5分間の奇跡
就職も決まらず、好きな女のコに告白もできないまま卒業することになった。
最悪だ。
卒業を機に仕送りが絶える。
当面の生活費のためのアルバイトを探さなくてはならないのだが、自分が誰よりも劣っているのではないか、という気分がぬぐえず、行動することができない。
このままひからびるのが運命か。
半ば本気で思ってアパートの自室に閉じこもっていると、同じヨット部で大学院に進んだタカオと、一学年下のヒロトが宝探しに誘ってきた。
僕の故郷の海には嵐で沈没した昔の交易船が眠っていて、いまだに浜に小さな磁器のかけらなどが打ち上げられる。
海の底にはまだいろいろ沈んでいるかもしれないから、それを探そうというのだ。
タカオの叔父のクルーザーを借りての計画なので、期間は2週間。
素人が潜水具を背負ってうろついただけで簡単に宝を見つけられるわけもない。
宝はとりあえずの口実だ。
ヨット部OB として、クルーザーを借りられるという千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
僕らはこうして出航した。
快適な航行を楽しんで目的地(海だけど)に到着した後、僕らは交互にダイビングに興じた。
青い宇宙の無重力感と、異世界の風景を心ゆくまで楽しむ。
沈没船もみつけた。
今はいろとりどりの珊瑚に包まれ魚たちの楽園だ。
目的どおり、周囲で錆びた古銭数枚と、掌の中に納まる石の玉ひとつを見つけた。
何度も行われた調査からこぼれたものだ。たいしたものではない。
おそらく値もつかないだろう。
でも。
そうしたことがとても楽しく、また潜りにこよう、そのための費用を稼ごう、と思うようになった。
タカオとヒロトの企み通りだ。
そんな最終日。
朝食後からにわかに天候が荒れ、波が高くなってきたかと思ったら船がひっくり返った。
気がつくと、浸水している真っ暗な船室に閉じ込められていた。
タカオとヒロトはどうしただろう?
二人は装備を持ってデッキにいたはずだ。無事だといいのだが。
そちらも心配だが、自分も決して安全とは言えないようだ。
浸水した部屋の水位がどんどん上がってきている。今は首がかろうじて出ているだけで、出口を探そうにも水面に浮かぶガラクタをかき分けるのがやっと。
この分ではあと5分持つか持たないか。
たった5分で僕の命が終わってしまうのか?
5分あったら、カップ麺をつくってスープまで飲み干せるのに。
瞬間接着剤があれば、割れた花瓶だって直せる。
テレビのCMタイムなら長すぎるくらいで、トイレにだってじゅうぶん行ける。
走れば1キロ先にだって行けるし、電波を使えば宇宙ステーションとだって話ができる。
あのコに告白もできる…。
どうして卒業前に勇気を出さなかったのだろう。
5分ぐらいなら彼女と二人きりということもあったのに。
……そうだ、5分あれば、今考えたようにいろいろできるじゃないか!
やるだけやってみよう。
僕は暗い水に思い切って潜った。
潜水具を探すのだ。
装着すれば残り時間が一時間に延長される。
椅子や雑貨が積み重なる水底をまさぐっていると、丸いものが手に当たった。
息が苦しいので、それを掴んで残されたわずかな空間に浮かびあがる。
手にしていたのは、前日にひろった丸い石玉だった。
「これが竜の玉とか魔法のアイテムだったら、願いは僕ら三人を助けてくれ、だな」
呟きの後の吐息をつくかつかぬ間に、石玉はまばゆい光を放った。
そして船は再び大波にのみこまれたかと思うと、あろうことか、奇跡的に船体を元に戻したのだ。
僕は高波のおさまってきたデッキに転がり出て、息をつくことができた。
タカオとヒロトも無事だった。
海に投げ出されたけれど、潜水具を身に着けていたので、海底に避難していたという。
こうして僕らは海の冒険から戻ることができたのだった。
石玉は気がつくとなくなっていた。
また海底に沈んだのだろう。
あの玉が何であれ、あの時、わが身に起こったすべてに感謝したい。
今はカップ麺どころか、フレンチのフルコースを楽しむことだってできる。
やろうと思えば花瓶を土から作ることだってできて、気になる番組でも映画でも好きなだけ観られる。フルマラソンにだって挑戦できる。
あの後、ダイビングのインストラクターの資格を取ろうと、アルバイトをいろいろしている中、ある会社に正社員として採用されることになった。
今、僕は彼女との待ち合わせの場所にむかっている。
もう2度と「5分」を無駄にはしない。
日々は「奇跡の5分間」の連続でできている。
<了>
5分。
今あなたが読んでくださった時間もたぶんそれくらい。
5分あればいろんなことができる、そんなところから発想した短編。
投稿するため読み返したら、今、作者の頭に巨大なブーメランが突き刺さってます。
5分、その5分が……。
なかなか思うようにはいかないものです(苦笑)。