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#8 王国へ

 目覚ましが、けたたましく鳴り出す。こいつのおかげで、朝が来たことが分かる。

 さらにこの日の朝も、隣で寝ているやつがいる。

 昨日と同じ姿ながら、中身がまったく異なる人物、クラウディアだ。

 結局、そのまま寝てしまったため、お互い一糸まとわぬ姿でベッドの上にいる。

 が、目覚ましの音を聞いて、クラウディアは目を覚ます。


「ううーん……」


 目が覚めたら私が目の前にいて、いきなり驚いてアナスタシアになったりしないだろうな。心配していたが、目を開いた彼女は私の顔を見るなり、余裕顔で微笑む。


「おはようございます、レオンさん!」

「あ、ああ、おはよう、クラウディア。」


 ところで、クラウディアは私がいくら抱きつこうが、動きが止まることはない。それどころか、昨晩はむしろこっちが攻められていた。

 まったく……クラウディアって、こんなに強引な女だったのか?こいつ、昨日は上からのしかかってきたぞ。油断も隙もあったもんじゃない。

 それにしても、目を覚ますや早速昨日買ったばかりのスマホで音楽アプリを立ち上げて、曲に合わせて鼻歌を歌っている。アナスタシアと比べると、ずいぶんと余裕な態度だな。


「あのさ、クラウディア。」

「なんですか?」

「音楽を聴くのもいいけどさ……先に、パジャマ着たら?」

「えーっ!?結構、この格好、心地よくて気に入っているんですけどね。」


 とまあ、特に気にすることなく、あられもない姿のまま音楽を聴いている。彼女を覆うのは、たった一枚の毛布のみ。そんなギリギリの姿のまま、音楽を聴くクラウディア。

 はぁ……なんてことだ。意外にも、アナスタシアの方が恥じらいがあったな。こっちは御構い無しだ。


「ええと、クラウディア。そろそろ、朝食に行きませんか?」

「はい、行きましょうか。」

「なので、その前に一度、部屋に戻らないと……」

「何を言ってるんです?着替えはちゃんと持ってきてますよ。」

「えっ!?そうなの!?」

「ほら、昨日買ってもらった、あの青い服。ちゃんと枕と一緒に昨晩、持ってきたんですよ。」


 そういえば横にある机の上に、下着と服が置かれていた。


「私は、アナスタシアのように馬鹿じゃありませんからね。ちゃーんと用意してましたよ。」

「ああ、そうなんだ……」


 同じ過ちは犯さない。さすがはクラウディアだ。


「さてと、じゃあ、着替えましょうか。」


 急に毛布を払いのけ、立ち上がるクラウディア。


「く、クラウディア!ちょっとその姿を晒すなんて……もうちょっと隠してよ!」

「何を動揺しているんです?あなただって、もう2晩続けてこの姿をご覧になっているんですから、今さら気にすることないでしょう。」

「い、いや、そうだけどさ。でも……」

「うふふ……レオンさんって、案外可愛いですね。」


 そういいながら、私に顔を近づけてきた。彼女の年齢は私と同じ23歳だというが、クラウディアの時は大人びて見える。当然、その顔より下についているものも……小ぶりながら、大人びたものが見える。

 それにしてもなんだか、さっきからクラウディアのペースだな。アナスタシアとは大違いだ。私の前でさっさと服を着始めるクラウディア。

 私も、そそくさとベッドから降り、遠慮がちに軍服に着替え始める。ちょうど着替え終わった時に、艦内放送が入る。


「達する。艦長のラーテンだ。まもなく、地球(アース)864への大気圏突入を行う。1時間後には、ポールトゥギス王国の王都上空に達する予定である。各員、留意されたし。以上。」


 いよいよ大気圏突入か。それを聞いて、クラウディアが少し不安げな表情をする。


「大気圏突入って、あの、離脱の時のようにけたたましい音が鳴り響くんですか?」


 そうか、そういえば前回は大気圏離脱時のけたたましい機関音に驚いて、彼女はアナスタシアになってしまったんだった。


「いや、突入時はあんな音はしないよ。いつ突入したかわからないうちに終わっちゃうほどだから、大丈夫だ。」


 それを聞いて安心するクラウディア。せっかく表の顔に戻ったのだから、しばらくはそのままでいたいようだ。


「……だけどさ、私はあなたがアナスタシアになったって、別に構わないけどな。」

「いや、私が困るんです!しばらくはクラウディアのままでいたいのです!」


 口では嫉妬しないって言ってたけど、やっぱり気にはしてるようだ。そういえばこれまでも、クラウディアと過ごした時間は長いようで短い。

 クラウディアでいる時は、広報官や交渉官への情報提供という仕事をしていたからな。これまでも食事の時と、休憩時間くらいしか付き合っていない。しかも、本音でがっつり話したことなんて、昨日が初めてだ。

