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22.そしてようやく、これまでのことを説明できた。

大嫌いなアレンに泣き顔を見られて気まずい沈黙のあと、しおしおとテーブルに着いた私に、わざとらしく顔をそむけたままのアレン氏が、事務的な話をはじめた。

この部屋はもともとシリスに割りあてられた”寮”だけれど、このまま私が住んでもいいこと。

ここに住む限り、城内でなんらかの仕事をしてもらう、と。

ここでの私の立場はあいまいだ。

すぐ城外に追い出されても文句は言えない。

シリスの根回しなのか、アレンのお節介なのか、キャリーの意向なのか、ここにとどまってもいいということはわかった。

早々に話をきりあげ、立ち去ろうとするアレンの背中に「あの、」ととっさの日本語で声をかけてしまう。

なんだ、と、振り返る、いっそ不愛想な顔。

言おうか言うまいか、ぎりぎりまで迷っていた。

朝もまだ早い。

それを、時間も惜しい様子なのにわざわざ顔を出してくれたということは、この人なりに心配してくれたのだろう。

アレンは信じてもいい。

シリスの言葉に背を押されて、私はたどたどしく説明をはじめる。

『キャリーに会ったとき、アレンと会ったとき、説明、する』

『・・・!』

カッと、アレンの目が見開かれるのを、心のどこかでマンガみたいだなぁとぼんやり思う。

本当にわかりやすいほどシンプルな反応をしてくる。

出会ってから(拉致されてから)たぶん1年近く経っているけれど、この人を警戒してた日々がばかばかしくなってきた。

『ばかな!今までさんざんはぐらかしておいて、お前というやつはっ!』

わかりやすく、アレン氏激おこである。

こういう反応なのが、ある程度予想できていたから、打ち明けるのいやだったんだよな、と、ため息をこぼしたのがまた気に入らないのか、出ていきかけた身を乱暴なくらいに音を立ててもどし、私の対面の席に着く。

じっくり話を聞いてやろうと言わんばかりだ。

要らない威圧感に、こちらも少々気分を害した。

『なぜ今になって素直に話す気になったんだ?』

怒りをぎりぎりで飲み込んでいるのか、アレンのこめかみに血管が浮いている。

こういうところもマンガっぽいなぁと、ちょっと明後日なことを考えてしまうのは仕方がない。

『・・・シリスが』

私がその名を口にすると、びくっとアレンの身が反応する。

『アレンは、信じていい、言った。だから、話す』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』


文字通り、アレンはかたまった。


本当に素直すぎると、かえってくる反応もいちいちマンガ的なのよね。

この人はこんなんで社会的に生きていけるのだろうかと、以前も思ったことを再び思ってしまうのは仕方がない。

たぶん、心の中で振り上げた怒りのこぶしの下げどころがわからなくて、アレン本人も戸惑っているのだろう。

不本意ではあるが、遠巻きにでも、あなたを信じると告げた以上、怒ることができないのだろう。

奇妙な沈黙がいたたまれず、私は必死に単語をかきあわせて、なんとか説明した。



話している言葉からもわかるように、私はこの国とぜんぜん違う、遠い国で生まれ育ったこと。

この国に来た経緯は、実は本当に覚えていないこと。気がついたら海辺で倒れていたのだ。

そして、そこでキャリーと出会った。

キャリーは私と同じように、浜辺に倒れていたので助け起こした。

とたん、謎の棒(たぶん弓矢なんだけど私はこの世界の弓矢という単語を覚えてなかったので、ジェスチャーと筆談で、こういう棒!なんか、棒!としつこく説明するしかなかった。なんとかアレンに通じたようだ。余談だ)におそわれ、二人で逃げているうちにキャリーが熱を出した。


『いつか、アレンが持ってきた、ボロボロのみどりの服。あれは私の』

『やはりか』

ぽつ、とアレンが相槌をうつ。

あの時ははぐらかしてしまったけれど、あれは間違いなく私がキャリーにかけた服。

『あれしか、温かい、ない。だから、キャリーにかけた』

そう説明すると、そうか、と聞き入っていたアレンが、突然ばっと顔をあげたのでこちらもびくっと身構えてしまった。


な、なに?


