27.間違いさがし
それからが、大変だった。
ユカリを必死になだめればなだめるほど、私が彼らに脅されているからだと思い込まれるし、アレンはもともと口がうまいほうではないから更に話がややこしくなり、ジュゼさんも多弁ではないうえ、この件に関して傍観者を決め込んでいるようで、助けてくれる素振りがなかった。
というか、この時の彼の態度はちょっと違和感があった。
じっと私たちを観察している、と言ってもいい。
何かを見極めようとしているように思えた。
そのくせ、アレンに対してもののついでのように、そういえば彼女の恋人だと宣言してたな?と特大爆弾を投げつけたんだからタチが悪い。
ユキルカ嬢の家に行ったときの、あれのことを言ってるんだろう。
その発言にユカリがなにぃぃぃぃぃぃとますます怒りをあらわにし、アレンも真っ赤になったり蒼白になったり真っ赤になったりで、うん、傍から見ている分には、確かに面白い。
でも。でもさ。
ジュゼさんが今このタイミングで、ユカリとアレンを引っ掻き回すのは、なんで?
ジュゼさんの隣にちゃっかり陣取って、一緒にヒートアップする彼らを見ていたのだけれど、ちら、ととなりを見上げると、相変わらずその表情は無そのもの。感情が読めない。
出会った頃からそうだったけれど、この人の考えていることはわかりにくい。
みどりのお茶を教えてくれたことから、私を助けてくれる側の人だと思っていた…が。
小さかった違和感が、すこしずつ、はっきりした形になっていく。
そう、出会った時からおかしかった。
初対面でのプロポーズ、そして、このタイミングでアレンの恋人宣言のことを持ち出したり。
そのくせ、こう言ってはなんだけど、彼が私を好きな素振りなど、これまでも、そして今も、微塵も感じたことがなかった。
悋気のかけらも見せず、今一番ややこしそうなこのタイミングで投下した爆弾を、私はずっとこころにとどめておこうと思う。
色々とあぶない目にあった私が、少しだけ成長した証拠かもしれない。
ちなみに。
この言い争いは延々と日が傾くまで続いて、得た収穫が3つ。
・アレンとユカリの仲が壊滅的に悪くなった。
・ジュゼさんが、私の味方かどうかわからなくなった。
そして。
・私はユカリ付きの召使?になりました。
片時も離したくない、とユカリは主張し、私もそれには激しく同意したいところだったので、ユカリの身の回りをお世話する身に落ち着いた。
本当は、ユカリは結婚というワードをひたすらくり返していたのだけれど、それは華麗にスルーされた。
まぁ、そうでしょうな。
キャリーの時は周囲の大反対で、私は召使としても中途半端な立場だったけれど、ユカリの場合はすんなりと許可が下りた。
キャリーはやっぱり王子さまだったから、だめだったんだろうな、というのは理解できる。
そういえば、ユカリはどういう身の人なんだろう。
お城の、いわば本丸??みたいなところに居住を許されるらしく、そんなのは貴族でも無理だ。
王族のお客様扱いなのかしら。
詳しいことは後日、ということになり、いったん私はユカリとアレンを部屋に残して(ものすごく不穏な予感しかしない)、キャリーが呼んでいるから、と、ジュゼさんにうながされるまま歩くしかなかった。
色々と思うところがあって、ちらりちらりと彼を盗み見するのだけれど、無表情以外に何も見つけられない。
思わずため息が出た。
それを聞きとがめたのか、ちらっとこちらを見たあと、話しかけられる。
『殿下とはどこで知り合ったのだ?』
・・・この人は味方かどうか、ちょっと怪しくなってきた。
言ってもいいのか逡巡していると、彼が歩みを止める。
自然と、私も足を止めた。
見つめあう。
彼は背が高くて、見上げているこちらはやっぱり首が痛い。
いや、うん、そんなことより。
殿下?殿下だと?
それって、キャリーのこと、よね。
ジュゼさんはとっくに知っているものだと思っていたけれど。
『キャリー?ええと、海、で』
『キャリアル様ではなく、ルーカリー様だ』
??
『ル?』
ルーカリーって誰や。
『そんな人、知らない』
『先ほどお前が抱き合っていたかただ』
抱き合って?