 そう考えると案外、アナスタシアといる時の密度は高かったかもしれないな。アナスタシアを通じてしか私は本音をさらけ出すことができず、彼女もアナスタシアを通じてしか本音を出せなかった。


 で、朝食を食べるため、ドアを開けて通路に出る。

 そこでまた、セレーナ少尉にばったりと出会う。


「……おはようございます。レオン少尉に、クラウディアさん。」

「ああ、おはよう。」

「おはようございます、セレーナさん。」


 挨拶はするが、セレーナ少尉の目線はとても冷たい。


「やれやれ、昨晩はクラウディアさんを連れ込んだのですか。まったく、あなたというお方は……あいかわらず、ケダモノですねぇ。」

「いいえ、セレーナさん。それは違いますよ。」


 おお、こういうちゃんと返そうとするあたり、アナスタシアとは大違いだ。さすがは元公爵令嬢、上手くかわしてくれよ、クラウディア。

 だが、クラウディアは薄っすらと笑みを浮かべて、こう応える。


「『ケダモノ』は私の方ですから、お間違えのないように。」

「えっ!?あ、はい……」


 ええ〜っ?こっちも全然言い訳しないよ。それどころか、自分から押しかけたと宣言しているようなものだ。

 そのまま3人で食堂へと向かう。セレーナ少尉が私に、耳打ちしてくる。


「……ちょっと、クラウディアさん、なんだかいつもと違わない?」

「……ああ、昨日戻った時から、こんな感じなんだ。」

「あんたさ、何かやらかしたの?」

「さあ……だが、なんとなくだが、アナスタシアの変化に合わせて、バランスを取ってきたというか、そういう感じかな?」

「何よそれ?アナスタシアさんがおとなしくなった分、こっちが激しくなったっていうの!?」

「まあ、そんな感じだ。」


 セレーナ少尉とコソコソ話してると、今度はクラウディアから冷たい視線が飛んでくる。


「私に隠れて、何をコソコソと話していらっしゃるんですか!?」


 にこやかな顔とは裏腹に、冷たい視線で睨みつけるクラウディア。セレーナ少尉は、その声と視線で震え上がる。


「なにこれ……アナスタシアさんより怖い……」


 今のクラウディアの目は、まさに獲物を見つけた猛獣のようだ。睨みつけられたセレーナ少尉は、ひどくおびえている。


 さて、そんなやりとりの中、朝食を済ませる。その後、同乗する交渉官殿と打ち合わせすることになっている。

 大気圏突入早々に、我が艦に乗り込んだ交渉官殿はポールトゥギス王国との3度目の交渉に向かうことになっている。王都オービドスへは、私の哨戒機で向かうことになっていた。

 乗り込むのは、私と交渉官に広報官、そしてバックアップとしてゲアト少尉も乗り込む。

 そして、クラウディアも同乗することになった。

 あくまでも、彼女は王都上空から建物を案内してもらうために乗り込むだけだ。一応、王国の公爵家を追放された身のため、降りるわけにはいかない。

 王都に降りて交渉官達を待つ間に、王都近くの平原あたりで休憩しつつ待つ。クラウディアをたまには地上へ下ろした方が、息抜きになるだろうという艦長の心遣いだ。


「1番機より駆逐艦1521号艦!発進準備完了!離陸許可を!」

「1521号艦より1番機!離陸許可、了承!ハッチ開く!」


 ウィーンという音とともに、ハッチが開く。と同時に、ロボットアームが伸びてくる。

 さすがにクラウディアもこのロボットアームには驚かなくなった。アームは哨戒機を掴み、ハッチの外に哨戒機を突き出す。


「1番機、発進する!」


 私は手元のレバーを引く。すると、アームが開き、哨戒機は空中に放り出される。そのままスロットルレバーを引き、前進する哨戒機。


 交渉官を降ろす場所は、王都の中心部にある広場の真っ只中。すでに2回目の交渉から、別の哨戒機がここを行き来している。今回もこの場所を指定されたらしい。

 今回、我々の哨戒機が王都に直接降りるのは2度目となる。このため、まだ周りの住人にとってこの空飛ぶ乗り物に免疫がない。上空に哨戒機が現れると、気づいた住人達が空を指差し、騒ぎ始めているのが見える。


「……王宮の横にあるのは、ギマランス公のお屋敷で、その隣がバルセロナ公、そしてその隣が……オルレアンス公の屋敷……です。」


 元オルレアンス公爵家の令嬢は、その屋敷の中をじーっと見つめている。

 確かに広い屋敷だ。あの中庭なら、アナスタシアが魔術を放っても大丈夫そうだ。実際、中庭の端の木のあたり真っ黒になっており、何度も魔術を放ったであろう痕がここからでも分かる。