『ということは、お前…はだかになったってことか!』

いやいやいや、ええと、

『ぱんつ ある!』

『そういうことを言ってるんじゃない!』

そうですか。

ってか、今その確認いる?

変なところにこだわるな、アレンのすけべめ。

私のそういう思いが表情から伝わったのか、今度は慌てて首を振って無罪を主張するアレン。

『ちがう、そういうことじゃない!というかお前は、もっとつつしみを持てないのか』

『つつしみ、いのち、どっち、大事か?』

『・・・。』

正論でねじ伏せた後、ええい話がすすまん、と話のテンポをじゃっかん上げていく。



『で、キャリーに水を、って、川、落ちた』

アレンが あああああ、と片手で顔をおおう。

『流されたさきで、男の子に、助けてもらった』

『全裸でか!』

『だから、ぱんつ、ある!』

まじでこいつ何にこだわってんの?

というか、今度は両手で顔をおおってしまった。どういう反応だよ。

やめてくれ、私だって思い返すと恥ずかしいんだから!

ユカリはそのことに一切言及しなかったから、私もなんとなくスルーしていたけれど、つまり、あれだ、そういうことなのだろう。

なぜか私よりもアレンのほうが、地味にダメージ受けている様子なのは気のせいか。

ええい、やっぱり話がすすまない。

サクサクいきますよ。

『で、そこで魚とった。アレン来た』

『・・・。』

アレンの表情は複雑だ。

自分でも、一番肝心なところは省略した自覚がある。

もちろんわざとだ。

キャリーがいる以上、そしてあの緑のワンピースをつきつけられた以上、キャリーと私の出会いはすでにアレンとて把握済みだろう。

問題は、血相変えて私をユカリとひきはがした、その理由とあの時の状況だ。

彼と私の間になにがあったのか、どういう関係を築いたのか、私が語らないからには、他の人間に知るすべはない。

ただ、ユカリのあの毒のごはんの件もあるから、これ以上は説明できない。

アレンを信じていないわけではないけれど、それよりもユカリに迷惑がかかることが怖かったのだ。

だから、川で流れてたところを助けられ、そこで生活していたところを見つかったのだと、簡略的に説明した。

というか、シリスのいない状況で、こまやかなニュアンスが正確に伝えられるとは思わない。

それが幸いした面もある。

アレンは苦々しい表情のまま、ゆっくり、長い息を吐きだした。

重いため息だ。

『お前がなぜあそこにいたのか、経緯はわかった』

はぁ。

『・・・ほかにも色々と聞きたいところだが、今は時間がない』

そう言いながら立ち上がるアレンを、見上げる形になる。

『俺はこれから数日、城を空ける。もどるまで、お前はなるべくおとなしくしておけ』

『・・・。』

言い方がかわいくないんだよなぁこいつ、ほんと。

そういうところだぞ。

時間がないのは本当のようで、アレンはそう言いおいて、足早に出て行ってしまった。

ばたん。

ドアが閉められる。

なんだか今日は、シリスの出立にアレンの出立と、あわただしい朝だったなぁ…と気持ちをゆるめた瞬間。


ばたん。


もう一回ドアが開け放たれ、びくっとする私に向かい、アレンが再度顔をのぞかせて、のたまった。

『ぜっっったいに、白隊長が来ても、ドアを開けないように!』

『・・・。』


ばたん。


それだけである。

そんなことを言うために、わざわざもう一回顔を出したのかあいつ。

なんだか口うるさい保護者みたいになってきたなと思いつつ、ジュゼに絡まれても今は相手にする気力がない。

今度こそテーブルに突っ伏してしまった。


シリスは帰ってこない。

アレンも当分、ここに来ない。

キャリーには、私からぜったいに近寄ってはいけない。

そうなると話し相手もいないし、かといって他にやることもない。

気が重いながらも、いつものように庭のお手伝いをしに、のろのろと立ち上がるのであった。





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