18.お茶会と女子会とサバトの違いについて。
でっけぇなぁ!
思わずドラゴ〇ンボールの主人公みたいな言葉で、感想を思いうかべる。
果たして、ユキルカ嬢のお屋敷はすごかった。
もう、門からしてでっけぇ。オラわくわくすっぞ!
今日はシリスも一緒だ。
どんな場所にお呼ばれしても、失礼がないようにフォローしてくれて、しかも言葉もばっちりサポートしてくれる、最強の助っ人だ。
まぁ、助っ人参戦の理由には、度肝を抜かれたけれども。
彼女が第三王子の公式寵姫だったなんて。
シリスによる、笑いをかみ殺しながらの説明によると、正確には「元」で、第三王子は政治的な理由で幽閉されているので、結果まぁ未亡人というか独身みたいなものね、とのことだが…シリスって強いなぁ。
そんなドラマティックな背景なんてぜんっぜん匂わせないで、もうお仕事命!世界の言語は俺のもの!みたいな、好きジャンルにハマって謳歌してるオタクと同じ匂いしかしない。
いや、そういうところ、好きだけどね!(内心、親指をぐっと突きたてる)
彼女の前でさんざん「公式寵姫なんて」みたいなことを言ってしまったことを、反省する。
すこしも嫌な顔をせず、そうよねぇ、みたいに受け流してくれた。
彼女のそういう懐の広いところも・・・ますます好きだけどね!(再び心で親指を突きたてる)
入り口で使用人らと言葉を交わし、優雅に私をうながしてくれるシリスは、確かにお姫様みたいに堂々としていて、なるほどさすが王子さまの結婚相手に選ばれるだけあるわ、と思う。
そして。
『本日はようこそおいでくださいました』
この人はもっともっと、”王子様のお嫁さん”感がすごい。
出迎えてくれたのはお茶会の主催者、ユキルカ嬢だった。
本日のお洋服も、とってもかわいい!妖精さんみたい!いいよ、いいよー!とこっちは内心では大はしゃぎだ。
ガーデンパーティー形式らしく、お庭ど真ん中に童話に出てくるようなあずまやが在って、そこにたくさんの小さなお菓子がちりばめられている。うわぁ。
招待客は私とシリスの2人だけで、どうやら本当に小さな内輪の会にしてくれているようだ。
なんだかすごい舞踏会みたいなのを覚悟してきたぶん、ありがたい。
主にシリスとユキルカ嬢が挨拶やこういうときの定型文みたいなやり取りをしている。
私はと言えば、お屋敷でっけぇ!お菓子美味しそう!という、無邪気をとおりこしておバカな反応しかしていない。
いけないいけない。
そうだ、挽回のチャンスを。
『これ、ユキルカさんに。似合う』
私は背中に隠していた花束を、ばさっと差し出した。
これは今朝、例の庭師のおじいさんと一緒につくってきたブーケだ。
彼女の瞳の色とおそろいの、あのピスポの花がメインで、あとは紫と白を基調に、すずやかな仕上がりとなっております。
おじいさんと、あの日からちょっと仲良くなってきた。
シリスの秘密も知ったし、ユキルカ嬢が現れてから私の生活はちょっとずつ変わり、この世界への解像度があがってきたのだ。
そんな感謝をこめて、にっこり差し出す。
一瞬、複雑そうな顔をうかべたユキルカ嬢だが、私が差し出した花束を受け取ったのは、そばで控えていたメイドさんだった。
ちょっとだけ残念だけど、それがこっちの流儀なんだろうな。
『いい季節になりましたね』
シリスがよそいきの話題を提供しながら、茶器にくちびるをあてる。
いつもと違うその横顔にちょっとそわそわしてしまう私は、庶民代表でこちらに臨席しております。そんな気分。
