12.私とキャリーのすれ違い生活
「説明する」
シリスにうながされるまま椅子に座ると、そう切り出された。
あ、はい。
「あなたは2番目の王子に、気に入られた」
・・・ん?王子?
そう言われ、思い当たった人物は一人。
「王子、きゃりー?」
私が尋ねると、うむ、とシリスがうなずく。
え・・・
えええええええ
まじかぁぁぁぁぁ。
そう思いつつも、彼を脳内で王子さまと呼んでいたくらいだ、妙にしっくりきた。
2番目、というのもなんか慌てないで済んだ理由の一つだ。
1番目とかだと、それって未来の王様じゃん、偉い人じゃん!という感じだけど、2番目と言われると精神的ワンクッションが置かれる。
それにしても、へー本当に王子さまなんだ。
・・・王子さまが、浜辺で死にかけてたんですかこの世界。
でも、たしかアレンは王族付きの兵だって以前シリスが言ってたし、仕えていたのはまさにキャリー(王族)なのだろう。
いろいろ腑に落ちないけれど、シリスの説明はつづくので、神妙に拝聴する。
「王子は、あなたと一緒にいることを望む」
ああ、そう言ってたね。
「みんながだめと言っても、王子は聞かない」
ええ、そんなに私との再会を喜んでくれてたんだ。
キャリーってば、かわいいとこあるなぁ。
「これからあなたは、毎日王子のお世話をする」
「わかった」
「この国は、とても難しいことになっている。2番目の王子は特に難しい。気をつけて」
おお、命を狙われたりしてたもんね。了解。
そのほか、こまごまとした説明をうけて、その日はお開きになった。
で、その翌日。
「会えてうれしい」
キャリーの部屋へ定刻通りに出勤すると、満面の笑みでそう言われた。
言葉がいちいち大げさに感じるのだけれど、きっと私の言語能力が残念なしあがりだから、合わせてくれてるのよね。わかりやすいように、伝わりやすさを求めた結果、こんな風に大きく表現してくれているのだろう。
王子さまだと聞いたのに、細やかな気遣いをしてくれるものだ。
その厚意に、私も応じなければ。
「私も、嬉しい」
「ずっと一緒にいたい」
「キャリー、幸せ、なる。私、嬉しい」
「・・・。」
そこで、万感の思いをこめた、ハグ。
あんな別れ方をしたからか、こんなに心配してくれてたんだなぁ、と、じんわり感動する。
ちょっと言葉が大げさなのが引っかかるけど、仕方がない。
私も早くいろいろな言葉を覚えよう。
そうすれば、もうちょっとマイルドに表現してくれるはず。
時々、知らない単語を連呼されるのとかも気になる(そして居合わせた使用人の人たちがそれを聞いて『ひゃっ!』みたいな反応をしているので、たぶんすごく甘い言葉なんだろうなと思う。今度おぼえてシリスに意味を聞いてみよう)。
午前中のキャリーは、大概この部屋で授業のようなものを受けている。
人が入れ代わり立ち代わりやってきて、彼も本を広げて何かを会話してる。
その間、私もとなりの控室で、言葉の教師をつけてもらい、勉強しているのだからありがたい。
でも、わざわざこの部屋でやることか・・・?と思わなくもないけれど、私がいないとキャリーが捨てられた子犬のような表情をするのでもう、腹をくくった。
ずっと一緒にいるよ!約束したもんね。
そして互いに授業のあいまにお茶タイムが挟まれ、私も一緒に席に着くよう促される。
昼食も豪勢だ。もちろん一緒。
まわりの使用人たちも、私を主人のように仕えてお世話してくれる。
けれど着ている服は私も同じくメイド服(?)なので、なんだかあべこべだ。
この服装はキャリーも気に入らないらしく(似合ってないからとかじゃなくて、使用人の服を着ていることが気に入らないらしい。いやでも、使用人みたいなものだし)、でもそこは譲れないアレンとの攻防を、時々思いだしたように変なタイミングで繰り広げている。
午後は、大抵彼は出かける。
部屋を出るときに、もう今生の別れかというくらい私をぎゅうぎゅうに抱きしめるのは、まだ慣れない。
そのうちキスとかしてきそうだよ!欧米式なスキンシップが激しくて。
その後、私は暇になる。
部屋から出るのを、他の使用人たちにやんわりと止められるので、どうしても定時まではここにいて、キャリーの帰りを待たなければならない。
