#3 元令嬢の新生活
「あ、あれは一体、何ですか!?」
駆逐艦の格納庫ハッチへと接近していると、急にクラウディアさんは声を上げる。身体を震わせて、なにかを指差している。
そこに見えるのは、格納庫から飛び出した着艦用のロボットアームだ。
「ああ、あれはロボットアームというんですよ。大丈夫です、こいつをただ掴むだけですから。」
「つ、掴むって、あの化け物の腕がですか!?」
そうか、言われてみればこの星の住人が、あんな大きな腕のようなものを見れば、怖がるのは当然か。だが、すでにその腕に向かってアプローチに入っている。引き返すわけにもいかないし、哨戒機はそのまま腕に飛び込んだ。
「ひぃーっ!」
ガシャーンという音と共に、アームが哨戒機を掴む。その巨大な腕が窓を覆い、それを目の当たりにしたクラウディアさんの悲鳴が聞こえる。まあ、こればかりは慣れてもらうしかない。たいして危ないものじゃないことは、いずれ分かるだろう。
しかし、本当にさっきまでのあの強気で品のない振る舞いは、まったく影を潜めてしまった。典型的な貴族のご令嬢、そんな雰囲気の女性が私の横に座っている。
「さ、着きましたよ。クラウディアさん。」
私の声に導かれ、恐る恐る頭を上げる。だが、まだ格納庫内の気圧は高度2万メートルと同じ気圧、低すぎて、外には出られない。
ロボットアームはというと、哨戒機を離して格納庫の奥へと引っ込む。その様子を窓からまじまじと見るクラウディアさん。怖いとは思うものの、一方で好奇心も抑えられないようだ。
アームが収納されたところで、緑のランプが点く。気圧調整終了の合図だ。
「さ、外に出られますよ。行きましょうか、クラウディアさん。」
「えっ!?あ、はい。」
ランプが点くと、奥の扉から数人の士官が入ってくる。
この艦には女性士官が3人いる。女性の民間人が来ると聞いて、その3人が全員集合したようだ。
ハッチを開けて外に出る。すると、整列した10人ほどの士官が一斉に敬礼し、出迎える。
「ようこそ!我が駆逐艦1521号艦へ!」
その奥に、艦長がいる。整列した士官の間を抜け、こちらまで歩み寄る。
だが、いくら公爵令嬢とはいえ、我々の儀礼を受けるのは初めて。あまりに違うその儀礼に戸惑いつつも、彼女も彼女なりの礼を持って応える。
「私は、クラウディアと申します。林をさまよっていた私のような者を受け入れて下さり、感謝いたします。」
スカートの裾を持ち、腰をかがめる、貴族風の礼で応えるクラウディアさん。
「艦長!哨戒機1番機は各種機器を設置、並びに民間人の保護を実施!これにて、任務を完了いたします!」
「うむ、ご苦労だった。新人にしては、やるではないか。」
その際、私が右手で返礼しているのを見て、クラウディアさんも見よう見まねで返礼をしていた。おっかなびっくりな彼女の姿は、それはそれで面白い。
で、その士官の列を抜けて、艦長に案内されるクラウディアさん。艦長が尋ねる。
「クラウディア殿、でしたかな。お食事などはいかがですか?」
「はい……そういえば私、今宵はほとんど食べておりませんので。」
「そうですか。ではレオン少尉、食堂へ案内を頼む。お風呂や部屋の案内は、セレーナ少尉に頼むとしよう。」
「はっ!承知しました!ではレオン少尉、これよりクラウディア殿を食堂へとご案内いたします。」
当のクラウディアさんは、何が何だかよく分からない様子だ。空高く舞い上がったはずなのに、狭いながらも明るく整然とした場所へやってきた。おそらく、天井を照らしているLEDライトなどは見たことがないだろう。
さらに見たことのないものが、彼女の目の前に現れる。
エレベーターだ。その扉の前に立ち、不思議そうにその扉をながめている。
