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1.目が覚めたら異世界でした。しかも海辺。


あとになってわかったけれど、いわゆる「異世界にとんだ」瞬間の記憶というものがない。

あの日あの時、という自覚があれば、まだもう少し気持ちの整理というか、何かの感情の順番くらいはついたと思う。

でも、そんな丁寧で親切な記憶も前フリもなく、気づいた時には叫んでいた。

「つめたっ」

そう、冷たかったのだ。

耳にここちよい波音、よせては返す水音に合わせて、自分の両足を何かひんやりとしたものがかすって引いていく。

そう、これは波。

鼻孔をくすぐる潮の匂いが、決定打だ。

え?と起き上がろうと両腕に力を入れたら、じゃり、とか、めこ、とか、変な感触がして、それが砂だと3秒後に気づく。

ええ?と上体を起こすと、辺りは暗闇。

かろうじて少し離れたところに煌々と明かりが見えて、それはいわゆる豪華客船というやつだった、と、これもあとで知ったこと。

この時、私が把握できたことは3つ。


・なんか、浜辺で倒れてる私

・心当たりゼロ


そして。


・なんか人が倒れてる!!


「ふへ!?」

私の5mくらい先に、私と同じように浜辺でゴロンとしている人がいる。人だよね?

動いてないから、気を失ってるのか・・・もしかして死んでるのか?

一瞬そう考えたけれど、とにかくここがどこか、私はどうしてここにいるのか、誰でもいいから人類にお尋ねしたいという誘惑に勝てず、私は猛然と駆けよった。

「あの、大丈夫ですか?」

こちらに背をむけて横たわるその人の腕を、とりあえずゆすってみる。

反動でごろりとこちらを向いたのは、おっと、これはまたすごい。すごい美形です。まじか。

アジア人ではない顔立ちで、暗くてあまりわからなかったけれどこれはたぶん金髪。

う、と小さくうめいて眉間にしわを寄せたので、よっしゃ生きてる、それだけはとにかく安心要素が確保できた。

ただどう見ても外人さんなので、英語が苦手な私に会話が成立するか、そこは不確定要素だけれど、この際ぜいたくは言ってられない。

どう考えても私はこんな浜辺に倒れてる理由がないし、秒で帰りたい。お家に帰りたい。ここから離れたい。

そのために、ぜひ、この美形のお兄さんにヒントをもらうしかない。

「起きて!ねぇっ!」

ゆっさゆさとゆすると、やがてフサフサのまつげが揺れて、きれいな緑の瞳が何かを探すようにさまよって・・・私の目と焦点を結んだ、ように見えた。

「気が付いたっ!?」

必死だったと思う。

それよりも生きてる人間に会えたことで、これでなんとかなるーーーーーと少しだけ緊張がゆるんだから、本当に不本意だけれど、目から雨が・・・泣いてしまった。もう二十歳なんですけど私。

「よかったぁーーーすみませんまじここどこですか!?神奈川?ここ神奈川?私お家に帰れる??」

そう、申し遅れました、私は神奈川県民です。つっても海沿いの街じゃないけれど。

県内なら、百歩譲って関東圏なら、なんとか駅まで行けば家に帰れるはず。

「・・・?」

ぼんやりとした表情の美青年は、ぼろぼろと泣く私を見てしばしノーリアクションだった。

けっこう近い距離でじっと見つめられると、妙に冷静な自分が戻ってきて、知らない人の前でギャン泣きしてる場合じゃないと我に返るよゆうができた。

「ええと、あの、とにかく大丈夫ですか?」

涙をぬぐいながら照れ隠しで笑ってみせると、彼の大きな目がゆっくりと3回まばたきをしていた。

すごいなぁ、まじで美形ですぞ。

そんな彼が、私の右肩をゆっくりとつかみ、こういった。

「@@@@@@@@」


あ。

だめだ。

何言ってるかわからない。


「@@@@@@@、@@@@」

うわー全然だめだ、何言ってるかわからない。やっぱりか。

ダメもとで一応、英語を話してみる。

「ぱーどん?」

「・・・。」

今度は相手が絶句する番だった。

彼には私の言葉がミリ単位も伝わってない、ということだけは、伝わった。

確かに、彼の発した言語は、なんかちょっと英語とも違う感じだった。

かといって、スペイン語、フランス語、イタリア語、なんならスウェーデン語だって私はわからない。

世界共通言語の英語でもだめとなると、もう私はどうしていいのか次の手を考えられなかった。

しばし、間抜けにも見つめあっていたように、思う。

急に美青年が、何かに気づいたように背後を振りかえり、次いで私を見て何かを迷っているそぶりを見せた。

何か、背後の何かを気にしているように。

どうしよう、この人と別れて日本人を探しに行った方が早いかも、と私が揺らぐコンマ2秒先に、美青年がうごいた。

私の腕をつかんだまま、ぐいっとどこかへ引っ張り出したのだ。

え?なになに、どこ行くの?

