26.シンデレラ救出
この声。
顔を上げたくても、兵士に取り押さえられているから、かなわない。
足音が近づく。
また、あの声が降る。
『離せ』
私を押さえつける兵たちに動揺が走るのを、その手のひらから知る。
声は再び、しかも怒りを添えて放たれた。
『離せ、と言っている』
兵士たちが、ザっと離れるのを感じる。
体がふわりと軽くなると同時に、誰かに抱き起こされた。
涙でゆがんだ視界に、黒がにじむ。黒いものが、私の前に立ってる。
もどかしくて、まばたきをする。
物理的に押しだされた涙がどいて、視界がクリアになった。
そして、見た。
私も、いま、たぶん、こういう表情なんだろうな。
苦痛にゆがんだ、でも嬉しさが隠せない。
でもやっぱり苦しそうな顔。
切ない、とでも表現するのだろうか。
「・・・。」
ゆっくり、息を吸う。
そして、目の前の黒い瞳に問いかけた。
「ユ、カリ?」
「・・・っ」
あとはお互い、声にならなかった。
抱きしめられた。
思い出のなかの彼より、少し背が伸びている。
それくらい、時間が経っていたんだな。
頭の隅でそんなことをぼんやり思う。
『会いたかった』
絞るような声は、抱きしめた体から響いた。
うん。
うん、私もだよ。
会いたかった、ということ以外、頭の中は空っぽでそれしか浮かばない。
数秒おくれて、私ののどが震えながら変な声を出しているのに気づいた。
嗚咽。
もう、息をするのも難しいほどの、号泣。
絶対にもう離れたくない、と、抱きしめる腕に力にこめれば、その倍の力が返ってきた。
ユカリも泣いてる。
お互いに身を震わせながら、わんわん泣くしか、今はできなかった――――。
ところで。
ギャン泣きした後って、気まずいですよね。
またこのパターンですよ。以前もやらかしたな私。
でも仕方がない。こればっかりは仕方がないよ。
私はわんわんと吼えるように泣き、ユカリは身を震わせて、アレンいわく、放っておくといつまでもそうして泣いていそうだった、と後で苦情を言われた。アレンのそういう所が本当に嫌いなんですが。
引き離されまいと互いの身をしっかと抱く私たちに、場所を変えるよう促したのはアレンだった。
あんなに呼んでも来てくれなかったのに、と少し恨みがましく思いつつも、そうか、いま私たちを取り巻いてる兵隊さんたちの一番うえの人なんだっけ、と、どうでもいいことを思い出す。
とりあえず見知った顔からの忠告なので、まだえぐえぐと泣きながらもユカリとしっかり手をつないで、私たちはお城の中へと入っていった。
涙がぜんぜん止まらなくて、ゆがんだ視界のはるか先にキャリーがいたように思えたけれど、それも少し傷ついた表情だった気もするけれど…真偽のほどはわからない。
―――このときの邂逅について、キャリーはその後も一切語らなかったからだ。
ぎゅううと手をつなぎ、時おりとなりのユカリと目が合って、お互いに無言でにこっとする。
そうするたびに、涙がこぼれる。
ユカリは、自分の涙なんて放っておいて、私の涙や、たぶん土まみれになったところなんかを、やさしくやさしくぬぐってくれた。
ああ、ユカリがいる。
無事でよかった。
なんでこんなところで再会できたんだろう、とか、あれからどうしてたんだろう、とか、本当にいろんなことを聞きたかったけれど、それよりも、つないだ手がうれしくて、会えたことがうれしくて、呼吸を一つするごとに、体中に喜びが満ちていく心地だった。
ずっとずっと心配だった。会いたかった。
ユカリについて語らないことで、ユカリを守っていた気になっていたけれど、それは間違いだったかもしれない。もっと早く説明していたら、私たちは早く再会できていたのだろうか。
でもいい、会えたのだから。
いくつかの回廊をまわり、控えの控え?みたいな、とにかくふっかふかのソファがあるところに案内され、しばらくここで待つように、と指示された。
多分ここは、キャリーが住んでいるところから一番遠い塔。
部屋には、私とユカリと…アレンが残された。
見張りなんだろうな、とは思いつつ、そんなことどうでもよくて、手をつないだままユカリとソファに沈んだ。
文字どおり、ふっかふかのソファが私の身を飲みこむものだから、思いっきり体勢をくずして、ユカリにがっつり寄りかかってしまった。うわっ。
それを自然に、でも手をつないだまま、ユカリが助けてくれる。
目が合う。
にっこり。
私たちは、本当に本当に再会を喜んでいた。
アレンがいるのも、一瞬わすれるくらいには。
そんな我々に何を思っていたのか、軽く咳ばらいがして、ようやくこちらを苦々しく見ているアレンを思いだしたくらいだ。
ユカリが少しだけ緊張したのが、手のひらから伝わった。
だいじょうぶです、あいつの無害さにかけては、保証する。
ユカリをみつめ、アレンを指さし、にっこりと紹介した。
『ブワルク』
『・・・!』
これにはアレンがむせて咳き込み、ユカリは軽く目をみはった。
『話せるのか?』
ささやくように聞かれ、私は再びにっこりと笑みを返した。
『すこし。練習、がんばった。また、ユカリと会う、話す、夢だった』
ぎゅうっと、つないだ手に力がこもった。
あの頃はこちらに来たばっかりで、言葉も全然話せなかった。
ユカリも無口で、でもその分こうやってやさしく見守ってくれていた。
