#13 公爵家訪問
で、気づけば、私が「クラウディア」と「アナスタシア」に出会って、2か月が経っていた。
今、私の目の前でファバーダを食べているのは、アナスタシアだ。
食事をしながら、私に尋ねるアナスタシア。
「おい、どうするんだ!?どうやって俺を『クラウディア』に戻す?また地上に行くか?それとも、甲板か?」
「どうしようかなぁ……私としては、このまましばらく、アナスタシアのままでもいいんだけどなぁ。久々にお前に会えたんだしな。」
「いやぁ、おめえ、そりゃあまずいぞ。またクラウディアがヘソ曲げちまうぜ。この間、謹慎中の7日間をずーっと俺のままで放置してたら、お前、しばらくクラウディアに口きいてもらえなかったじゃねえか。」
「……変な心配をするやつだな。そういうお前はいいのか?たまには自分のことも、主張しておいたほうがいいぞ。お前らは中で繋がってるんだから、それくらい折り合いつけとけ。」
「お、俺は、クラウディアがよけりゃあ、それでいいんだよ!別に、お前と一緒に過ごしたいとか、デートしたいとか、そんなことはちーっとも思ってねえからな!」
こいつは本当に、自分をごまかすということが苦手だ。そんなアナスタシアのことを、クラウディアだって重々承知している。1日くらい戻さなくったって、大丈夫だ。
さて、あのサン・アンポートの惨劇を目にした直後に王宮へ強行着陸したあの事件ののち、ポールトゥギス王国と連合の間には同盟が成立し、それに則り、王都のそばには宇宙港とその街が建設されている。
明後日には、いよいよ我々はその街に住むことになっている。長い駆逐艦での生活も、ようやくおさらばだ。
ポールトゥギス王国内で飢餓に瀕していた都市は、全部で23あることが分かった。その全ての都市に食糧支援が行われる。
地球655から運ばれる物資からも支援に回されたものがあるが、現地調達が一番早い。そのため、この星の他の国などから食糧の調達が行われた。
その食糧の運搬のため、クラウディアは地球655の運送業者と、彼女の知っている王国貴族お抱えの交易商人とを引き合わせるために奔走し、彼女なりに食糧支援をバックアップした。
同時に、農場建設も始まろうとしている。林を切り開き、近代的な大規模農場を作る。早期収穫な作物をまず作り、食糧や家畜の飼料として用いる。1年もあれば、食糧の安定供給は軌道に乗りそうだ。
結果、王国内の飢餓状態はなんとか脱し、人々も街に戻り始めている。資源確保のための鉱山開拓や農場建設のために、これらの街の人々が駆り出されることになっている。それにより雇用が生まれ、人々の暮らしをさらに豊かにすることとなるはずだ。
ところで、アナスタシアのあの「魔術」の実体が分かった。
やはり、我々と同じ高エネルギー粒子によるものだという。多少成分は違うようだが、ほぼ同じもので、威力も同等。まさに「ビーム」兵器そのものだと判明した。
だが、どうしてそんなものが生身の体から生成できるのかまでは不明なようだ。
謎の多きアナスタシアの魔術だが、こいつの性格はわかりやすい。それに、抱きつくと動けなくなるため、私にとってはとても扱い易い。
一方で、魔術など使わないごく普通の人間であるクラウディアはというと、心の方が謎だ。気難しいというか、今でも時々アナスタシアに嫉妬してるようだし、私がセレーナ少尉と会話していても、文句を言うこともある。
喜んだかと思えば、突然機嫌が悪くなる。私を恫喝したかと思えば、急に泣き出す。喜怒哀楽が激しい。
しかし、嬉しいことがあると、満面の笑みで応えてくれる。この高貴な微笑みは、クラウディア最大の武器だ。アナスタシアにはない魅力。だから、私は結局、クラウディアのことも好きでたまらない。
まあ、そんな感じに私は、この2つの人格をうまく渡り歩いて過ごしている。
さて、まだ食事中のアナスタシアと私のところに、セレーナ少尉が現れた。
