#4 魔術士の弱点
「……い、痛ったー!!なんだよ、まったく!!」
急に叫び出すクラウディアさん。いや、これは……アナスタシアの方だ。
あまりに激しい口調で叫ぶクラウディアさん、ではなく、アナスタシアを見て、広報官が声をかける。
「だ、大丈夫ですか!?あの、そんなに痛かったですか!?」
しかし、もはやそこにはいるのはあの淑女クラウディアさんではなかった。およそさっきまでのあの上品な振る舞いなど微塵も感じられない、暴虐無人な破壊的魔女「アナスタシア」が現れたのだ。
「痛いなんてもんじゃねえぞ!!グォラァ!!くっそ〜っ!なんだよこの椅子はよ!!」
「……は?」
「ったく!なんだこれ、なんでこんな形してんだよ!だから俺の足が引っかかるんじゃねえか!!」
ああ……しまった。広報官殿にあらかじめ、彼女のことを話すのを忘れていた。突如現れた彼女の中のもう一つの人格に遭遇して、その広報官は何が起きたのか分からない。
私のように、こっちから接していれば、まだショックも少なかっただろうが、あの品のいいクラウディアさんのイメージを持った後だと、より一層このギャップがプレッシャーとなる。
「あの……クラウディアさん……」
「おい!俺はアナスタシアって言うんだ!だいたいおめえが、いつまでもだらだらとこんなところで喋り続けるから、足元がふらついちまったじゃねえか!」
「は?」
私は、広報官殿にフォローする。
「すいません、広報官殿、実は彼女、二重人格でして……」
「えっ!?二重人格!?」
「詳しいことは後で。それよりも、今はなんとかしないと、大変なことに……」
私は知っている。アナスタシアになった時だけ、彼女は「魔術」を使うことができる。
我々の小銃に匹敵するほどのビームを放つ魔術士が、目の前でひどく不機嫌に暴れている。この状況では、いつあの魔術を使うか分かったものではない。危険極まりない状況だ。
アナスタシアのやつ、よほど腹が立ったのか、立ち上がってそのパイプ椅子に八つ当たり気味に蹴飛ばす。
が、事態はさらに悪化する。当然、硬い椅子に貴族嬢のか弱い足が敵うはずもなく、椅子を蹴飛ばした足はさらに痛めるだけのこととなる。再び、その場に倒れこむアナスタシア。
「おい!大丈夫か!?」
「くそ……痛ってぇー!なんだこの椅子は!最後まで手こずらせやがって、忌々しいやつだ!今すぐ、この世から消してやる!」
まずいぞ……こいつまさか、ここで魔術を放つつもりでは!?右手を差し出そうとするアナスタシア。
そこに騒ぎを聞きつけて、セレーナ少尉もやってきた。そこで彼女は、クラウディアさんのあまりに変わり果てた姿を目にする。
「ちょっと……クラウディアさん?」
「なんだてめえは!俺はアナスタシアだと言ってるだろうが!」
ただでさえ手が付けられないアナスタシアに、セレーナ少尉がつい不用意なことを言ってしまったため、怒りの対象が椅子からセレーナ少尉に向かう。そしてアナスタシアは、あろうことかその右手をセレーナ少尉に向ける。
「おい!バカ!こんなところで魔術を放ったら……」
「うるさい!俺の魔術で消しとばしてくれる!」
セレーナ少尉の顔が真っ青になる。彼女には、事前にあの魔術の話をしている。その魔術を放つ右手を自分に向けられたのだ。つまり、銃を向けられたのと同じ。血の気が引くのも、無理はない。
だめだ……あの元公爵令嬢は、もはや冷静さのかけらもない暴走マシーンと化してしまった。
だが、このままではセレーナ少尉がやられてしまう。艦内も無事では済むまい。私はとっさに、アナスタシアの背中に回る。
なんとしてでも彼女に「魔術」を撃たせまいと、背後から必死にしがみつく。
が、ここで、異変が起こる。
「ふわぁぁぁっ……な、何するんだ……ち、力が……」
私がアナスタシアの背中から押さえ込んだ結果、アナスタシアの様子がおかしくなる。
いや、アナスタシアになった時点ですでにおかしいのだが、そのアナスタシアが、さらに別の方向におかしくなった。
私が背後から押さえつけた途端、身体をガクガク震わせてしまう。顔はどんどん赤くなる。なんだ?何が起こったのだ!?
