16.そして思わぬ嵐にぶち当たる。
だって…だってさ!!
キャリーが自分のことキャリーって言ったじゃん!
本人の自己申告なら、そりゃあ鵜呑みにするよ!!
子どものころ、若草物語(オルコット著)が好きだったんだけど、長女メグ=マーガレット、次女ジョー=ジョゼフィーンだって、知ってた?私は知らなかった。
三女のベスって変な名前だなぁと思ってたら、エリザベスだってね本名。可愛いじゃないの。
末っ子のエイミー、君は私を裏切らないよね?って思ってたら、彼女はエイミーがそのまま本名だと知って安堵したのは、それこそ大学に入ってからだ。
そのエイミーと結婚したローリーは本名ローレンスで、おおブルータス、お前もか!とシーザーの気分で思ったのは記憶に新しい。
つまりは、欧米ではありがちな、常識範囲の、あだ名だったというわけだ。
親密な家族同士だからこそ、作中の彼らも互いにそういう呼び方をしていたのだろう。
でもさ、そういうの、まじでちゃんと名乗っていただかないと、こちらはわからない。
だって日本人だもん。
本人がキャリーつったら、キャリーだと思うじゃん。
ところがどっこい(死語)本名はキャリアルだそうですよ!キャリアル王子!うああああ。
ユキルカ嬢を怒らせせちまったぁぁぁ!
私はしょんぼりと報告する。
仕事が終わったシリスが顛末を聞き、ひぃひぃと泣き笑いしてる(むっかつく!)。
『それで、ユキルカ嬢は激怒したのね』
『…すごかった、怖かった』
思い出してもぞっとする。
可愛い彼女の顔が、みるみる般若のような形相に変わっていくのを、私も、庭師のおじいさんも無言で見つめるしかなかった。
目が離せなかった。
いや、本物の般若を見たことないけど。
想像する、”想像上の般若”にベストマッチな表情でした。
―――私をバカにするのね!と、彼女が叫んだのと、彼女のお付きの人がその声を目印に小屋を探し当てたのはほぼ同時で、弁明の隙もあたえられずにお別れしてしまった。
あああ、美少女に嫌われる人生、つらい…つらすぎる…。
『キャリアル王子…とか…うう』
復唱すると、笑いすぎて目じりに涙がにじんだシリスがうんうんと首肯する。
そんなに面白いかね。
『あ、シリスは?シリスが本当の名前?』
念のため確認すると、爆笑のあと日本語でダイジョブダイジョブが返って来て、いっそう腹が立った。
だいじょうぶじゃねぇ!
『これで向こうもあきれて、あなたに接触してこなくなる。よかった』
たしかに、余計な火種は望むところではない。
でもなぁ。絶対私のこと空気読まないブワルク(馬鹿)だと思ったよね…。
『アレンと同じブワルクだなんて思われるの、嫌!!』
『…だれがブワルクだ』
声はドアの向こうから聞こえてきた。
いやな顔をするより早く扉が開き、仏頂面のアレンが入って来た。
うざ。ノックしろや。
『今、あなたの相手をしている暇はない』
『何を言うか!』
不機嫌そうにドアをバン!と閉じるアレン。行儀悪っ。
『お前、ユキルカ様に無礼を働いたらしいな』
単刀直入に言われ、ぐっと言葉に詰まる。
そんなつもりはなかったけれど、結果的にそうなったのだ。否定する要素がない。悔しいが。
『前もって教えてくれないあなたたちも悪い』
悪あがきでそう言うと、アレンとシリスが目で何か合図しあっていた。
私だけのけ者ですか。そうですか。
ところで、と、話題を変えるようにアレンがいすに座る。
あ、こら、なに長居する体制になってるのよ出てけってば。
ここはシリスの部屋だけれども。
『第二王子とは、無断で会ったりしていないだろうな』
説教モードで話しはじめて、本当にこいつのこういうところ、鼻につく。
まるで私がコソ泥のような言いがかり、失礼の極みだ。
ふん、とわざと答えずに悪態をついてやると、ぐっとアレンの機嫌が悪くなる。
それをシリスはニヤニヤ観察しているようだ。
最近思ったのだけれど、シリスも案外人が悪い。
とはいえ、アレンが何事かくどくど言いだしたけれど、一部単語がわからなかったり言い方が回りくどかったので、シリスの翻訳の出番である。
話はこうだった。
まもなくユキルカ嬢の輿入れが決まる。
肝心の正妻さんは、同盟国のお姫様が内定している。
正妻に先立ち、プルワカ(私は以後”公式寵姫”と脳内変換することにした。…とても不愉快なので、愛妾とか言いたくない。女子的に許せんわけですよ)が先に輿入れをするのが習わしなのだそうだ。
どうしてなのか、たぶんいやな理由なんだろうなと想像できたので説明はパスだ。
ところが、キャリアル王子はかたくなに異邦人との婚姻を主張してはばからない。
その異邦人って、この流れからして私なんだろうな…。
下手すると同盟国との婚姻関係も破棄せんばかりで、『まじ困る』のだそうだ。
最近シリスの翻訳もずいぶん乱暴な口語訳が入ってくるので個人的に面白い。
『でも、そういう訳にはいかないよね』
『当たり前だ』
仏頂面のアレンが断言する。
いや、私だって、どうしていいのやら。
周囲を困らせたいわけじゃない、キャリーの立場も悪くしたくない、幸せな結婚をしてほしい。
でも、公式寵姫はどうなの?
