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15.雨宿り、そして嵐の予感。

荒らした庭の整理をおおせつかって数日が経過した。

…いや、その節は本当に申し訳ないことをしました。

まじ、サーセン。

しかしこれがやってみると、けっこう面白い。

庭師の中に、いかにも「この道数十年じゃ」みたいな髭もじゃのおじいさんがいるんだけど、めっちゃ無口で淡々と作業をする姿が地味にかっこよくて、よく隣にひっついてその作業を見ていたりする。

どうせ言葉で何か言われても、わかんないことの方が多い。

それよりも淡々と手作業を観察させてもらいたい所存。

おじいさんは時おりうっとうしそうな目で私を見るのだけど、そのたびににっこり笑って害意がないことを示すと、黙認してくれるのだ。

庭の主、とでも言おうか。

実際、庭のすみにおじいさんは専用小屋のようなものを持っていて(彼以外が出入りしてるのを見たことがない)、もはや住んでいるのではと疑いたくなる。

この日も、おじいさんがていねいに剪定している手元を、ふむふむと見ながらお勉強中だった。

私が摘みちらかした花々は、なんとか元通りになりかけてきた。

そんな平和な暑い日、急に日差しがかげった。

空を見れば、うわ、あれラピュタいるんじゃね?というくらいのモクモクした雲の塊がわいている。

ひと雨くる、と素人の私でもわかった。

おじいさんも同じように空を仰いで、やれやれといった風に腰を伸ばすと例の小屋にむかう。

雨のなかでの屋外作業はドMのすることなので、私もいったん部屋にもどるか。

そう思って作業用前掛けの裾をはらって振りかえったら、視界にあの子がいた。

金髪の、美少女。

ユキルカ嬢だ。

あれ、私にまだ何か用なのかな。

あいかわらずお人形のようなかわいらしさで、でも表情はどこか憮然としている。

おつきの人たちは?と見回すのだけれど、彼女一人のようだ。

「ユキルカさん?」

声をかけると、憮然とした表情がびっくりに変わる。

お、素直。

その表情を見ると、もしかしたら想像よりもまだ幼いのかもしれない。

精いっぱい大人ぶってる、少女のそれだ。

私が名前を知っていることに驚いた様子のユキルカ嬢は、意を決したように口を開いた…


瞬間、



どおおおおん!と地をゆるがす衝撃と音、そして空に閃光が走った。

雷だ、と私はとっさに理解する。

やっぱり雨が降るのね、と空をふり仰げば、モクモク雲が灰色に変わっていた。

つか、音からして、近くに落ちたな。

そう思っている間にも、ばらばらっと大粒の雨が降ってき・・・・たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

スコールばりの土砂降りだ!!

冷たい!

「きゃっ」

小さく悲鳴をあげたユキルカ嬢、みるみるそのドレスが水に侵食されていく。

あわわわ、どっかで雨宿りしなきゃ…そうだ!

とっさに彼女の手を引くと、軽く抵抗される。

でも次いで雷がまたどっかぁぁんとどこかに落ちたので、私も彼女もきゃあああと震えあがった。

雷直撃したら、死ぬから!逃げねば!

そして思いついたのが、あのおじいさんの小屋。

私はユキルカ嬢の手を引きながら、おじいさんの小屋に飛びこんだ。

「たのもーーー!」

「!?」

とっさに、こっちの言葉でなんと言っていいのかわからなかったので、とりあえず掛け声(?)と共に、私、見参、である。(ユキルカ嬢も一緒だ)

