24.世界で一番アホな助け方
二度見した。
みどり。緑茶。
以前なら気にもとめない勢いで見ていた、ありふれた緑茶。
でも”こっち”では、初めて見るもの。
そして、飲むなとピンポイントで忠告されたものだ。
この符牒っぷりはなんだ。
私はまじまじとユキルカ嬢を見る。
にっこりと笑っている。天使か。かわいいな。
そして笑顔のままひとくち飲んで「やはり香りが珍しいです」と感想をのべていた。
圧の強い笑顔が、言う。
「さあ、召し上がってください」
あやしい。
私の中の何かのセンサーが反応している。
客人よりも先に口をつけるわざとらしさ、まるで”ほら、安全ですよ”って聞いてもないのにアピールしてる感。
え、どゆこと。
ユキルカ嬢が、私に害をなそうとしている?
そういえばシリスが急に去っていったのも、ここでの茶会の直後だった。
不自然で、突然で、違和感がありすぎて、なんでどうしてとちゃんと考えられなかった。
ユキルカ嬢の笑顔は完璧だ。
人をだまそうとしているようには見えない。
でも、私の直感がヤベェって言っている。
私はこれまで、いろいろな人に助けられて、ようやくここまで生きてる感じだった。
キャリー、ユカリ、シリス、不本意ながらアレン。
でも、その中に、ユキルカ嬢はいない。
彼女に助けられたことはない。
だから、ここで彼女を信用するのは、ただの蛮勇だ。
だって、この世界って、簡単に人が人を殺そうとするんだから。
私はそれを何度見てきたことか。
逃げるぞ。
私は覚悟を決める。
そうだ、用事を思いだしたとか、なんか言い訳を…と口を開くより早く、庭の入り口が騒がしい。
このパターン、覚えている。
たしか、前回はキャリーがユキルカ嬢から私を”救出しよう”と駆けつけてくれたときだ。
あの時は、ユキルカ嬢がキャリーに変な誤解をされていると思って、必死にとりなそうとしていたけれど、
もし、
それが
誤解じゃなかったら?
使用人たちが何かなだめているのが遠目にわかり、私は席を立つ。
ユキルカ嬢も、何事かとそちらを注目していると。
現れたのは、アレンだった。
んんんん?
え、なんで?ってか久々に見たけれど。
前回のキャリーに比べて、なんて役不足なんだろう。
赤い髪がぐんぐんこちらに近寄ってくるのを、どうしていいのか見守ってしまった。
周囲の制止をふりきって、私の手をがっつりつかむと、ユキルカ嬢に一瞥もせずに歩きだす。
アレンに引っ張られる私のほうが、状況もわからず混乱する。
でも、アレンが私に危害を加えるはずもないのだ。そこは間違いない。
『いったい、どういう理由でお客人を連れだすのですか?無礼が過ぎますぞ』
このおうちの執事っぽい人が、アレンの退路を断つように手で制してきた。
アレンは取り合おうとせずとおり過ぎるのだけれど…
ぱし、と、私の手首がつかまれた。
右手はアレンにひっぱられたまま、そして左手を執事さんにつかまれている図ができた。
どうやらアレンは制せないと思ったのか、私の手をつかんで物理的に止めようとしているらしいのだ。
けっこうな勢いで、痛い。
離して、と抗議するよりも早く。
『離せ!』
ばし、と、執事の手をアレンの反対側の手が叩き落とした。
そして、あり得ないことを言う。
『彼女は俺の・・・恋人だ!』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は。
ア
ホ
か
どういう文脈で、何の必要があってそんな嘘をつくんだ。
沈黙はたっぷり数秒、周囲に集まって来ていた使用人らも、ユキルカ嬢も、そして私も動きをとめていた。
私は軽蔑を隠そうともしないジト目でアレンを見る。
それを察してか、目も合わせず、そのままぐいっと引っ張られていく。
今度は誰も止めないし、追いかけても来ない。
まてまてまて、おいこのバカ、今、あんた、なんつった?
自称「恋人」らしき私を馬車に押しこむと、アレンもそれに乗り込んできた。
と、同時に馬車が動き出す。
方角は王宮だ。
それを窓から流れる景色で確認し、満を持して正面からアレンをにらみつけた。
『それで?』
私が声をかけると、びくっとその肩が揺れる。
『うそ、必要ない。バカ?』
『・・・・・。』
私なりにあの状況を把握すると、たぶんジュゼあたりから何かを聞きつけたこのバカが、窮地を救おうと駆けつけてくれたのだろう。まぁ、いい。
で、何の権利があってお前が来たんだという、当然の疑問に対して。
なぜか、ありえない大うそで啖呵を切った、と。
たぶんそういうことなのだろうけれど。
だが私はこいつと恋仲になったことはないし、逆に恋人だったら何だという話だ。
何も解決していない。
『バカ』
『・・・。』
ぐうの音も出ないアレンに、畳みかけるように知っている悪口の語彙をぶつけまくる。
最後に『変態』まで言ったあたりで、アレンも立ち直ったのか、めっちゃ逆切れしてきましたよ!
『バカはお前だ!なぜあの屋敷に一人で行くんだこんな時期に!目を離したらすぐこれだ!』
はぁぁぁぁ?
ケンカ売るなら買うわよこっちも!
『昼に人の家でお茶を飲む、悪いことない!何がだめ?説明が足りない!!』
ああ、語彙が残念だ。
悪口ならぽんぽん出るのに!くっそう!
