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#12 王都へ

「速力1000キロ!王都まで、あと5分!」


 交渉官に広報官、そしてクラウディアを乗せて、私は哨戒機を全速で飛ばしている。


「お……おい、いくらなんでも、飛ばしすぎじゃないのか……?」


 王都上空近くだと言うのに、速度を落とさない私に向かって、何か言ってくる交渉官。だが、私は御構い無しに最大速度で飛ばす。

 王都上空に差し掛かる。速力は全速のまま。高度は100メートル。

 ここで私は、機体を180度回転させる。そのまま、メインエンジンを使って逆噴射し、急減速をかける。


「ひえええぇ!」


 交渉官が叫ぶ。時速1000キロからの急停止だ。慣性制御により、いくら加速度を感じないと言っても、低空での急制動で生きた心地がしないようだ。

 それは、隣に座るクラウディアも同じ。だが、彼女は文句も言わず、私を信じて耐えてくれている。

 私は後ろ向きのまま、王宮上空に向かう。中庭めがけて、強行着陸する。凄まじいエンジン音を出しながら降りてくる哨戒機を見て、王宮の衛兵達が集まってきた。

 着陸と同時に、衛兵に囲まれる私の哨戒機。パニック状態の交渉官に向かって、私は言う。


「では、参りましょうか、交渉官殿。」

「おい、少尉!いくらなんでも、王宮への強行着陸はまずいんじゃないか!?」

「緊急事態です、致し方ありません。先ほどのサン・アンポートの惨状はご覧頂いたでしょう?」

「それはそうだが……」

「ああいう都市が、他にも存在するんですよ!一刻の猶予もないことは明白です!我々が動かなければ、誰が動くというのですか!?」


 半ば恫喝気味に交渉官に迫る私。しかし、交渉官は動こうとしない。


「にしても、無茶苦茶だ!強行着陸などしたら、今まで築いてきた信頼が台無しだ!少尉、この後始末はどうしてくれるんだ!」


 この期に及んでなお、自らの保身を図るのか、この交渉官は。それを聞いて私は、さらに意見具申しようとする。

 それを、横にいた広報官が制止する。


「待て、少尉。ここから先は、政治的な話だ。武官ならば、これ以上は自重したまえ!」


 広報官にまで諌められてしまった。なんということだ、これじゃあ、なんのために強行着陸したのか分からない。

 と思ったその時、その広報官が、意外なことを言い出す。


「交渉官殿。残念ですが、我々の方が彼らに裏切られたのです。むしろ信頼をないがしろにしたのは、王国側なのですよ?ここは強く抗議するべきでしょう!」

「は?なんだと!?」

「我々は、王国にあのような状況の街があることは聞かされていなかった。我々は、その事実を知った。抗議するには、十分すぎる理由があると思いますが。」

「な、何を言うのか!そんな理由で抗議などできるのか!」

「宇宙統一連合における文官の使命は、この星の住人の生命を保障することです。それが乱された現状を見せつけられた今、抗議するのは当然です。違いますか?」


 なんと、広報官は味方になってくれた。交渉官に向かって、抗議するよう意見する。その広報官は、私の方をちらっと見る。


「まあ、王宮への強行着陸、これはさすがにどうあがいても、謹慎処分は覚悟してもらわないといけないでしょうが……」


 ああ、やっぱり私には何らかの処分は下るんだ。新米パイロットにはきつい一言、この広報官の言葉に、少しクラっとした。


「だが、強硬な態度を示した今がチャンスですよ、交渉官殿!国王陛下相手に、強気に出るべきです!」

「だが、広報官よ……」

「なんですか!今さら引くのはあり得ませんよ!少尉の言う通り、一刻の猶予もないのです!戦争の全面停止、国民の生命の保障のためになんらかの措置をとるよう、迫るべきではありませんか!?」

「そう言われてもな……」

「これ以上躊躇うようでしたら、私が政府に直接報告しますよ!あのサン・アンポートの街の悲劇!私の目の前で亡くなった住人がいたことを!その上で、別の交渉官の派遣を具申します!それでいいのですか!?」

「わ、分かった!今から国王陛下に抗議すればいいのだろう?分かったから、政府への直接報告はやめよ!」


 広報官もあの惨状を目の当たりにして、なお動こうとしない交渉官を見て、さすがに腹に据えかねたようだ。交渉官を責め立てる広報官。


「では、参りましょうか、交渉官殿。少尉、我々はこれより王宮に向かう。援護を頼む。」

「はっ!」


 私は敬礼し、哨戒機のハッチを開ける。まずは私が外に出る。続いて、広報官が出てきた。


「おい!ここをどこだと思っている!陛下の在わす王宮に、かくも強引に、無断で降りてくるとは、言語道断だ!」

「我々、地球(アース)655政府は、その陛下に抗議するために来た。」

「な、なんだと!?」


 広報官のこの一言に、衛兵は抜刀し、身構える。私も、腰の銃を握る。

 一触即発のこの状態で、広報官は手に持った大型のタブレットを掲げる。


「あなた方は、このサン・アンポートの街の惨状を知っているのか!?あなた方と同じ国民が飢餓で苦しみ、こうして飢えて苦しんでいる現状を、陛下は放置しているのだ!反乱未遂も起きている!もはや、一刻の猶予もない!」


