#9 アナスタシア誕生の秘密
「なに……その、アナスタシアが生まれたきっかけって!?」
私はクラウディアに尋ねる。彼女は目を閉じ、そしてゆっくりと語り出す。
「……あれは、10歳の時でした。ちょうどその時、ポールトゥギス王国はこの先にある隣国の王国を攻め、打ち滅ぼした時でした。」
彼女が語り出す、アナスタシアの誕生の秘密。だが、いきなり戦争の話になる。
「ああ、そういえば近年、この王国は出征を繰り返しているって言ってたけど。」
「ちょうど新しい国王陛下が即位された直後で、新しい陛下は即位すると同時に、王国拡大を宣言されたのです。そして手始めとして、最も小さな隣国に難癖をつけて、戦さを仕掛けたのです。」
「そ、そうなんだ。でもそれが『アナスタシア』とどういう関係が?」
「この場所は、その滅ぼされた隣国の王族が集められた場所。全部で50人を超える数の隣国の王族が、この野ざらしの場所に集められた。そこには、私とお父様もいたのです。」
「……えっ!?クラウディアもいたの?」
「私は馬車の中でした。たまたまお父様と一緒に馬車にて所用で出かけていたところを、陛下から呼び出しを受けて、私ごとここにやってきたのです。」
「そうなの。でも一体、ここで何があったんだ?」
そう聞くと、すっかり黙り込んでしまったクラウディア。まずいな、よく考えたら、二重人格になるほどのきっかけの話だ。相当辛い話に違いない。もしかして、聞いちゃいけないことだったのか。
「ああ、いや、それ以上は無理には聞かない。この場も離れよう。」
「……いえ、一度話さなければならないと思っていたことです。まさにこの場に降りたのも、何かの縁でしょう。お話しいたします。」
「あ、ああ……」
「この平原のあの端のあたりに馬車を止めて、お父様が降りたのです。その時、お父様は私に言いました。馬車の中から、決して外に出るな、外を見るな、と。」
「……だけど、見てしまったと。そういうことなのか?」
「はい……そうです。」
今でも好奇心旺盛なクラウディアだ。ましてや10ということは、なんでも知りたがる年頃。見るなというのは無理な話だろう。
それにここまで聞いて、ここで何が行われたのか、私にはだいたい察しがついた。
「馬車の窓はカーテンで閉ざされていました。が、その隙間から私は、見てしまったのです……それはとても、おぞましい光景でした。」
集められた王族は、彼女の父親であるオルレアンス公の指揮の元、次々に首を斬られていったそうだ。
負けた国の支配者は、根絶やしにされる。この文化レベルの星では、よく聞く話だ。我々の星でも、昔はそういうことが当然のように行われていたと聞く。人の歴史の、闇の部分だ。
それが行われたのは、ちょうどこの哨戒機の降りた辺り。女子供も容赦なくその場で首を斬られる様を、わずか10歳のクラウディアは目の当たりにしてしまったのだ。
その後、この場で彼らは焼かれ、その骨はこの辺りに埋められたのだという。
だが、そんな光景を覗き見てしまったことを父親にバレたらまずい。そう思った彼女は、指揮を終えた父親が戻るや、何事もなかったかのように振る舞ったらしい。
「……その光景を見た辺りからなんです。不意に『アナスタシア』が現れるようになったのは。」
なるほど、そうか。やはり二重人格となるべくショッキングな出来事があったのか。それは50人を超える、隣国の王族の処刑を目の当たりにしたことだったのだ。
そして、その日を境に、彼女の中で「アナスタシア」が姿を現す。
どうやら最初から魔術を使えたらしい。そして、魔術を使うと元に戻るということもすぐに分かる。
最初の方は、魔術も大したものではなかったらしい。部屋の中で放っても、紙が一枚焼ける程度。ところがどんどん威力が増していき、しまいには我々の持つ携行銃並みの威力まで上がってしまったのだという。
「あらゆる医者、あらゆる薬、あらゆる呪いを試しましたが、アナスタシアは私の中に残り続けたんです。それは、この平原での出来事が原因だったのです。」
「そ、そうだったんだ……」