とっさに聞きたかったけれど、どうせ言葉は通じない。

怖い感じはしなかったので、とにかく促されるまま彼とともに歩きだすしかなかった。

当たりは真っ暗、空には星がまたたいている。

あいにく、星座に詳しくないので方角とかのヒントにはならない。

ただ、その星の数が異様だった。

プラネタリウムでしか見たことがないけれど、それはまるで天の川が何重にも広がったような彩りで、おもわず歓声を上げてしまった。

小さなため息のようなその声に彼が振りかえり、つられたように夜空を見上げる。

そして、私を不思議そうに見つめてきた。

これがどうしたの?と言うように。

「@@@・・・@@@@@」

これがなんだ、とでも言ったのだろうか。

彼の声は甘やかで、少しかすれていた。

もちろん口で説明できないので、ひとさし指で天を示し、にっこり笑む。

星空、すっごくきれいですよね?という意だ。

驚いたように振りあおがれ、その視線が天と私を行き来する。

あれ?伝わってる?伝わってますかこれ?

否、なんか伝わってないんだろうなぁ。

「@@@@@@@」

あ、ほら、なんか言われてますけど、無理ですよ。私、あなたに伝わる言葉がしゃべれません。

そうなると、日本語で何かを言うのが独り言みたいでちょっと気恥ずかしく、私は いいんです、なんでもないです、という思いを込めて、首を振った。

「・・・。」

彼は沈黙した後、つかんでいた腕を離し、今度はまるで王子様がお姫様をエスコートするかのように手のひらを上にあげて私に差し出してくれた。

彼を手を何回か視線でなぞった後、意を心得て笑顔と共に手のひらを乗せた。

それで合っていたようで、はじめて彼が、ほころぶように笑んでくれる。

うっわぁ、笑うとちょっと幼く見えるとか、チート過ぎるこの美形。

言葉が通じない紳士な彼と私の、浜辺の謎のデートはその後数分続いた。


無言で砂を踏みながら、いろいろと整理する。


私たちは二人とも裸足だった。

さくさくと冷たくもある砂浜は、足の裏に心地よかった。

風邪の心配をしなくてすみそうな気温。

私の頭がおかしくなっていなければ、私はゴールデンウィークを満喫していたはずだった。

だから季節は5月で合っているはずだけれど、それにしては外気が温かすぎる。

波の音しかしない夜の浜辺を、彼に手を引かれてゆっくり歩く。

彼には行く当てがあるのだろうか。

でもひとけのない浜辺で、やさしい緑の瞳のこの人だけが、私の頼れるすべてで、そう実感するとつないだこの手が妙に気恥ずかしく感じられた。

こんな風にやさしく手を引かれるのなんて、子供の時ぶりだ。

そっとうかがうように見上げると、ちょうど振りかえった彼と目が合う。

にこっ。

ふたたび微笑まれて、とっさに笑みを返したけれど。


この時は、あと数時間くらいしたら家に帰れるのだと本気で思っていた。




だって、目が覚めたら異世界にいたとか、普通、ないでしょ・・・。









*********


後世、キャリアル3世の手記にその記述はあった。



即位前のある初夏、刺客に命を狙われた王は九死に一生を得る。

逃げ場のないはずの船上、血痕を残さないようにとの周到な策が、逆に王を救うこととなった。

首を締めあげられ、気をうしなった王は海へ投げ入れられたが、この時期の特殊な海流が王の味方をしたという。

打ち上げられた浜辺で、王は天女と邂逅する。

天女は言う。

―――宿命パードン、と。


―――あなたは、どこから来たのか。

王の問いに、天女は笑んで満天の星空を示したという。

―――あなたは、私を迎えに来た死の乙女か。

その問いに、天女は否定の意と慈悲深い笑みを浮かべたのだと。


ホレス国の公式文書"ホレス国史"に、それを裏付ける文言があったものの、その個所は戦火で焼失したという説と、王弟ルーカリーがその史実を抹消したとの二説ある。


いずれにせよ後世の国学者にとって探求しがいのある題材であることは疑いようもない。




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