 そこには、先ほどのあの街の惨状が映し出されていた。痩せ細った人々、人気のない街の風景、そして、死にゆく子供の映像。これには、さすがの衛兵達も閉口する。


「このままでは、王国存亡の危機だ!そこを通してもらえないか!?」


 衛兵達は、広報官のために道を開けた。おそらく彼らも飢餓のことは聞いていたのだろうが、予想以上の惨状に、我々に道を譲らざるを得ないと感じたようだ。


「さ、参りましょうか、交渉官殿。」


 広報官は、遅れて下りてきた交渉官に声をかける。広報官は、私に言った。


「これより先は、我々文官の仕事だ。貴官らは、ここで待機せよ。」

「はっ!」

「大丈夫だ。絶対に交渉を成立させる。あの惨状を改善させるよう、約束を取り付ける。あとは我々に任せよ。」


 そう言って、まだ及び腰気味な交渉官を連れて、広報官は王宮へと向かっていった。


「あの方々だけに任せて、本当に大丈夫でしょうか?」


 待機する哨戒機の中で、クラウディアは呟く。私は応える。


「まあ、大丈夫だろう。交渉官はともかく、衛兵すら退けたあの広報官なら、きっと上手くやってくれる。」


 さて、結論から言えば、この日の夕暮れには、国王陛下に同盟成立と、それに伴う戦闘停止の条件の受諾、さらには多くの街の救済に乗る出すことを約束させることに成功する。


 そして私は、晴れて7日間の謹慎処分となった。


「あーあ……」


 翌日。私は、ベッドでふてくされていた。

 謹慎と言っても、この艦内でただ何もせず、じっとしているほかはない。同盟成立と引き換えとはいえ、私はすることがなくなった。

 そこに、ドアのベルが鳴る。私はドアを開ける。

 ドアの前には、クラウディアが立っていた。なぜか、たくさんの荷物を抱えて。


「あれ?クラウディア。なんだってこんなに大量の荷物を抱えてるの?」

「はい。私も、一緒に謹慎するためでございます。レオンさん。」

「いや、クラウディアは別に謹慎などしなくても……」

「何を言ってるんですか、いいから、入りますよ。さ、荷物を持って下さい。」


 私は枕とスーツケースを渡される。クラウディアは衣服を抱えて、クローゼットにかけ始める。


「あの、まさかクラウディア、ここで一緒に暮らすつもりじゃあ……」

「決まってるじゃないですか。一緒に謹慎するのですから。」

「いや、しかし……」

「何ですか、昨日、無謀にも王宮に突っ込んだあなたが、そんなにオロオロしてどうするのです!?もっと堂々となさって下さい!」


 と言いながら、クラウディアのペースでことが進む。

 うーん、こういうのも悪くはないが、共に暮らすと言うのなら、このままクラウディアに乗せられっぱなしというのも気に入らない。

 服を掛け終えたクラウディアが、ベッドのそばを通り過ぎた時、私はクラウディアをベッドに押し倒す。


「一緒に暮らすんなら、私がどういう態度に出るか、分かってるんだよな!?」


 たまには強気に出てやろう、ちょっとした、いたずら心でやった。

 だが、彼女に異変が起きる。


「……おい!馬鹿!いきなり何するんだよ!?」


 喋り口調が変わる。ああ、この口調は……しまったな、アナスタシアになってしまったようだ。


「……なんだ、たまにはクラウディアのやつをいじってやろうと思ったのに。」

「おい!そういうことは、ちゃんと断ってからやれ!いきなり押し倒されたら、こうなっちまうのは分かってるだろう!」


 抗議するアナスタシア。だが、よく考えてみれば、この方が好都合かもしれないな。


「しょうがないな。せっかくだから、この7日間、お前と過ごすか。」

「ば、馬鹿!さっさと地上に連れて行って、魔術を使わせろ!」

「いや、それは無理だ。私は謹慎中の身、哨戒機を飛ばせないんだ。」

「じゃあ、甲板に行って……」

「それも無理だな。」

「なぜだよ!」

「この駆逐艦、補給のために、これから宇宙に行き、戦艦ティルビッツに向かうんだ。」

「補給って、ついこの間したばかりじゃねえか!なんだってまた……」

「サン・アンポートの街で、食糧の多くを拠出したからな。この艦にはもうほとんど、食べる物がないんだよ。だから補給を受けるんだ。」

「ええ〜っ!?じゃあ、宇宙に行ってる間、どうするんだよ!?」

「しょうがないだろう。しばらくこのままだ。」

「いや、それならこの間みたいに射撃演習場とかいうところで……ふわああぁ!」

「謹慎中の私がそんな場所に入れてもらえるわけないだろう。いい加減、諦めろ。」


 アナスタシアに抱きつく私。こう言ってはなんだが、こういう憂鬱な時は、いじりやすいアナスタシアの方がいい。なんといっても、一度抱きつけば、あとはこっちのペースだ。


「おい!や、やっぱり俺、部屋に帰るわ!は、離してくれぇ……」

「嫌なこった。自分から乗り込んでおいて、今さら帰すものか!」

「それはクラウディアがやったことで、お、俺は関係……ふわぁぁぁ……」


 で、それから宇宙に向かい、戦艦ティルビッツの街に立ち寄り、補給を終えて帰ってきて謹慎が解けるまでの7日間、私はアナスタシアと過ごし続けた。

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