おじいさんは突然の来訪者に、次いで私が連れてる少女に二重にびっくりしたようで、いつもほとんど変わらない表情が、面白いくらいにくるくる変わっている。

『雨、にげる。ふたり』

あいかわらず頭の悪そうな言葉しか話せない私である。

でもなんとか伝わったようで、おじいさんが小屋の奥からタオルのようなものを放り投げてくれた。

ありがとうです。

まずはオヒメサマを何とかせねば、と、ユキルカ嬢の頭からわっしゃわっしゃと拭きはじめると、布越しに小さな悲鳴が上がった。

びっくりしたんだろうけど、我慢しておくれー。

そのままちょっと乱暴なくらいにわさわさと髪を拭き、ドレスもていねいにぬぐってタオルへ水をうつらせていく。

私の意図が分かったようで、彼女もおとなしくしていた。

タオルの合間から目が合ったので、にこっとしてみる。

数秒遅れて、むすっとした表情が返ってくるのが、ご褒美級に可愛かった。

うん、やっぱり近くで見ても可愛い。

ちょっと頭がボサボサになっちゃったけど、まぁ風邪ひくよりはましでしょ。

さすがにおじいさんのこの小屋に、くしとか髪留めは…

あった。

ちょ、その鏡台のうえの小物、なんなん?おじいさんそういう性癖があるの?

あまりのそぐわなさにちょっと引きつつ、自身もタオルで水気を取った。

ユキルカ嬢をぬぐった後に、同じタオルで拭いたもんだから、けっこうべちゃべちゃしっとりしてる(泣)

でもおじいさんは2枚目を投入する気配がないので、うん、借りる身としてはわがまま言えない。

それでもあらかた拭き終わると、手持ち無沙汰にしているユキルカ嬢を鏡台に座らせ、疑惑ののこるくしを手に取って、あこがれの金の髪をくしけずらせてもらう。

「!?」

ひゃっとおどろいた彼女と、鏡越しに目があう。


にこ。


笑んで見せると、無言でされるがままになってくれた。

かーわーいーいー!妹とかいたらこんな感じかな?

編み込みでちょっとアップにしつつ、リボンをここで使って、と、うきうきで髪をアレンジさせてもらう。

ちょっとこれ、楽しい。

はじめは不機嫌そうにしていた鏡の中のユキルカ嬢も、見慣れぬ髪型に興味を持ちはじめたのか、食い入るように私の指先を視線でたどっている。

仕上げにお花を飾ろう、と、部屋を見回すと、さすが庭師の小屋、テーブルに可愛い小花がいけられていた。

あ、ピスポの花みっけ!

彼女にうっかりプロポーズで捧げてしまった、あの青い花を見つけて、いたずら心に火が付いた。

それを彼女の耳の横から見えるように差しこむと、さすがの彼女も気づいたようで、あっと瞳をまん丸くする。

いちいち表情が小動物みたいで可愛い。


さて、できあがり♪


彼女の可愛さに磨きがかかって大満足していると、おじいさんが小屋の奥から温かいお茶を持ってきてくれた。

わお、気が利く。

それは例のプ―アール茶みたいな独特のお茶で、表面に花びらを浮かべてるあたり、おじいさんの女子力が異様に高いことを思い知った。

やりよるな、おじいさん。

目が合うと、にやっと笑まれてしまった。

おじいさんの貴重な初笑顔を、こんな女子力マウントで見ることになるとは。

言いようもない屈辱感でお茶をあおると、迷子になったようなユキルカ嬢の表情を見つけてしまう。

どうしたんだろう。

おつきの人たちとはぐれて、不安なのだろうか。

それとも、高貴なお嬢様は、こういうお茶は口に合わないとか?

聞きたいけれどこちらの語彙が残念仕様なので、本当に力になれず申し訳ない。

じっと見守っていると、意を決したように彼女が口を開いた。

『キャリアル様を、とらないで』

小さなささやき声だった。

祈るような、こいねがう声色。

その言葉は、まっすぐに私に向けられている。

『私にとって、キャリアル様は、たった一つの希望です』


・・・。


祈る言葉は泣き声に侵食され、聞いているだけで胸が切なくなる音の連なりだった。

一瞬、おじいさんを見上げる。

おじいさんは首をふる。

救いの手がもらえず、私は仕方なくユキルカ嬢に再度向き直った。

そして、申し訳なさ6,000%にじませた声で、ただ許しを乞うように、彼女に答えた。


『キャリアルって、誰?』



たっぷり沈黙24秒。


『・・・・・・・・・・は?』


ユキルカ嬢の顔から、表情という表情が、消えた。




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