ん?
そんな人、この世で一人しかいない。
え。
まさか。
『・・・ユカリ?』
まさか、と思いつつ口に出すと、ああ、とジュゼさんが何かに思い当たったようだ。
『殿下をそう呼んでいたな。それはあだ名か?』
『・・・・・・・・・・・。』
ここで、思い出してみる。
はじめてユカリが名乗ってくれた時。
必死に耳に拾った音を再現したら、なぜか大爆笑された。
んんんん???
もしかして、もしかすると。
『・・・・・・・・・彼は、ルーカリー?』
首肯が返ってきた。
『・・・・・・・・・・・・・・で、殿下?』
『本日付きで、身分を回復された』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
『王位継承権こそ、はく奪されたままだが』
ということは。
『そう、あれは私の弟だよ』
通された部屋で、キャリーがにこにこと告げた。
えええええええええええ!!!!!!
『母親は違うけれどね』
さらりとすごいことを告げられた。
まじでか。
ちょっと待って、じゃあ、王子さまがあんな寂しい場所に幽閉されてたの?まじで?なんで????
まあそれを言ったら、殺されかけていた王子さまも、今、目の前にいるんだけれど。
そういえば、と、以前、シリスから教えてもらった公式寵姫のシステムを思いだす。
母親が違う、ということは、キャリーとユカリのどちらかが正妻のお子さんで、どちらかが公式寵姫のお子さんなんだろう。
たしか第一王子の件で、同腹の兄弟たちは追放された…って聞いていたけれど。
それか。
ようやく、脳内でいろいろなピースがかちりとつながった。
一人で混乱と納得をくり返している私に、ふ、とキャリーが笑いかける。
『私たち兄弟は、みな名前の最初と最後がつながっていくんだ』
それはどういうことだろう。
『私はキャリアル。で、次がルーカリー』
あ、なるほど、しりとりみたいなもんか。
じゃあキャリアルのお兄さんは、名前の最後が「キ」とか「キャ」なのかな。
聞きたいけれど、第一王子のことはタブーだと念を押されていたので、黙っていることにした。
とにかく、ユカリの本名(?)はルーカリーで、キャリーのすぐ下の弟さん、ということか。
OK、理解した。
・・・・・と、同時に。
「じゃあシリスの婚約者じゃん!!」
思わず日本語で口に出してしまった。
え、たしか第三王子の公式寵姫だったよね、シリス。
私の突然の発言に、キャリーもジュゼさんもいぶかしげにしていた。
かろうじて聞き取れたシリス、という単語を口の中で転がし、ああ、と、キャリーがつぶやく。
『それはたしか、ルーカリーの公式寵姫の名だね。アレンから聞いたのかい?』
『アレン?なんで?』
考えるより先にオウム返ししてしまう。
キャリーは、それこそ不思議そうな顔で私に告げた。
『シリス嬢は、アレンの姉君だよ』
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は。
「はいいいいいいいい!?」
『え、知らなかったのかい?』
キャリーは簡単に言ってくれるけれど。
ええええええ、初耳だよ!
え!?なんで教えてくれないの…!?