「お、おい!いつまでしがみついていやがる……た、頼むから離れてくれ……」
「ダメだ!お前、また魔術を使うつもりだろう!艦内で魔術を使うことは、なんとしてでも阻止せねば!」
「わ、分かった!ここで魔術は使わねえ……使わねえって約束するから、離れてくれぇ……」
妙なやつだな。どうやら私にしがみつかれるのが苦手なようだ。
「よし、離れてやる。が、絶対に撃つなよ!」
「わ、分かった、約束する!」
アナスタシアがそういうので、私はゆっくりと離れる。
「はぁ……ひでえ目にあったぜ!」
それはこっちのセリフだ。一つ間違えたら、1人の人間の命と、艦内に重大な損害を与えるところだった。
すでに騒ぎを聞きつけた士官らが、周囲にたくさん集まっている。あの物静かなクラウディアさんが暴れている。尋常ならざるその事態の成り行きを、ただ呆然と見守るほかない士官達。
さて、私から離れるや、再び強気になるアナスタシア。
「って、おい!なんてことしやがるんだ!」
今度は、私に向かって抗議をするアナスタシア。
「なんだと言われても、お前にこの艦内で魔術を放たれては困る。だから止めた。それだけのことだ。」
「なんだと!?」
「お前……ここでそれを撃ったら、ここを追い出されるのは必至。また林の中だぞ!?」
「うっ……」
「そうなれば、今度こそのたれ死ぬことになる。それでいいのか!?」
「ううっ……」
なんと、アナスタシアのやつ、急に大人しくなった。どうやら、クラウディアさんとの記憶の共有はできているようだ。
この狭い艦内とはいえ、そこそこ快適な暮らしが送れるこの艦にいられなくなる。それどころか、林の中に放り出されれば、今度こそ死は確実だ。いくら暴虐無人なアナスタシアでも、元はあのクラウディアさんだ。それくらいは理解できるようだ。
それにしても、さっきはどうして急に彼女は動きが止まったのか?
やったことといえば、私が抱きついたことくらいだ。
いや、まさか……でも、もしかして……
などと考え事をしていると、またアナスタシアのやつ、約束など忘れて、また暴走し始めた。再び広報官に怒りの矛先を向け始めた。
「そういや、そもそもこいつが長時間、俺を引き止めて喋っていたからこうなったんじゃねえか!どうしてくれるんだ!」
「いや、どうするといっても……」
「くそっ!腹の虫が収まらねえ!やっぱり、こいつを消す!」
ああ、どうしてこう短絡的なのか……暴れ始めるアナスタシアを見て、私は再びアナスタシアに立ちはだかる。そして、今度は正面から抱きしめた。
「れ、レオン少尉!なんてことを……」
セレーナ少尉が、アナスタシアに向かって抱きつく私に向かって冷たい視線を投げかける。だが、私だってバカじゃない。理由もなく、他の士官のいる前で、こんな恥ずかしい行動をとったりはしない。
「ひえええっ……お、おい、た、頼むから、離れてくれぇ……」
「やはりな。お前、どういうわけか私に抱きつかれると、力が出ないようだな。」
先程と同様、私が抱きつくと、アナスタシアの動きを封じられるらしい。身体を震わせながら、力が抜けてしまうようだ。
しばらく抱きついた後、私は離れる。耳の先まで真っ赤になった顔で、こちらを見るアナスタシア。
うーん、単なる品のない暴力女だと思っていたが、こうしてみると、アナスタシアも可愛いな。真っ赤な顔のまま、私を睨みつけるアナスタシア。だが、それがなんだかとてもいじらしい。
「へぇ〜っ、彼女、男に抱きつかれることに弱いのかなぁ。」
と、他の士官が現れて、せっかく落ち着いたアナスタシアに近づいてくる。
そいつは砲撃科の同僚で、ゲアト少尉だ。あろうことかゲアト少尉は私の真似をして、アナスタシアの背後から抱きつき始める。
こいつはちょっとやんちゃなところがあるやつだ。私が抱きつくところを見て、自分もやりたくなったのだろう。セレーナ少尉もいると言うのに、御構い無しにアナスタシアを抱き寄せる。
だが、不思議なことに、ゲアト少尉の抱擁は効かない。
「なにしやがるんだ!このクソ野郎!」
動けなくなるどころか、かえって火に油を注ぐことになった。アナスタシアから肘打ちをくらい、倒れるゲアト少尉。どういうことだ?男なら、誰でもいいと言うわけではないのか!?
