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30.スニャざんまい





キャリーの結婚式当日、私はとてもおとなしくしていた。

部屋の大掃除を今度こそ完遂し(前回はやりかけのままだった)、それでも時間が余ったのでシリスのまねごとでお菓子作りなどしてみる。

彼女には当時かなり付きあわされたおかげで、自然と仕込まれた腕前はなかなかサマになっている。たぶん。

なぜか時々一心不乱にお菓子をつくっていた、赤い髪の友人がなつかしい。

シリス、元気かな。

気にかかっているけれど、なんとなく手紙も出しづらく(というか、きちんと書ける気がしない)、彼女の便りを待つともなしに待っていた。

けれど、彼女から近況はおろか、何の音沙汰もない。

女の友情って、そんなに薄いもんかな。

本当なら真っ先に、スニャとやらのことも聞きたかった。

今の私には、そういう相談ができる女の子が、ひとりもいない。

シリスは遠くへ行ってしまい、ユキルカ嬢への疑念も晴れない。

周りはイケメンばかりで、贅沢と言えばひじょうに贅沢だけれど、寂しい。

・・・ヨウコ様も、そうだろうか。

ひととなりも、彼女の環境も、何一つわからない。

訳アリの第一王子の正妻であり、黒い眉と黒い瞳の女性。

もしかしたら日本人なのでは?と、淡い期待をいだいてしまう。

でも正妻ということは、他国のお姫様なはずだ。

国内貴族の令嬢からえらばれる公式寵姫と、正妻は根本から違うのだと、以前教えてもらった。

もしヨウコ様が日本人だと仮定する。

国同士の政略的なものが最優先される結婚ならば、”日本”と”この国”が、そういう関係であることが前提だ。

私が政治を知らなすぎる可能性はあるにせよ、少なくとも

「月が二つある世界に、日本国はないよねぇぇぇ」

あったらやべぇわ。

でも、私というゆるぎない例がある。

私だって、うっかり間違えればキャリーの望むまま、公式寵姫どころか正妻になっちゃったかもしれなかったわけだし(周囲が全力で止めていたが)。

家に帰れる可能性がほんの少しでもある限り、そのヒントとなるのならば、ヨウコ様にお会いして、日本人かどうかだけでも確かめたい。


キャリーの結婚式当日、一人でそんなことを考えながらもんもんと過ごした。

そんな私をよそに、城内はそれから三日三晩、華やかなパーティーが続いていたという。

なにしろ前科があるものだから、その期間、先述のとおり私はひたすら自重するしかなかった。

ユカリ付きの女官という立場でありながら、さすがに王族の婚礼パーティーをお手伝いできるわけもなく、とにかく部屋で待機するよう、アレンの部下っぽい人に伝えられたのも一因だ。

アレン本人もお仕事が立て込んでるのか、最後に見たのがあの半泣きの”間接スニャ”という最悪な状態になってしまっている。

私が悪いんだけど。


そろそろ宴も終わりそうかな、という4日目、自重に飽きた私はおそるおそる庭におりることにした。

お城の、本丸(?)みたいなところには近づかなければ許される気がした。

私たち使用人の居住区の、はしっこのこっちのお庭なら、見とがめられることもないだろう。

庭師見習いを解雇されたようなかたちで、あれからずいぶん土をいじってない。

今の時期、どのお花が見ごろなのかな、おじいさんはどこかにいるのかな、などと考えながら、個人的にお気に入りのエリアの花壇をのぞきこみ、ちょっと首をかしげる。

なんだろう、この違和感。

自分も作業をしていたからわかるのだが、花壇を構成するとき、品種や色、各植物の丈なんかのバランスをすごく重視して作られるはずなのだが、それがちょっと不自然だったのだ。

よく見ると、土の色が変だ。

ところどころ掘りかえしたように、色がまだらだ。

「???」

変なの、と思いつつ、咲き誇る花の香りを楽しんでいると、使用人のお姉さんたちとすれ違った。

ひそひそとささやかれる声の中で、いくつかの単語を耳がひろう。


―――大変な怒り


―――庭中のぜんぶの黒い花を


―――公式寵姫が



ん??ユキルカ嬢の噂??

