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11.再会、その1


『庭の整理をするように』

「・・・。」

聞き間違いではなく、私に課せられた任務は、それ、らしい。

いや別にいいけど。タダ飯を食うつもりはないわ。

とはいえ、シリスと別行動なのは言語的に不安しかない。

たぶんこのお城の労働者を采配している人なのだと思うが、いきなり知らないオッサンに告げられた内容はそれだった。

シリスが、へぇ、という顔をして聞いて、簡単に通訳してくれたのでオッサン自体は怪しい人ではないのだろうけれど、そういえばアレン以外の男と最近口をきいていなかったことなどをぼんやりと考えていた。


ガンバッテ、と手を振るシリスの出勤を見送ったあと、促されるままに広大なお庭に連れてこられて、ジェスチャー交じりに庭の手入れについて説明を受けた。

要は、はみ出している枝葉を切って、なんとなくよさげに整えろと。

花を取り扱う区域はベテラン勢、私は失敗したところで目立たない緑の葉っぱだらけのところに配置された。

いや、本当にいいのだけれど、ここでの私の扱いはどうなってるんだ?

何だと思われてんだ?

とにかく言われたままにはさみを入れていると。


とんとん。


肩にやさしくだれかが合図をしてきた。

え、と振り返った先にいたのは。

「!!!」


間違えようもない。

金の髪。

翠の瞳。

童話の王子さまのような優しい面立ち。

あの日の彼だ。

「・・・!」

声が出なかった。

ふんわりとほほえんだ、彼がいた。

この見知らぬ場所に来て、初めて会った人。

海辺で倒れていた彼が、高熱であえいでいるのを何とかしたくて、川に流されたことなどが、一気に、順番もぐちゃぐちゃに心に流れてきた。

もう、何も考えられなかった。

思いっきり抱きつくと、同じ強さで抱き返された。

ああ、生きていたんだ。無事だったんだ。

ずっとずっと気がかりだった。

身を離し、至近距離で見つめあう。

見れば見るほど彼は美しくて、それが訳もなく嬉しくなる。

彼が何かを言っている。知らない単語だ。

それがちょっとだけ悲しくなって、私はやんわり首をふる。

まだ聞き取りは得意じゃない。知らない単語や構文が多すぎるし、発音自体がちょっと難しい言語だからだ。

なので、こちらから話しかけることに、〇か×かでお答えいただきたい。

『ケガ、ない?』

私が言葉を発することが意外だったのか、彼が少し驚く。

でも、次いでふわっと笑んだ顔が、もうまさに王子様そのものの完璧なお顔だった。

是、と彼がうなずいたのがうれしくて、私は一生懸命に言葉を探す。

『熱、ない?つらい、痛い、ない?』

『・・・。』

ますますふんわりと微笑んで、彼はゆっくり首をたてに振った。

ええと、他に私が話せる言葉で、彼に聞けることは、何かなかったか。

そうだ。

『シアワセ?』

本当は、元気ですかと聞きたかったのだけど、私の知ってる単語集にそれはない。

『・・・。』

彼がゆっくりとまばたきをする。

そして。

『たった今、幸せになった』

あ、聞き取れた。

その内容は私も幸せになる温かいもので、ああ、彼が無事で本当に良かったと、それしか考えられずにいた。

再度、ぎゅうと抱きしめられたけれど、それがもう当たり前のような、彼とは昔からこうしてきたような妙な感覚で。

やがて彼の背後からアレンみたいな服装をした人たちがわらわら垣根を分けて入ってきて、抱きしめられてる私を見てぎょっと動きを止めた。

引いてる。

かなりドン引きしてる。

それで私もわれに返って、思わず身を引こうとした瞬間、ぐるんと視点が反転した。

「!?」

ものすごい至近距離で見あげる形になり、うわこの角度からも美形だなと考えていたのだから、われながらパニックだったのだろう。例によって。

突然の再会、からの、お姫様抱っこ。

思考がとっ散らかってる私の耳に入った言葉は『連れていく』。

どこへ?と反射的に聞き返しそうになった私を、再度ぎゅっと抱きしめ、お姫様抱っこしたまま歩みだそうとする彼に、私もビビるし、周囲のみんなもビビっていた。

ちょ、だれか止めて、せめてツッコんで!