「くそっ!こいつめ、俺を辱めやがって!今すぐ消してやる!」
あーあ、せっかく落ち着かせたと言うのに、また魔術を放とうとするアナスタシア。仕方なく、私はまた背後から抱きしめる。
「ふえええぇっ……や、やめてくれぇ……」
顔を真っ赤にして、ふらふらになるアナスタシア。私は彼女に言う。
「おい、頼むからもう暴れないと約束してくれ。こんなところで魔術を放ってみろ、本当にお前、追い出されるぞ!?」
「わ、分かった分かった……分かったから、勘弁してくれぇ……」
どうやら効果があるのは私だけのようだ。セレーナ少尉は相変わらず冷たい視線を送るものの、この場を抑えられるのは私だけだと知った以上、非難はできない。アナスタシアを抱きしめる私に、セレーナ少尉は尋ねる。
「で、彼女をどうするのよ!あんたもこのまま抱きしめてるってわけにはいかないでしょう!?」
「ああ、それなんだか、艦長に連絡してくれ。この艦の高度を1000メートルまで下げて欲しいと。」
「はあ!?そんなことして、どうするのよ!」
「彼女を甲板に連れて行き、魔術を使わせる。そうすれば、元のクラウディアさんに戻る。だけど、この高度2万メートルでは外に出られない。高度を下げて、甲板に出られるように頼んで欲しい。」
「ええーっ!?でもどうやって艦長を説得するのよ!」
「他の士官も連れて、この状況を説明するしかないだろう。彼女の魔術をここで使わせるわけにはいかない。」
「わ、分かったわ!なんとか艦長に話してみる!」
「わ、私も参ります!」
艦橋に向かって走るセレーナ少尉。広報官も艦長説得のために一緒に向かう。私はそのまま、アナスタシアをしばらく抱きしめていたが、頃合いを見計らって離れる。
「はぁ……なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ……」
それはこっちの台詞だ。なんでこんな人前で、お前を3度も抱きしめなきゃならないんだ。
だが、この状況でこんなことを言ってはなんだが、それはそれで悪くない。あのアナスタシアが、まるで借りてきた猫のように大人しくなった。その姿を見ていると、こんなやつでも妙に好感を覚えてしまう。
「……うん、こうしてみるとお前、なんだか可愛らしいな。」
私が一言いうと、顔を赤くしていちいち反論してくるアナスタシア。
「う、うるさい!だいたいお前がいなきゃ、俺だって……」
「私が抱きついて抑えなければ、今頃お前は魔術を使い、その結果、艦を追い出されることになっていたぞ?」
「うう……」
「大丈夫だ。大人しくしていれば問題ない。すぐに元に戻してやるから、しばらく待ってろ。」
「わ、分かった……くそっ、しょうがねぇ、これも生きるためだ……」
ようやく観念したようだ。会議室の椅子の上で、ちょこんと座って待つアナスタシア。
そこに、セレーナ少尉が現れる。
「もう、高度1500メートルまで降下したわよ!あと少しで1000メートルになるって!すぐに甲板に向かってちょうだい!」
「ああ、分かった。今すぐに向かう。」
「なんでぇ、甲板って!?」
「ああ、この駆逐艦の真上だ。そこで魔術を放って、元に戻ってもらう。それでいいか?」
「おう、分かった。そこで魔術を放てばいいんだな?」
「甲板とはいえ、変なものに当てるなよ!?空に向かって放てばいいんだ!」
「分かってらぁ!いちいち指図すんな!さっさとその甲板とやらに案内しろ!」
ほんとに、アナスタシアの時は態度がでかいな。一体、何様だと思って……あ、そうか、これでも元々は公爵令嬢様だったな。
会議室を出て艦の前側に向かって歩くと、細い通路に出る。その通路を抜けると、行き止まりになる。そこには細い階段があり、その先には分厚い扉がある。その扉を開いて、甲板へと出た。
風が強い。高度1000メートルという高さもあるが、駆逐艦自体は完全に停止していないことも原因だろう。その甲板に、アナスタシアを導く。
「うわぁ!?何だここは!?すげえ高いところだなあ、おい!」
「甲板だよ。そして、あそこにある大きな窓が、艦橋になっている。」
「へ?艦橋?何だそりゃ?」
「あそこで、この艦を動かしているんだ。だいたい20人くらいがいる。」
「へぇ、そうなのか!じゃあ、あそこに向けて……」
「バカ!空だ、空!艦橋に向かって撃つやつがあるか!」
「ちっ!冗談だよ、冗談!」
それにしても、こんな性格だ。ただ撃たせるだけでは、おそらくこいつの気も晴れないだろう。私は一言、アナスタシアに言った。
「おい、アナスタシア!」
「なんだ!」
「せっかくの機会だ。艦橋の奴らに、お前の力を見せつけてやれ!」
「は?じゃあ、あそこに向かって、撃てばいいのか!?」
「いや、そうじゃない!空に向かって撃つだけで十分、お前の力は分かる。」
「そ、そうか?」
「それだけの力を持っていて、今までずっと隠し続けてきたんだろう?ならば、ここでお前のその力を見せつけてやれ!お前も、それを望んでるのではないのか!?」
「おう!そうだ!俺は最強魔女のアナスタシアだ!望むところよ!そういうことなら任せろ、ありったけの力を出してやらぁ!」
思った通り、やはり機嫌が良くなった。おそらく彼女が二重人格となる過程では、令嬢「クラウディア」としての過大なストレスが原因だったのだろうが、一方で「アナスタシア」としての不満も解消できていないのではないか?あれだけの力を持ちながら、それをおおっぴらにすることも叶わず、ただずっと隠し続けてきた裏の顔。アナスタシアとしての不満が解消ができていないことも、ずっと二重人格のままであり続けた原因ではないのか?
