31.君のためのライキを飾り、
私は決意した。
まずは、基本中の基本、言語をもういちどしっかり学ぼう。
そのうえで、人の厚意をあてにするのではなく、自活を目指してみよう。
もとの世界に帰るのが私の一番の目標。
そのためには基盤を築く必要がある。
でもそれは、ロイヤルな方々の恋心をよりどころにしてる場合ではないのだ。
嫁になる覚悟がないのに、男子たちをたぶらかしてる場合じゃない。
それが私の意志じゃなくても、だ。
もともと、私は彼氏のことを彼ぴっぴとか言うやつとは友達になれんのだ。
そういう宿命なのだ。
恋愛でテンションが上がったっていいさ、だってそういうものだからね恋とかって。
でも、それで人間としての軸がぶれたりするのは、また話が違う。
それでだらしない生き方をするのは、恋とか関係ない。
武士の魂を!この身に宿すのだ!
彼ぴっぴとかいうやつは滅しろ!少なくともLINEでその単語を送信してくるなぁぁ!!
と、わけのわからん使命感(一部関係ない私情)に燃えて、とにかくそのためには、矛盾しているようだけどシリスを頼ろうと思った。
たしか彼女は、問政官の教育施設、アカデミーのようなものに勤務すると言っていた。
ならば、そこをまずは頼ろうと思う。
人をあてにしないと宣言した端からあてにしてることに、自分でもツッコミが止まらない。
だってぇぇぇぇ!この世界で、きっちりかっきり言葉が通じてて、私が信頼できるひとって限られてるんだもん、その選択肢で最強のカードがシリスですよ。
さすがに彼女の職場でお手伝い…は、むりだろうけど、なんか雑用とかお手伝いできるかもしれないじゃない。
掃除とか得意だよ、うん。
さっそく、その旨の手紙を書こう。
・・・。
・・・・・・。
書き方ーーーー!!!
どうやって、どこに出せばいいのか、さっそくわからなかった。
まぁ事情を説明して、アレンに橋渡しをお願いするのが一番てっとりばやい。
いつも呼んでもないのに押しかけてくるくせに、肝心寛容な時にいないところが、実にアレンだ、
使えない。マジあいつ使えない。
幸い、アレンとおなじ色(青)の隊服を着た人は城内にごろごろいるので、すそを引っ張って『アレンどこ?』と聞けば、だいたい教えてくれる。
私があいつと顔見知りなのは、しぜんと周知されているようだ。
なので、さっそく廊下でいきあった青年にアレンの居所を聞いたところ、ちょうど近くの鍛錬所にいるだろう、ということを教えてくれた。
ありがとう。
城内にもずいぶん詳しくなったのでサクサク目指していると、途中の庭で不思議な光景を見かける。
黒い花弁が幾重にもかさなる、バラに似たお花。ライキ。
それをどこかにどんどんと運んで行ってる人の列だった。
今が盛りの時期なのか、咲きほこる様子は確かにきれいなのだけれど、そんなに大量の株たちを、どこへ運んでいくのだろう。
なんとなく目で追っていると、おい、と乱暴な声をかけられる。
アレンだ。
探しに行く手間が省けたかとおもっていたら『部下からお前が探してると聞いた』と仏頂面で種明かしをされたわけだ。
さっきの青年が一足先におしえてくれたのかな。かたじけない。
早速質問をしようと思ったのだけど、ついあの黒い花々の行列が気になって指をさしてしまう。
『あれ、なに』
面倒くさそうに目線を上げたアレンがそれを見つけ、ああ、と渋面をつくるものだから愉快な話ではなさそうな予感がした。
『奥の宮にはこぶんだそうだ。キャリアル陛下のご希望で』
キャリーの?
たしか奥の宮って、ヨウコ様がいらっしゃる場所よね。
彼女の瞳は漆黒で、この国の第一王子が結婚の際にささげたというライキの花。
それを、キャリーが、あんなにたくさん運んでいるの?
先日の結婚式でも使ったって言ってたしな。
キャリーは兄嫁を大事にしているんだろうか。
『用事はそれか?』
アレンの言葉で、思考の沼から引き揚げられた思いで、はっと顔を上げた。
ちがう、そうじゃなかった。
『シリスに、手紙、出す。シリスのところ、行く』
『なんだって?』
けげんそうに問い返してきたのは、言葉が通じなかったというより、その内容が不審だったからだろう。
うまく説明できない。
『私、ここ、いない、なる。シリスのところ、行く』
城を出ていく宣言だ。
アレンが絶句している。
あああもう、分かってよ!伝われ!
『ここにいる、よくない。私、シリスのところ、行く』
『行くって言ったって、お前…』
『みんな、ちょっと、とても、会わない。さようなら』
『・・・。』
完全に困っているアレンに、必死に食い下がった。
『私、いなくなる!』
『――――それはさせられないな』
第三者の声に、私もアレンもそちらを振りかえった。
久しぶりに見る、キャリーだった。
城の方向から、ゆっくりと歩いてくる。
獲物を追い詰める獣のような雰囲気で、ゆっくりと。
目が昏い。口は笑みをかたどっているのに、目がぜんぜん笑ってない。
怖い。
思わず、アレンの後ろに隠れてしまう。
それを見て、おや、というように片眉を上げるキャリー。
怖い怖い。以前の彼なら、絶対にしなかった表情だ。
アレンは自然とキャリーに礼をとるため膝をついたものだから、私の隠れ場所がなくなって、キャリーから丸見えになってしまった…使えねぇなアレン!ほんと、そういうところ!!