反射的にぱっと振りかえったけれど、お姉さんたちは私のことなど気にしてない。

ささやき声は続いた。




―――第一王子の式と同じ花束


―――あれって


―――まさか、陛下は兄君の妃を…



んんん?

もっと詳しく聞きたいな、と身を乗りだした絶妙なタイミングで、お姉さんたちは立ち去ってしまった。

なんだろう、すごく気になるワードがちりばめられた会話だったな。

不自然な花壇と、いくつかの単語がこころにひっかかったまま、何となくお姉さんたちの消えた方向を見ていると、顔なじみの使用人のひとが私を呼びに来てくれた。

殿下がお呼びです、というその一文は、いやというほど聞いたのですっかり耳になじんでいる。

こっくりと首肯し、私はユカリの部屋へむかうことにした。

キャリーの結婚式はどんなだったか、ユキルカ嬢のドレスは何色だったか、聞きたいことはたくさんあった。



久々に会うなり、ユカリは無言でぎゅっと抱きしめてきた。

照れくさいけれど、私も抱きかえすことで喜びをつたえる。

ああ、本当に再会できてよかった。会うたびに、しみじみ思う。

いつも悪夢にうなされていた彼が、こうして明るい部屋で笑いかけてくれるのだ。本当によかった。

私がねだるままに、お式の様子をゆっくりゆっくり教えてくれるユカリの横顔を見ながら、ああ、このままのんびりした時間がつづけばいいのに、と考える。

ここのところ、いろんなことが一気にありすぎた。

ちなみに婚礼の様子は、後日宮廷画家さんが絵におこしてくれるのだそうで、楽しみだ。

宴ではどんなごちそうが出たの、と、カタコトながら聞くと、ユカリは肩をゆらして笑う。

いいな。こういう時間。

そうだ、と、ユカリは本棚から一冊をぬきだして、私に差しだした。

うながされるままに開くと、

「あ」

それは、子供向けの図鑑だった。

イラストのよこに、文字が添えられている。

 月。

 星。

 椅子。

 つくえ。

ユカリと出会ったばかりのころ、彼は紙にこれらをつづってくれた。

『贈り物』

知ってる単語と笑顔をそえて、その本を私の手にのせてくれる。

これ、もらっていいの?

すごい、ちょうどこういう図鑑とか辞典がほしかったんだ!

どうにもこちらの言葉は似た音がおおくて、でも今さら一語一語確認するのも気が引けていたんだよね。

ありがとう、と、満面の笑みでお礼を言うと、ふんわりとほころぶ笑みでユカリが応えてくれる。

嬉しい。

ユカリは私にとって、一番最初の”言葉の先生”だもんね。

・・・あ。

そうだ。

ユカリだったら、茶化したりせずちゃんと教えてくれるかな。

先日、ジュゼさんに突然されたスニャについて。

あれって、やっぱり、恋人同士の恋の仕草で合ってるのだろうか。

アレンの大げさな反応と、ジュゼさんの淡々とした様子が、あまりに両極端すぎるたから、イマイチ確信が持てないでいる。

念のため、最終確認をしたかった。

ユカリならきっと、馬鹿にしないでちゃんと教えてくれると思う。

『ユカリ』

呼びかけると、うん?と、やさしく私の目を見てくれた。

大事にしてくれてるのだと、その目が教えてくれる。

それに勇気を得て、私は口をひらいた。

『あのね、スニャ』

って、なぁに、と続くはずの言葉は、


―――ちゅ。


という音と熱で、物理的に遮られた。



わ。

唇にかるくふれた熱は、この間のジュゼさん事件のときと似たような温度だなと思いつつ。

隙だらけの私は、この数日で、二度も唇をうばわれてしまったのだ。

何の反応もできないでいる私と裏腹に、ユカリの顔はまっかだった。

『君が、あまりにもかわいくねだるから』

『・・・・・・。』

いえ、あの、おねだりしたわけじゃなくてですね、スニャとはなんぞや、と聞きたかった、ん、で、すが。

さらりと唇を奪った割に、ユカリのほうが盛大に照れているのはどういうことだ。

思考がすっかり止まり、ただまじまじとユカリを見つめる私に、何を勘違いしたのか二度目の”ちゅ”が降ってきた。


うわぁ!違う!二度目をねだったわけではない!


