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17.ひとりの少女の物語。

これは、ひとりの女の子の物語。


その国には、王子がうまれると貴族がいっせいに”子供をつくる”風習がある。

タイムリミットは3年。

女の子が生まれればよし、それは将来、王子の公式寵姫候補となる。

男の子の場合は、残念だがご学友どまりだ。

候補の条件はこまやかで、まず歳の差が3つまで、由緒ある家柄、健康なのはもちろんのこと、容姿もおおいに関係してくる。教養はなおさらだ。

そうして少しずつ研磨され、諸事情で脱落するもの、させられるもの、すべてを乗りこえてたった一人が選ばれるのが、公式寵姫プルワカなる存在だ。

正妻には、さらに高度な政治情勢がからみ、たいていは他国との外交による政略結婚が主となる。

結果的に、国内貴族のお姫様が思いえがける最高の地位が、公式寵姫だった。


この国にはさいわいにして、4人の王子がうまれた。


少女は、本来二番目の王子の公式寵姫をめざして計算された。

けれど数か月の誤差で、三番目の王子の候補に繰り入れられたのだ。

王の長男出生後に、貴族が慌てて調整に入ることから、たいてい第一王子の公式寵姫は年下になり、次男以下はこうした事情から年上が相手となる率が高かった。

王子の兄弟的人数が下るにつれ、必定王位からも遠ざかるので、すこしずつ選考基準がゆるくなるという非情な摂理が働く。

それでも、両親は喜んだ。

何番目だろうと関係ない。

王族と婚姻関係をむすべる幸せ、あわよくば王家の血筋を引くものの祖父母になれる名誉、それはその一族にとって千金にも万金にも値する奇跡だ。


この物語は、そんな少女が最終的に公式寵姫にのぼりつめたところまで進む。

その間に、目をつむり、耳をふさぎ、魂の底からの絶叫とともに忘れ去りたい凄惨なできごとが、両の指でも足りないくらいに起こるのだが、彼女の名誉のため詳細は伏せておこう。


相手の王子と引き合わされたのは12の歳。

王子は10歳。

まだ幼い二人は、はじめて会った瞬間に恋に落ちた…なんてことはなく、ただ淡々と、大人の言うとおりにあいさつをすませ、適度に礼節を重んじ、あたりさわりなく関係構築につとめた。

それでも十分、ほほえましい二人だったと、いま客観的に思う。


だが出会って2年目の、寒い朝。

一番目の王子、次期国王と目されていた王太子が、謀反を起こした。

その理由は彼にしかわからない。


当時の国王は軍をもって実子を駆逐、凄惨な内戦の果て王太子は失踪。

不幸としか言いようがない。

国そのものが厄災に見舞われたが、少女の不幸はそれにとどまらない。

第一王子は、正妻、つまり后の子。

第三王子も、同じ母の血をひく同腹の兄弟だった。

反逆者は一族もろともに罪人とみなされる。

まだ幼さを残す第三王子は、兄のあやまちゆえに一生監禁の身となった。

そして公式寵姫の息子である第二王子が王太子にすすみ、后のうんだ第四王子は幼いがゆえに他国へ養子に出される運命をたどる。



事実上、少女は第三王子の公式寵姫を解かれた。

永遠に、元婚約者との再会はかなわない。

二度とかの人と言葉をかわすことはないだろう。

誇張でもなく、思い出以外のなにも手に残らなかった。

物理的な形跡はすべて破棄され、もう顔もうっすらとしか思いだせない。

最後にわかれたときは、声変わりもしていなかった。

幼い、まるで弟のようにほのかに愛していた王子は、遠い遠い地で、生涯影となって暮らしていくのだ。

その証として、身の回りの一切は影装束、すなわち黒いもので統一され、他の色をまとうことは許されないという。

命が助かっただけでもありがたい、半分は国主の血をまちがいなく引くからこその処分だという。


正妻はまだ決まっていなかった第三王子の、公式寵姫の末路は悲惨だ。

生涯だれにも娶られず、手に職をもつことをはしたないと断じる貴族階級の子女にとって、人生そのものがその瞬間に終わったとも言える。


だが、さいわいにして、少女は優秀だった。

見た目もほどほど、家柄もぼちぼちの彼女が公式寵姫をいとめた理由は、圧倒的頭脳、絶対的教養、他の追随を許さないその才能ゆえだったのだ。

彼女は、国内初の「女性問政管」となった。

25の言語をあやつり、最高位の問政管にのぼりつめた。

誰にも文句は言わせない。

実績を積み上げ、機関の中枢として、確固たる地位を築いたのが今現在の彼女であり、まるで過去などなかったかのように、家柄にも地位にも翻弄されない、第二の人生を謳歌してさえいる。




