えは用意されていたし、朝食ももらえた。

当然、ヨウコ様は同席しなかったけれど。

私は昨日覚えたヨウコ様の部屋を訪れることにした。

けれどすでに人はおらず、まとめて積んでおいた汚れた衣服はなくなっていた。

さすがに、メイドさんとかが洗濯しに行ったのかな。って、そんなことはどうでもいい。

では、ヨウコ様はどこにいるんだろう、とかんがえ、思いついたのは中庭だ。

この宮はそれほど広くない。

私の部屋がある棟と、中庭を挟んでヨウコ様のお部屋らしきものがあった棟の二つ。

周囲の一番外側はぐるりと水路に囲まれていて、例の跳ね橋がないと出られない。

そして、いたるところに真っ黒な花―ライキ―が揺れている。

異様だ。

確認すればするほど、ここは牢獄みたいに思えてくる。

仮に、この宮を抜け出そうにも、水路は結構な広さだ。

まぁ、泳げばなんとか抜けだせるかもしれない。

海や川と違って、波立っているわけではない貯水路だ。

行けそうな気がする。

いざとなったらその覚悟でいくとして、とにかくヨウコ様をさがすことにした。

メイドさんたちは廊下ですれちがっても軽く目礼をしてくるだけで、話しかけても来ないし、私を制することもしない。

それじゃあ自由にさせてもらおう、と、目についた扉を片端から開けていくことにした。

そのうち、地下への階段もみつける。

それはひろい書庫のような場所で、わーお、と表紙をめくってみるものの、紙面にはやはりこちらの文字が躍っているだけだった。ざんねん。

ものめずらしく見回しているうち、物音に気づいた。

あ、いた。

ヨウコ様だ。

彼女はこの書庫で何をしているんだろう。

今日も彼女は青い服を着ている。

昨日とはすこしデザインがちがうから、着替えたのだろう。

彼女は読むともなしに本棚の背表紙たちをながめているようだ。

時おり思いだしたように指で押したり引いたりしている。

足どりはふわふわしていて、何を考えているのか、その横顔からはまったくわからない。

私がここにいることはわかっているだろうに、一瞥すらしない。

やっぱり、すこしおかしいのだろうか。

声をかけるべきか迷っていると、不意に、視界の端で何かが動く。


ん?


ヨウコ様が指やてのひらで押しこんだりひきよせたりする本の上部が、ぐら、と傾いだのだ。

彼女が手でもてあそんでいる列よりも数段上、そこが、ぐらっとした。

高いところだからって、ずいぶん中途半端な積み方してんな、あぶないな。

『ヨウコ様』

注意喚起を、と、声をかけても、彼女は聞こえないかのように、目の前の背表紙を押したり引いたりしつづけている。

もしかして、お耳が聞こえないのかな、と、その無反応さから不安になった、その時。

まるで見計らったかのように、バランスがいっきに崩れ、本が落ちてきたのだ。

ちょうど、ヨウコ様の頭上に!

「あぶない!上っ!!」

とっさに日本語でさけび、さけぶと同時に後悔する。

あああああニホンゴなんて通じないのに!

そう思ったのはコンマ2秒くらいだろうか。


え。


私は見た。

私の叫びに、ヨウコ様がさっと”上を向いた”のを。


!?


降ってくる本に気づいたのか、ヨウコ様は右腕で顔をガードした。

それもコンマ2秒くらいで間に合ったようで、バサバサと重い音を立てながら床に散っていく本の雨で、彼女はひたすら手で頭をかばっていた。


・・・ばさっ。


最後の一冊が落ち終わったとき、しばらく二人とも動けなかった。

沈黙数秒。

ゆっくりと、そして初めて、ヨウコ様がこちらを見た。

ぼんやりとした表情ではなく、あきらかに意思を持ったまなざしだ。

私と、目が合う。

「もしかし、て」

そう紡がれた言葉は、久々に耳にする日本語だった。まちがいない。

ヨウコ様は、凍りついた表情で、ゆっくり口を開いた。

「あなた、日本語がわかる、の?」

「・・・・・!!!!!!」

この時の私の反応と言えば。

あたかもライブでノリノリのファンのように、首を激しく縦に振りまくることしかできなかった。

うわあああああ。

のどが詰まったようにくるしくて、声が出なかった。

うわあ、うわあ、もしかして、もしかしてって思ってたけれど。

本当に?

「に、日本人です!」

ようやく出た言葉は、変なところで声が裏返った。

「私、日本人です!!」

ヨウコ様の目が、ひときわ大きく開かれる。

私は感極まって、すでに半べそ状態だ。

ぜったい、勘違いじゃないよね!?

「・・・そうだったのね」

ヨウコ様が、床に落ちた本を踏みこえて、こちらに歩みよる。

私は急に気が抜けて、へた、とその場に座りこんでしまった。

足に力が入らない。

「あなたも”こちら”に、来たのね?」

「・・・!」

ヨウコ様の言葉にうなずいたとたん、私の目から涙がぼろぼろこぼれる。

うわ、うわ、めちゃくちゃスムーズに会話がつながる、言いたい言葉で話ができる、そんなどうでもいいことに感動しながら、でも一番の感動は、自分と同じ状況にいる、自分と同じ常識をもった女性が、いま、目の前にいてくれていることだ。

ヨウコ様がそっと私に手をのばす。

立ち上がるのに手を貸してくれているのだ。

その手に自分のを乗せた。

「そう、そうだったの・・・」

ゆっくり、花がひらく速度で、彼女が笑う。


ようやく、ようやくだ。


あの日、海辺で目を覚ましてから、ずっと望んでいたことが、いま、起きている。






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