が、急に横に開いたため、ビクッとするクラウディアさん。私はクラウディアさんを、その開いた扉の奥のエレベーターの中に案内する。
「これは、上下に移動する機械です。ここはこの駆逐艦の中でも最上階。食事を食べる場所である食堂は、この下にあるんですよ。」
「は、はあ、そうですか……」
エレベーターに乗ると、扉が閉まる。またビクッと驚く。まあ、扉が自動で開閉すること自体が、この星の人間にとっては驚きなようだ。
私は8階のボタンを押す。食堂のある階だ。ウィーンという音を立てて、エレベーターが動き出す。
すぐに8階に到着し、扉が開く。そこを降りると、ガラス張りの洗濯室が目に飛び込む。
ここでは、洗濯物を洗濯機に入れたり、畳んだりする腕だけのロボットが多数動いている。その部屋を覗きながら恐る恐る歩くクラウディアさん。
「あの……さっきから、腕だけの奇怪なものをよく見かけるのですが……あれは一体、なんなのでしょうか?」
「ああ、あれはひたすら人の代わりに動いてくれる仕掛けですよ。この駆逐艦には100人の乗員がいますが、掃除に洗濯、そして調理は全てあの腕のような仕掛けがしてくれるんです。」
「ということは、今向かっている食堂というところにも……」
「はい、ありますよ。」
恐れは抱いているものの、彼女は賢明な女性のようで、あのロボットが脅威を与える存在でないことはだんだんと理解してくれたようだ。意外に順応性は高い。さすがは、貴族のご令嬢といったところか。
食堂に着くと、出入り口にある大きなタッチパネル式のモニターに出迎えられる。
そこには、料理の写真が映し出されている。それを唖然とした顔で見つめるクラウディアさん。
「あの、ここにある本物のような絵は、一体なんですか?」
「ああ、これは注文用のモニターですよ。こうやって手で操作して、料理を選んでですね……」
私がタッチパネルを操作し、ページを切り替える。手の動きに合わせて動くその絵を見て、不思議そうに見つめるクラウディアさん。ある絵を表示したところで、彼女は反応する。
「あ!こ、この料理は……」
彼女が指差す先にあったのは、パエリアだった。どうやらこの料理には、馴染みがあるらしい。
「クラウディアさん、このパエリアにしますか?」
「はい!私これ、大好きなんです!」
この不思議な仕掛けだらけの船の中で、ようやく馴染みあるものに出会えたのがよほど嬉しかったのだろう。彼女はそのパエリアを選ぶ。一方、私はハンバーグを注文する。
奥のカウンターへ行き、そこで料理が出来上がるのを待つ。そのカウンターの奥をチラッと覗きみるクラウディアさん。
そこでは2体、4本の腕の調理ロボットが働いていた。食材を出し、人の数倍の速さで調理を行うロボットアーム。それをみるクラウディアさん。なんだかちょっと、複雑な表情をする。
人のために働く仕掛けだということは理解したようだが、とはいえ、すぐに受け入れられるものではない。あんな無機質なものが、本当に美味しい料理を作ることができるのかと、心配なようだ。
が、出てきた料理は、まさに彼女の食欲を駆り立てる香りを漂わせる。海の幸特有の香りが、さっきまでの彼女の心配を打ち消してくれたようだ。
「んーっ!んまいです!」
席についてパエリアを頬張りながら、嬉しそうに笑みを浮かべるクラウディアさん。あのロボットアームの作ったものだとは信じられないようだ。
「でも本当に、あの化け物のようなものがこんな美味しいものを作ったのですか?」
「はい。でも、駆逐艦の食堂ですから、これでも本当に最低限の料理ですよ。」
「いえ、とても美味しいです!もう、生きているうちにこのようなものは食べられないと思ってましたから、それを思えば、ここはまさに天国のようです。」
