20.お茶飲むマナーがなってないよあなた達。
ふたたび場面は小屋に戻る。
おじいさんと、謎の青年と私。
おじいさんはていねいにお茶をいれなおしてくれたのだが、それはもどってきた私たちの雰囲気で、何かこみ入った話が始まる予感でもしたのだろうか。
カップからゆれ立つ湯気を見つめながら、意を決して顔をあげると、静かな青年の瞳にぶつかる。
一瞬なにかの圧に飲み込まれそうになりながらも、まずは緩衝材たるおじいさんに水をむけた。
『おじいさん、…孫?』
手のひらを彼に向けながら、知ってる単語を必死につなげる。
おじいさんはゆっくりと首をふると、物憂げに青年に声をかけた。
『ジュゼ様、お仕事はいいのですか』
『そろそろ迎えが来るころか』
そう、彼は窓の外へ目をむける。
仕事のとちゅうでぬけてきたんか。そして求婚したんか。
私の疑念の目に気づいたのか、青年はくいっと視線を私にもどす。
『あの話、考えてくれ』
『・・・。』
そう言われても、考えれば考えるほどわからない。
会話の糸口をこれ以上どうしようか、頭をかかえたくなったまさにその時、ふだんなら絶対に聞きたくもない声とともに闖入者がとびこんできた。
バタン、と威勢よく開け放ったドアに立っているのは、さきほど馬車の窓越しににらみあってた人物。
ほかでもないアレンだ。
彼はまっすぐ青年を見据えて何か言おうとしたものの、コンマ数秒遅れて向かいの席にいる私を見つけてぎょっとする。
どうも。ここにいます私。
その衝撃で言葉がでないのか、棒立ちになって私と青年を視線で行ったり来たりしている。
がた、とおじいさんが席を立つ。
まさかと思うけど、アレンの分のお茶を・・・用意してきた。予想通り。
こみ入った話になりそうなのか、もう慣れた光景なのか、どちらだろうか。
そのままうながされたアレンは、おおげさに深呼吸をしてから、空いていた最後のイス、4つ目のそれに乱暴に腰かける。
『で、お前はなんでここに』
これは私に対しての発言。
わざと、つーんとそっぽを向いてやる。
お前がさっきキャリーと一緒にいた私に敵意むきだしにしてきたから、空気読んでやったのも原因の一つなのに。何を言うか。
私がいつものとおりカワイクナイ態度をとるので早々にあきらめたのか、アレンの矛先は青年にむけられた。
『で?白隊長どのはこちらで何を?』
『?』
たいちょう?偉い人?
いきなりプロポーズするような人が?はい?
おもわず席を立ちあがりそうに過剰におどろいた私に、アレンがさらにおどろく、という間抜けな構図になりながら、そのまま青年とアレンを見比べる。
でも何かひっかかることがあった。
確か、なぞの舞踏会に出る出ないともめていた時、シリスから「アレンは王族の身辺を警護する”近衛隊”(←ここは私の脳内変換)の隊長だ」と聞いた気がするのだけれど。
ふつう、隊に隊長は一人よね?
『アレンが隊長じゃないの?』
『俺は青の隊だ』
つまり整理すると、近衛隊は2つがあって、アレンは青の隊長で、目の前のジュゼ氏は白の隊長、と。
なるほど、だから彼はキャリーとのあれこれや、アレンといがみ合ってることを知っていたのか。
アレンの肩書に対する誤解もとけ、青年の正体も判明して、ちょっとすっきりする。
そんな私の晴れやかな様子を横目に、アレンがいらいらしながらジュゼ氏にたずねた。
『で?あなたはここで何を?』
そう言いつつ、おじいさんに提供されたお茶に手を伸ばし、ひとくちすすったタイミングで答えが返ってくる。
『彼女に求婚していた』
ごっふ
「うわ、きったないなぁ!」
思わず日本語でさけぶ私と、すばやくおのれのカップをとりあげて避難させたおじいさん、含んだお茶を盛大にふきだしたアレンと表情のかわらないジュゼ氏。
カオスだ。
『な、なぜ求婚だなんて』
うろたえながらアレンが聞いてくれるので私の質問も省ける。
コイツも役に立つことあるのね、などと思いつつ。
『王子のご婚儀でもめているが、突きつめれば彼女が原因だ』
淡々と隊長どのは語る。
『俺が嫁にもらえば、万事まるくおさまる』
おさまるかぁ?と、これは聞いてる側の感想だ。
『逆効果ですよ!』
絶望的な顔のアレンの弁ももっともなのだけれど、ジュゼさんは引かない。
ゆっくりと首をふり、静かに語りだした。
『俺はもともと、幼いころは庭師になろうと思っていた』
とつぜんの隊長の回顧に、私とアレンの目が合う。
おたがいの目に「・・・どうする?どういうこと?何の話?」みたいな感情が見て取れた。
『子どものころ、じいさんは俺の屋敷で働いていた。その手腕を買われていまは城付きの庭師になったが、幼いころはよく彼の手元を見てまねごとをしたものだ』
へぇ、と聞いている私をふいに見つめる隊長。
『まるでお前のように』
たしかに、おじいさんの作業を見るのが面白くて、最近よくひっついて回っていた私である。
『最初は、そんな姿を見かけるところからはじまった』
はじまったって・・・なにがですか。
これ、まさか彼の中での”私とのなれそめ物語”的なやつになってます??