で、結果、ご主人様がいなくてつまんなかったワン!みたいな、留守番の子犬ができあがるわけだ。
夕飯は同席できない。
おそらく王族だけで集うのだろう。
この部屋の中では私はキャリーに近づけるけれど、たぶん廊下を一歩外に出たらそれも許されない。
そのくらいは想像つく。
その反動なのかもしれないけれど、この部屋ではキャリーは私をめいいっぱい甘やかすし、ずっとそばにいてくれる。
めちゃくちゃかっこいい王子さまにそんな風に扱われて、もちろん嫌な気はしない。
けれど、時々心配になる。
キャリーでさえ私をこんなに案じてくれていたのだから、ユカリはもっとかもしれない。
また一人で、夜中にうなされているのでは。
今度こそ、毒を食べさせられてるかも。
けれど、彼も命を狙われていた。
軽々しく王族たちの耳にいれていいことじゃなさそう。
シリスも言ってた。この国は難しいことになってると。
「どうした?」
私が上の空だったことに気づいたキャリーが、そっとほほに手を当ててくる。
不意打ちでは心臓が止まるくらいに美形なので、もうワンクッション置いてくださいよ王子様・・・。
説明できないので、首をふると、またもやぎゅっと抱きしめられた。
ひいい、ドキドキする。
「早く、@@@@@@」
ここで知らない単語が出た。
「やはり君はパードンだ」
ん?パードン?
でもきっと、私が知ってる英語の「パードン(えっ?の意)」じゃないんだろうな。
そういえば、初めて会った時に英語が通じるかと思って、彼にそう言った覚えがある。
懐かしい。
至近距離で見つめてくる緑の目に、あの日のように言ってみる。
「ぱーどん」
ふわっと広がった笑みが、キャリーの喜びを示していて、彼が何を嬉しがったのかわからないまま、またぎゅうぎゅうに抱きつぶされる。
ひいいい。
使用人たちが、めっちゃ見て見ぬふりしてるよ!
本当に寂しがり屋だなぁ、キャリーは。
私でよければ、もっともっと一緒にいてあげたいな。
この国の言葉をはやくおぼえようと、私は自室に帰ってからもシリスにせがんで特訓を受ける日々を続けた。
*********
「やばいわよアレン」
シリスの言葉に、アレンは首をふる。
知ってる、という意思表示だ。
「大体、これはよくないわよ。あの子は言葉がカタコトだし、王子はきれいな言葉しか使わない。結果、子供が大人の口真似をするように、『嬉しい』とか『一緒にいたい』とか言いあってるらしいじゃない。恋人のように」
「ああああああああ頭が痛い」
アレンが言葉通り頭を抱え込む。
王子と使用人(?)の謎なラブロマンスは、ひそかに噂になっている。
通常であれば絶対に許されない身分の差だが、彼女がこの国の人間ではないことがちょっとしたグレーゾーンにとらえられつつある。
王子いわく命の恩人だというから、排除もしづらい。
言葉が足りなく、けれど好意的な単語しか話さず、帰りを待ちかねたように出迎える存在がいたら・・・。
アレンは硬派を自負しているが、それでもその状況は「なんか男のロマンを刺激する」という意見に否定的ではない。
むしろ、なんか「クル」ものがある。わかる。
「先日はついに王子が結婚をほのめかしたんだが…」
君は運命―パードン―だ、という最高の殺し文句まで飛び出したらしく、控えていた執事が呼吸を3秒忘れたという。
「むじゃきにニコニコと運命運命言い合って、胃が冷える」
「うわぁ」
シリスもフォローができない。
王子にはもちろん定められた婚約者がいる。
そろそろ本格的に輿入れをしてこようという時期だ。
それが延びていたのは、ひとえに王子が外遊先で命を狙われ、しばし行方不明になっていたことに起因する。
そしてその間に、運命の女性に出会ったのだと言われても、周囲はなすすべがない。
かといって、巡り合ってしまった二人をもはや引き離せない。
「どうすればよかったんだ」
アレンの愚痴に、シリスがそっとお茶を一杯献じてやる。
「まぁ、そのうち王子も冷静になってくださることを祈るしかないでしょう」
「・・・。」
結局、事実上の解決案は出なかった。




