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28.王家の肖像、そしてついに

知らない浜辺でたおれていた私は、なぜか命を狙われている青年とめぐりあった。

彼とはぐれたのち、幽閉されていた王族の少年にかくまわれる。

そこを王宮の騎士に発見され、投獄。

監視下におかれながら問政官の仕事を手伝い、あの日の青年と再会。彼が次期国王だと知る。

そんな彼に見初められるも、正式な婚約者は私を快く思わなかった。

ささやかな違和感が形になる前に、親しい人たちと少しずつ引きはなされ、そしてこのタイミングであの日の青年とあの日の少年が、血を分けた兄弟だと知らされた。


そして。


『本当にぶじでよかった』

なんどもなんどもそう言いながら頬をなでられ、私は気恥ずかしさとくすぐったさに身をよじる。

む、と表情をくもらせたユカリが、それを許さない、というように正面からのぞき込んでくるのだから、勘弁していただきたい。

久々にじっくりと見れば見るほど、とてもきれいな顔をしている。

キャリーの兄弟というのも、何となくわかる。

『これからはずっと一緒だ』

『・・・。』

ずっと一緒にいたい、と。

あの日のキャリーも、私にそう笑いかけてくれた。

ユカリは、恩赦によって王族の身分は回復したものの、かなりの自由は制限されているという。

『ゆくゆくは、王立のいずれかの研究所にうつり、生涯そこで過ごすことになるだろうが…』

未来永劫、お城で暮らすわけではないということだろうか。

『もちろん、ついてきてくれるだろう?』

ふんわりと微笑まれ、私はすこしだけ視線をおとして曖昧に笑う。

本当のところは、まよっていた。

ずっとずっと、私には3つの気がかりがあった。


熱を出していたキャリーのその後。

幽閉されていたユカリのその後。

そしてもちろん、自分の家に帰れるかということ。


そのうち2つは解決した。

彼らはいずれも命の危険は脱したし、今後の身の振り方も、私よりよほど恵まれたものが約束されている。

それなら、残るは一つ。

家への帰り方だ。

ここは私のいた世界と何かが違う。

2つの月がそれを教えてくれた。

でも、現に私がここに立っているということは、他にも同じ体験をした人がこの世界のどこかにいるかもだし、来られたなら帰れる方法もあるはずだ。

これが、長い長い夢だというのなら、それでもいい。いつか覚めるのならば。

夢だよ、気のせいだよと言い聞かせるには、ここで過ごした時間は長すぎたのだ。

『君に見せたいものが、たくさんあるんだ』

にっこりと。屈託のない笑みのユカリは、まだちょっと見慣れない。

幽閉されてた時は、ユカリがこんな風に笑うと知らなかった。

いつも何かに怯えていた、昏い目がかなしかったけれど、今は子どものように、まっすぐ笑う。

この笑顔が見られただけでも、よかった。

『本当に、また会えてよかった』

ぎゅうと抱きしめられ、私も同じ力で抱きかえした。

再会してから、もう何度目になるだろう。

とにかく彼がぶじでよかった。

そして、これほど再会を喜んでくれる彼に「じゃあもう心配ないね、私はお家をさがすわ!サヨナラ!」と立ち去る勇気があるかどうか。

でも、いずれはそうしなきゃいけないんだろうなぁ。

それに、キャリーもユカリも私のことを猫かわいがり(?)してくれるけれど。

一度も、私がどこから来て、どこに行きたいかを、聞いてくれたことはなかった。

言葉が通じない、ということも、もちろん遠因だ。

でも、王族特有の、下々の事情などはじめから頓着せずに、己の希望が通ると信じて疑わない無邪気さも、あるかもしれない。

それがちょっと、さみしい。

私はずっとここにいたいわけじゃない。


ユカリは、会えない間に私が何をしていたのか、根気づよく聞いてくれた。

昔のように、机に紙を広げて、ときどき図のようなものを書いて、これまでの冒険を語り、ときおり言葉の訂正をうけながら、ひとしきり笑いあった後。

ふと、思いだしたことを聞いてみる。

あの再会の日、アレンと取り残されていたけれど、仲直りはしたのかな、と。

アレンの名前に覚えがなかったらしきユカリがいぶかし気な表情をするので、あのプルワカのことです、と告げると、ああ、と、苦い表情が返ってきた。

あ、仲直りしてないんですね。

顔を見ただけで理解する。

あいつと恋人というのは本当なのか、と険しく聞いてくるユカリの誤解を解くのに会話の回り道をずいぶん経て、伝えたかった本題のうちひとつにたどり着いた。

そのアレンの恋人宣言のそもそもの発端は、あのみどりのお茶とリコの花にある。

リコの花の香りは、あの頃のユカリからもしていたけれど、みどりのお茶など飲まなかったよね?と。

