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8話→鍛冶屋

 

「いたた……」

「大丈夫か?」

「は、はい。先程はお見苦しい姿を見せてすみません……少し、はしゃぎすぎました」


 頰を赤く染めるネーヴェ。

 丸焼きリンゴを食した直後に猛ダッシュした彼女は、案の定脇腹を痛めていた。


「美味しいものを食べて嬉しいって気持ちは、俺も分かるよ」

「そう言ってくれると助かります……」


 脇腹を左手で抑えながら恥ずかしそうに言うネーヴェの歩幅は、さっきに比べて若干狭まっている。

 歩く速度を調整しながら、街中を見回す。


「ま、今日は依頼を受ける予定も無いし、お互いゆっくり行こう。今まで生き急いでいた気がするし」


 思えばこうして街を散策する事もしてなかった。

 毎日が宿と冒険者ギルドの往復で、休む時間は夜寝る時くらいだったと思い出す。


 完全にワーカーホリックだ。


 二週間前の怠惰な自分が懐かしい。

 まあでもパソコンやゲームはもちろん、漫画やライトノベルも無いから正直暇なんだよな。


 この世界の文明レベル的に娯楽は酒やギャンブル、あとは男なら女を買うくらいしか無い。

 どれも金欠ではまともに楽しめないものばかりだ。


 酒は飲まないし、ギャンブルもソシャゲのガチャで痛い目を見てから一切手を出してない。

 女に関しては論外。童貞にはハードルが高すぎた。


「確かに、この街の名産品がサクリンゴなのもさっき知りましたし……なんか、勿体無かったですね」


 ネーヴェの言葉に同調する。


「勿体無い、か。サクルの街って大きいし、多分俺らが知らない名物とかも沢山ありそうだな」

「はい、だからこれからはもう少し楽しみながら生きてみようかなと……あ、勿論アラトさんと過ごした今までの時間がつまらなかったワケじゃないですよ! と言うより、今もとっても楽しいです!」


 わちゃわちゃと腕を動かしながら俺との日常も楽しかったと言うネーヴェ。

 中々に嬉しい事を言ってくれるじゃないか。


 思わずニヤけそうになるのをぐっと堪える。

 それに楽しかったのはこちらも同じだ。

 戦い方を教わり、一緒に依頼を受けたり食事を共にしたり……日本でニートを続けていたら絶対に味わえないような体験の数々。


 俺は、彼女に出会えて幸運だった。

 もし異世界に迷い込んだ初日、ネーヴェと出会うことが出来ていなかったらどうなっていたか……


 感極まった俺は感謝の言葉を口にしようとした。

 だが……


「ネーヴェ、いつもあり――」

「ぐあああああああああああああああっ!?」


 感謝の言葉は男性の悲鳴でかき消された。


 何事かと悲鳴が聞こえた方向へ振り向くと、時を同じくして人間がとある店舗の扉から吹き飛ぶように現れ、宙を舞って地面に落下する。


 吹き飛んでいた男性はピクピクと痙攣していた。

 数秒後……のっしのっしと威圧感を振り撒きながら、一人の老人が壊れた扉を通り抜けながら叫ぶ。


「この馬鹿者が! 毎度毎度ガラクタを作りおって! 素材をムダにするなと言うておるのに!」

「げほっ、ぐ……だからって実の孫を殴り飛ばす必要はねえだろうがクソジジイ! 大体俺の作品はガラクタじゃねえ!」


 起き上がった男性は早々に老人へ反論する。

 灰色の髪に、真っ赤な瞳。

 年齢は俺と同じくらい。


 工事現場で着るような作業服を纏っている。

 そして老人も男性と似たような格好かつ、灰髪赤目と容姿も似ていた。


「バカタレ! そんな武器、一体どこの誰が使えるんじゃ!」

「い、いるかもしれねえだろ! 例えば……そこの兄ちゃんとかよ!」

「…………え?」


 老人と口論している赤目の男性が俺を指差す。

 ネーヴェも何が起きているのか理解出来てないようで、キョロキョロと辺りを見回していた。


 もちろん俺もだ。何この状況?

