21.突然のお別れ
突然のあやしいプロポーズ。
キャリーの悲しそうな顔。
聞いてほしいことが山ほどあった。
ユキルカ嬢の屋敷に置いてきてしまったその後について、シリス自身のことも聞きたかった。
なのにシリスはその夜、帰ってこなかった。
そんな時にかぎってアレンも部屋に立ちよらず、無事もわからず、誰にも相談できないまま翌朝を迎えた私に。
朝帰り(?)だった彼女が、めちゃくちゃいい笑顔で告げる。
『私はこの城から出る。あなたとはここでお別れ』
・・・え?
きょとん顔の私に、言葉が通じないと勘違いしたのか、シリスが日本語対応で会話をしてくれるのだが、まっっったく内容が頭に入ってこない。
お別れ、と、確かに聞こえた。
ていねいな説明でようやく理解できたのは、彼女がアカデミーの教職につくらしい、というニュアンスだった。
これまでは城内で罪人の聴取をする、というのが、問政官としての彼女の役どころだった。
今度はその問政官の育成をする機関に配属替え、いわゆる転勤のようなものだろう。
でも、なぜ、急に。
「・・・それ、遠い?」
「遠い。馬で5日はかかる」
「そんなに!」
歩いたらどのくらいかかるんだろう。想像つかない。
いくらなんでも急すぎる。
そんな素振りは一切見せなかったのに。
私が知らないだけで、前からあった話なのだろうか。
それともこの”朝帰り”と、何か関係はあるのだろうか。
そういうもろもろの不安がまるみえだったのだろう、なだめるように微笑まれ、シリスはゆっくり語ってくれた。
「あなたを連れてはいけない。もう、となりで言葉を助けてあげられない。そのかわり3つ、あなたを守る方法を教えてあげる」
3つ?
思わず見つめ返したシリスの茶色の目は、真剣だ。
「この国の”第一王子”の話は、ぜったいにしてはダメ。口にするのも問うのも」
言われてみれば、キャリーは第二王子なのに、なんだかお世継ぎみたいな雰囲気なのが、ずっと引っかかってはいた。
普通、王位継承は一番目の王子さまじゃないのかな、と漠然と思っていたからよけいにだ。
シリスがまっさきに挙げるくらいだから、第一王子の話題は最重要事項なんだろう。
今までも、複雑な政治的背景から、こうやって私を遠ざけて守ってくれてたんだろうな。
そんな深い配慮が、彼女の忠告からにじんで見える。
「次に、アレンは、信じていい」
・・・うん、うすうすそんな気がしてたんだけど。
ずっと一緒にいたけれど、一度も危害を加えてはこなかったし、政治的利用をしようともしてこなかった。
今となってはシリスとおなじくらい、実はアレンを信じてる。
認めたくなかったけれど。
こくり、と、私は首肯でこたえた。
シリスが、ふわっと笑う。
忠告の、3つめは。
「最後に。幸せに、なって」
そう言って、彼女は私の手に何かをにぎらせる。
ひやっと冷たくてかたいちいさなそれは、見覚えがあった。
ユカリがくれたマントについていた、ちいさな飾りだ。
はじめてシリスと出会った時、鉄格子ごしにもぎ取られたままだった。
それを、今、このタイミングで?
幸せになって、って、どういうこと?
聞き返したいけれど、動揺していてうまく言葉をつむげない。
嫌だと泣いても意味はないだろうし、ついていくこともできないのは最初に宣言されたとおりだ。
もちろん、言葉を理解してくれる彼女がそばにいなくなるのは、心細い。怖い。
でも、そういうことじゃなくて、純粋に寂しい。
親しくなれた、はじめての女友達だと、私は思ってた。
どんなことでも興味深そうに聞いてくれて、そりゃぁ笑ったりもされるけど、彼女と会話することがどれだけ救いだったか。
それが、どうしてこんな急に別れなくちゃいけないのだろうか。
理由を聞いてもいいのだろうか。
・・・でも、いままでわざと詳しくこの世界の情勢を教えてくれなかったのは、遠ざけたかった理由があるのだろう。
知ることで、身に危険がせまるようなレベルのことも、きっとあった。
だから問い詰めて困らせてはいけない。
キャリーの時のような、”何かを間違える”のは、もうごめんだった。
「また、会える?」
おそるおそる尋ねると、シリスはもちろん、というように大きくうなずいてくれる。
それなら、今は寂しくてもがまんできる。
私の幸せを願ってくれる彼女が、あえて多くのことを教えてくれないのなら、それだけの意味があるのだろう。
だから、私はそんな彼女を困らせないように、駄々をこねたいのをぐっとこらえる。
「実は、もうすぐ出なくちゃいけないの」
今から!そんなに急に?
ひたすら驚く私に、まるでなんてこともないように笑い、彼女が手をふる。
「落ちついたら、手紙を書くわ」
「・・・・。」
荷物も最小限だけで、シリスはドアの向こうに消えていく。
追いかけたい、せめてお城の敷地内までは見送りたい。
でも、ひどい脱力で体がひどく重い。
思わずそのまま床に座りこんでしまう。
手紙をもらっても、シリスがいなければ読めないじゃない。
知ってるくせに。
それからどのくらいそうしていたのか。
変なタイミングで、アレンが部屋に入って来た。
それに気づいたけれど、私はうまく反応を返すこともできない。
あっさり、あっけなく、急に、安心できる人と離れてしまった不安と、それ以上の寂しさと、教わった忠告とが、頭の中でずっとぐるぐるしている。
アレンはシリスの事情を知っていたのだろうか。
聞いたら答えてくれるのだろうか…と考えて、やっぱりやめた。
シリスに問わなかったのと理由は同じだ。
問い詰めて困らせたくないし、知らない方がいいこともあるだろう。
こんなに一日でめまぐるしく何かが決定するほど、何かが差し迫ってたのだ。
でも。でも。
「・・・っ。」
うまく感情を処理できない。
アレンに見られるのは嫌だったけれど、涙がにじんで止まらない。
渡された小さなマント留めを握りしめながら、顔を見られないようにそむけていると。
長いこと沈黙していたくせに、アレンがつぶやいた。
「ダイジョブ」
「・・・。」
「ダイジョブ、ダイジョブ」
それは、聞き間違いではなかった。
『なに、それ』
涙をぬぐいながら、でも顔は背けたままなので、アレンの表情は見えない。
『知らん。シリスが言い置いて行ったんだ』
何を、と問うよりひと呼吸分早く、アレンが答えをくれる。
『お前が不安そうにしていたら、この言葉をくりかえせと。意味は知らんけどな』
「・・・。」
『シリスめ、うそを教えたな』
アレンが小さくため息をこぼす。
『泣きやむかと思ったら、余計に泣いたではないか』
・・・アレンの、ブワルク―ばか―。
うそかどうかは、一生教えてやらん。
「プルワカ(公式寵姫)」と「ブワルク(馬鹿)」の言葉自体が似ているのは、両方とも語源がおなじで、古語の”愚か・いつわり”から来ているいう裏設定。
書いてて自分もややこしすぎたので、以降主人公には必殺脳内変換「公式寵姫」一本で行ってもらいます。