『心配かけるな!』
一喝。
その勢いに、ちょっと飲まれて言葉が引っこむ。
アレンの耳は真っ赤で、それは羞恥のためなのか、頭に血が上っているからかは、わからない。
『白隊長から忠告がなかったのか?そんなわけない、お前はどうして周囲の厚意を無駄にするんだ!シリスがはなれたのも、お前を守るためだったというのに…!』
『!』
それは、初耳だ。
『それ、どういうこと。説明、する』
『・・・うるさい』
明らかに、”口がすべった”という態度そのもので、アレンが苦い表情をしている。
ねえ、どういうこと?私の何かのせいで、シリスは遠くへ行ってしまったの?あんなに急に?
私が無知だから、こんなことになってる?
ひとに、迷惑をかけている?
私が、悪いの?
色々なことがぐるぐる頭をめぐって、何も言えなくなってしまった。
膝の上に置いた手が、ちいさく揺れる。
馬車の振動じゃない。
私が今さらながら震えているのだ。
自分でもわかっていたじゃないか。この世界では、人が人をすぐに殺そうとする。
矢を射かけられたり、食事に何かを混ぜられたり。
そんな世界で、どうして私だけ安心安全でいられると思っていたのか。
それきりうつむいてしまった私とアレンは、一言も発しないまま王宮の敷地内に戻って来た。
当たり前のように馬車から降りる時も手を貸され、エスコートしてくれるアレンに、私はだまって従った。
ナチュラルに部屋まで送られ、部屋のドアを開けた瞬間、アレンが息をのむ。
『・・・やはりかっ』
窓辺に飾っていたあのドライフラワーを、汚いものを払う手つきで引っぺがして、廊下に向かって怒鳴った。
清掃の担当者を呼んでいるようだ。
やがてその声でやってきたメイドさんらが、跡形もなく花々を回収してくれる。
その間、私はぼんやりと部屋の隅っこに突っ立っているしかなかった。
やがて再度の沈黙。
ちら、とアレンを見ると、今さらながらやつれているのに気づく。
離れていた数日間、彼が何らかの激務に追われていたのは想像できる。
目の下にクマができてるし。
その状況で駆けつけてくれたのだと、時間を置くほどに理解ができて、消えたくなった。
私は、何をやってるんだろう。
人の役に立つどころか、迷惑ばかりをかけている。
ユキルカ嬢が私をどうしたかったのかわからないけれど、だからこそノコノコ外出している場合じゃなかったのだ。
そもそも、誰のものかわからないものを受けとるなんて…無邪気だった。
あの花束を、私は気味悪がって粗雑にあつかえばよかったのだ。
深いため息とともに、座れ、と低い声で命じられる。
顔をあげられず、アレンの正面に、そっと座る。
また深いため息をつかれ、ぎゅっと目をつむる。
もう、心がしおしおだった。
でも、かけられた言葉は。
『・・・すまなかった』
そんな、意外なものだった。
思わず顔をあげる。
思ったよりも穏やかな表情のアレンと目が合った。
何に対する謝罪なのかわからず言葉を待っていると、アレンの口からぽつんと説明がこぼれる。
『お前が贈り物に頓着しないのも、俺の件があったからだな』
アレンの謎のプレゼント攻撃を思いだす。
たしかに、ちょっと、影響はあったかもしれない。でも。
それは彼の責任ではないはずだ。
『寄る辺のないお前を、一人で住まわせているのも、配慮がなかった。女一人では、わが騎士団で引き取れなかったし、殿下の近くにも置けなかった』
ゆっくり、私に説明するアレン。
でも、聞けば聞くほど彼に非はないように思えて、いたたまれない。
私が能天気だったのだ。
でも、素直にそう言えない。
言いだせないくらい、空気は重かった。
『任務があって、この地を離れていた。白隊長も殿下の警護で忙しい。こうなる前にもっと手を打っておけばよかったのだ。俺のミスだ。シリスに託されたのにな…』
自分を責める彼の言葉に、何かを言いたい。でも、差しこめる言葉がない。
ごめんなさい、と絞るように、やっと口にする。
うつむいたまま、膝上で握りしめた自分の指を見る。
向かいから、アレンのため息がまた聞こえた。
と。
頭に、わしゃっと指がかかる気配がして、え、と顔をあげると、無表情のまま頭をなでられていた。
からかう色もなく、ただ、こちらを慰めようとする意志は伝わった。
不本意だが、泣きたくなった。
『すまなかったな』
彼はもう一回、言葉を重ねる。
否定しようと首をふると、ふ、って、アレンの口元が笑みになる。
考えてみたら、アレンの笑顔なんてほとんど見たことがない。
とてもとても、珍しいのだ。
『アレンも、笑う、あるね』
『なんだそれ』
すかさず不満げに言われた。
『いつも、顔が怒ってる』
まぁ、私が挑発してた率が高いんだけど。
アレンは、そうか、と小さくつぶやき、頭をなでながらこう言った。
『俺と一緒に住むか。シリスの代わりに』
わたしの答えはひとつだった。
『やだ』
ばっこん!!!
私をなでていた手のひらが、そのままチョップの型で食いこまされた。
痛い!!
『お前という奴は!!』
『だって!やだ!ふつうにやだ!』
『人の厚意をむだにするなとさっきも言ったよな!』
『それとこれ、チガウ!そういう話、チガウ!』
それからわれらは小一時間、ぎゃあぎゃあとケンカを続けた。
・・・ちょっぴり照れ隠しもあったのだが。
それはお互いに気づかないふりで、全力でわざとらしくケンカした。
とにかく明日、おじいさんとジュゼさんのところに行って、顛末を相談してこよう。
私を体調不良と思った理由を、おじいさんに、
みどりのお茶を飲むなと言った根拠を、ジュゼに。
それぞれの話を聞こうと思った。




