3.さらにサバイバル生活。からの。
昔、連れて行ってもらったお店で、紙の鍋が出てきたのよ。
器が白い紙で、その中におつゆと具材が入ってて、その下をぼーぼーと直火があぶっているのよ。
燃えないの?破けないの?なんで?
不思議がる私に、沸点がとか燃える温度を水がどうのこうのと説明されたのだけど、その紙の鍋をものめずらしさでつつき倒して、箸でなべ底に穴をあけてしまったから店員さんが慌てたのを思いだした。
その流れで(それを思い出して)、大きな葉っぱを何枚も重ねてねじったり編んだりして器っぽくして、例のろうそくから消えないように連綿と受け継いだ火を消さないように大事にしつつ、ジャングルの奥地みたいなところでの謎のサバイバル生活、2日目。
何やってるんだ。ここは日本じゃないの?関東圏?こんな海辺の土地ってあったっけ。
イケメン以外の人類と遭遇せぬまま、2日が経過した。
お日様が上がって沈んだのを少なくとも2回見た。
だから、出会いから数えたら3日か。
その間に分かったことは3つ。恒例の確認行きますよ。
・イケメンに害意はやっぱりない
・われらはなぜか身をひそめねばならないらしい
そして。
・やっぱ彼は完全に美青年
すごくないか、3日いても飽きないほどに顔がいい。
私が言葉を解さないことを彼は解してくれて、無駄に話しかけても来なくなった。
言葉を挟まないというのも、過ごしてみると楽なような。いや、ほかに余地がないから仕方がないのだけれど。
冷静に考えてみれば、細い棒(やっぱり矢だよねぇ)がどこからともなく飛んでくるとか、私のせいじゃなくてむしろ彼側の何かに起因するとしか思えないんだけれど、というかこのご時世、矢を放つってどういうこと。弓道部でも近くにいたのか。
しゃべれないから答えが出ない。
里芋の葉っぱみたいなのっぺりした緑の葉に、近くの川の水をいれて煮沸して飲むとか。
ついでに手づかみでとらえた魚さんを木の枝でぶっ刺してあぶっていただくとか。
これ、完全にテレビとかで見たことあるサバイバル生活だよね。
金髪に緑の目の透けるように白いお肌の彼を、このころ心の中で 王子さま と呼ぶようにしていた。
イケメンとか美青年とかいってた呼称を統一してみました。
なんか雰囲気が童話に出てくる王子さまっぽかったから。
実物の王位継承者なんて見たことないから完全に想像の産物。
例によって飲み水確保のために葉っぱのお鍋でお湯を沸かしながら、陽の下で彼をしげしげと見る。
白いブラウス(長袖)、きゅっとしたサシュみたいな腰回りの布、ピッタリ目の朱色パンツに足首までおおわれた足は長くて、裸足。
私はだるーーーっとした深緑のワンピースだ。
そう、この服も、着た覚えがない。クローゼットになかったよこの服。覚えがない。
途中で素足はきつくって、ワンピースの裾を歯で穴開けて食いちぎってやぶって足に巻いて即席靴下にしてみました。
これで小枝を踏み抜いても痛くない。やわらいだ。
ワイルドな私の所業に、王子さまはびっくりなさっていたようだけれど。
そういう、何となく感じる品の良さも、彼の脳内あだ名を裏付ける要素だった。
どっかのお坊ちゃん外国人が、あの豪華客船から落っこちて流れ着いたのかなぁとか。
そんで、ドラマの撮影かなんかしてたところに二人で紛れ込んじゃって、弓矢を飛ばしてたとこにたどり着いたとか。
あの遺跡は撮影のセットとか。
・・・じゃあここで身をひそめる意味はないよねぇ。
彼は私を目が合うと笑んで見せてはくれるのだけれど、時々周囲を妙に警戒するそぶりを見せる。
追手に追われてる人の演技みたいな感じ。いや知らんけど。想像すると近いというか。
あーーーー言葉がしゃべれないのが致命的。情報が足りない。帰りたい。
3日もスマホをいじってないとか、ありえない。
何かを警戒しながらも、彼は私から離れず、目の届く範囲にいてくれた。
でも3日もお風呂に入ってないとかいろいろきつい。
彼は美形だからいいけれど、こっちは一般庶民、きれいな男性に「くせえ」とか思われたら死にたいくらい恥ずかしい。
かといって、お風呂など沸かせるはずもないので、思い切って服ごと川に飛び込んでごっしごしとやってみた。
