表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

02

 桜が嬉しそうならええか、と始めた発掘作業。しかしながらそない甘いこと思っとったら、この阿呆にはあかん。俺がそう気付いたんは、それから数時間後のことやった。


 この阿呆レーダー桜。こいつがまたボンコツもボンコツ。「御神木の下に埋まってるのはわかるけどー、どの辺かわかんない!」とかぬかしよる。ついでに深さもわかんない、とか言いよるからさぁ大変。しかも御神木の根元の土の堅いこと。なかなか掘れへんとくれば、数時間たっても発掘作業は進まへん。


「あ、こっちのほうかもしれない」

「あ、やっぱりさっきのところのもうちょっと深くかも」


 ――阿呆か。


「ほんまこの下、埋まってんのか。埋まってへんやろ」

「埋まってるってば!」


 どっからくんねんその自信。


 堂々と言い切る桜に俺はうなだれた。一方桜は本気で、この下に何か埋まっとると信じとるらしい。そのやる気で勉強しよったら大学受かんで、自分。


「なぁ暗なってきたし、掘りにくいやん。そろそろやめよや」


 事実やった。御神木は大きな広葉樹ゆえ、根元はあんま陽が射さへん。そのうえ日が暮れてきとるから、当然根元は暗くて見にくい。もう少しで掘れへんくなるのは明確やった。


「あ、それなら懐中電灯あるよ」


 なんでやねん。漢字忘れるくせに、そんなもんは忘れへんねや。


 桜はリュックから当然のように懐中電灯、しかも二つを取り出し、足元に置いた。ナイト作業準備はこれでばっちりや。


 つーか何入ってんねんそのリュック。俺は桜の背後のリュックを見る。桜は俺の視線に気付いたらしい、胸を張って言い切った。


「ちゃんと寝袋だってあるんだから」


 一晩中掘る気かい。


「見つかるまで頑張るんだからね」


 訂正。一生掘る気かい。


 どこまでも自信満々に言い切り、胸を張る桜に俺はキレた。ついにキレた。


「ええ加減にせえ、このど阿呆! そんなん準備する暇あったら勉強せえ!」


 俺はスコップを地面に突き立てた。そうや、ちゃんと桜が勉強しよったらええねん。こんなんつき合わされる意味ないねん。


「今の時間かて、勉強しとった方が有意義やで」


 ほんまつき合おうてられへん。


 もう俺は掘らん、そう言うて俺はスコップから手を離し、腕を組んだ。すると桜は俺にムッとした顔を向ける。逆ギレかい。


「勉強勉強って、友喜、あたしの志望校どこだったか知ってるの!」

「知らへんわボケ」

「知らへんですむか!」


 すむやろ別に。


 俺がそう言うのを遮るように、桜は地面にスコップを勢いよく突き立てた


「ちょっとやそっとの勉強じゃ無理なんだから!」


 威張るな阿呆。


「とにかく。こんな阿呆なことはやめい。時間のムダや」


 再度木の下を掘り出した桜に対し、強い意志を込めて、俺はスコップを地面に叩きつけた。どうやこれで掘らへんことがわかったやろ。わかったらしい。桜は一瞬だけ手を止めた。「時間のムダ」と桜が俺の言葉を繰り返す。


 そして次の瞬間、桜の表情が消えた。


 俺はあまりの驚きに、ぽかんと口を開けたまま止まってしもうた。桜が無表情なんて、そないなことがかつて一度でもあったやろうか。あらへん。どんなに昔を思い出しても絶対にあらへん。