さすがに恥ずかしくなって身を引くと、ますますはにかんだユカリが『君が照れると、僕も照れる』と笑った。


うわぁ。



『僕たちの式では、すごいごちそうを用意してもらおう』

そっぽを向いて、妙にもじもじしながらユカリが言う。

いやいやいや、殿下?そういうことではなくて、ですね?

内心のツッコミが思わず敬語になってしまった私に、真っ赤なままのユカリが一生懸命言い募る。

『君のために、国中のライキを集めよう』

・・・ん?ライキ?ってなに??初単語。

もう頭の中がぐちゃぐちゃで、そんなくだらない事ばかりをこころに拾ってしまう身をのろいつつ、そういうのが顔になんでも出てしまうらしき私を見て、ユカリはついにあははと声を立てた。

『これだよ』

先ほどの図鑑をひきよせ、植物の載っている項のあたりをたぐりながら、一点の絵を指さす。

それは、真っ黒な花弁が幾重にもあつまった、バラとも牡丹とも似ていて非なる花だった。

印象は、とにかく漆黒。

『君の瞳と同じ色を、両手いっぱい捧げる』

やさしく笑うユカリ。

えええと、それは、その、ありがとうございます?と言っていいのだろうか。

なんだか話がめちゃくちゃ”ユカリと私の結婚式プラン”に流れているのは気のせいだろうか。

とにかくライキって、この黒くてふわふわな花びらだらけの花のことですね。

たしか、相手の瞳と同じ色の花を贈ること=プロポーズなんだよね。こっちでは。

『そういえば』

ふと、ユカリが思いだしたように言葉をおとす。

『先日の式に、ライキの花束が使われてたな』

この花を?

ライキって、黒以外の色もあるのだろうか。

公式寵姫たるユキルカ嬢は、あんなにきれいな青の瞳だった。けして黒ではない。

『あれはなんだったんだろう』

私に答えられるはずもなく、ただ先ほどの使用人のお姉さんたちの会話が、頭をよぎる。



―――第一王子の式と同じ



ヨウコ様の瞳は黒だから、きっと第一王子も黒い花を用意したことだろう。

それこそ、ライキのブーケだったかもしれない。



―――まさか、陛下は、兄君の…



それを思い起こして、彼女たちは不思議がっていたのだろう。

つまり、キャリーは結婚式に黒い花束を使ったってこと?

なんで?

私が大失敗したからよく覚えている。

ユキルカ嬢の瞳はピスポの花と同じ、青なのに。

・・・?

違和感がもやもやとうずまき、すっきりと整理できない。

ああ、こういうとき、シリスに会えたらいいのに。思い切り質問できるのに。

と、不意に彼女を思い起こした。

そういえば、シリスはユカリの公式寵姫(ただしくは候補)だったんだよね。

王族として復帰したのだし、もしかして二人の縁談も、もとに戻るのだろうか。

ユカリを見ると、私の視線に気づいて、にこ、と控えめな微笑をくれた。

うん、気のせいでなければ、ユカリはなんだか私と結婚する気満々っぽいんだよな…。

シリスのことは、彼の中でどうなっているんだろうか。

聞いてもいいことだろうか。

ユカリは聡い。ためらっている気配を感じたのか、話してごらんと言うように、真正面から私の顔を見てくれる。

頬に手をそえて。

右の頬が、ユカリの熱でポカポカと温かい。

その温度に勇気をもらい、聞いてみることにした。

『ユカリ、王族、もどる』

うん?と、目だけで先をうながしてくれる。

『公式寵姫』

その単語に、とユカリの黒い目が揺れる。

『会いたい?』

『・・・。』


ものすごく自然に。

彼は無言で、私の唇に唇で触れた。


・・・え、あの、いやいやいや、殿下?そういうことではなくて、ですね?(本日2回目)


待って、この流れ、結婚式の話をしていてキスをねだった挙句、過去のオンナ(公式寵姫という元婚約者)にやきもちをやいているオンナ、という図式ですか、いまのわたくし。

まじか。

ちがう。断じて違う。

でもうまく説明する語彙がない。

ああなんで私はいつも肝心な時に!もっとちゃんとしっかり勉強してれば!マジでこっちの言葉難しすぎる!!