王子さまは、それを見て最初は引いていたけれど、やがてあはは、というように大声で笑って私に倣って飛びこんできた。
さすがに脱いで水に入るわけにもいかないしね。
昼間は汗ばむほどの暑さだったし、ひんやりとした水は心地よかった。
気づいたのだけれど、王子さまは泳げないっぽい。
私が犬かきもどきで顔を出してすいすい泳いでみせると、手をたたいて驚いていた。
べつに水泳部でもなかったけれど、このくらいで拍手もらえるほど驚かれるとは思ってもなかった。
着ている布ごと水中で洗い流し、川から上がった後は焚火の周りで布ごと乾かす作戦に突入した。
王子さまもそれに倣った。
ここに来るまでは全部彼主導だったけれど、今はどちらかというと私がリードしているわけですが。
でもいつまでもこんなことしてる場合じゃない。とにかく早くお家に帰りたい。一人暮らしだからすぐに捜索願とか出してもらえないから、助けが来るのは望み薄だ。
もうここまで来たら、矢も飛んでこないよね。人を探しに行こうかな。ゴールデンウィークも終わっちゃうし。
この謎な野外生活も、2日もやってたら冷静さを取り戻してきた。
さすがにお日様の出てる時間帯ならうろついても怪我したりしないよね。
魚と謎の木の実(王子さまが見つけてくれた)だけの食事もこれ以上は付き合いきれない。
明日はもうお別れして、彼は彼の事情を何とかしてもらうとして、私はもう帰ろう。っていうかなんでこんな長々と彼に合わせてたんだ。
そう、3日目にしてやっとそこに気づいたわけです。相変わらず、人に流されやすいぞ私。
明日の朝は、バイバイしてひとけのあるところを探してみよう。
そう思った矢先ですよ。
王子さまが熱を出したのは。
夕方ごろから、妙に顔色が悪いなとは思っていた。
でも夕飯の謎の川魚(川の魚だから種類は知らないけれど毒はないと思うのでガツガツ食ってみた)を食するのもほどほど、徐々に顔が赤くなってふらっと横たわられたので慌てた。
寝るなら、あの木の茂みのあたり(風よけ的な意味でそこで寝泊まりしてた)に移動してからにしなよ、火の番はこっちでするけどさぁ。
最初はそう思ってたけど、彼の息がぜぇぜぇゆってんのと、触ったら体が布越しでも熱いので、これは発熱してるんだなとさすがにわかった。
うちの弟どもがよくこんな感じで熱を出してたから。
えええどうしよう、まずは体をあっためて・・・ということで、焚火をもっと強くしようと枝を大量に投入した。
昼間にたくさん確保しておいてよかった。
体にかける布は・・・ない。こっちもワンピース脱いだらブラとパンツだけになっちゃう。
そう、ちなみにこのブラとパンツは私の自前。服だけ覚えがなかったわけだが。
そんなことはどうでもよろしい、これを彼の体にかけてあげたところで気休めにしかならないだろう。
とはいえ、苦しそうだなぁ。
私は風邪をひく素振りもないのは、頑丈にできているからだろうか。
王子さまは、日にあたってなさそうなお肌から察しても、私みたいに野山を駆け巡って育ったわけではないだろう。
いや、神奈川は丹沢とかいい山がいっぱいあるのよ。東京の高尾山がミシュランもらったからって、こっちが劣ってるわけじゃないから。いや、そんなことはどうでもよろしい。また混乱してた。
やはり水浴びがよくなかったかな。私のせいかな・・・。
そう思ったら罪悪感で泣きそうになって、王子さまが苦しそうなのも申し訳なくて、ええ、誰も見てないし、私も火の近くにいれば大丈夫!と、ワンピースを脱いでバサッとかけてあげました。
生地もそんなに厚くないけど、ないよりまし。
私は元気だけれど、彼は発病しているのだ。
さすがに下着姿で外気に触れるのは寒く感じたけれど、一晩くらいなら。
そう思いながら彼のおでこに手を当てると、やっぱりやばい熱さだ。
うっすら瞳を開ける彼と目が合い、恥ずかしさよりも先に「大丈夫、頑張れ」と願いを込めてうなずいて見せた。
飲めるかわからないけれど、飲み水ももっと用意しておいた方がいいよね。
体をあたたためて、水を飲めば、大人だもの、何とかなる。というかなってほしい。
そんな気持ちで薄暗い中、たいまつを手に川へ水を汲みに来た。
そして、足元がずるっと変な感触を伝えたときには遅かった。
「!?」
冷たい!