『目で追ううちに、なつかしい気もちに浸らせてもらった。無邪気に笑う顔をいつもほほえましく見ていた。そして、彼女が嫁にきてくれたらどれほどいいだろうと思い至った』
要は、むかし庭師にあこがれていた青年の、その思い出そのまま再現している私が、たまたま目をつけられたってこと?
先ほどの突然なプロポーズに、そういう導入があったのなら少しはわかる。
いきなり嫁になれだの、ずっと見てた、じゃ、ただのヤベェやつですよ隊長さん…。
彼を諭す語彙がないので、とりあえず沈黙をまもっておいた。
『殿下が彼女に執心しているのは、わかってますよね?嫌というほど』
アレンが一応ていねいな言葉で語るのは、同僚とはいえ他の隊の隊長さんだからなのだろうか。
王子の近辺にはべっている近衛兵なら、当然のことだろう。
イライラした様子のアレンの問いには、当然、というように首肯が返ってきた。
『だからこそ、先ほどの言葉にもどる。俺が嫁にもらえば、いっきに2つが解決する』
『何が解決ですか。って、え、2つ?』
アレンのツッコミに、私も全力でのっかりたい。
2つって、1つは王子さまの婚儀トラブル。
もう1つは?
『もう1つは、俺の恋心だ』
ぶふっ
今度はおじいさんが吐いた。
やだきたないなぁもう!
付き合いが長い分、ジュゼさんの甘酸っぱい告白は、おじいさんの何かを刺激してしまったようだ。
もうなんなんだこの状態。
周囲の男二人を撃沈させ、ジュゼさんは私をまっすぐに見つめる。
『俺の嫁になってくれ』
3回目のセリフは、発言した本人はさっきとすこしも変わらず淡々としているけれど、いろんなことの解像度があがってきた今となっては、笑って受け流せるものではなくなってきた。
さっきのキャリーの表情と、まっすぐに嫁になれと言ってくる隊長の瞳は、温度が似ていたからだ。
『とにかく、キャリアル様がご帰城されました。休憩もお遊びも終わりです。持ち場にもどりますよ!』
もともと、同僚?を連れもどしにここへ来たのだろう。
本来の目的を思いだしたアレンによって、ぐいぐいと追い出されるジュゼさんを無言で見送るしかない私とおじいさんは、ドアが閉まると、同時に深くため息をついた。
あっち(ユキルカ側)では女同士のあれこれがあり、こっちでは男どもが何かわちゃわちゃしている。
私の安息の日々は、いつになったら訪れるのだろう。
この、夢だか異世界だかわからない生活もけっこう長くなってきたけれど。
ひさびさに、ものすごくご無沙汰ぶりに、早く夢なら覚めればいいし元の生活に戻りたい…と心の底から思うのだった。
主人公の知らない裏話。
・アレンはもともと副隊長だった(17話でシリス回顧中「アレン近衛副隊長」とあるのがそれ)
・実は主人公をしつこく誘っていた例のパーティーは、彼の”隊長”昇進祝いとお披露目も兼ねていた。(なので近衛兵なのに警備もせんでダンス相手同伴で出席必須となった。)
・主人公が昇進祝いのパーティーをぶち壊した結果になるが、そこを説明すると気に病まれるので、アレンはあえて何も説明してない。へんなところで男前精神。なので主人公は何も知らない。
・「青の隊」は王族全般を警護する近衛兵。「白の隊」は国王直属の近衛兵。第二王子は即位が確定しているので、外遊ご帰国後、白の隊が付きました。(この辺の王室ルールは主人公さんに縁がないので、なかなか説明する機会がない)