それで、ますます腑に落ちることがあった。
たしかにアレンとシリスは妙に気やすい間柄で、一瞬、恋人同士なのかしら?と思ったこともあるのだ。
少し色味は違うけれど、二人とも赤毛だし。
言われてみれば、顔立ちも、どことなく似ていなくもない。
うわ。本当に私は何もわかってなかったんだな。
そして。
『じゃあ、義理の兄と弟で、ケンカする、した?あの二人』
これはジュゼさんにむけた質問だ。先ほどの喧騒を思いだしての質問だった。
するとジュゼさんは…意味深にキャリーを見た後で、首を振った。
『それはどうだろうな。公式寵姫は正式な婚姻とは少々異なる』
その辺の事情は、私にもよくわからない。
でも今の視線の意味は何だろうと、つられるようにキャリーを見る。
気のせいだろうか。
微笑んでいるけれど、その瞳が、昏い。
いつも宝石のようだった翠の瞳が、陰っているように見えた。
そろそろ夜のとばりが下りてきたからだろうか。
もう一度よく見ようとそちらを向いた時には、キャリーの笑顔もいつも通りに戻っていた。
ますます、見間違いかしら。
『私の星は、私の弟を助けてくれたのだったね?』
何かの書類をめくりながら、キャリーが言う。
報告書か何かなのかな。
戸惑いながら、こっくりとうなずく。
『キャリーにお水、飲む、しようと、川に落ちた。そして、ユカ…』
ユカリ、と言いかけて、ルーカリーと言い直した。
『…に、助けられた。一緒、暮らす。ルーカリー、毒、食べる、させられる、なった。私、見た』
キャリーはユカリのお兄さんだから、本当のことを言っても大丈夫かな。
それにしても、数年かかってもこの程度の残念語彙ですみません。
ちゃんと伝わったのだろうか。
不安で見つめるけど、キャリーの笑顔は、ゆらがない。
まるで、表情そのものがそこに張り付いているかのように。動かないし、変わらない。
『彼に、言葉、すこし教えてもらった』
キャリーと会った時はそれどころじゃなかった。
でも、ユカリとの生活は、それくらい穏やかだったんだよ、と。
ユカリのお兄さんだからこそ、伝えたかった。
キャリーは微笑んで聞いてくれている。
『最初、火、マント、お皿…とか。月も、星も』
『星?』
復唱されて、いったん言葉を飲み込む。
なんで聞き返されたんだろう。
私は発音がおかしかったのかな。
首をかしげている私に、変わらぬ笑みで、キャリーは尋ねる。誰に聞くでもなく。
『では、私の星、という、姫への呼びかけは、ルーカリーが教えてくれたから伝わったということだね』
確認するように。
くしゃ、と、手元の書類が音を立てた。
握りしめているのだろう。
表情はかわらないけれど。
え、と彼の手元から顔へ視線を滑らせる。
やはり、表情は変わらない。
それが、なんだかとても、怖かった。
キャリーはつぶやく。
『私には許されなかったことも、ルーカリーには許されるんだね』
え?
『ルーカリー付きの女官になるんだって?』
報告書に早速そのことが書いてあったのだろうか。
さっきまで、あっちの塔でぎゃあぎゃあとやり取りしたことが、彼の手元にすでに書類で届いているということだろうか。
さすが次期王様…お耳が早い…いや、そういうことじゃなくて。
怖い。なにかが、とても怖い。
そうだ。キャリーがすごく優しかったから、私は一番大切なことを忘れていた。
気やすく接していい人じゃない。この人は、この国の最高権力者だ。
周囲にはあらゆる情報と護衛と権謀術数が張り巡らされている、”ここ”こそまさに最深部。
『諸事情で、彼は王子の身分ではないけれど、もともとそんなものに興味がないと主張しているようだね』
これはジュゼへの確認。
ジュゼが短く、是、と答える。
『そう、私の欲しかったものを、生まれながらにしてすべて持っていて』
くしゃ。
書類が、さらに握りこまれる。
『これから欲するものも、持って行ってしまうんだね』
笑っている。
キャリーは、笑っている。
『・・・・・・・・・そうか』
神様がいたら教えてほしい。
私は愚かで、いつも間違ったことをしでかすのは、自覚していたけれど。
一番やってはいけない間違いをしでかしたのは、いつだったのか。
何だったのか。
神様との答え合わせは、結局、”今”でもできていない。
もっと、ほんのちょっとでも、キャリーに寄りそったらわかるはずだった。
生まれたときから、公式寵姫の子供という扱いだった彼にとって、上にも下にも正妻の子供らがいる生活が、本当に幸せなものだったかということ。
たまたま第一王子が謀反を起こしたからという理由で、自分が王位継承権を獲得したものの、それゆえに自由は制限され、こころから欲した、ただ一人の女性を、弟が軽々と奪っていく。ように見えた。
自分は王ゆえに娶れない娘を、弟なら簡単に手に入れることができる。
自分にとって運命の人、ただ一人の人と思った女性は、自分など無数の星の一つにしか思っていない様子を見せる。
そして、自分にとって因縁の相手である弟と、運命と紡いでいるように見える。
それが、どういうことか。
神様は、教えてくれなかった。