 その貴族街を抜けて、この大きな城塞都市の真ん中にある広場へと向かう。

 哨戒機は、ホバリングに入る。下には人はいない。着陸地点には20人ほどの衛兵が囲んで、住人が近づくのを拒んでいる。その衛兵の囲む領域のど真ん中に、哨戒機を着陸させる。


「では、帰り際になったら無線で連絡する!」

「了解しました!お待ちしてます!」


 ハッチを開けて降りる交渉官のお供をする広報官が、ハッチを出る際に私に叫ぶ。私も応える。

 ハッチは閉じられ、再び上昇する哨戒機。キィーンという音とともに、上空100メートルほどまで上昇した。


「さてと、この王都の周辺にでも降りて、待ちますか。」

「賛成だ、俺も長らく地上には降りてねえからな。」


 バックアップのゲアト少尉が言う。交渉官らがいなくなったため、のびのびと後ろの席でのさばっている。


「言っておきますが、あなたの相手はするつもりはありませんからね。」


 クラウディアがゲアト少尉に釘を刺す。


「あはは……だ、大丈夫だよ。もう2人の仲が進んでるって話は、艦内では有名だしさ。」


 それを聞いて、私はゲアト少尉に尋ねる。


「はぁ?なんだって艦内の連中が、私とクラウディアのことを知ってるんですか?」

「と言われてもなあ、もうほとんどの乗員が知ってるぞ。お前の部屋から2日続けて『アナスタシア』さんと『クラウディア』さんが出てきたってことは、もうすっかり噂になってる。」

「いや、なぜ今朝のことまでもう噂になってるんですか!?」

「そりゃあおまえ、セレーナ少尉が言いふらしていたからな。俺も、セレーナ少尉から聞いた。」


 ああ、なんてこった。セレーナ少尉め、なんだっていちいちそんなことを言いふらすんだ。


「で、セレーナ少尉から釘を刺された。クラウディアさんには手を出すな、ってね。だからこうやって男性士官中心に、お前らのことを言いふらしているんだって言ってたぞ。」


 ゲアト少尉は、私の2年先輩にあたる砲撃科所属の士官。セレーナ少尉は私と同期で、同じ日にこの艦に配属された。

 その時、ゲアト少尉が早速セレーナ少尉に誘いをかける。それがあまりにしつこかったので、セレーナ少尉は男嫌いになった……とは、セレーナ本人の談だ。

 まあ、同期のよしみで私には多少そんな話をしてくれるが、基本的にセレーナ少尉は男性士官とは無駄話をしない。仕事以外の話をしようとしても、無視する。

 彼女がそうなった原因の人物と共に、クラウディアとこの哨戒機内で過ごさなければならない。そんなゲアト少尉に釘を刺さねばと思ったのだろう。

 しかし、セレーナ少尉にしては珍しいな。そんな話をわざわざばらまくのに尽力するなんて。しかも、男性士官相手にそんな話をするとは。

 そういえばさっき、クラウディアの目を見て怖がっていたからな。これはやばいと思ったのだろう。それで大急ぎで私とクラウディアのことを広めて、男性士官にクラウディアへの手出しをさせまいと考えてのことだろうな。

 彼女なりの気遣い。だが、いい迷惑だ。これじゃあ、艦内に戻りづらいじゃないか。

 しかしクラウディアはその話を聞いてご機嫌だ。


「そうですか。ならば、私とレオンさんのことはみなさん認めていただいたと言うことで、よろしいのですね?」

「は、はい!よろしいです!私ももう、手出しいたしませんから!」


 操縦に専念しててよく見えないが、おそらくクラウディアはさっきセレーナ少尉にして見せたように、睨みつけているのだろう。ゲアト少尉の口調から、その様子がひしひしと伝わる。

 さて、そんなクラウディアを地上に下ろすため、私は着陸場所を探す。

 王都にあまり近いのもなんだしなぁ……かといって、林の中では先日のことを思い出しかねない。

 王都周辺に広がる田園地帯を超えて少し飛んだところに、ほどよい草っ原があった。広い平原で、周りに木々が少ない場所。あそこなら、獣などの出没も少なく安全そうだ。

 そう思った私は、その広い平原のど真ん中あたりに着陸をする。


「さ、着いたよ。ここらで一旦休憩ということで……」


 私はクラウディアに話しかける。が、クラウディアの顔が暗い。

 ゲアト少尉も察したようだ。なんというか、いつになく真剣な面持ちで外をじーっと見つめたまま、動かない。


「ど、どうしたの、クラウディア!?」


 私が話しかけると、クラウディアはゆっくりと応える。


「……この平原なんです。」

「は?」

「この平原で起きた出来事が、原因なんです。」

「なんのこと?」

「私の中に『アナスタシア』が生まれた原因は、まさにこの平原での出来事が原因なのです!」


 不意に語られ始めたのは、「アナスタシア」という人格が生じるきっかけの話であった。

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