「レオン少尉、艦長が呼んでるわよ。」
「えっ!?艦長が!?」
「クラウディア……じゃない、アナスタシアさんも連れて、艦橋に来るように言われたわ。」
「なんだろうか?2人で来いとは、珍しいな。」
「そうね。まあ、そういうことだから。ちゃんと伝えたわよ。」
セレーナ少尉より艦長からの伝言を受けて、私とアナスタシアは食後に艦橋へと向かう。
「おお、来たな、レオン少尉。」
「何でしょうか、艦長。」
「ああ、オルレアンス公が、貴官を指名してなにか用があるそうだ。クラウディア殿とともに、哨戒機で直接屋敷の中庭にこられたし、ということだ。」
「えっ!?クラウディアと、でありますか?」
「そうだ。」
「でも、あの、クラウディアはオルレアンス公から勘当された身でして……」
「そんなことは分かっている。だが、先方がそう言ってきたのだ。私はただ、それを伝えただけだ。」
「はっ!では、レオン少尉、並びにクラウディアは、直ちに出発いたします!」
「ああ、そうだ、レオン少尉。」
「はっ!なんでしょうか?」
「……一応、先方は『クラウディア』と指名していた。『アナスタシア』から戻しておくのを忘れぬようにな。」
「はっ!承知しました!」
ああ、結局アナスタシアをクラウディアに戻すことになってしまった。まあ、こればかりは仕方がない。
で、私はアナスタシアを哨戒機に乗せ、出発する。
「1番機より駆逐艦1521号艦へ。これより発艦する。発艦許可願います。」
「1521号艦より1番機。了解、発艦許可了承、ハッチ開く。」
上空2万メートルに待機している駆逐艦のハッチが開く。アームによって、外に突き出される哨戒機。
下界を見ると、雲がほとんどない。清々しいほどの晴天なようだ。
「1番機、発進する!」
レバーを引いて、アームを解除する。空中に放り出された哨戒機は、そのままゆっくりと降下を続ける。
「高度18000!速力200!王都に向けて、順調に降下中!」
さてと、王都に向かう前に、まずアナスタシアを元に戻さないといけない。
「あーあ、せっかくアナスタシアと過ごせると思ったのに……」
王都の郊外の草原に降り、私とアナスタシアは哨戒機から降りる。私がぼやくと、アナスタシアが言う。
「おい、あんまりそういうことは、俺に聞こえるように言わないほうがいいぞ。クラウディアだって聞いてるんだからな。」
「分かってるよ。分かっちゃいるけど、せっかくアナスタシアと1週間ぶりに会えたというのに、もう戻さなきゃいけないとは……」
きっとクラウディアは拗ねるだろうが、それでも私はついついぼやいてしまう。
「じゃあ、行くぜ!」
そう言って、アナスタシアは右手から、あの魔術を放つ。
草原のど真ん中に着弾するその魔術。地面で激しく爆発し、土煙と草が舞う。
と同時に、アナスタシアは後ろに倒れる。それを、いつものように受け止める私。
両手で抱きかかえると、すぐに「クラウディア」が目を覚ました。
「……1週間ぶりの再会を、邪魔して悪かったわね……」
冷たく言い放つクラウディア。ああ、やっぱりさっきの発言、気にしていたのね。クラウディアの冷たい視線が痛い。
とはいえ、哨戒機に乗り込むと、クラウディアは次に向かう場所が気になって、それどころではなくなる。
「ああ……私も名指しで呼び出すなんて……お父様は一体、何を話すつもりなのかしら……」
不安なのは分かる。なにせ、あの反乱に向かう途中のオルレアンス公に会って以来、ひと月ぶりの再会である。
勘当が解除されたわけでもなく、何を言い出すのか皆目見当もつかない。クラウディアの不安は、よく分かる。
「大丈夫だ。何を言われても、私がそばにいるよ。」
私のこの言葉に、うなずくクラウディア。仮にそこでもう一度、勘当を言い渡されたところで、私と共に帰るだけのことだ。なにも問題はない。
