1,プロローグ
(嫌だ……怖いよぉお腹すいたよぉ)
夢だ。これは私の幼い頃の夢。
私は真っ暗闇の中、監禁され放置されていた。服はボロボロ、おまけに空腹でろくに眠ることが出来なかった。ここ5日ぐらい何も食べてない。
今までも3日に1回、水1杯とパンだけだったり色々あったけど最低限、生きるために必要な食料は運ばれていた。だからこんなに放置され続けたのは初めてだ。あの人たちを親と言うのもおかしいけど、いったいあの親たちは何してるのだろう。
(死ぬかもしれないなぁ)
そう思った。でもこんな最悪の環境でずっと生き続けるより、死んだ方がマシだろう。この苦しみから開放されるのだから。
そう思うと死ぬのがなんだか魅力的に思えてくるのが不思議だ。もう体は重くなって一つ一つの動作がしんどい。まぶたも開けるのさえ億劫になってきた。
(もうすぐ死ねるのかな)
そう思い、こちらに手を伸ばしてくる死に身を委ねようとしたその時だった。突然目の前にまばゆい光が溢れた。
それは2ヶ月ぶりに見る太陽の光。ひさしぶりの暖かい太陽の光に思わず手をのばす。
(あったかい……)
するとその太陽の光を遮るように人が現れた。だれだろう。完全に逆光になっていてぜんぜん顔が見えない。
「あなたは……だあ、れ……?」
すると夢の人物はそれには答えず、無言で私を毛布に包んだ。昨日の雨や極度の飢餓状態だった私の体は夏にも関わらず冷え切っていた。
抱き上げられた私は初めて触れる人の温もりに触れて戸惑った。でも極度の疲労困憊に陥っていた私はすぐに深い深い眠りに落ちた。
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目が覚めた。またいつもの夢を見た。
この夢は夏になると必ず毎日見てしまうから困りものだ。まだ幼い頃のトラウマが拭いきれてないのかな。
(こんな歳になったのに・・・)
そう思って思わず苦笑してしまう。
さっき見た夢は私が幼い頃の夢。本当にあったことだ。
ちなみに意識を失ったあと私は一か月近くも眠っていたらしい。その間、この村につれてこられて今の両親に世話をしてもらっていた。だからあの場所から救ってくれたのは両親だと思っていたがどうやら違うらしい。ある日玄関をあけたら毛布にくるまれた私が放置されていたとゆうのだ。
つまり、私を地獄の日々から救ってくれたあの人物は謎のまま。
ある日、いきなり玄関に置き去りにされていたどこの誰かも知らないボロボロの幼い子をよくここまで育ててくれたものだ。
なぜ幼い頃あんな目にあっていたかは、簡単に言うと親の虐待だ。親の顔はもうぼんやりとしか思い出せない。一応、ある時期まではちゃんと綺麗な服を着て豪華なご飯を食べて文字の勉強をしていた。でも、両親はいっさいと言っていいほど私と必要最低限しか関わらなかった。そうゆう両親だったが、きちんと育てられていたはずなのに...。ある日突然、監禁されてしまったのだ。それからはずっと放置。
夏以外はどこか遠くに行っているが、夏になるとここに帰ってきて私を監禁する。屋敷は使用人しかいなく、基本部外者は立入禁止だ。いくら私がここの屋敷の子供だと訴えたところで、こんなみすぼらしい服装では信じてもらえないだろう。だから親達がどこかに行っている間、私は村の浮浪児として食料確保のために走り回っていた。夏以外は監禁されず自由だったので案外気楽にすごしていた。もちろん邪険にされることもあったけど。
何故かは知らないが、どうやら親は私が自分たちの子供とゆうことを知られたくなかったようだった。多分子どもがいると言うことでさえ公表していないのだろう。
自分の覚えている記憶からするにお金持ちなようだったから私一人くらい養うお金はあっただろう。何がいけなかったのだろうか。
まあ私はこんな環境で育ったから、最初に今の村で目覚めた時はだいぶ困惑した。
なぜかってあまりにもみんなが優しすぎるからだ。両親はどちらかは必ずそばにいてくれたし、村中の色んな人がどこの馬の骨かもわからないような子のためにお見舞いがてら毎日遊びに来るのだ。
村中の人が毎日私の所に来るのだからすっかり回復して元気に歩けるようになったころには、今までまともにコミュニケーションを取ったことがなかった私がちゃんと相手の目を見て笑顔で話を聞けるようになるまでに成長していた。
そして今は優しい両親に愛され、友達もたくさん出来て幸せに暮らしている。もう二度とあんな思いはしたくない。誰にも知られず誰にも愛されないほど苦しいことは無いのだ。私は私なりの生き方でこの人生を幸せに生きていこうと思う。
私の人生は自分で切り開いてみせる。
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始めてしまったーーーー!!
わたしの想像の世界ですがぜひ楽しんで読んでください。