再び、3日前の記憶がよぎる。水の冷たさ。
滑り落ちたんだ、川に落っこちたんだ、と気づくと同時に、足が地面につかないことに焦りをおぼえる。
それほど深くも流れが早そうでもなかったと思ったけれど、明るい日の下で見るのと、こんなたいまつも消えた闇で潜るのとはわけが違う。
やっべ、水が、鼻に・・・痛っ!
ぐはごほとむせながら、バシャバシャとあがくのもむなしく、自分の意思と関係ない方向へ流されていくのが分かった。
ここは一つ、王子さまが拍手してくれた犬かきをご披露するとき・・・!とあがいたけれど、暗闇の川の水に、私は無力だった。どんどん流されていく。
ごっつっと途中で大きな岩に体ごと合ったって、痛くて涙ぐみつつもそれを必死につかもうとするのだけど、ぬれて滑って全然思い通りにいかなかった。
やばい、もう、これ死ぬかもしれないやつ・・・!?
もがけばもがくほど、気管に水が入ってくる感覚。
冷たくて圧倒的な水に押し流される恐怖。
信じてなかったけれど、神様助けて・・・!!!
詰んだーーーーーーーーと半狂乱になってバタついていた私の手を、何か柔らかいものがぐわっとつかみ上げてくれた。
何、どういうこと!?
げへげへとむせながら目を凝らすと、誰か、人っぽい形のものが、人肌が私の両肩をがっしりつかんでくれた。
とにかくこれ以上流されることはないんだ・・・そう思った私の鼻孔に、かすかに不思議なにおいがかすっていく。
花のような、甘やかな、嗅いだことのあるようなないような。でもいい匂い。好きなやつ。
そこですこん、と意識が途切れた。
気を失ったのか何なのか、そこで私の記憶はいったん途絶えるのだ。
次に目を開けたとき、そこは明るい陽の差しこむ室内で、私はベッドに横たわっていて、その右の腕に温かいものが覆いかぶさっていて、それが人肌の温度で、というか人で。
明るい茶色の髪。
身じろぎするとともに、その人物もぎこちなく目を覚ましたようだ。
寝てたのか。
顔を上げた彼、そう、それは男の人というか男の子に近い年齢の人だったけれど、私をぼんやりと見つめた顔が何とも言えず美形だった。
それよりも。
目が黒い・・・・・・・・・!!え、もしかして日本人!?茶髪な日本人!?
「日本語わかります!?」
どうしてここに、とか、あなたは誰、とか、川でおぼれたのを助けてくれたナイスガイはあなたですかとか様々にすっ飛ばしてとっさに叫んでみたわけですが。
数秒の沈黙の後、彼が発した言葉と言えば。
「@@@@、@@@@@@@」
あーーーーーーーー
やっぱりだめかーーーーーー
っていうか、マジでここは日本国内?関東圏でないのは百歩譲っていいけれど(いや、よくないけど)、日本語通じる人がいないとか、なんなの?私はどこに紛れ込んだの?
自分でもわかる、だんだん自分の顔がこわばって、がっかりして眉が下がってしまうのを。
その私の表情をなぞるように、目の前の彼も表情を曇らせていく。
「@@@@@@」
また何か言ってる。
やっぱりわからない。言葉が、分からないのだ。
期待した分、がっかりしてしまって深くため息をついた私の何が気に障ったか、彼が乱暴に立ち上がろうとする気配がして、とっさにマントの裾をつかんでしまった。
そう、彼は不思議な格好をしていた。
しつこいくらいの黒い服、そして覆うようにさらに黒いマント。マント?なんで?コスプレ?
でも目の前にひらっとした布をつかまえて引き留めようとした結果、彼の漆黒のマントをつかんでしまったようだ。
体勢を崩した彼ががくんとつまづき、私の至近距離にそのきれいな顔が来た。
お、美形。
ついそう思ってしまった私に呆れないでいただきたい。
そんなことを考えつつも、目の前の彼の瞳が黒いことに安堵した自分がいた。
100%ガイジンですと言わんばかりのあの美青年も悪い人ではなかっただろうけれど、やっぱり見慣れた色の目の人がいるとちょっと安心するというか。
しばらくそうして見つめ合った。
やがて彼がゆっくりと私の指をマントからほどき、なにか言葉を発した後、なだめるように手を重ねられた。
わからない。ここがどこで、彼が誰かも。
ただ、害意がないこと。
それだけ、私の嗅覚は嗅ぎ分けたのだ。