「もし私に力があったら、あの王族達を救えたかもしれない、童話にある魔女アナスタシアだったら、きっと彼らを救い出しただろう。そう考えたがために、私の中に『アナスタシア』が生じてしまったのだと思ってます。」
手を震わせて話すクラウディア。よほどその時の出来事がショックだったようだ。
そりゃあそうだろう。私は軍人だが、目の前で人が死んだところを見たことがない。艦隊戦ですら未経験だ。
ましてや10歳の貴族令嬢が、そんな修羅場のそばに連れてこられて、しかもその凄惨な光景を見てしまったのだ。今思い出しても、怖くて仕方ないのだろう。
そういう場所は、この周辺の至る所にあるそうだ。この10年余りの間に、いくつもの国を滅ぼしたポールトゥギス王国。その度に滅ぼした王国の王族を集めて、命を奪っていった。
私がクラウディア、いやアナスタシアと出会った「死出の国の入り口」というところも、ある国の王族が殺された場所だ。そこには200人近い人々が連れてこられ、処刑されたという。だからそこは「死出の国の入り口」と呼ばれるようになったそうだ。
と、ここまで聞いたところで、私は思わずクラウディアを抱きしめた。
「クラウディア!辛いことを忘れろとは言わない!だが、気にするな!もうこの先はそういう悲劇は起こらない!我々の出現で、少なくともこの地上からそんな残酷な争い事はなくなる、そのために今、我々は動いているんだ!」
そう励ましながら、クラウディアを抱き寄せる私。すぐ隣にゲアト少尉がいるが、もう構ってなどいられない。
だが、クラウディアはまだ震えている。いや、手どころか、全身が震えだした。
あれ?なんだか変だぞ?この感触、もしや……
「ふえぇぇ……た、頼むから、離れてくれぇ……」
ああ、しまった。クラウディアに抱きついたら、その衝動でアナスタシアが現れてしまった。
「なんだ、お前か……」
「しょ、しょうがねえだろ!いきなり抱きついてきやがって、そりゃあクラウディアだって動揺するぞ!」
「ああ、済まなかった……でも、今の話を聞いて、お前がどうして現れたのかが分かった。で、どうなんだ?」
「どうって、なにがだよ。」
「お前、その時からずっとクラウディアと一緒にいるんだろう。お前自身はどんな気持ちでいたのかなあって、思ってな。」
「ちっ!おめえ、俺に対しては本当に遠慮ってもんがねえなぁ。か弱い女に向かってそんなこと普通、聞くかよ!」
気が強くて、魔術も使えるアナスタシア、どこがか弱い女だ。
「いや、ここまで聞いたら、アナスタシアにも聞いとかないとな。」
「ま、まあ、聞いての通りだ。クラウディア、そしてオルレアンス家は、俺を、『アナスタシア』を消そうとしたんだよ。」
「うん、そりゃそうだろうな。」
「……なんだよ、本人を前にして、そこは納得しちまうのかよ。」
「暴虐無人な性格、しかも魔術を放つ危険な存在。そりゃあ合理的に考えれば、治したくなるのは当たり前だろう。」
「はぁ〜……まあ、俺自身もそう思っていたからな。自分は、消えるべきだって。」
「というわりには、しぶとく残ってるじゃないか。」
「うるさいなぁ!好きで残ってるんじゃねえよ!俺にだってどうしようもねえんだ、だからイライラするんじゃねえか!」
まあ、アナスタシアには罪はない。クラウディアの一生物の心の傷が生み出した者。いわば、生まれるべくして生まれた存在ではない。
「まあ、そうイライラするな。私はお前のこと、好きだからさ。」
「ひえぇぇぇ……だ、だから、抱きつくなって……そこで別の男も、見ているだろう……」
ゲアト少尉もいるが、少尉も呆れ顔で黙ってこっちを見ているだけだ。あれだけ深刻な話をした後にしては、バカップルぶりを見せつけられて、内心呆れていることだろう。
「で、レオン、どうするんだ?ちょうどいい平原のど真ん中だし、ここで俺は魔術を使って、元に戻ろうか?」
「いや、しばらくこのままにしておこう。」
「なんでだよ!」
「クラウディアとしてここにいる方が、何かと辛いだろう。場所を移動してから戻した方がいい。」
「まあ、そうだな。おめえのいう通りだ。」