と考えるなら、この場は気持ちよく、派手に撃ってもらった方がいい。だから私は、敢えて彼女を焚きつけた。
「おい!しっかり目を開けて見ていやがれ!これが俺様の力だ!」
艦橋の方を向き、右手を真上に向ける。不気味な笑みを浮かべ、右手に力を込めるアナスタシア。
右手に、青白い光の球が生じる。どんどん大きくなる。あれ?前回よりも大きくないか?そして、すさまじい音とともに青白い光の筋が放たれる。
ガガーンという音とともに、空に向かって一筋の青白いビームが伸びる。前回はあまりちゃんと見ていなかったが、今回はしっかり見せてもらった。やはりこれは、我々の高エネルギービームと同じ原理のものだ。間違いない。
「へ、へへ……ど、どうだ……」
思い切り力を振り絞ったアナスタシアは、ビームを放った後に笑みを浮かべながら倒れ込む。
間一髪、私は彼女を受け止めた。
「ううーん……」
一瞬、気を失っていたが、すぐに目覚める。私は声をかける。
「大丈夫ですか、クラウディアさん?」
「は、はい……大丈夫です……」
ああ、元に戻った。私は甲板の方に手を振る。うまくいったと言う合図だ。それを窓越しで見ていたセレーナ少尉が、こちらに向かって手を振り返す。
「立てますか?」
「は、はい、大丈夫です。1人で歩けます。」
あの品の良いクラウディアさんに戻った。私は彼女の手を取り、細い階段を降りる。
階段を降りたところで、ふと立ち止まるクラウディアさん。
「あ、あの、私……なんてことをしてしまったのでしょう……ど、どうしましょう?」
頭を抱え、泣きそうな顔で私の顔を見るクラウディアさん。私は言った。
「そうですね。一度艦橋に出向き、事情を話しましょう。大丈夫ですよ、我々はあのくらいのことでいちいち気にすることはありません。」
もっとも、最後に見せたあの魔術が「あのくらい」のことかどうかは、微妙ではあるが。
それにしても、なんていうか、クラウディアさんは品のある落ち着いた女性。麗しい見た目にふさわしい品格を備えた、理想的な女性そのものだ。
そう、理想的な女性である。なのだが、なぜだろうか……アナスタシアの相手をした後だからだろうか?なぜか私は、彼女に物足りなさを感じる。
アナスタシアは確かにめちゃくちゃな性格だ。だが、なんていうか、気兼ねしなくていいやつだった。だが、クラウディアさんに戻った途端、急に気を遣う存在に変わってしまう。
そういう意味で、距離感は圧倒的にアナスタシアの方が短い。クラウディアさんは私にとって、別世界の人というべき存在。同一人物だと言うのに、なんという落差だ。
だが、そんなクラウディアさんが、こんなことを言い出した。
「あの……レオンさん……」
「なんですか、クラウディアさん?」
「とても図々しいお願いを、聞いていただけますか?」
「は、はい。なんでしょう?」
顔を真っ赤にして、私に何かを言おうとしているクラウディアさん。さっきまでの振る舞いを恥じているのだろうか?ところが、クラウディアさんから思わぬことを言われる。
「私のことを……その……アナスタシアの時のように、呼び捨てにして欲しい……です。」
「は?」
「その、私はもう平民階級に堕ちた身ですから、そんなに気兼ねなどなさらないで下さい。」
「いえ、そういうわけには参りません。あなたは民間人であり、しかも我々への大事な情報提供者。そんな無下な扱いをするわけには……」
「いえ!私はあなたにはそうして欲しいのです……アナスタシアになってしまった私も見捨てず、あなたは私を守って下さった。ですから、クラウディアである時も、できればあなたには、アナスタシアと同じように接して欲しいのです!」
「そ、そうですか……では、周りに誰もいないときは、あなたのことをクラウディアと呼ぶことにします。」
「は、はい!ついでにもう一つ、お願いがあるのですが……」
「なんです?」
「はい、その……アナスタシアの時のように、私を抱いて下さいますか?」
ええーっ!?なんだって!?何を言いだすんだ、この令嬢は。