『私の、はじめての、言葉の先生。ユカリ。ユカリが最初に教えてくれた』
私のつたない言葉を、ユカリは黙って聞いている。
私の表情の全部を刻みつけるように、瞬きもせず、じいっと見つめながら。
『月も、星も、ユカリが教えてくれた』
ずっと伝えたかった言葉を、そうっと差し出した。
『私に世界をおしえてくれた、最初のひと。ありがとう』
『・・・・・っ』
突然、つよく抱きしめられた。
ちょっっっっっと呼吸が苦しいくらいだったけれど、私の気もちも同じだったから、そのまま受け入れる。
ああ、ユカリとまた会えて、本当になんていい日なんだろう。
『そのあたりの事情を、詳しくうかがおう』
ドアが開くのとほぼ同時に、ジュゼさんがそう言いながら入ってきた。
どことなく、空気が張りつめた。
ユカリの身が強ばるのを直に感じて、だいじょうぶだよ、と背中をなでた。
何か言いたそうに私を振りかえるユカリに、うん、と首肯でつたえる。
だいじょうぶ、この人たちはだいじょうぶだから。
以前、悪夢にうなされる彼にそうしたように、私は彼の背中をさすった。
というか、この人たちがユカリに何かしたら、私が許さない。
いざとなったら体当たりして突破口を開き、ユカリを逃がしてみせる。できるかわかんないけど。やる。
そんな私たちを見て何を思ったのか、ジュゼさんとアレンが何か目くばせしてうなずくのを気配で感じた。
何、と身構えるより早く、彼らは私たちに向かって、否、ユカリにむかって恭しく膝を折ったのだ。
そして何かこちらの言葉で口上を述べている。
こちらの宮廷の言葉なんて、ほとんどわからない私は、ユカリと彼らをオロオロと見守るしかできない。
え、ユカリに対して膝を折るとか、え、ユカリ、なんか偉い人なの?
あんなところに閉じこめられてたけど、本当はそういう扱いを受けるべき人じゃないってこと?
まったく状況がわかっていない。
そんな私をユカリは振り返り、つないでいた手にもう片方の手をそえる。
そして首肯をしてくる。
だいじょうぶ、というように。
いつの間にか立場が逆転した私たちだけれど、その手をそっと外し、ユカリが立ち上がった。
『立ってくれ』
その言葉を合図に、両名が姿勢を正す。
私はふかふかのソファに沈みながら、彼らをポカンと見ることしかできない。
アレンが、無事のお戻りがどうこう、と、おめでとうございます、的なことを言い。
ジュゼさんも、キャリアル様もおよろこびがどうのこうの、と述べるのを。
ユカリが鋭く遮った。
視線は、アレンに向けられている。
『彼女をさらったのは、貴様だな』
お前、でもなく、こっちの言葉でいちばん強く相手をなじる呼称”貴様”で、ユカリが問う。
アレンの沈黙が、肯定をしめす。
そうだった。あの日、アレンに馬でかっさらわれてのお別れだった。
力いっぱいユカリの名を叫んだのを、遠いむかしのことのように感じる。
本当にあれから、どれくらい経ったんだろう。
年単位で引きさかれてたもんね。
私がいまだにアレンに対してケンカ腰なのは、やはりその点が尾を引いていたんだな、と、今さらながら納得した。無意識に恨んでいる。あとふつうに性格が合わない。
『その節は、まことに失礼いたしました』
アレンが低くそう謝罪した。
まぁそういう役割だったんだろうな、と、アレンのことを知った今となってはちょっぴり理解している。
それはユカリもわかっているはずだ。
しばしの沈黙ののち、ユカリが…
頭を下げたのだ。
『彼女を保護してくれて、ありがとう』
!!!
これには、私もアレンも、ジュゼさんもびっくりする。
ええええええ、ユカリがそこで頭を下げるなんて、私のために。
私以上に慌てたのは当のアレンで、動揺したままなんだかおろおろし始めた。いや、うん、しょうがない。
『殿下、頭をおあげください!』
アレンが悲鳴のように言う。
・・・ん?
いま、アレン、なんつった?
私の混乱をよそに、そして慌てふためくアレンをよそに、『だが』と、ユカリが険しく顔を上げた。
『彼女を、このように粗末に扱うとは!!』
へ??
『このようなみすぼらしい服、よごれきった格好、貴様、どういうつもりだ』
あわわわわ。
なんか、誤解されていませんか!
私、大掃除の途中だったんですよ、だから汚れてもいい格好で、ええと、しかも兵に組み敷かれたから確かに小汚いかもしれませんが…誤解です!
でもユカリがマジ切れしているので、口を挟める感じじゃなかった。
『騎士たるもの、罪もない女性にこのようなふるまい、恥と知れ!』
う、うっわあ。
逆に、なんか、すみません!
『チガウ!ユカリ、これは』
『君は黙っていて』
おだやかに、私を振りかえるユカリ。
『これからは、私が…僕が、君を守る』
そう言って、やさしく抱き寄せられた。
ええと、あの、うれしい、率直に言ってその厚意はすごく嬉しい。が。
抱き寄せられた体勢で、アレンの最強に苦々しい顔を見る羽目になった。
ひええええええええ。
これ、あとで特大の雷が、私に、落ちる予感!
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
皆さまに読んでいただける機会があって、めちゃくちゃ嬉しいです。
励みになります。これで生きていけます…(天を仰ぎながら)
次回は、キャリーが闇堕ちの危機です。