ところで、ずっとずっと気になってたから、聞いちゃおうかな。
私はシリスみたいにお上品にふるまえない。私は私だ。だから、ざくっと聞いてみる。
『なぜ私を、呼んだ、ここ、です』
ど直球。あと何かふわっと文法まちがえたかも。
ユキルカ嬢もシリスもうごきが一瞬とまり、次いで笑ったのはシリス。
いつもみたいな遠慮のない爆笑じゃなくて、ふふ、みたいな、よそいきモードの微笑だ。
ユキルカ嬢はというと、ちらちらと背後のメイドさんを見やっていた。
心得たように、下がっていくメイドさん。
おお、人払いのための合図だったのね。映画やドラマとかでよく見たわ。
こほん、と小さな咳払いをして、彼女はまっすぐに私を見る。
お。
『誤解しないでいただきたいのは、あなたに危害をくわえるつもりはないということです』
え。あ。うん。
『もちろん、そんなこと疑ってない』
丁寧な言葉はあまりつかえないので、思ったことをぽんと口にする。
聞いたユキルカ嬢の方がびっくりしているようだけど、いや、さすがに意地悪されるとかは思ってないよ。嫌われたかなとは思ったけれど。
『…不思議なひとですね』
『よく言われる』
この切り返しには、シリスがとなりで ぶふっ とお茶を吹き出しかけた。
めっちゃ肩で笑ってる。
ユキルカ嬢は笑わずに、ふたたび咳ばらいを挟んで話してくれる。
『私はキャリアル様に出会った4つの時から、あの方を想ってきました』
おお、初恋かーーーー。いいねいいね、あまずっぱい。
『このたび公式寵姫の内定をいただき、この世のすべてが報われた気分でした』
ああ…うん…。
ここですこし、私の表情がくもる。
うまく言えないかもしれないけれど。
『それでいいの?』
聞きたかった。
大好きな人と結ばれる、しかも初恋の人と。
そんな、オンナノコの夢がかなうのに、自分の夫となる人が、常に同時に他の女の人と、しかも正妻と生きていくということ。
二股なら、まだいい。いやよくないけど、それは相手を責める理由になる。
でもこの関係は責められない。誰も悪くない。そんな生き地獄が永遠にお墓にはいってまで続くんでしょう?
意味が分からない。
それは、自分が将来産むかもしれない子どもにまで影響するというのに。
『それが、いいんです』
『・・・。』
すごい、まっすぐだ。
ユキルカ嬢は迷わず、言い切った。
名誉なことだから、というのではなくて、彼女自身の意志で選んでいるのだという。
それなら、私に言えることなんて、もうないのかもしれない。
かわいくて、一途で、まっすぐで…なんて…なんて…
『最高!!』
私の叫びに、ユキルカ嬢がびくっとして、シリスは ごふぅ と、ついにお茶を吐いた。
『ユキルカ嬢の恋、すてき!あなた、すてきな女の子。しあわせ、なる』
一生懸命、お伝えする。
『私、応援する!』
『・・・。』
ユキルカ嬢のうごきが、ふたたび止まる。
私は一生懸命に熱弁をふるった。
私は、公式寵姫は淋しい立場だと思っていた。
正妻じゃないから。
だから、そんなかわいそうな女の子をこれ以上増やしちゃいけないと思った。
だから、立候補したのだ。
私は王子に恋をしていないけど、危ないところを助けたり助けられたりした恩があるから、仲良くなりたいし、心配をかけたぶん、できることは何でもしてあげたい。
だから、私が公式寵姫になれば、奥さんに嫉妬もしないし、うまくやっていけると思ってた。
でも、ユキルカ嬢がいい。
ユキルカ嬢がいいよ。
キャリーのことを大好きなユキルカ嬢がとなりにいるの、最高にいいと思う!