「い、いや、その、急に抱けと言われても……」
「お願いします!私、これからあの艦橋というところに行って、皆様に詫びねばなりません。ですが、どうにも心細くて、上手く話せる自信がなくて……ですが、あなたが私を抱擁してくだされば、乗り切れそうな気がするんです。」
アナスタシアの時はやめてくれと嘆願されたあの行為を、クラウディアからは逆にしてくれと嘆願される。本当に逆なのだな、この2つの人格は。
「分かりました……じゃあ、手早くやっちゃいましょう……」
「はい、お願いします……」
そっと私の胸元に体を寄せるクラウディア。それを両手で抱き寄せる私。
「ああ……まるで、父上の腕の中にいるようです……」
……なんだ、父親の代わりか。ちょっとドキドキしてしまったが、これを聞いて少しがっかりする。
「……ということは、今までは父上殿があなたを抱いて止めていたんですか?」
「いえ、アナスタシアを抱こうなどとは、たとえ父上でもしませんでした。クラウディアの時も、父上は優しくなど接しては下さりません。あなたが、初めてです……」
「そ、そうなんですか。」
なんだ、アナスタシアを抱きしめて暴走を止めたのは、どうやら私が初めてだったようだ。
そんな私は、今度は「クラウディア」を抱きしめている。同一人物だが、まるで感触が違う。こちらは、なんというか、柔らかい。
彼女は、自身の父親にこういうものを求めていたのだろうか?それが叶わず、どうやら厳しく接する父親だったようだ。だから私に、理想の父親像を重ねているようだ。
だが、うっとりとした紅潮した顔で、私を見つめるクラウディア。私はその顔に、思わずどきっとする。
「あの……クラウディア。こう言ってはなんですが、とても可愛い顔ですね。」
「そ、そうですか?じゃあ、アナスタシアと、どちらが可愛いですか!?」
急に真剣な眼差しで尋ねるクラウディア。まさかとは思うが、自分の裏の顔に嫉妬しているのか?
正直いうと、どちらも捨てがたい。だが、この場は彼女を立てた方がいいだろう。
「そりゃあ『表』であるあなたの方が、可愛らしいですよ。」
「ほ、本当ですか!?嬉しいです!」
縁遠いと思っていたクラウディアだが、どうしたのだろう、急にこちらも距離感を詰めてきた。
「レオンさん……」
「は、はい!どうされたん……」
急に彼女は顔を上げて、私の名を呼ぶ。すると突然、応えようとする私めがけて、口づけをしてくる。
それは、まったくもって、不意打ちのキスだ。うっとりとした顔で私を見つめるクラウディア。
「おかげで、元気が出ました。これは、そのお礼です。これからも私のことを、見つめていて下さいね。」
私の鼓動が、一気に高まる。だがこの一連のクラウディアの行動は、まるで「アナスタシア」に奪われまいと、必死にとった行動にも思える。
まさかとは思うが、私はクラウディアに好かれてしまったのか?あろうことか、それを「アナスタシア」という強力なライバルが後押しをしたような感じだ。
「さて、艦橋に参りましょう、レオンさん。」
「あ、ああ、行こうか、クラウディア。」
フランクに接する私を見て、少し頬を赤くして見つめるクラウディア。そして、2人で細い通路を歩いた。
私は、惚れてしまった。そう、正直行ってしまえば、クラウディアにもアナスタシアにも、惚れてしまった。
おしとやかながら、私にだけ本音を見せるクラウディア。暴虐無人だが、私が抱きついた時に見せるあのいじらしい顔に、気兼ねないあの性格。
個人的には、どちらも捨てがたい。
だが、クラウディアはアナスタシアに嫉妬し、私に積極的に迫ってきた……ように見える。
いや、単に父親像を重ねているだけかもしれない。だいたい、私はクラウディアに好かれるようなことはしていない。そういう自覚もない。
だが、もう一つ気になることがある。
アナスタシアは、この状況をどう感じるのだろうか?やはりクラウディアと同様に、嫉妬するのだろうか?
同一人物を相手に、まるで三角関係を築いてしまったかのようなこの状況に、私は少し混乱せざるを得なくなった。