#7 クラウディアの変化
「それじゃ、派手にぶっ放してやるからな!よーく見てろよ!」
射撃演習場に着き、早速魔術を披露することになったアナスタシア。
周囲には、いくつかの計測器が並ぶ。アナスタシアの放つ「魔術」の正体を暴くためだ。
どう見ても高エネルギービームだが、生身の人間がビームを放つなど、通常は考えられない。
だが、それなりの破壊力を持つことは分かっている。艦長を始め、魔術を目撃した者も多い。だから、この機会に徹底的に調べようということになった。
右手を前に突き出すアナスタシア。手の先に、青白い光の玉ができる。どんどん大きくなる。そして、100メートル先にある標的に向かって放たれる。
ガガーンという凄まじい音とともに放たれたビームは、標的を貫き大爆発を起こす。爆風が、ここまで届く。周囲に設置された計測器のいくつかが、その爆風によって飛ばされるのが見える。アナスタシアめ、派手にやったな。
「へ、へへ……どうだ……」
アナスタシアはそう言うと、その場で倒れる。私は彼女を受け止める。
一瞬、意識を失うが、すぐに目覚める。
「あ、レオンさん……」
ああ、まさしくクラウディアに戻った。この瞬間、「アナスタシア」は消えてしまった。
「大丈夫?クラウディア。」
「ええ、大丈夫です。」
私は、クラウディアを下ろす。立ち上がるクラウディア。
「いやあ……すごいよ、これ。」
アナスタシアの放った魔術を分析していた技術武官がうなる。そこには、先ほどアナスタシアが放ったビームを放った瞬間の映像が映っていた。
「どうなんです?」
「うーん、分析が必要だから、解明にはもうちょっと時間がかかるよ。いずれ、貴官のいる駆逐艦に分析結果を送ろう。」
「はい、お願いします。」
そう話すと、私とクラウディアは演習場を後にする。
あと6時間とちょっと。帰還する時間を除くと、あと5時間あまり。ここからは、クラウディアとの「デート」だ。
「あの……なんだか、浮かない顔をしてますね。」
クラウディアが私に言う。
「そ、そんなことないですよ!やっとクラウディアに戻ったんだし。さ、どこへ行きましょうか?」
だが、クラウディアの顔は暗い。というか、なんだかちょっと不機嫌だ。
「ど、どうしたんです?」
「……好きなんだ。」
「は?」
「やっぱりレオンさん、私よりもアナスタシアの方が好きなんでしょう!」
「は?いや、そんなことは……」
「クラウディアに戻った途端、あなた喋り口調が敬語になってますよ!それって、私に遠慮している証拠じゃないですか!?」
「まあ、そうですけど……いや、でもクラウディアには、どうしてもこういう喋り方になっちゃうんですって。」
とは言ったものの、相変わらず機嫌が戻らない。私自身、これまで通りの接し方をしているだけだが……一体、どうしたと言うのか?
まさかとは思うが……もしや、アナスタシアに嫉妬しているのか?
いや、まさか。記憶を共有する者同士、しかも、身体は一つ。なのに、もう1人の自分を嫉妬するなんてことが、ありうるのか?
考えてみれば、私はアナスタシアからクラウディアに戻った彼女を見て、やや寂しく思ったのは確かだ。アナスタシアは粗暴だが、本音で喋れる相手でもある。一方で、クラウディアはというと、どうしても「公爵令嬢」な雰囲気の高貴な女性。そんな想いが、どうしても私に遠慮させる。
だがクラウディアにとっては、それが気に入らないようだ。さっきまでのあのアナスタシアとのやりとりを覚えているクラウディアだ。表の顔に戻った途端、遠慮がちになる私に違和感を覚えているらしい。
しかしこの状況、冷静に考えれば妙な話だ。クラウディアは自分自身の中にいる別の人格に嫉妬し、私は同一人物に2通りの接し方をしている。
姿格好は、どちらも変わらない。違うのは、内面だけだ。たったそれだけの違いで、私は彼女への態度を変えている。
やはり、どう考えても不自然だな。
演習場から街に向かう広い通路を、とぼとぼと歩く2人。が、中ほどのところで私は立ち止まる。
「あのさ、クラウディア!」
「は、はい!」
私は思い切って、クラウディアにもアナスタシアの時のように、普通に話しかけてみることにした。
「どこ行こう?この街で、クラウディアが行きたいところに行こう!」
「え、ええ、お願いします。」
「ところで、クラウディアって何が好きなの?」
「えっ!?」
「いや……アナスタシアもそうだったけどさ、クラウディアがどういうものが好きで、どんな店に行きたいのかが、私には分からない。この街に居られるのも、あと5時間という短い時間だ。できれば、悔いを残したくないだろう。何が見たい?どこに行きたい?」
「ええと……その……」