まあ、たかだか高度2万メートルの場所にあるこの駆逐艦は、天国と呼ぶには程遠い。でもまあ、死を覚悟して暗い森の中をさまよっていたことを思えば、温かい食事を食べられるここは、まさに天国のようなところだろう。
そんなクラウディアさんは、私のハンバーグをじーっと見ている。
「あの……どうかしました?」
「いえ、その料理、私は見たことがないので、なんなのだろうかと思いまして……」
どうやら、ハンバーグを知らないらしい。私は尋ねる。
「では、一切れ食べてみます?」
「ええっ!?いいんですか!?」
どうやら、好奇心は旺盛なようだ。私はハンバーグを一切れ、パエリアの皿の脇に載せる。
それを一口食べたクラウディアさん、その表情からもそれがとても気に入ったことをうかがわせる表情を浮かべる。頬に手を当て、なんだかニヤニヤしている。
「……はっ!私としたことが、はしたない……」
などと自省する場面もあった。本当に彼女は、貴族の令嬢だ。
そこに、もう1人の世話係のセレーナ少尉が現れる。
「クラウディアさん、どうですか、この食堂の食事は?」
「あ、はい!とても美味しくて、感動してます!」
「そう、良かったですね。」
ところでセレーナ少尉はというと、ピザにポテトという、ジャンクフードの組み合わせで登場する。
「おい、セレーナ少尉。そんな適当な食事で大丈夫か!?」
私が放ったこの一言に、つっかかるセレーナ少尉。
「大丈夫よ、問題ないわ。だいたい、あんただってそんな肉の塊ばかり食べて、人のこと言えないでしょう!」
そのやりとりを見たクラウディアさんは、セレーナ少尉に尋ねる。
「あ、あの……殿方にそのようなことを言って、よろしいのですか?」
「いいわよ、同じ階級なんだし、ここじゃ男も女も関係ないわ。それよりもクラウディアさん、気をつけてくださいね。ここは獣だらけの船だから、おかしな誘いに乗らないように!特にこの、レオン少尉には要注意ですよ!」
「なんだそれは?それじゃ私がまるで、危険な男みたいじゃないか。」
「男なんて、みんな獣みたいなものよ。特にこんな綺麗なお方を目の前にすれば、このレオン少尉だっていつ野獣になるか、分かったものじゃないわよ!」
「えっ!?あ、はい……気をつけます。」
思わず返事をしてしまうクラウディアさん。セレーナ少尉め、ここぞとばかりに男不信を丸出しにする。
だが、セレーナ少尉はまだ知らない。彼女こそ、ある意味「野獣」のような裏の顔を持っていることを。
「食事が終わったら、まずは部屋に案内するわ。それから、お風呂ね。」
「はい、お願いします。」
そう言って、セレーナ少尉はクラウディアさんを連れて去っていった。
それから1時間ほどして、再びセレーナ少尉とすれ違う。クラウディアさんを風呂に案内し、部屋に連れて行ったところだという。
「よほど疲れている様子だったわよ、彼女。すぐに寝たようね。でも林の中にあんなドレス姿の令嬢がいたなんて……一体、何があったの?」
「ああ、セレーナ少尉。ちょっとその件で話が……」
私は、クラウディアさんのことを話す。「アナスタシア」という別の顔を持つこと、公爵家を勘当されて1人林の中に放り込まれてしまったこと、などなどだ。
「それ、本当なの!?あのおしとやかなクラウディアさんが……」
「どれくらいの衝撃で、あの性格が現れるのかはわからないが、とにかく、警戒しておいた方がいい。」
「でもほんと?手からビームを発するだなんて……私にはとても信じられないわ。」
「そうはいっても、本人も認めている事実だ。私も、この目で見た。『アナスタシア』に変わった時は、あのおしとやかな振る舞いからは想像がつかないほど、とんでもなく性格が変わるから、その時は注意して欲しい。」
「……分かったわ。でも、とてもそんな人には見えないわねぇ……あんた、夢でも見たんじゃないの?」