「なんでムダなの?」


 桜の声がやけに低く響く。


 何でって。こんないなことしとる暇あったら、勉強すんのが普通やろ。神にどんだけ祈ったって、自分がやらへんかったらなんも意味ない。そやろ、それが正論や。


 けど今の桜に俺は正論を言えへんかった。そんくらい桜は真剣やった。その姿は痛々しいくらい。なんでそない真剣になんねん。


「桜」


 俺は桜の腕を掴む。そうでもせえへんと桜はきっと止まらへんかった。


「友喜」


 桜はさすがに作業の手を止めた。スコップから目を離し、俺を見る。桜の真剣な眼差しがまっすぐに俺に向く。桜は少し哀しそうやった。


「勉強なら俺が教えたってもええ。そうせい」


 俺は意味もなく、足元の土を蹴飛ばした。桜から目を逸らす。見てられへんかった。桜の哀しそうな顔なんて、ほんま滅多に見いひんから。


「志望校、一緒なんやろ。俺と」


 俺の視界の端に、桜が目を見開くのが見えた。驚きが桜の表情に出よる。桜の口元が「なんで?」と動いた。


「なんで、知ってるの」


 あぁ、知っとたんやほんまは。桜が担任に、受かるわけないから変えろ、と言われたことも知っとった。そんでお前が、イヤだとひたすら言い続けとったことも知ってんねん。偶然、職員室でのケンカの声、聞いとったから。


 せやから桜が、大学合格のために必死になんのは嬉しかった。俺と一緒の大学に行きたいと桜が張り切るなら、そら俺かて全力で支援すんで。


 神様に祈ってでも受かりたい。受かってほしい。そう思ったんは俺も同じ。実力でも運でもこの際龍の力でもええ、受かったらええ。


 そしたらまた四年間、一緒にいられんで。


「ちゃんと頑張ったらできへんこと、ないやろ」


 桜はしばらく黙っていた。俯いたり、視線を彷徨わせたりしながら、何度も俺の顔を見た。


「そうだね、そうだったかもしれない」


 桜は言うた。ゆっくりと。


 それから桜は俺の腕をほどき、またゆっくりと土を掘る。スコップを握る桜の顔は、今にも泣き出しそうやった。


「桜、どないしたんや。おかしいやろ。なぁ頑張るとこ間違うてるて」

「違うよ」


 桜が目元をぬぐった。同時に顔に土色がつく。


「違うんだよ、友喜」


 そして、顔についた土を拭うように、桜の頬を一筋の涙が伝った。


 そん時やった。スコップの先と何や、金属らしきものがぶつかる音が響いたんは。


 桜はスコップを投げ捨てると、座りこみ、穴の中の土を両手でかきわけた。一心不乱、その必死さに俺は何もできへんかった。数秒後、桜が目を真ん丸にして手を止めよるまで。


「あった! 見て、友喜」


 真ん丸に目を開いて、桜は嬉しそうに穴から掘り出したものを俺に見せる。


 それはお菓子の空き缶やった。


 いや空いてない。中からこつりと音が聞こえる。その音にハッと我に返った俺は桜の隣に座り込んだ。同時に桜が缶を開ける。


 ――――あぁ、そうや。


「ほら、七つ」


 そこに入っとったんは七つのガチャポンやった。


「埋めたなぁ、こんなん」


 俺はガチャポンを一つ手にとって目を細めた。


 ガチャポンの中には、当時の俺が大切にしとった車型の消しゴムが入っとる。そうや、思い出した。これは俺と桜がちっさい頃に埋めた、タイムカプセルや。ガチャポンの中にそれぞれ大切な宝物と手紙を入れて、確かに埋めた。十年以上前のこと。