『君が、不安になる必要はない』

耳まで真っ赤になりながら、やんわりとユカリは笑う。

ありがとう。でもそういうことじゃない。

でもその気持ちはありがたいというか、気遣いが嬉しい。

でも違うんだ。どうしよう。

『君にふたたび会うため、僕はあれからいろいろな手段をつかった』

そっと抱きよせられる。

抗う理由はないので、そのままユカリの腕の中におさまった。

懐かしい香りと体温。

あの日々、私は毎日この中で眠った。

『戻るため、すべての手段を』

彼の語る、私の知らない物語は、どこか寂しい音がした。

私がいなくなった後、あの殺風景な部屋で、彼はベッドにまるまって眠ったのだろうか。

そして一人、あの怖い食事をやりすごしていたのだろうか。

それを思うと、じわじわ悲しい気もちになっていく。

そばにいられなかった後悔が、のどにせりあがる。

『でも、いい。これからの二人のことを考えよう』

『・・・。』

私がまだ難しい言葉を理解できないと知っていて、ユカリはなるべく平易な言葉で、ゆっくり単語を選んでくれる。そのこまやかな配慮がありがたいけれど、私はいつまでこんな親切にあぐらをかいているんだろう。

これからの、こと。

それは突きつめればお別れを意味する。

私は死ぬまでここにいる覚悟なんか、できていない。

どうにかして帰りたい。やっぱりそう思ってしまう。

どんなにみんなにやさしくされても、こんなに大事にしてくれても、私は生まれ育った場所に帰りたい。

もちろん、ユカリのお嫁さんにはなれないし、キャリーのそばにもいられない。

ましてや、ジュゼさんの奥さんにもなれない。


けれど、私がここで骨をうずめる覚悟をすれば、誰かの手は取れる。


ふ、と、ユカリの体温に包まれながらそんなことを思う。

その可能性を、いままでちゃんと考えたことがなかった。

キャリーにもユカリにも、昏い目はしてほしくない。

ジュゼさんの真意はわからないけれど、だからこそきちんと理解したい。

でも、私にその覚悟はあるのだろうか。

大切にされて、想ってもらって、でも私は返せるものなど何もない。

言葉も不自由で、この世界の知識もなく、ただおろおろしているだけなのだ。



・・・うざくね?私。



ユカリに抱きしめられながら、冷静にツッコむ。


なんだなんださっきから。

王子さまにチューはねだるわ、過去のオンナについてやきもち妬くわ、思わせぶりな態度でしずかに抱きしめられてるとか(本人の意思はともかく、そうとしか見えない流れになっとるわ!)。


これじゃいかん、いかんですよ!



私は一大決心をして、ユカリの腕から身を離した。

そのまま至近距離で、まじまじと彼の目を見つめる。

おどろいたように、けれど私を信用しきっている黒曜の瞳が、こちらを見ている。

この純粋な好意や誠意に、私は応えなくちゃいけない。

甘えてる場合じゃない。


思いつめた私をすこしだけあやすように、うん?言ってごらん、と、黒い目にやさしく促されて。


私は決意表明をした。



『ちょっと、とても、会わない』

『!?』

変な単語の羅列に、意味が通じたのかどうか、ユカリが驚いている風なのをしっかり目に焼き付けて、私はもう一度宣言をした。


『ユカリ、がまん、期間、です』

『!?』




こんな風に甘えてちゃいかん、しばらく一人で今後の身の振り方も含め冷静に熟考する期間をいただきたく、しばしおそばで女官としてのお役目をお休みさせていただきます、あたらしい私になって戻ってくるから待ってて!それまでユカリにこうして甘えるの、がまんするから!




私の残念過ぎる語彙が、これを彼に適切に伝えなかったばかりに。



のちのちまで語られる”事件”が起きるのだ。






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