まあ、そう思うのが普通だろうな。さっきまでのクラウディアさんは、まさに絵に描いたような貴族令嬢だった。あのご令嬢が、暴言を吐くなどとはとても考えられない。そう言っている私だって、信じられない。
さて、その翌朝。私はクラウディアさんの部屋に向かう。そして、ノックをする。
「クラウディアさん。お目覚めですか?」
すると、部屋の中からクラウディアさんが出てくる。
「あ……おはようございます。」
「夕べは、よく眠れましたか?」
「はい。お風呂にも入れていただき、心地よいベッドで休ませていただきました。ここは本当に、いいところですね。」
にこやかな顔で応えるクラウディアさん。ああ、本当にこの人は品がいいお方だ。セレーナ少尉も、彼女の振る舞いを見習ってもらいたいものだ。
「ところでクラウディアさん、朝食などいかがですか?」
「はい!是非!」
まず、朝食のために食堂へと連れて行く。そこでパンとハムの軽い食事をとったのちに、我々のことを彼女に知ってもらうため、会議室へと向かう。
そこには、広報官が待っていた。彼女に我々のことを理解してもらうだけでなく、この星の王国の情報を彼女から得るために、今朝この艦にやってきた文官だ。
まず会議場のビデオで、我々のこと、宇宙のことを見せる。
1万4千光年という広大な空間に存在する800あまりの星々、そこに存在する連合と連盟という2つの陣営、そして、連合側につく我々は、強大な敵である連盟に対抗するため、この星にある国々と同盟を結ぶために来たという目的を、彼女に映像を交えながら説明する。
その話を熱心に聞くクラウディアさん。そして、広報官にいくつかの質問をしていた。
「あの、この私が今乗っているこれで、その宇宙という場所を行き来するのでしょうか?」
「そうです。これは、そのための船です。」
「軍船だと伺いましたが、やはり戦うための船なのですか?」
「そうです。ですが、地上ではその武器は使わないことになっております。ご安心下さい。」
続いて、彼女がいたポールトゥギス王国のこと、国王陛下やその周辺の重鎮クラスの貴族について、交渉官が尋ねる。
そして、外交交渉をする相手について、尋ねた。
「……それならばまず、外務卿であるブロア伯爵に接触するのがよろしいですね。」
「ブロア伯爵ですか。」
「はい。そのお方は、ポールトゥギス王国の外交一切を任されたお方。王国に交渉を求めるならば、まずはブロア卿から接触するのがよろしいかと思います。」
「そうですか。ところで、そのブロア卿にはなにかご趣味のようなものはあるのですか?」
「はい、そういえばブロア卿は、花瓶や壺を集める趣味があると有名です。接触の際には、そのような土産物があると、何かと近づきやすいかもしれません。」
「なるほど……参考になります。」
とまあ、この調子で王国の王族や貴族の話を広報官に提供していた。
こうして、午前中いっぱいかけて、広報官はクラウディアさんから情報を得ていた。
「ちょっと長時間、話し込んでしまいましたね。ここらで休憩にいたしましょう。」
広報官が我々にそういうと、クラウディアさんは微笑んで立ち上がる。
とまあ、ここまでは比較的平穏に、事が進んでいた。
だがこの直後、ついにそれは起こってしまった。
クラウディアさんが立ち上がる。だが、椅子を引いた際に、そのパイプ椅子に足を引っ掛けてしまう。
つまづき倒れるクラウディアさん。私はとっさに手を出すが、間に合わなかった。豪快に後ろに転んでしまうクラウディアさん。
「だ、大丈夫ですか!?」
あまりに長時間、付き合わせてしまったことも要因だろう。疲労も重なり、あっけなく転ぶクラウディアさん。
そしてついに、私の前に再び「アナスタシア」が姿を現してしまった。