ユキルカ嬢は、キャリーを慕っているようだった。
あの小屋で、涙声で訴えた言葉は嘘じゃないと思う。
でも、だからこそどうなんだろう。
大好きな人の愛人として一生を過ごすの?
そんなの、本当に幸せなの?
『ユキルカ嬢を正妻にすることは、できないの?』
『ブワルク』
すかさず馬鹿と言われて、アレンへの好感度が底値割れだ。
最低値をさらに更新だ。いっそ殺したくなる。
『だって!かわいそう!』
『お前はこの間から何を言ってるんだ!名誉だと説明しただろう!』
『お前こそ人の話きいてる?名誉なわけないだろブワルク!!』
アレンと分かり合える気はしない。
『ねぇ、シリスもそう思うよね』
女子ならわかってくれるよね、とシリスを振りかえったのだけれど、彼女はニヤニヤしているだけで何も言ってくれない。
完全に面白がってるな。
『お前はどうしようもないまぬけだな』
『まだ言う?アレンごときが言う?』
『ごときとは何だ!卑しい言葉ばかり覚えよって!』
対アレンの悪口はめきめき習得中である。
『大体な、お前は何を勘違いしているのかわからんが…』
コンコン。
アレンのお説教をさえぎるドアノックに、私たち3人の視線が一斉にそちらを向く。
入ってきたのは、お仕着せを着たメイドさんで、招待状だと封筒を持ってきてくれた。
私宛だというその白い封筒は、蝋で閉じられている。
かろうじて読めた差出人は…ユキルカ嬢?
あわてて開封すると、ユキルカ様がお茶会に呼んでくれたみたいだ。
え、この前の弁解ができるチャンスですかねこれは。
読み進めながら、最後の一文に引っかかりを覚える。
”ぜひとも第三王子のプルワカ様もお誘いあわせのうえ同席いただきたく”
え、第三王子の?公式寵姫??誰??
私のこと…じゃないよな。あて先は私で、同行者は私以外ということだろう。
でも、私はこの世界で知り合いなど数が知れてる。
女子の知り合いなんてシリス以外は顔見知り程度しかいないのに、第三王子の公式寵姫さんなんてもちろん面識はない。
でもこの文面だと、私が誘わなきゃいけないのよね?
『第三王子の公式寵姫と一緒にって言われたけど…どうやって誘えばいいの?』
私の言葉に、アレンがまず動きを止め、シリスが え、と小さくつぶやく。
私の読み間違いでなければ、確かにそう書いてある。
念のためシリスにも見てもらおうと、眉を八の字にして手紙をバトンタッチした。
彼女は私から手紙を受けとると、その文章を丹念に読み始める。
『あら、二人で行かなきゃダメなのね』
そうみたい。でも知り合いでもないし、誘えないよ、これって新手の意地悪なんだろうか?
『…行くのか』
アレンの苦々しい声に振りむくと、彼は私を見ていなかった。
なぜか、シリスに向けて話している。
『そうね、この子一人じゃ心配だから』
シリスもさらりと同意している。
…うん?
『しょうがない、この前の緑のドレスは大げさだし、私の余所行きの服を貸すから、一緒に行きましょう』
…え?
…ちょ、マ?
待って待って、確認したいことがございます。
思わず右手をぴっとあげて「挙手」してしまう。
こっちの世界でもこのジェスチャーは共通であること、確認済である。
『なぁに?』
シリスが挙手に対していぶかしそうに声をかけてきたけど、いや、待って、ちょっと確認させてください。
『第三王子の、公式寵姫って…』
まさか。
ごくりと生唾を飲みこむ私に、シリスはあっさりとうなずいた。
『ええ、私のこと』
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んん??
思わずアレンを見るが、アレンも何を今さら、という風に動じていなかった。
ただ、動揺していたのは、私一人だった。
な ん で す ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
シリス、ただの問政管じゃなかったの!?
いや、それどころか、あんた、プルワカって…
『人妻だったのぉぉぉぉぉぉ!?』
『えっそこ?』
私の絶叫にシリスがすかさず突っ込み、次いでくすくすと、やがてゲラゲラと大爆笑を始めたのだった…。
嘘でしょおおおおおお。