 とりあえず老人と男性が出てきた建物を見る。

 数点の武器や防具が店前で展示されていた。


「ネーヴェ、あそこがどんな店か分かるか?」

「えーと……どうやら鍛冶屋のようですね」

「鍛冶屋……」


 物作りの職人ってところか。

 二人の格好もそれっぽいし。

 問題は彼らに目をつけられてしまったことか。


「可愛い彼女連れてるそこの兄ちゃん! ちょいとこれを持ってくれねえか?」

「人様に迷惑をかけるな馬鹿孫が!」

「うるせー! 俺のやり方に一々口出すなよ!」


 二人の口論は終わる様子が無い。

 このまま放っておくワケにもいかないか。

 ネーヴェに視線を送ると、無言で頷いた。


 彼女の了承を得てから、俺は天下の往来で激しく罵り合う二人の間に割って入りながら言う。


「二人とも、まずは落ち着いて……」


 喧嘩の仲裁なんて、初めての経験だった。



 ◇



 ――鍛冶屋、店内。


「すまんのぉ、お二人さん。親子で迷惑をかけてしもうて……」

「すまねぇ! 俺からもこの通りだ!」


 老人と青年をどうにか落ち着かせる事に成功すると、二人は真っ先に頭を下げて謝り始めた。

 根っこの部分は悪い人達では無いようで安心する。


「ワシはジアイ、この鍛冶屋の店主で鍛冶師じゃ」

「んで俺が孫兼弟子のデメタルだ」

「お二人は家族でしたか、道理で……」


 ネーヴェは両者の顔を見比べながら言う。

 顔は勿論、気性が荒いのも似ているようだ。

 それにしても、鍛冶屋か。


 ぐるりと店内を見渡す。


 店舗そのものは小さく、奥に作業場があるようだ。

 鉄と油の匂いが微かに漂っているのもあり、男の世界という印象を強く受ける。


「俺はアラト。駆け出しですが、冒険者です」

「私はネーヴェと申します。同じく冒険者を」

「ふむ、お前さん達冒険者なのか」


 ジアイさんは顎髭を弄りながら俺達を観察する。


 まあ、ぱっと見だと分からないよな。

 ネーヴェは綺麗なお嬢さんだし、俺はまだまだロクな装備も整ってないからその辺の一般人に見える。


「それでジアイさん、どうしてデメタルさんをその、殴り飛ばすような事を?」

「あー……それについては俺が説明する。あと、俺に対しては敬語なんて要らねえぞ? 迷惑かけたのもあるし、歳だって同じくらいだろ?」


 デメタルが髭の生えてない顎に触れながら言う。

 変に畏まらない方が楽なので助かった。

 ジアイさんにはちゃんと敬語を使うけど。


 腐っても日本人、年功序列は染み付いている。

 冒険者はその辺かなり緩いんだよな。

 命懸けの世界だからか、実力が優先される。


「まあ事の発端は……コレだ」

「……剣の持ち手、でしょうか?」

「おう、お嬢さんの言う通りだ。このままならな」


 含みのある言い方をするデメタル。

 彼が手にしているのは、西洋風の剣の『持ち手』。

 肝心要の刃が一ミリも生えてない。


 しかし通常の持ち手とは違い、柄のすぐ下辺りにトリガーのような物が付いている。

 某有名SF映画の武器を連想させた。


「このトリガーを押すと、こうなる」


 カチリと、デメタルがトリガーを引いた。

 直後、何も無かった持ち手の先から紫色の刃が出現、グンと伸びて一本の剣と化す。


 刃は実体が無いのか、炎のように揺らめいでいた。


「俺の作った武器、その名も『名剣殺し』だ。使い手の魔力を消費してエネルギーの剣を形作る。誰でも使える癖にどんな名剣よりも斬れ味が鋭いのが名前の由来――って、もう……か、よ……」

「デメタルっ!? どうした!」


 説明している最中に、デメタルが突然倒れる。

 同時にトリガーから指も離され、名剣殺しの刃も煙のように消えた。


 慌てて倒れる彼を支えると、その様子を見ていたジアイさんが頭を抑えながらため息を吐く。


「そいつがその武器の欠点じゃ。確かにどんな名剣よりも勝る斬れ味を秘めているが、魔力の消費スピードが速すぎて十秒と刃を維持出来ん。無理に持とうとすれば最悪、命を削る事になる。誰でも持てるが誰にも使えない……欠陥品もいいところじゃ」

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