いきなり態度を変えた私に、戸惑うクラウディア。だが、クラウディアは言った。
「私、服屋に行きたいです!」
「えっ!?服屋?」
「はい!」
「でもさっき、行ったばかりじゃ……」
「私、赤い服は好きではないんです!」
「えっ!?そうなの!?」
「童話に書かれたアナスタシアは、確かに赤い服をまとった魔女。だから、私の中のアナスタシアは赤い服を好んだんだと思います。でも、私は別の服が欲しい。」
なんとまあ、服の好みまで違うんだ、アナスタシアとクラウディアは。
でも、自分のことを少し表に出してくれた。そんなクラウディアを見ていると、少し嬉しくなった。
「じゃあ、買いに行こうか、クラウディアの服を。」
「はい!行きましょう!」
ちょうど通路を抜けて、街が見えてきた。街に入る手前で、クラウディアは呼び止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「なに?どうしたの?」
私が振り向くと、急にクラウディアが抱きついてきた。
「ど、どうしたの、クラウディア!?」
私はこのクラウディアの意外な行動に戸惑う。だが、クラウディアが言った。
「あと、5時間なんですよね!」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ、5時間のうちに、私はあなたを振り向かせてみせます。」
そう言いながら、突然私の顔を引き寄せて、キスをする。
なんだ?突然、どうしたんだ?クラウディアって、こんなに積極的だったっけ?
いや、そういえばこういうの初めてではないな。前回もアナスタシアからクラウディアに戻った時に、キスされた。案外クラウディアは、突然思い切ったことをする。
しかし、今回はちょっと強引な感じだ。前回は私がそっと抱きしめて、彼女はそっとキスをした。今度はいきなり抱きつき、力づくで唇を奪った。そんな感じの行動だ。
顔が離れても、しばらくぼーっとする私。うっとりとした顔で見つめるクラウディア。その顔を見て、私は気を取り直す。
「じゃ、じゃあ、行こうか、クラウディア。」
「はい!行きましょう!」
急に機嫌が良くなった。私はクラウディアと手をつなぎ、街に入る。
入った直後に見つけた服屋で、クラウディアの視線は釘付けになる。何かを見つけたようだ。
「レオンさん!」
「な、なに?」
「私、あれが欲しいです!」
指す方向の先には、青いブラウスと黒っぽいスカートがあった。早速、その店に入る。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「あの、私、あそこにある青い服が欲しいです!」
「はい、かしこまりました。」
「ああ、それからあそこにあるワンピースも……」
なんだか、アナスタシアとは逆の展開だな。クラウディアはさっさと自分の好きな服を選ぶ。
口調は丁寧だし、そのしぐさはいかにも貴族令嬢といったクラウディア。
だが、なんだかいつにもまして、積極的だ。
そういえばクラウディアって、こんな性格だったっけ?どちらかと言うと今までは、言われたことに答えるだけで、自分をあまり出さないおしとやかな令嬢。それが「クラウディア」だったはずだ。
それがどうして、今は積極的に店員さんに話しかけている。試着室に入り、次々と着替えては私に意見を求める。
「どうですか?レオンさん!」
「あ、ああ、とても似合ってるよ。」
「本当ですか?じゃあ、これ買います!」
その度に、満面の笑みで応えるクラウディア。結局、彼女も3着買った。
最初に見つけた、青のブラウスと黒のスカートの姿で歩くクラウディア。彼女はどちらかと言うと、青いものを好むようだ。
「さて!今度はあそこに行きましょう!」
「えっ!?どこです?」
「パフェです。パフェ食べましょう!」
「ええと、でもさっき……」
「あれは『アナスタシア』とでしょ?私とは、一緒に食べたくないんですか?」
「いや、そんなことは……じゃあ、もうちょっといいところに行こうか。」
「いいところ?」
「スイーツ専門店だ。」
「スイーツ専門店?」
「そう。パフェ以外にも、甘いものが色々とあるお店なんだ。せっかくなら、さっきとは違う店の方がいいだろ?」
「そうですね。じゃあ、そのスイーツのお店っていうところに行きましょう!」
やっぱり、どこか変わった。やはり、昨日までのクラウディアとはちょっと違う。明らかに積極性が増している。
そういえば、さっきまでのアナスタシアは逆におとなしくなっていた。その分、クラウディアが活発になったというべきだろうか?
もしかして、アナスタシアとクラウディアの人格は、相互に作用しているのか?
