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01

 わかっとると思う時ほど、ほんに人はわかってへん。

 その事実を知りながら、人はそれでも思い込む。昨日も今日もあるもんは、明日もきっと同じやと。そんな保証、どこにもあらへんのに。




***


 つまらへん、とは確かに思うとったんや。

 俺はソファに浅く座ったまま、背もたれにもたれ、次々とチャンネルを変えていく。けれどどれもしょーもないもんばっかで、俺はため息まじりにテレビを切った。昼のテレビはおもろないし、机の上に放置の、水滴まみれのアイスティーは飲み飽きた。


 つまらへん。ため息まじりでそう呟くほど、俺は時間を余しとったんや確かに。


「つまらないなら友喜(ゆき)君」


 そこへふと、俺の名前を呼ぶ声。おかしい。俺のうちには今、俺しかおらんはずやった。けれど気づけば俺の真隣に、従姉の桜がおるやないか。


 こいつ、いつの間に。


 愕然とする俺を無視して桜は、それはにこやかに微笑んだ。


「七つのボールを探しに行こう」


 ――すまん、言うてる意味がわからへん。



 それはとある休日のこと。俺、瀬尾(せのお)友喜は夏が終わった今、部活もなく、のんびりとした日々を過ごしとる時やった。徐々に迫り来るセンター試験ゆえ、誰も遊びに付き合うてくれへん。指定校推薦で進路が決まっとった俺は、家でぼーっとその日の予定を考える毎日を送っとった。


 そんな俺に対し桜は一般受験組。必死こいて勉強せなあかん組や。それやのに自分、ここで何やってんねん。


「七つのボール集めようって言ってんの」


 呆れでなんも言えへん俺に繰り返す桜。なんやねん、七つのボールってなんやねん。


「なぁそれまさか、ドラゴン……」

「あぁー! 著作権!」


 なんでやねん。口語に著作権あらへん。


 ――まぁええ。そんなとこツッコんどったら埒あかん。これツッコんだら他もツッコまなあかんねん。


 例えば、頭の安全第一ヘルメットとか。桜の背中の馬鹿でかいリュックとか。対砂漠用軍服みたいなつなぎとか。極めつけはリュックから出てるでかい二つのスコップや。


 お前今からどこ行くねん。文明大国日本で、どんなサバイバルなこと起こるねん。


「一応聞いたるわ。七つのボール見つけてどないすんねん」

「龍を呼び出して、願いごとを叶えてもらうに決まってんでしょ」


 桜はぐっと親指をたてて。


「大学合格しますようにってさ!」


 絶句。


 さすがの俺もツッコむ言葉を失った。ありえへん。阿呆や阿呆やと思うとったが、まさかここまで阿呆やったとは。


「桜、俺がええこと教えたる」


 俺がにっこりと微笑みながらそう言えば、桜は身を乗り出して頷いた。


「ボールのありか?!」


 んなもん知るか。


「んなもんどーでもええからはよ勉強せいアホンダラ」


 正直、正論過ぎやと思う。


 しかしながら阿呆の子に正論は通じへん。桜は激怒すると、俺にチョップをくらわした。更に桜は俺を睨み「それで受かったらバカなんて存在しないのよ!」と魂の雄叫びを上げた。


「ボールのありかも知らないし! 友喜に期待したあたしがバカだった!」


 なんで俺がそんなこと知らなあかんねん。


 勝手に期待し裏切られた桜はそれから、一時間延々バカの存在意義を語り切り、そうして更に三十分後、俺が折れた。人語の通じへん人間を説得するのは無理、俺はその事実を悟ったんや。


「じゃあ探しに行くよ!」


 あぁ好きなだけ探したってくれ。元気一杯の桜の背後で、俺は深いため息をついた。




***


 初秋。夏の終わりとはいえ、まだ日射しは強い。俺は眩しさに目を細めつつ、桜を見た。


「神社へ行くよ、友喜」


 桜はうちの近所の神社を指し示す。


 うちの近所であり、桜の自宅近くである神社。そういや昔は、ようこの神社で遊んだもんやった。夏には蝉がよーさんおって虫取りには最適やったし、この辺りは一方通行の細い道やから車もほとんど通らへん。せやから遊びやすかってんや。