『私の星は、どこに隠れてしまうんだい?』
『・・・。』
まじで目が笑ってない。なんで。
この頃のキャリーは絶対におかしい。
『―――アレン』
『は』
急に矛先がアレンに向いた。
アレンはかしこまったまま、その次の言葉を待つ。
『私の星を、奥の宮にお連れしろ。けして、そこから出さないように』
『それは…!』
私よりもアレンのほうが驚いたようで、思わず、というように顔を上げていた。
視線を受け止める側のキャリーは、表情筋をいっさい使っていない。
『おそれながら、彼女はいまルーカリー殿下の配下です。まずは殿下に』
『お前は、誰にものを言っている』
『・・・。』
切りつけるような言葉に、アレンのこうべが、ざっと下がる。
え、え、どういうこと、私はどこに連れていかれるの、ユカリも知らないことなの、どうなっちゃうの。
私はキャリーを怒らせるようなことをした?しばらく会えてなかったのに?何かをやらかしたの?
そもそも、キャリーは怒っているの?なんなの?あの昏い目は何?
思わず後ずさる私に、一瞬、キャリーが痛みをこらえる顔をする。
でもそれは本当に一瞬で、見間違いかと思うくらい、次いで見せた満面の笑顔は迫力があった。
『さあ、おいで。私の星を、夜空に閉じこめなければ』
私の手を有無を言わせずつかみ、そのままキャリーはにっこりとエスコートをしてくれる。
彼が何を言っているのかわからない。
ただ、歯向かってはいけないのだ、という警鐘と、いま逃げなければ、という焦燥がせめぎあい、冷や汗がどっと出る。
汗ばんで不快だろうに、キャリーは私の手を決して離さない。
不安で振りかえると、ようやくアレンがついていた膝を立て直し、立ち上がるところだった。
その傍らに、いつのまにか立っていたのは白いマント。
ジュゼさんだ。
こちらを見送る無表情は、いつもと同じように見えるけれど、どこか憂いているようにも見える。
あの日の忠告が、今まさにこのことなのだと、心の中で何かの符号がぴたりとはまった。
そして私は、ライキの花が敷き詰められたその場所に閉じこめられた。
城の敷地内にあるとは思えないほど、うっそうとした森をぬけたその先にある小さな宮殿で、それでいて豪奢な造りにおどろかされる。
入り口はいわゆる”はね橋”だ。橋をはね上げたらだれも通れなくなる、まるで要塞のような造り。
何より驚いたのが、その城壁の内側はぞっとするほどの漆黒。
ライキの花で埋め尽くされていたのだ。
ひるんだ私を促して、キャリーはエスコートを続ける。
『君のために、君の瞳と同じ色の花を用意させた』
瞳の色と同じ花を贈る。
それはつまり。
『この宮で、私の訪れを待っていてくれ』
うたうように告げられた言葉に、ぞっと背筋が冷える。
この人は、どうしちゃったんだろう。
こわごわと横顔を見上げると、にっこりと笑顔を返されてしまった。
張り付いたような、作り物めいた笑顔だった。
ぜんぜん心が温かくならない、偽物の笑みだ。
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「陛下は、彼女をどうするつもりなんだ」
アレンの言葉に、ジュゼが応える。
「本日より、ヨウコ様付きの女官となる。ヨウコ様のつよいご要望でな」
その言葉は、聞く者にはすぐにばれる欺瞞の結晶だ。
「そんなばかな!ヨウコ様がそのようなことをおっしゃるはずがない」
「おっしゃることはできなくても、そう書かれた書面に指輪の刻印をつけることはできる」
「・・・。」
からくりはこうだ。
元第一王子の正妃は、言葉を話せない。
医者いわく、精神的なものから声を失ったのだと、そういう病なのだということは暗黙の了解だった。
まるで幽鬼のように奥の宮を徘徊している姿を、城内の一部のものは痛ましく目撃していた。
生きる屍のように、なんの意志も見せない。
だが、それはおおやけにされていない。
それを逆手にとった謀略であることを、いくぶんか国の中枢に近いアレンはすぐにわかった。
「陛下はどうしてしまわれたんだ。あいつをどうする気なんだ」
「俺たちは、守り切れなかったんだ」
ジュゼの声に悔恨のひびきを見つけ、アレンが振り仰ぐ。
表情は変わらないが、ジュゼのこぶしが強く握りこまれている。
苦々しいつぶやきは、風に流される。
「あそこは虜囚のすみかだ」
元第一王子の謀反の人質として、いまだにここにとどめ置かれる正妃と、新王の執着の標的となった不思議な女性が、いま、ライキで埋め尽くされた宮で邂逅する。