そんなある日、第三王子の幽閉先から、あやしげな異邦人をとらえたとの報に、城は上下左右にゆれる。

絶対にありえない、厳重なあの呪いの館に、なぜ、管理人以外が入り込めたというのか。

定期的に監査におとずれたアレン近衛副隊長がその異邦人を牢にぶち込んだとのこと、さらに異邦人は人語を解さないようだと聞き、シリスは へぇ と久々に笑みを浮かべた。

そして出会った少女は、なるほど、黒い髪黒い目というめずらしい組み合わせでまず驚かせ、話す言葉の面妖さにシリスを感嘆たらしめる。


へぇ、あの方の近くにいたのはこの子なの。

あの人とおなじ黒い瞳を持ち、血を吐くほどに習得した25の言語など関係ないように、かるがると知らぬ言葉をあやつり。

さらに。


気が付いたらその肩から、”それ”をもぎ取っていた。


かの人の紋章。

あの日から一度も目にしなかった、第三王子の紋章。

マントの肩留めに刻まれたそれを、シリスが見間違えるはずがない。


他者のおもわくで巡りあい、他者の勝手で引き裂かれ、思いもよらぬ形で再会した、なつかしい紋章だった。




『いろいろあって、もう誰も私を公式寵姫としてあつかわない。なのに、わざわざそう書いてよこすあたり…あのオヒメサマはあなたと、あなたの近しいもの、全部を敵とみなして挑発してきたわけね』

『ええええ!?』

半べその異邦人、懐かしくも痛い思いを再びシリスに刻みつけた、罪なき罪人は、あわれな悲鳴をあげている。

いわく、美少女に嫌われて敵視されるのは精神的にエグい!とのことだった。

そんな反応が、なぜかおかしくて笑いが止まらない。

彼女はきっと、王族だとか貴族だとかそんなものに縛られていない。

今のシリスととても対等な存在なのだ。


第三王子にゆかりがあるこの異邦人と、かつて浅からぬ縁だった自身を、こうしてひとまとめに”監視”するアレンもご苦労なことだ。

生真面目な彼は、すくなからずこの立場に罪悪感を持っているだろう。

でも、シリスの負った傷にくらべれば、

『なめときゃ治る程度よね』

そうつぶやくと、異邦人の少女は、え、と顔じゅうに疑問符をならべて振り返る。



シリスの両親は、あわよくば第三王子のもう一人の公式寵姫を、だめなら末子の王子に、次のわが子をあてがおうと、つづけて2人の子供をもうけた。

それがことごとく男児だったのには、運命も粋な計らいをしてくれたと思う。

ざまをみるがいいわ、と、小気味よかった。


そのうちの一人が、今目の前にいる赤毛で茶色い瞳の、自分と同じ配色を持つ青年。

すぐ下の弟、アレンだ。

身内に身内を監視させるのはよくある方法で、身内ゆえにもう一方に対する人質の機能を発揮する。

すなわち、シリスが裏切って第三王子と通じれば、アレンが。

アレンが謀反を起こせば、か弱い立場のシリスが。

互いの足かせとなるため、決してお国に逆らうことなどできない構造になっている。



そういえば、この異邦人の少女は、自分とアレンが姉弟だと知っているだろうか。

当たり前すぎて説明していないが、先日第二王子の本名がキャリーではなくキャリアルだと知って大騒ぎしていたくらいだ。

告げたら卒倒せんばかりに驚くだろう。



まぁ、いいか。



自然にばれるまで、放っておこうと思う。

判明するときが、今から愉快だ。

シリスは自分と対等で不思議なこの異邦人を、かなり、相当、気に入っていた。




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