オルレアンス公の屋敷は、王宮のすぐそばにある大きな屋敷だ。その中庭に、ゆっくりと降り立つ。
この哨戒機が降りられるほどの広い庭。さすがは、公爵家だ。
哨戒機の着陸とともに、執事が現れる。
「お待ちしておりました、レオン様とクラウディア様。旦那様が、中でお待ちです。」
私とクラウディアは、執事に案内されて、屋敷の中に入る。
古風なお屋敷。だがそこは、クラウディアにとっては2か月ぶりに帰る我が家だ。帰ってきたことがまだ信じられないようで、辺りを見回すクラウディア。
そして、私とクラウディアの前に、オルレアンス公が現れる。
「久しぶりだな。ひと月ぶりかな、レオン殿と、クラウディアよ。」
「はっ!」
私は敬礼し、短く応えるにとどまる。クラウディアは黙ってスカートの裾を持ち上げながら、頭を下げる。
「まずはレオン殿、そなたに礼を言わねばならない。」
「はっ!……って、何でしょうか、お礼とは?」
「私の反乱の種をなくす、そなたはあの時、左様に申しておったではないか。で、その通りになった。サン・アンポートの民の救済と、その後のそなたの活躍のことは聞いておるぞ。」
「はっ、ですがあれは、軍人としての職責を全うしただけでございます。別に褒められるようなことではございません。」
「そうか。そなたは謙虚だな……」
そう私に話した後、クラウディアに話しかけるオルレアンス公。
「ところで、クラウディアよ。」
「は、はい!」
「……今さらだが、お前の勘当を、解こうと思う。」
「は?お父様、それは……」
「再び、オルレアンス家に、戻るつもりはないか?」
なんと、公爵はクラウディアに、オルレアンス家への復帰を促す。それを聞いて、戸惑うクラウディア。
「い、いえ、私はもはやこちら側の人間。今さら、公爵家に戻るわけには参りません。」
「そうはいかん。一度、勘当を言い渡したとはいえ、そなたは私の娘だ。」
「で、ですが……」
「それにだ、私はそなたを、無位無官の者に嫁に出すつもりはない!」
一方的に勘当を言い渡したオルレアンス公は、今度は一方的に勘当を解き、しかも暗に私のところに戻すつもりはないと言い出すオルレアンス公。なんという父親だ、いくらなんでも、娘に厳しすぎだろう。
「……そうだ、レオン殿よ。そなたにもう一つ、話があったことを忘れていた。」
娘に厳しい一言を言い放った後に、今度は私に話を振る。なんなのだ、この貴族は。
「はっ、なんでしょうか?」
「うむ、そなたの功を称え、陛下よりそなたに、男爵号が与えられるとの通知があったのだ。それを言うのを、忘れておった。」
「は?だ、男爵、でございますか!?」
男爵といえば、もちろん貴族の称号だ。なんだって?私が、この王国の貴族に?
「この貴族街の南にある屋敷も譲ると申しておるそうだ。受けて損はないと思うがな。」
「は、はあ……」
「それにだ、さっきも言ったであろう。無位無官の者に、娘はやらぬと。せめて男爵以上でないと、我が娘には釣り合わぬ。」
ああ、つまり、男爵の話を受けよと暗に言っているのか。なんということか、外堀はすでに埋められてしまったようだ。
「はっ、では謹んで、お受けいたします!」
「左様か。ならば、陛下にご報告しておくとしよう。」
なんとまあ、この父親は最初からこの話を私にするために呼んだようだ。それを後回しにして、娘を恫喝するとは……なんとまあ、意地の悪いことだ。
「お、お父様……俺、いや、私は、あの……」
で、クラウディアが何かを言おうとするが、なんだかちょっと様子がおかしい。
妙に落ち着きがない。しかも今、俺って言わなかったか?
「ちょっと、失礼。」
私はクラウディアの両肩を掴む。
「ふわぁぁぁ……」
動揺するクラウディア……いや、この反応は、アナスタシアだ。
なんと、いつの間にかクラウディアからアナスタシアに変わってしまった。もしかして、さっきのオルレアンス公のあの一言に、動揺したためか?
