真夜中の帰り道
暗闇の世を電柱の灯りが地面を照らす中、静寂と月夜の静けさが支配する時を人が歩く。ふと車が横を通り過ぎると耳が音を取り戻す。耳障りではない程の走行音を立てながら次第に世界は音を失くしていく。同時に自分の足音に気づき、それは一定のリズムで独奏していた。歩みを進める度に換気扇のファンの音や誰かのバケツが響かせる音、下水道や池溜まりの水流の音がメトロノームにアレンジを加えていく。
ここまでは一本道の帰路だったが、彼は足を止めた。信号が示す色は赤であり、歩みを止めざるを得なかったのだ。
そこで彼は一時の無音世界に浸ろうとするが、時が止まったような感覚は一瞬で、次は足を止めることはない。
白線を渡った後で左につま先を向け、また歩みを進めた。直後彼の目には先ほどとは違う一本道が映る。これから進む道をみても、驚きはしない。そして彼は道が夜空に続くような坂道を登り始めた。道の勾配が零になっても歩みは止まらない。左右に窓から色が漏れる一軒家が群をなしていて、その中の並木道を一人静かに歩いていく。芝生が広がる公園がみえたら、あとは二百の階段を登るだけだ。街灯に慣れた目でもそこは深淵とみえてしまうように街灯に光がなく、頭上の月だけが雲をかき分け薄く差し伸べるのみであった。
まもなく彼は玄関の前に着き、家族が鍵を開けて迎い入れてくれた。