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1話→ニート、異世界へ迷い込む

 

「……どうなってんだよ、マジで」


 思わず漏れ出た、驚愕を表す呟き。

 俺はさっきまで日本の住宅街を散歩していた筈。

 なのに今目の前に広がっている光景は、何処からどう見ても日本とかけ離れている。


 例えるなら――中世ヨーロッパ風。


 石造りの建物、当然のように走る馬車。

 金髪や茶髪、果ては赤髪に青髪と現実ではあり得ない多種多様な髪色をした人々。


 状況から察するに、俺が出した結論は一つ。


「もしかして――異世界召喚?」



 ◆



 俺こと横矢新人(よこやあらと)は自他共に認めるニートだ。

 年齢は23歳。黒髪黒目でパッとしない容姿。

 趣味はゲーム、漫画、アニメ、ライトノベル。

 身長が日本人にしては高い180センチなのが唯一人に自慢出来る冴えないニートだ。


 ニートになったキッカケは……まあ、虐めだ。


 だが最初から虐めを受けていたワケじゃない。

 遡る事五年前、受験を控えた高校三年生の頃……クラスメイトのとある男子生徒が虐めに遭っていた。


 俺が通っていた高校は偏差値だけなら上位の有名進学校だったが、それ故に周囲からの期待プレッシャーは重く、誰もが苛立ちピリピリしていたのを覚えている。


 だからこそ、あの悲劇が起きてしまった。


 キッカケは些細な虐め……SNS上だけの無視がやがて教室でも行われるようになり、いつからか男子生徒に暴力を振るうように。


 その男子生徒は、俺の友達だった。

 だから助けに入った。暴力を振るう生徒を説得してやめさせようとしたが……結果は失敗。


 今度は俺が虐められる立場になった。


 しかも友達だった男子生徒も『積極的』に俺へと暴力を振るうようになり、いつのまにかクラス内での立場を確立させていた事が後々発覚する。


 俺は利用された。

 友達だと思っていた人に。

 虐めのショックから心を壊した俺は学校を辞めて自宅に引き篭もり、進学も就職もせず今では立派なニートとして毎日を過ごしている。


 一体、何処で間違えてしまったのか?

 今でもその問いに答えは出せない。

 そんな悶々とした日々を送っていた、ある日。


 俺は偶には散歩に出ようと、家の周りにある住宅街を適当に歩いていた。

 歩き始めて数分後、事件は起きる。


 突如視界が歪み始めた。

 景色と景色が混ざり合い、幼稚園児が描いた絵のようにぐちゃぐちゃな世界が瞳に映る。


 直後、意識を失い――目覚めた時には、散歩をしていた時の姿のまま、見知らぬ土地に一人で放り出されていた。



 ◆



「はあ……」


 ため息を吐きながら脇道にズレる。

 ど真ん中に立っていたら迷惑だからだ。

 不用意に目立つのを避ける為でもある。


 まずは状況を整理しよう。

 理由も経緯も不明だが、俺は異世界に迷い込んだ。

 仮にここが異世界などでは無く、地球上に存在する何処かの外国だったとしても、何も知らないという点においては共通しているので問題は無い。


 問題なのはこれから先。

 元の世界へ帰るにはどうするか、だ。

 もしこれが物語の主人公ならば世界を救う冒険でも始まるのだろう。


 しかし俺はただのニート。

 そこまでの行動力は無いし、そもそもこの世界について何も知らないのだから動きようが無い。


 ていうか、今の状況ってマジでヤバくないか?


 例えば突然身一つで外国に放り出されたとしよう。

 英語力もコミュ力も、ついでに金も無い人間が祖国へ帰るには相当の労力が必要になる。


 それでも国によっては大使館とかへどうにか辿り着ければ帰れるかもしれない。

 だがここが本当に異世界ならそんなものは無く、自力で帰還方法を探さなくてはならなかった。

 はっきり言って無理ゲーだ。


 五年間も自分の殻に閉じこもっていた人間に、果たして何が成せると言うのか?