 神社は住宅に囲まれてそう広ない。せやけど、ちっさい頃はえらく広い場所に感じとった。いくつもある鳥居や神棚、そして幹の太い広葉樹。ちっさい俺らが隠れるには絶好の場所。格別神社の御神木は幹が太く、桜と二人並んでも、すっぽり隠れてまうほどや。


 御神木の廻りは俺と桜の秘密基地やった。基地作るで、と段ボールぺたぺたはっつけて、住職によぉ叱られたわ、そういえば。


「で、神社で何するん?」


 そう問えば桜は振り返り、めいっぱいの笑顔を浮かべてこう言うた。


「祈るの。七つのボールが見つかりますようにって」


 己の合格祈れ阿呆。


「あんなぁ、神さんに頼んだ所で結局どうにかすんのは人間やで? 己が道を開くんや」


 俺は言う。前を歩く桜はしばらく黙っとった。会話のテンポの良さだけが取り柄のはずの桜が黙ることは珍しい。


「桜?」

「友喜らしい意見だね」


 桜は大口をあけて笑う。それはいつもの桜やった。



 結局俺の意見は流され、神社でお参りは遂行された。つーか真剣に願いごとしすぎや。

 俺は桜の真剣な横顔を見ながら肩を落とす。こない真剣に勉強しよったら大学受かるわ。桜はどうも頑張りどころがずれてんねん。まぁ、それがほっとけんとこでもあるんやけど。


 ――――弱みやなぁ。なんて。


「じゃあ友喜くん」

「な、何やねん。急にしゃべんな阿呆」

「何慌ててんの?」

「なんもないわ阿呆」

「阿呆阿呆いいすぎじゃないの?」

「うっさいわ阿呆」

「なにそれ」


 納得いかないという顔をしながらも、諦めたように息をついた桜に、俺は胸をなで下ろした。

 惚れた弱みだなんて言葉、口が裂けても言われへん。


「で、友喜」

「なんや」

「あの木の下」


 桜は言いながら、神社の少し奥まった所にある広葉樹を指差した。俺らがお参りした一番でかい神棚の左奥にあるそれは、例の御神木やった。相変わらず御神木は大きく枝を広げ、この神社の主として堂々と立っとるようやった。


 桜は杉の木を指し示したまま、空いた手で俺にスコップを一つ差し出す。お砂場用やない、土木用レベルのでかいやつや。自分もスコップを握りしめ、桜はにこりと元気よく笑う。


「掘るよ、友喜」


 なんでやねん。


「まさかお前あそこにボールがあるとでも」

「あるのよ、あそこに」


 桜は人差し指で自分の頭を指した。お前、いつレーダー機能つけたんや。


「いやや。罰当たるわそんなん」

「大丈夫」

「大丈夫ちゃうやろ、御神木やで? どっからくんねん、その自信」

「だって今大丈夫でしょ?」

「は?」

「だから大丈夫!」


 意味わからへん。なんやねんその主張。そら今は元気や、ぴんぴんしとる。それが一体なんやっちゅーねん。


 首を傾げる俺。そんな俺の背中をせかすように押す桜。今日のこいつはどうもおかしい。いやいやいつもおかしいねんけどなんかちゃうねん。


 けれど問いかけたところで答えはこうへん。そないな気がした。


「まぁええわ、掘ったる」


 俺は覚悟を決めて、スコップを杉の木の下につきたてた。案外堅い。


「おぉ! やる気だね、友喜」


 しゃーないやん。これでお前が勉強する気になるんなら。


 俺はスコップの柄にもたれかかって息をついた。鼻歌まじりにスコップをつきたて、掘ろうとしたものの案外土が堅くて掘れず、悔しげに顔を歪めながらスコップと格闘しよる桜。がに股で顔を真っ赤にしよって、気張る姿は可愛さの欠片もあらへん。せやのにこんな女に振り回される俺。


「あ、友喜! 掘れた! 掘れたよ!」

「あぁそうかよかったな」


 俺は投げやりに言うた。それでも嬉しそうな桜を見て思わず微笑んでもうたんは、やはり弱みのせいなんやろ。


 こいつ、人の気もしらんと。そう思うて、俺はため息をついた。



 せやけど後に思う。ほんまに人の気も知らんかったのは、俺やったと。



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