・・・という意を、シリスが翻訳して伝えてくれた。
あぜんとして聞いていたユキルカ嬢は、みるみる頬に朱をのぼらせて、めちゃくちゃ可愛い表情でちっちゃく震えている。
その様子を不安に思い(怒ってるのかな?)、ちらりと隣のシリスを見ると…シリス越しの景色に、金色の髪をみつけた。
あ。
「キャリー!」
私の声に、ユキルカ嬢が飛び上がるのが、視界の端に見えた。
お付きの人たちやこの屋敷のメイドさんの制止をふりきって、キャリーがここまで来たのが背後にいる人々のオロオロぶりから透けて見えた。
本当に神出鬼没だ。
どうしたのこんなところで、と言うより早く、硬い表情のキャリーが口を開いた。
『今のは、本当かい?』
・・・ん?
わけがわからない私に、彼は静かに言葉をつむいだ。
『嫁いでくれると言ったのは、そういう意味だったのか。私にしあわせをもたらすと約束してくれたのは、そういうことだったのか』
ええと、何を、怒ってるのだろう。
そう、キャリーは怒っている。
怒っているというか…悲しんでいる、傷ついている。
静かなぶん、瞳にその悲しみがにじんでいる。
シリスもユキルカも、気づけばその場でひざまづいていて、私とキャリーだけが向きあっている。
変な空気だ。
『キャリー?』
どういうこと?と首をかしげて疑問を伝えると、一瞬だけ、ふわっと彼が笑った。
傷をかばおうとするような、痛みをこらえるような微笑。
私は何か言葉をまちがえたのだろうか。
長いように思えた沈黙は、キャリーがぎゅっと目をつむった一瞬でかき消され、次いでにこっと、今度は本当に笑みを向けられた。
その表情で私は悟る。
ああ、私は彼の何かを傷つけた。
私は何かを間違えたのだ、と。
『さあ帰ろう、私の星』
そう、やさしく手を差し伸べられて、反射的にその手を取ってしまう。
これ以上悲しい思いはさせたくなかった。
私の星、とは、私の恋人、と同義なのだと、これも後から知った。
知っていたら、この手は取らなかっただろう。
『あの日から、私にとってあなたはたった一つの星なんだ。あなたにとって、私がそうなればいいと願うことを、ゆるしておくれ』
長すぎる彼の言葉は、私にはよく呑み込めなくて、ただ不安げに背後を振りかえる。
シリスも、ユキルカ嬢も、顔を伏せた”礼”をくずさず、その表情は見えない。
ただ、ユキルカ嬢の肩は、かすかにふるえていた気がした。
*********
「あの二人がどこで出会ったのか、経緯の一切が機密事項で、私は事情を存じません」
「…シリス様」
ユキルカは震えるおのれの手を抑え込むように握りしめた。
「ただご覧のとおり、殿下は彼女を所望しています」
今度こそ、ユキルカは言葉を失う。
くちびるは青ざめ、白い顔はさらに白く見える。
血の気が引いているのだろう。
「彼女が公式寵姫に名乗りを上げたのは、さきほどの理由からで、それは間違いないです。だからといって、何の救いにもならないでしょうけれど」
王子に連れ去られた彼女の残像をさがすように、シリスもユキルカも彼らが去っていった方角を見やった。
「ところで、今回、第三王子の公式寵姫を招いた理由をお聞きしてもいいですか」
イヤミにもとれるシリスの言葉で、その凪いだ表情を、ユキルカが見上げる。
目が合うと、よわよわしく、ふり絞るように笑って語った。
「かの人に倣って、ずいぶん率直にお聞きになるんですね」
「ええ、彼女は私とちょっと似てるんですよ」
シリスはにこりと受け流す。
「そうですね、彼女を招くにあたり、彼女と一番親しい方をとご指名したのがひとつ」
「・・・。」
シリスの表情は変わらない。
「ふたつめに、キャリアル様のご即位が近く…そうなったときの恩赦によって…」
二人の間に、かすかな風がふきぬける。
「ルーカリー様がご復帰される可能性が高く、”先輩”にあたるシリス様にご指導ご鞭撻をたまわりたいと、いっそうのご縁を結びたいというのが、一番おおきい私の打算ですわ」
「・・・。」
シリスの表情は、やはり変わらなかった。