そうとしか思えない。確かにクラウディアはアナスタシアに嫉妬しているようだが、だからと言ってここまで積極的な態度をとったことはない。
そんなクラウディアを連れて、大きなスイーツ店に向かう。
「うわぁ、パフェ以外にも色々ありますよ。なんですか、これは?」
「ああ、これはアイスだよ。ほら、この青いのはチョコミントと言って……」
「じゃあ私、これにします!あと、その隣のブルーベリーってやつで!」
食べ物でも青いものを好むのか。私はというと、逆にアナスタシアが選んだストロベリーに、プリンの乗った赤系のパフェを頼んだ。
「ん〜!おいひい〜!」
嬉しそうに食べるクラウディア。チョコミントのアイスと、ブルーベリーのパフェを交互に食べてはにやにやしている。
まったく、それにしてもよく食べる。やはり、さっき派手に魔術を使ったからだろうか?あれだけの膨大なエネルギーを、こんな華奢な身体から放出したんだ。そりゃあ、高カロリーのものを食べたくなるだろう。
で、アイスを食べ終えて、あとはブルーベリーパフェのみとなったクラウディア。だが彼女は、私のストロベリープリンパフェをじーっと見ている。
ああ……そうか。やっぱり、そうなんだな。
「ちょっと、食べてみる?」
「えっ!?いいんですか!?」
私が言うと、遠慮なくスプーンを突っ込んで食べるクラウディア。ストロベリーも悪くないと思ったようで、結局半分くらい取られた。で、ちゃっかりブルーベリーも残さず食べる。
やはり、アナスタシアがやったことは、自分もしたいようだな。だから、アナスタシアがそうしたように、クラウディアも私のパフェを欲しがった。嫉妬からなのか、それとも本当にそうしたかったからなのか。何れにせよ、昨日までのクラウディアにはなかった行動だ。
「ああ、とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」
だが、こういうところは賢明淑女な貴族令嬢といった振る舞いをする。にこやかに微笑むクラウディアをみて、私は思った。
やばいな……これはやばい。なんだ、この可愛らしい令嬢は!?
クラウディアには、アナスタシアとは違う魅力がある。いや、外観は全く同じなのだが、この振る舞いの違いからくる魅力とでもいうのだろうか。
やはり、アナスタシアもいいが、さすがは表の顔だ。その外観とマッチしたそのしぐさに、この上品な微笑み。これが、私の心にストレートに響く。
「あら、どうされたんです?レオンさん。」
「あ、いや、その……」
まるで私のその心を見透かすように、クラウディアが尋ねる。こうなったら、私も応える。
「さすがは、表の顔だなあって思ってね。やはり、外観と振る舞いがとてもよくマッチしている。それがあなたの魅力だ。」
すると、クラウディアは応える。
「……そうですか。でも、アナスタシアの時のように、可愛いとは言ってくださらないんですね。」
いや、可愛いと思う。だが、私は敢えて、可愛いという表現は使わなかった。残念そうに応えたクラウディアに向かって、私は言う。
「やっぱりクラウディアは、アナスタシアに嫉妬してるんだな。」
「な!そ、そんなことはないです!」
「いいや、さっきからアナスタシアのことばかり気にしている。だから、アナスタシアがしたことを、クラウディアもしたがるんだ。」
「そ、それは……」
「この際だから、はっきり言う。私は、アナスタシアのことが好きだ。」
それを聞いたクラウディアは、唖然とした顔で私を見る。が、私は続ける。
「……その上でだ、クラウディア。あなたのことも、大好きだ。」
それを聞いたクラウディア。急に涙目になる。
「うう……やっぱり、アナスタシアのことが忘れられないんですか……」
「ああ、そうだ。」
「じゃあ、やっぱり私の魅力は、裏の顔には敵わないってことですか?」
「そう言うことじゃない、何を言ってるんだ!」
私は、思わず叫んだ。
「……どっちも『あなた』じゃないか。アナスタシアも、クラウディアも。両方の人格があるから、あなたのことが好きになった。ただ、それだけのことだよ。」
そして私はクラウディアの前に立ち、彼女の右手をそっと握る。
「だから、いちいち嫉妬なんかしなくていいんだって。クラウディアは、クラウディアらしい魅力を出してくれればいい。少なくともアナスタシアは、あなたに嫉妬したりしてはいない。自分らしさ丸出しで、精一杯振舞ってくれている。クラウディアはクラウディアらしく振舞う。それで、いいんじゃないかな。」
私は、私の本心を話した。するとクラウディアは、応える。
「……そうですよね。アナスタシアだって『私』なんですよね。なんで私、自分に嫉妬してるんだろう……馬鹿みたい。」
苦笑するクラウディア。
「ごめん……ちょっと言い過ぎた。」
「いえ、いいんです。考えてみれば、表の私しか見てくれない人に、ろくな人はいませんでしたから。」
私は、少しクラウディアを誤解していたのかもしれない。
クラウディアにとって、アナスタシアは「嫉妬」どころか、「敵」だったのではないか?