その願いが通じたのか、固まって動かない男の人たちの後ろから見知った人物が現れてくれた。

アレンだ。

私たちを見て、ガチッと動きを止めたアレンは、何かを察したのか周囲に指示を飛ばしている。

あれ、アレンってそんな偉そうな立場なの?

次いで歩みよって、私たちに、正確には私を抱きあげている彼に、何か必死に訴えている。

ふたりはどうやら顔見知りなのね。

降りる、と意思表示するものの、お姫様抱っこは終わらない。

アレンも何か言い募っている。

けれどガンとして譲らない彼がそのまま私を運搬していくことになったのだ。

まじか。


つい先日もアレンにこういう状態で(ただしマントでくるまれて)運搬されたのは記憶に新しい。

でもすれ違う人たち、というか行き会った人たちは恐ろしいものに遭遇したかのようにひざまづいて道を譲るのだから、ますますおかしい。

いやいや、何見送ってんですか、止めてよだれか。

観念したアレンが先導する形で、私を抱きかかえた彼、そして後ろからぞろぞろと人が付いてくるという摩訶不思議な百鬼夜行ができあがったわけだ。

誰か状況説明して、特にアレン!


やがて建物の一室にたどりついたあと、ようやく床に下ろしてもらえた。

仕事、途中だったんだけど、いいのかな。

ちらりとアレンを見ると、怒りを爆発させる瞬間の、いつも私が見てるあの表情でたたずんでいる。

犯人たる彼は、まず私ににっこりと笑いかけた後、アレンに何か言いつけている。

アレンの上司だったのだろうか。

ここらへんでようやく色々と思いだす。

そういえば、あの夜、発熱して寝込んだ彼にかけた私の緑のワンピース・・・持って現れたのはアレンだった。

ということは?

アレンをじっと見つめる私の視線に、当の本人は気づいているだろうけど、わざとらしく目をそらしている。

ええい、こっち見ろ!説明しろアレン!

でも、私も知ってる言葉が罵倒系なので(アレンとのケンカに明け暮れた代償)、さすがに再会したばかりの彼の前で汚い単語を話すわけにいかず、結果3人が妙な沈黙におちいるという。

口火を切ったのは、彼。

自分の胸に手をあて、にっこり笑った。

『キャリー』

ああ、自分の名前、なのかな。

『きゃりー?』

指さして復唱すると、笑顔が何倍にも輝いた。

合っているようだ。

私たちは名前も知らずに別れたのだ。

王子さま改めキャリーは、ゆっくりと言葉を紡いでくれる。


ずっと、探していた。

これから、そばにいてほしい。


その言葉自体は私とても嬉しいことだったけれど、それっていいのだろうか?