「じゃあ、哨戒機を移動させる。」
私は機関を始動し、哨戒機を飛ばす。高度1000メートルまで上昇して、手頃な場所を探す。
その間、なぜかゲアト少尉とアナスタシアが盛り上がる。
「へえ、赤い服を買ってもらったんだ!」
「そうなんだよ!今着てねえのが残念だけどよ。まあ、艦内で赤い服を着てる時は、俺だって思ってくれ!」
「ちょっと見てみたいなあ。おい、レオン少尉、一旦艦内に戻らねえか?」
「そんなことできるわけないでしょう!我々の任務は、交渉官達を送り迎えすること。それを終わらせずに戻ることなんてできないでしょう!」
「けっ!硬いこと言うなよ。お前、よくそんな頑固な性格で、アナスタシアちゃんやクラウディアちゃんの心を射止めたな。」
「だろ?でもさ、こういうところがまたいいんだよ。自分の責務に忠実。ま、そういうのは俺よりかクラウディアの方が、そういうのは好きなようだけどな。」
「じゃあ、アナスタシアちゃんとしては、どうなの?どこら辺が気に入ったの?」
「ど、どうでもいいじゃねえか、そんなこと!抱きつかれたら気持ち良すぎて震えちまうとか、本音でしゃべってくれることとか、そういうんじゃねえから!」
「なんだ、お前、レオン少尉に抱きつかれたら震えてるけど、あれは気持ちがいいからなのか……それってちょっと、エロい話だな。」
「ち、ちげえって言ってんだろ!」
なんだか盛り上がってるなぁ。さっさと着陸して、私も話の輪に参加したい。
王都に行ったのは昼過ぎだったが、そろそろ夕方になってきた。なかなかいい場所がなくて、ようやく着陸出来そうな場所を見つけて降りた時は、もう暗くなり始めていた。
「なあ、ここなら変な思い出とかないか?」
「ああ、ないとは言えないが、あるとも言えねえ。」
一応、着陸場所をアナスタシアに確認する。が、微妙な回答をするアナスタシア。
「なんだそれ、どういうことだ?」
「いやあ、この辺りはな……オルレアンス家の領地なんだよ……」
ああ、そりゃあ微妙な場所だな。だがもう飛んでる時間はない。そろそろ交渉官達から連絡が来そうだ。この辺りでクラウディアに戻ってもらうしかない。
「どうする?ここで魔術使うか?」
「うーん、どうしような……」
「私は、別にこのままでもいいがな。せっかくアナスタシアになったわけだし。」
「そうだな、俺もその方がいいと思うぜ!」
「……ゲアト少尉はちょっと黙ってて下さいよ。で、アナスタシアよ、どうする?」
「いや、このままってわけにはいかねえからな。俺、ここでクラウディアに戻るわ。」
ということで、ハッチを開けて外に出る。
私も一緒に外に出る。アナスタシアは、魔術を放つと一瞬気絶する。その時は支えてやらないといけない。
ところがだ。外に出た途端、我々は異変に気付く。
なにやら、向こうの方からガチャガチャと音がする。妙だな。ここは当然だが、道ではない。こんなところを通る人など、あろうはずがない。
だが、明らかに何かが近づいている。しかも、一つ二つではない。かなりの数だ。
「な、なんだ!?何かきてるぞ!?なんだ!?」
「分からん。アナスタシア、私から離れるな!」
だんだんと姿が見えてくる。それは、甲冑を身につけた兵士だった。ざっと見て、2、30人はいる。後続もいるようだ。
なぜ、こんなところに兵士が?この方角の先は王都だ。まさか、王国に攻め入る軍勢にであったのか?
「ゲアト少尉!」
私は、ゲアト少尉に向かって叫ぶ。ゲアト少尉は状況を察して、無線で駆逐艦に連絡を入れている。
兵士達は、我々を見て立ち止まる。やはりこいつら、王国を攻める軍勢か?こちらに向かって、一斉に剣を向けてくる。
だが、それを見たアナスタシアが意外なことを言う。
「おい……こいつら、王国軍だぞ……」
「な、なんだって?」
「ここにいるのは、オルレアンス家の騎士達だぞ……なんでこんなところに、しかもこんな日暮れの後に、どうしてこいつらここにいるんだ!?」
不意に現れたオルレアンス家の騎士団達。こいつらは、何のために甲冑姿で王都の方に向かっているのか?
で、私はここで、思わぬ人物に出会うことになる。