「よぉ、覚え取ったな」


 英単語は忘れるくせに。そう言うたら桜は笑う。


「忘れないよ。だって私、変わってないもの」


 桜がガチャポンの一つを開ける。そこに入っとった手紙を桜は俺に広げて見せた。


『ゆきとけっこんできますように』


 結婚て、おい。


「なんやお前、俺と結婚したいんかい」

「そうじゃなくて」


 ちゃうんかい。


 一瞬ときめいた自分に空しさを覚えながら、「じゃあなんや」と問えば、桜は手紙を見つめ、懐かしげに目を細めて言うた。


「友喜とずっと一緒に居たいなって、そういうこと」


 桜の静かな言葉に、俺の思考はぴたりと止まる。


「あの頃はね、結婚すればずっと一緒に居られるって、そう思ってたの」


 死が二人を分つまで、親戚の結婚式で聞いたその言葉の、意味だって全然わかんなかったけど。桜は言う。それでもその言葉に憧れた、と。


 そう言われた瞬間、俺の顔が熱くなっていくのがわかった。ときめいた。不覚にも。恥ずかしそうに目を伏せる桜に。


 暗くて助かった。きっと俺の顔は真っ赤やろうから。一気に音が激しくなった俺の心臓を押さえ、俺は拳を握りしめた。


 せやったら一緒におったらええ。それこそ死が二人を分つまで、一緒におったらええやんけ。


 言うなら今しかあらへん、俺はそう思うた。今までタイミング逃して言えへんかったこと。今言わんかったら、きっとずっと言えんくなる。


「桜」


 好きやと、そう言おうと思った。俺の頭にそれしかあらへんかった。


 ――せやから、全く気付かれへんかったんや。桜の目に涙がいっぱいたまっとったことに。


 気付いとったところで、まぁ、なんも変われへんかったけど。


「でももう一緒に居られない」


 突然、早口に言い切られた桜の言葉。ぴたり、俺の思考はまたもや止まった。呆然とした、と

いうべきか。俺はかつてないほど動揺した。


 あかん、頭の中が真っ白や。今、こいつは何と言った。


 ――『でももう一緒に居られない』?


 落ち着け。自分に言い聞かせて、俺は深く息を吸う。それから深く息を吐き出して、俺は桜に問うた。


「なんでや。そらお前の学力じゃ難しいで? でもな、今から必死に勉強すりゃ間に合うて。せやから」

「違うんだよ、友喜」

「なんやねん、さっきからちゃうちゃう言いよって。何がちゃうねん」

「あたし大学行かないの!」


 落ち着ききれず焦って苛立った俺の言葉を、桜は鋭く遮った。桜のこないな鋭い声を聞いたんは初めてやって、さすがに俺も口を噤む。桜はひざに両腕をのせて、そこに自分の顔を埋めた。自分の両腕を掴む桜の手は震えている。


「あたし、引っ越すんだ」


 顔をうずめたままのくぐもった声で桜は言うた。


 桜が言うたことをまとめるとこうなる。


 桜んとこのおっさんがこの度ど田舎に転勤になった――要するに左遷や――ちゅうことで、家族全員その転勤についてくことになったんやと。家族バラバラはあかん、が桜んとこの信条やからそれもしゃーないことなんやと。それ以上におっさんの下がった給料じゃ、桜の学費と一人暮らし資金は出せへん。


 せやから桜は残ることもできず、大学へ行くこともできず。


「あたしは田舎で就職するんだ」


 桜は不意に顔を上げ、ひときわ明るい声と笑顔で言うた。でも桜の手は震えとった。


「あたしは不幸じゃないよ、友喜」


 不意に、桜と目があった。俺は桜にそないな目を向けとったんやろか。思わず俺は視線を落とした。情けない、そう思いながら。


「ごめんなさいって」


 俺は桜から視線を逸らしきれず、けれど桜を見ることもできず。


「お父さんが言うの。今までなんの不自由もなく育ててくれたのに。でも言うの、ごめんなって」


 あたしは不幸なんかじゃない。桜はそう繰り返した。その後に小さな声で、けど、と付け足して。


「やっぱり一緒に居たいよ、友喜」


 桜の涙声。俺は強く拳を握りしめた。桜の泣き声が胸に痛い。俺はそう言うた桜の手元を見つめとった。


 桜は俺と一緒に居たいと言うた。でも一緒に居れへんと泣いた。桜が何の力もないガチャポンにまで縋った、たった一つの願いごと。このままやと叶われへん願いごと。


 けれど、じゃあ今の俺に何ができる。


『あの頃はね、結婚すればずっと一緒に居られるって、そう思ってたの』

「ほな結婚しよか」


 俺の言葉に桜は弾かれたように顔を上げた。桜が俺を見る。手の震えはぴたりと止まった。


 それからしばらく桜は俺を見つめたが、やがて息を吹き出し、口元を緩ませた。


「なにそれ」


 そう言うて、桜は笑った。俺も笑った。なんて白々しい笑いやと思うた。



 わかっとった。多分、桜も俺も。簡単に結婚しようと言えるほど、俺たちは子供でも大人でもない。


 ちっさい頃のちっさい約束、ボールの在り処も忘れとったこの俺に、なんの約束ができんねん。これほど信用のないプロポーズ、世界中どこ探したってあらへん。


 俺はかぶりを振って、桜の腕を引き寄せた。桜は俺の肩口にすっぽりとおさまる。そして首元に桜の息がかかるのを感じた。


「友喜、自分の無力さを嘆かないでね」


 桜の涙声が俺の耳元に響いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