ちらっとアレンを振りかえると、案の定、苦い顔をしている。

キャリーがどういう立場の人かわからない。

命を狙われていたはずの彼が、こんな無防備に歩き回っているということは、あの件は落着したのだろうか。

聞きたい。だれかシリスを連れてきて、アレンでは役不足だ。

『それ、シアワセ?』

それであなたは喜ぶのか、いいことなのか、という意をこめて、言葉をつなぎ合わせた。

こく、と、キャリーがうなずく。

よっしゃ、わかった。

『私、あなた、シアワセにする』

いいよ、という返事の意でそう告げると、キャリーの顔が一瞬くしゃっと泣きそうになった。

え、と思った時には、再度抱きしめられている。

そうか、彼も心細かったのかな、私にできることがあれば何でもしてあげよう。

抱き合ったまま、彼の背に回した手でやさしくなでる。

よし、私が一緒にいる。もう怖くないよ。


空気を読んだのか、アレンも沈黙を守っている。


これからどうなるかわからないけれど、私は「キャリー担当の召使さんに雇われたのかな?」」と本気の本気で思っていた。

だって、流れが悪かった。

庭師のバイトみたいなものを命じられ、その流れで連れてこられて、これから一緒にいようって雰囲気になって、それは、使用人としてスカウトされたのかな、と思うじゃない。


実際にそれからひと悶着あって、この建物敷地内でよく見る、いわゆるメイドさん風の女の人たちが着る服を与えられて、それから毎日キャリーの部屋へ行くように命じられたのだ。

シリスが通訳してくれて、私はそれを理解した。

何だかわからないけれど、再会した彼のメイドさんとしての新しい日々が始まったのだと、本気の本気で。そう思っていた。


まさか、本気のプロポーズだったなんて思わないじゃない。


実際、それから彼の部屋に通うたび、メイド服に彼が不快げに何かを周囲へ命じるのだけど、その都度アレンがすっ飛んできて、説き伏せている感じだった。

なんだなんだ。

色々と忙しそうなキャリーが、それでも部屋に帰ってくるときにはお部屋をピカピカに・・・する係は別にいて、お茶をいれて用意する・・・係も他にいて、ただ、私はここでひたすら彼を待つ、という謎な状況になった。

暇だった。

彼がいないときは、圧倒的に暇だった。

他のメイドさんたちも、私の扱いにちょっと困っているようで、会話もろくにできない。

そして彼が部屋に帰ってくると、嬉しさ倍増で、満面の笑みでお出迎えをしてしまう。

これじゃ飼い主のお留守番をしてる子犬みたいだ。

でも、そのたびにキャリーが嬉しそうにしてくれるので、この仕事(?)がヤダとかつまんないとか言いだせる雰囲気ではなかった。


彼が、本当に、めちゃくちゃ嬉しそうに、いつも笑ってくれるのだから。




*********




「やっぱり、嫌な予感が的中した」

顔を片手で覆って嘆くアレンに、シリスが追い打ちをかける。

「第三王子に次いで、第二王子…。ますますあの子のことが分からなくなってきたわね」

不思議な言葉を話す黒髪の女の子。

第三王子の幽閉先でアレンがみつけて連行し、問政管あずかりとなった後で、実は第二王子が探している人間とがっつり特徴が一致し、様子見とされていたのだ。

まずは穏便に第二王子の無事の帰還をいわうパーティーで遠目から王子に目視させ、『彼女が、そうである』という確認をしようとしていたのだが、妙な行き違いで彼女が脱走、その計画は水泡に帰した。

次いで、庭仕事をさせ、王子の居住区域ぎりぎりに配置することで、再び遠くから目視をさせようとしたアレンの苦心は、再度水泡に帰したわけだ。

姿を見かけた第二王子が、矢も楯もたまらず飛び出してしまったのだ。

そして二人は再会を果たした。

「でも、長いこと彼女を観察していたけれど、不審な点はなかったし、人を害するタイプじゃないことは確か。王子に近づけても、問題はないんじゃない?」

アレンに対する口喧嘩の数々から、彼女が妙にとりつくろったり演技ができるタイプではないことはわかった。

「だが、やはり気になるのは、第三王子の紋だ」

アレンの懸念に、シリスも沈黙する。


彼女の言葉がもうすこし流暢であれば、誤解をあたえずにきちんと説明できるのだが。

先日の暴走を考えると、またややこしいことになりそうだ。

「ところでアレン、キャリアル王子を『王子』だって、説明したの?」

「・・・。」

あ、という顔ですべてを悟る。

「今すぐ説明しなきゃいけないわね。あの子には私から伝えておく。そのほか、伝言は?」

シリスの言葉にしばし考えこむ。

が。

「粗相のないように、と言っても、あの性格だ。無理なんだろうな」

「無理でしょうね」


スパンと返され、アレンはますますため息を重くするのであった。


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