2.そこで美青年と洞窟探検ですよ。
だって。
どうしたって、生きなきゃいけない。
別に哲学にふけってるわけではなく、事実なのだから仕方がない。
とりあえず害意のなさそうな、ついでに相当な美形男子(ただし言葉は通じない)と一緒に行動しなくてはいけなくなってしまった。
このイケメンには悪いけど、この際この人は放っておいて、他の人を探しに行こうと思った。そんな時代が私にもありました。
どこからともなく矢が飛んできたりしなければね。
・・・何言ってるかわからないと思うけれど、ありのままを話すわ。
最初は何が起きたかわからなかった。
暗闇で目の前を何かがヒュッとかすったな、と思ったら、顔の横の木に刺さってたわけですよ。
細い棒が。
そして足元の砂にもタスッと同じような棒が刺さった。
あん?と思うより早く、例のイケメンが私の手を引いて走り出したから、何、何が起こってるの、わけが分からず叫びたくなったけれど言葉も通じないという前提があるもんだから、おとなしく走ることに専念した。
それが功を奏したらしく、それ以上なにかが飛んできたりはせず、やみくもに防風林の合間を駆けることになった。
くわしい逃走経路は無我夢中で覚えていない。
かなりの距離を私たちは進んだ。
砂浜を超えると、裸足にはきつい悪路が続き、小さな悲鳴をあげる私を申し訳なさそうに彼が振りかえった。
こちらは慣れてらっしゃるのか、私が足の裏についた小石のつぶを手で払っているのを見て、目の前でしゃがんでくれた。
いわゆる小さい子を大人が背負おうと誘導するあのポーズだ。
いやいや、重いですよ、イケメン様にこの体重がばれるとか嫌だよ、ってか走りさえしなければなんとか行ける。
ここで有無を言わさずお姫様抱っこをしでかされたら、ドラマか何かのワンシーンだが、それ以上あちらも強要はしてこなかった。助かった。(おもに私の乙女心とプライドが)。
ここで私が理解したのは3つ。
・彼に害意はまったくない
・むやみに人を探してもさっきみたいに矢が飛んできてやばい
そして。
・やっぱり彼は美形だ
美形美形と語彙が貧困でもうしわけないが、星明りで見る彼の顔は本当にきれいだった。
陽の下で見たらきっともっときれいなんだろうな。
そんなことを考えて、手を引かれてたどり着いたのが、謎の石が積まれた遺跡っぽい場所。
そしてその中に彼は迷わず入り込むので、ついていくしかなかった。
足裏からのひんやりとツルツルした感触、これって大理石とかいうやつじゃなかろうか。
小学校の時、社会科見学で行った国会議事堂がたしか手触りこんなだった。
あの当時、ちょうど授業で大理石に塩酸かけると酸素が発生するとか習ってたから「こんなところに金かけやがって、塩酸で溶かして地球に貢献させてやろうか、酸素で償え」と思ったのを覚えている。
なんてイヤな小学生だ。って私か。
つい変なことを考えていたもんだから、そのイケメンがその遺跡みたいな場所の何かを何かしていたところをよく見ておらず、急にゴトリと壁の一部が開いて通路みたいなものが現れたときは普通にびびった。
変な回想してる場合じゃなかった。
彼は手を差し出して、行こう、というようにうなずいて見せるので否やはなかった。
置いて行かれても今となっては困る。
こんな秘密通路を探り当てたということは、この人はこの場所のもろもろがわかっていて、なおかつさっきの謎の矢が飛んでこない場所に連れて行ってくれるのだろう。
通路に入ってすぐ、内側の壁にろうそくがかかっていた。
彼はそのあたりをごそごそと何かを何かして、火をつけて取り外す。
1本の溶けかかったろうそくで照らされた横顔は、やはりきれいとしか言いようがない。
そのきれいな青年とろうそく1本で、暗い通路を進んでいく。
私たちが数歩進んだあたりで、どういう原理か背後の入り口がゆっくり閉まっていくので、やばい!閉じこめられた!?と彼を見上げると、にっこり笑まれたので本人ご承知のことだったらしい。
これで、完全にろうそく1本が私たちにとっての命綱になってしまった。
暗い洞窟のようなその通路は、ゆるやかな階段状になっていて、いくらか下ったあたりで人工物とは思えない空洞がひろがっていた。
なんかあれです、わが郷土・神奈川の観光名所、江ノ島にこういうのあったな。
ろうそくを渡されて、地下通路を進んでいって、そして奥で龍神様の模型が待ちかまえてるアレ。
・・・・・・・。
そういえばこの奥には何があるのだろうか。
ろうそくの照らす範囲から離れるのが怖く(だって手を伸ばしたら指先が見えないくらい真っ黒な闇だし普通に怖いよ)、恥ずかしかったけれどそっと彼に身を寄せてしまった私を責めないでほしい。
別にこの機に乗じてイケメンとくっつこうとか思ってない。
彼は心得たように腰のあたりに手を当てて、自分に引き寄せてくれた。優しい。しかも紳士。さらに美形。優勝。
言葉が通じたら、ありがとうとかかっこいいですねとか色々話してみたいなと思いつつ、でも本当にどこにたどり着くのかわからないしやっぱり怖いし、混乱してはいた。
本音を言えば、気をゆるめたら泣き出しそうだった。
けれど、本当に困ったときって、思考がとっ散らかって、ちゃんと理にかなったことを考えられないものなのね。学びました。
変なところで思考がとまるというか、無意識にやばい真実から目をそらそうとしているように、後で考えればいくらでも打つ手はあったはずなのに、それをしなかった自分が不思議で仕方がない。
やがて私たちはゆるやかに登りのターンに入ったようだ。
彼は一言も発さず、私も無言でついて行った。
会話はないけれど、何となく気配とか、誘導される手の動きとかで意思を汲みとろうという妙な一体感が生まれたあたりで、ろうそくは行き止まりの壁らしき石の連なりを照らしてくれた。
あらら。どうすんの。
彼を見上げると、やはり何かを心得た動きで、その壁を手で探っている。
そして、私に「持ってて」というようにろうそくを差し出したので、彼の手元を照らすように調整して見守ることにした。
両手で何かを何かしていた彼は(やっぱりよくわからなかった)、やがってグイっとこじ開けるように壁に手をついて・・・・・・・・開けてくれた。
わ、外だ!と思うと同時に、空が白み始めているのを知った。
どうやら深夜を通り越し、明け方に時間は推移していたようだ。
これで足元の心配もなく、助けを呼びに行ける・・・そう思っていた時代が、私にもありました。
実際には、彼にうながされるままさらに森の奥に身をひそめることとなってしまった。