 貨幣価値や言語の壁、文化の違い……帰還方法を探す前に解決しなくてはならない問題は山積みだ。


 ……正直、まだ夢だと思っている。


 否、夢だと思いたかった。

 そりゃあ俺もオタクの端くれ、自分が異世界召喚された時の妄想だってしたことある。

 ただそれはあくまで妄想の世界だけ。

 現実に起きたところで何も出来ない。


 ぎりっと、胸が締め付けられる。

 不甲斐ない自分に嫌気がさす。

 だからと言って自暴自棄にはなれない。


「……探すか、冒険者ギルド」


 自らへ言い聞かせるように呟く。

 とりあえず、目標を設定する事にした。

 今まで読んだ異世界召喚系の作品では、主人公はよく冒険者ギルドを利用していた事を思い出す。


 俺の知る冒険者ギルドは誰でも登録可能で、雑用からモンスター討伐まで幅広い仕事を請け負う何でも屋というイメージが強い。


 異世界の日雇いアルバイト的な所だ。

 そんなものが本当にあるのかどうかは分からないが、立ち止まっているよりかは遥かにマシだろう。

 脳内で有名RPGのBGMを鳴らしながら、俺はまだ見ぬギルドを目指して歩き出した。



 ◇



 ――約一時間後。


 適当に歩いただけだったが、収獲はあった。

 まずは使われている言語について。

 この世界の人々は何故か日本語で会話していた。


 道行く人達の会話を盗み聞きすると、キチンと意味を持った言葉として聴こえる。

 だが発音と唇の動きが合ってないのが不自然だ。


 恐らく何らかの力が働き、この世界の言語が日本語へ翻訳されてから俺の耳に届いている。

 そういう作品を何作か読んだことがあった。


 とにかく意思疎通は問題無さそうで安心する。

 なら文字はどうかと街中にある看板などを読んでみたが、ちっとも理解出来なかった。


 アルファベットや漢字、カタカナ、ひらがなしか知らないがそのどれにも当てはまらない。

 文字については勉強するしか無さそうだ。


 あと気になったのは武器の所持について。

 アメリカでは武器……銃の所持が認められている。

 この世界も同様なのか剣や槍、弓矢を携えている人をちょくちょく見かけた。


 護身用にしては物騒すぎる。

 彼らは何と戦うつもりなのか、気になった。

 同時に冒険者ギルドの存在にも信憑性が増す。


 さっきまでの恐れは何処へやら、いつのまにかワクワクしながら街を歩くニートがいた。

 自分の順応性の高さに驚く。


 と、そんな時。


「通してください! お願いします!」


 叫び声に等しい少女の声音が聴こえる。

 俺は咄嗟に声が聴こえた方向へ振り向いた。

 そこは建物と建物の間。


 活気のあるメインストリートとは対照的に、暗く陰鬱な雰囲気が漂う路地裏。

 目を凝らすと二人の人物が言い争っていた。


 一人は小柄な少女。

 フードを被っているので顔は見えない。

 もう一人はガタイの良い男だった。


 無視すればいいのに、ワクワクを覚えたばかりの俺は好奇心に負けて二人に近付いてしまう。

 普通の声量の会話が聴こえる辺りで立ち止まり、隠れながら両者の様子を伺った。


「だから、金さえ払えばいくらでも通してやるよ」

「お断りします。貴方にお金を払う理由がありません」

「ああ? ここはオレのナワバリなんだよ。理由はそれで十分だ」

「納得出来ません……!」


 どうやら男が少女に通行料を要求しているらしい。

 フードを被った少女は理不尽だと抗議している。

 彼女の言い分は正当だ、勝手にナワバリを主張しているだけの男には一銭も払う必要は無い。


 だが男の方はカモがやって来たと思っているのか、ガン! と拳で建物の壁をワザとらしく叩く。

 すると少女はビクリと震えた。


 ああやって大きな音を立てたり怒鳴ったりするのも日本では暴力に分類される。

 相手が暴力に怯えるただの子供だと確信した男は、ジリジリと距離を詰めていく。


「……っ! と、とにかく早く通してください!」

「はっ、威勢だけは一丁前だな、オイ。そっちこそさっさと出すもん出さねえと……痛い目に遭うぜ?」


 言いながら男はポケットからナイフを取り出し、鈍い輝きを放つ切っ先を少女に向けた。

 少女は怯えているのか、動く気配を見せない。


 ……どうする?

 最近の日本人のように、通行人達は見て見ぬフリを貫き誰も少女を助けようとはしない。


 いや、その言い方は卑怯か。

 誰だって厄介な事には巻き込まれたくない。

 巻き込まれないよう自衛するのもその人の権利だ。


 それに、こうしてただ見てるだけの俺にとやかく言う資格は無い。

 ……もし、これが物語の主人公なら。


 世界を救うようなヒーローなら、格好良く悪漢を倒してスマートにこの場を解決するのだろう。

 けど残念ながら、今ここにヒーローは居ない。


 居るのは偶然迷い込んだだけの、冴えないニート。

 嫌なこと全てに対して逃げ続けた負け犬。

 友達を助けようとして失敗し、裏切られた男。


 だから――俺に出来るのは、逃げる事だけ!


「っ、おおおおおおおおおっ!」

「ぐあっ!?」


 隙だらけの背中を見せる男に向け、俺は生まれて初めて本気のタックルを人に仕掛ける!

 如何にガタイが良くても意識の外からの衝撃を受けたまま立ち続けるのは難しいのか、男は意外な程にアッサリと吹き飛び呻き声をあげていた。

 俺はすぐに少女の前に立ち、彼女の手を取る。


「あ、貴方は――」

「早く来い! 逃げるぞ!」

「は、はいっ!」


 戸惑う少女を無視して走り出す。

 彼女も最初は抵抗していたが、チラリと男の方を見てここは逃げた方が得策と判断したのか、こちらの手をしっかり握って共に走る。

 あーあ、何やってんだろうなぁ俺。

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