「なんということだ。わしのあの程度の恫喝で『アナスタシア』になってしまうようでは、まだまだのようだな、クラウディアよ。」
アナスタシアに向かって話しかけるオルレアンス公。それを聞いて、ぎこちなく応えるアナスタシア。
「いや、あの、俺……じゃねえ、私は、親父……じゃなくてお父様に、此度のこと、感謝いたします!」
「おい、大丈夫か、アナスタシア……なんだかお前、ちょっと変だぞ。」
「しょ、しょうがねえだろう!俺は、親父が大の苦手なんだよ!」
小声でやり取りするが、その様子を見てオルレアンス公は笑い出す。
「はっはっはっ!いや、そなたは本当にあのアナスタシアを手懐けているようだな、レオン殿よ!」
「は、はあ……」
「いや、まさに娘の相手には相応しい。両方の人格と付き合える相手が、今までおらなんだからな。いやあ、正直言うと、クラウディアの貰い手がなくて困っておったのだよ。まさかこんなにあっさりと見つかるとはな!愉快愉快!」
えらくご機嫌だ。つまりオルレアンス公は、最初から娘を「アナスタシア」に変えるつもりで、あのような言い方をしてきたようだ。
そんなアナスタシアと上手くやっている様子を直接見て、安心したのだろう。
「と、言うわけだ。そなたには男爵号とともに、娘も受け取ってもらう。これでそなたも、オルレアンス家の外戚ということになる。今後とも、よろしく頼むぞ!」
「は、はあ。承知いたしました。」
なんだか、オルレアンス公にいいようにされた気分だな。さすがはクラウディアの父親だ。クラウディアよりも、はるかに上手だ。当のクラウディアも父親に手玉に取られて、アナスタシアにされてしまった。
結局、私はアナスタシアになった彼女を連れて、屋敷を出る。そのまま哨戒機に乗り、駆逐艦へと向かう。
「……そういえば、アナスタシアよ。」
「なんでぇ!」
「一つ、不思議なことがあるのだが。」
「なんだ、不思議なことって。」
「……お前って、ついさっきクラウディアに戻ったばかりだよな。アナスタシアから一度クラウディアに戻ると、一晩はアナスタシアになれないんじゃなかったのか!?」
「……それがよ、上手くいえねえけど、なんというかクラウディアのやつ……逃げやがったんだよ。」
「はあ?逃げたぁ!?」
「親父の怖さをよく知っているからな、クラウディアは。おっかないことになりそうだと、俺に人格を変えて逃げやがったみてえだ。」
「なんだそれ……そんなことができるのか。」
「いや、こういうのは初めてだ。だから焦ってるんじゃねえか!しかし、困ったなぁ……」
「何がだ?」
「いやあ、今の俺はよ、魔力の回復もなしにアナスタシアになっちまったからよ、全然魔力を感じねえんだよ!だから、今すぐには魔術が放てねえんだ。」
「それがどうして困るんだ?」
「だから!多分、このままじゃ一晩、クラウディアに戻れないんだよ!」
あ、こういう場合、そういうことになるんだ。ということは、どうあがいても一晩はアナスタシアと過ごすことになるのか。いいことを聞いた。
「なんだ、願ったり叶ったりじゃないか。クラウディア自身が逃げたのであれば、文句は言えまい。じゃあ思う存分、お前を堪能してやる!覚悟しろ!」
「ひええぇ……な、何をするつもりだよ……」
「そりゃお前、一緒に夕飯を食べて、部屋で映画観てだな……」
「な、なんだ。いつも通りじゃねえか……」
「そして、夜は……ふっふっふっ……お前をいじり倒してやる!」
「そ、それもいつも通りだけどよ……ひえええぇ!」
私は突然オルレアンス公に呼び出され、いきなり男爵号を賜るとの通知を受けた。
そして、クラウディアと一緒になることも認めてもらった。
で、一晩は元に戻ることのできないアナスタシアを連れ、私は意気揚々と駆逐艦に帰るのだった。