まぁ彼が生きているから、大丈夫だったんだろうけれど、まずはそれを聞きたかったのだ。

ユカリは目を見張り、次いですこし考えこんでしまった。

私の言葉がつたないのが申し訳ない。

伝わったのかしら。

『リコの薬草は知っている。幼少期からからだが弱かったので、母上が祖国から取り寄せてくださっていた』

それをずっと常用していたのだと、ユカリは説明してくれた。

ははうえの、祖国。

言葉を反芻する。

そうか、ユカリのお母さんは正式なお妃さまだったっけ。

公式寵姫と違い、正式なお嫁さんは政略的に異国から迎える、と以前説明をうけていた。

ひとつひとつの知識がようやく線につながっていく。

つまり、ユカリのお母さんは、リコの花が咲くほどの寒い国から、ここへ嫁いできたのだろう。

『おいで、僕の家族を紹介しよう』

ユカリがふわっと微笑み、私に手を差しのべる。

そのまま、王宮の奥の奥へと連れていかれた。

道々、警備しているひとたちはユカリに恭しく礼をし、ユカリも気に留めずにぐんぐん進む。

私はおろおろとついていくしかない。

ああ、ユカリはやはり偉い立場のひとなんだなぁとか、明後日なことを考えながら。


連れてこられたのはひと気のない回廊をのぼった先にあった、妙に重厚な扉の前だった。

施錠はされておらず、ユカリも手慣れた感じで入っていく。

「わあ・・・!」

思わず声が出た。

その部屋には、壁という壁に重厚な絵画が飾られていたのだ。

まるで美術館。

ユカリはすたすたと最奥へいざない、一幅の絵の前でとまった。

大きな大きな絵。

そこには、知らない人たちが描かれていた。

けれど、その装いなんかで何となくわかる。

これは、きっと王の家族を描いたものだろう。

案の定、ユカリはこちらを振りかえり笑顔で示した。

『あれが、父上』

王冠を頭上に戴く、貫禄ある男の人が、文字どおり君臨していた。

そのとなりにいるやさしそうな女性の額にも、それとわかるティアラが輝いている。

瞳が黒い。きっとこれは。

『これが、母上』

その言葉で、ユカリはお母さん譲りなのだなと理解する。

そして。

『…ああ、兄上は…』

不自然に絵具がけずられ、キャンバスの地がむき出しになっている箇所を、ユカリは静かに見上げている。

この国のタブーと言われた、第一王子なのだと。これまでの知識が教えてくれた。

なにか言葉をさがそうと、私は他の場所へ視線を走らせる。

そして茶色い髪と黒い目を持つかわいらしい少年が、せいいっぱい背筋をのばしているのを見つけた。

もしかして。

これ、ユカリ?

私が指さすと、にこっと、少しだけはにかむ笑みが返ってきた。

うわぁ、かわいい、小学生くらいかな?

そしてその近くのゆりかごには、やわらかそうな茶色の髪の赤ちゃんが眠っている。

目をつむっているので、目の色はわからないけれど、髪はユカリに似た明るい茶色だ。

弟さんなんだろうな。


と、そこまで見て、違和感に気づいた。

キャリーがいない。

王の隣に、女性は一人しかいない。

公式寵姫も、彼女が生んだ王の子も。

家族の肖像に、その姿はなかった。

『…。』

こういうことなのか、と感じた瞬間、胸の奥にツキリと痛みが走った。

キャリーの家族でもあるはずなのに、キャリーの家族ではない。

そんな、ぞっとするほど冷たい絵画だった。



ん、でも…と、私は絵にうつるもうひとりを指さした。

『この女性は?』

削られた第一王子のちょうどとなりに、白い服装の女性が立っている。

彼女だけ、洋装の家族の絵にそぐわない、独特の衣装を着ていた。

どちらかというと、和装にちかい。

着物のように前あわせのシンプルな服装と、頭からすっぽりとかぶっている白い布はベールだろうか。

それで髪がおおわれているので、女性か男性か、一瞬わからなかった。

けれど口紅の色や、優し気な表情から、とても清楚な女性だということがうかがえる。

ああ、とユカリがうなずきながら説明してくれる。

『兄上の正妻の』


次の言葉を耳に拾ったあの衝撃。


『ヨウコ様だ』



ヨウコ。


思わずユカリを振りかえった。

反射的に。

彼は確かにヨウコと発した。

絵の中の彼女をもう一度見る。

瞳が、黒い。

よく見れば眉も。ということは、頭髪も黒いのだろう。

『ヨウコ、さま』

思わず復唱する。

ねえ、それってさ。

この国で色々な人の名前を聞いたけれど、これは初めて聞く音の連なりだ。

もしかしてこの人、ヨウコさんって。



日本人なんじゃないの?



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