今までも何人もの人と出会い、裏の顔を知られては離れていった。おそらく、そういう過去があるのだろう。
そんな彼女にとって、アナスタシアの存在は邪魔でしかない。
だが、その両方を認める人物が現れた。
しかも、私は彼女の命を助けた。
それをきっかけに、クラウディアの中でアナスタシアは「敵」から「嫉妬」に変わった。
もしかして、その心境の変化が、両者のあの性格差を縮めるきっかけになったのではないだろうか?
なんとなく、私はそう推測した。
「……では、レオンさん。一つ、『クラウディア』としてのお願いを聞いてもらっていいですか?」
「いいよ。なんです?」
「私、スマホが欲しいんです。」
「えっ!?スマホ?」
「セレーナ少尉に時々見せてもらっていたんです。とても便利で、魅力的な道具。そういえば戦艦の街に行けば手に入ると言ってました。その時は何のことだかわからなかったんですが、つまりこの街に、そのスマホというやつが売っているんですよね?」
「ああ、確かに。じゃあ、買いに行こうか。」
「はい!」
立ち上がって、私の腕に抱きつき、笑顔で見つめるクラウディア。アナスタシアへの嫉妬心も消えたそのクラウディアの笑顔に、私は一瞬ドキッとする。
私は、クラウディアという人物のことをよく知らない。出会ってまだ数日だ。だが多分、二重人格ゆえに苦労したこともたくさんあるのだろう。
そんな彼女を、もうちょっと知りたい。
彼女は賢明淑女、好奇心旺盛、そして今、それらに加えて積極さを手に入れた。
そんな彼女の要望である、スマホを買いに家電屋に向かう。
そこで彼女は、少し大きめの画面に、たくさんの書籍や音楽、動画の入ったモデルを選ぶ。
「うふふ……嬉しいなぁ。これでこの宇宙のことや楽しい音楽や映像を、好きな時に見ることができます。」
まさにクラウディアらしい買い物だったな。駆逐艦ではネットは使えないが、これだけたくさんのデータを取り込んでおけば、彼女の好奇心を刺激するのにしばらくは困らないだろう。
こうして、私はアナスタシアとクラウディアという2つの人格とのデートを終え、クラウディアとともに駆逐艦へと戻る。
さて、駆逐艦1521号艦はそれから30分後に戦艦ティルビッツを離れる。
地球864と名付けられることがほぼ確定した彼女の星に向かって、我が艦は進む。
で、艦内に戻ってクラウディアと別れて、私は自室へと戻っていた。ベッドに横になりながらスマホでダウンロードしたコンテンツを眺めていて、そろそろ寝ようかという時にドアのベルが鳴る。
ドアを開けると、そこにいたのはクラウディアだった。パジャマ姿で、枕を抱えて現れたクラウディア。
「あの……クラウディアさん?そのお姿は一体……」
「うふふ……私が何をしにやってきたのか、分かってるくせに。」
笑みを浮かべ、ドアを閉めて部屋の中に入ってくるクラウディア。彼女は部屋に入るや、枕をベッドに置く。
「クラウディア、一体何を……?」
「決まってるじゃないですか。一緒に寝るんです。」
「いや、そういうのはちょっと……」
「何言ってるんです。アナスタシアとは一緒に寝てるじゃないですか!?私とは、嫌だとおっしゃるんです?」
「いえいえ!そんなことはもちろん、ないですよ!」
「じゃあ、決まりですね。一緒に寝ましょう。」
「で、でも、戦艦内を巡ってお疲れじゃないですか?別に、明日でもいいんじゃないの?」
「明日じゃダメなんです!」
クラウディアは叫ぶ。
「明日、あなたと一緒に寝たら私、緊張のあまりアナスタシアになってしまうかもしれない……どんな心の衝動が来てもクラウディアのままでいられる、今夜でなきゃダメなんです……」
そういいながら、服を脱ぎ捨てて、私をベッドに押し倒し、のしかかるクラウディア。
「……というわけで、今日はこちらから攻めますよ。私は、アナスタシアとは違いますからね。」
「えっ!?えっ!?」
戦艦の街を歩き回って疲れていると言うのに……このあと、私はクラウディアに無茶苦茶にされた。