#11 飢餓都市
「今さら交渉案件の追加なんて、無理に決まっとるだろう!」
オルレアンス公との約束を果たすため、交渉官のところへ相談に向かった。が、開口一発、これである。
「しかし、実際に反乱が起ころうとしていたんですよ!」
「反乱鎮圧は、軍の仕事だろう?我々には関係ない!」
「反乱の原因を除くのは、政府の仕事ではないのですか!?」
「とにかくだ!なんの証拠もなしに、王国への要求を追加することなどできない!私が言いたいのは、それだけだ!」
結局、交渉官は私の話を何一つ、受け入れようとはしなかった。わずか10分ほどで、交渉官の部屋を追い出されてしまう。
「ああ、くそっ!」
私はイラついて、通路の壁を殴る。自らの無力さと、オルレアンス公との約束を守れなかったことに、腹立たしさを覚える。
「レオンさん……」
珍しく苛立つ私を見て、クラウディアが心配そうに見つめる。
そういえばオルレアンス公は、彼女の父親でもある。つまり、この反乱を抑えることは、彼女の父親を救うことでもあるのだ。
だが、所詮は配属されたばかりの新米パイロット。軍大学卒業したてのひよっこだ。老練な交渉官からすれば、そんな若造のいうことなどに耳を貸すはずもない。
「どうする……軍の上層部にでも相談できれば……しかし、相手は政府の高官だからな。どうするか……」
色々と考えを巡らせるが、所詮私のできることには限界がある。
部屋に戻って伏せる私。ブリーフィングの時間が近づいているが、動く気力も起こらない。
そこに、クラウディアが入ってきた。
「レオンさん!諦めないでください!」
突然、私に向かって発破をかけてくるクラウディア。
「諦めるなって言われても、どうするんだよ!」
「私に、考えがあります。」
「……考え?」
「ええ。交渉官殿は仰っていたではないですか。『なんの証拠もなしに、王国への要求を追加することはできない』と。」
「ああ、そうだが、それがどうしたんだ?」
「証拠をお見せすれば、いいんですよね?」
少し微笑むクラウディア。うーん、何か企んでいる顔だな、これは。
とりあえず、私をブリーフィングに送り出すクラウディア。しかし彼女、何を考えているんだろうか。あの口ぶりからすると、何か証拠でも持っているのだろうか?
パイロットと整備士とのブリーフィングが終わると、続いて交渉官、広報官との打ち合わせが待っていた。さっき私を恫喝した、あの交渉官と、である。
あまり乗り気ではない。だが、この打ち合わせにはクラウディアも出ることになっている。ほっとくわけにはいかない。
この打ち合わせは、4回目の交渉のための打ち合わせでもある。クラウディアは、王国貴族の内情コメンテーターとして参加している。
交渉官殿から、現状が報告される。
「第3回の交渉では、ポールトゥギス王国の軍事活動停止についてが主な議題でした。ただ、結論から言えば、彼らはこの要求を拒否してきたんです。」
なんとまあ、王国側は同盟交渉におけるもっとも重要な条件の一つである「地上での戦争停止」に合意していないというのだ。好戦派の国王だとは聞いていたが、我々との同盟交渉でもその部分を拒絶しようと考えているらしい。
なるほど、先ほど交渉官がお怒りだったのもわかる。戦争停止すら通らないのに、それ以上の要求など追加できるか、ということか。
「そこでだ、有力な貴族を取り込み、なんとか条約締結に向けて動きたい。そこで、クラウディア殿に意見を伺いたいのだが。」
なんだか、虫のいい話だな。要するに、有力貴族に頼ろうということか。
だが、この要請に対し、クラウディアはこう応える。
「お断りします!」
一瞬、会議室内が凍りつく。これまでは協力的だったクラウディアが、突然思わぬ発言をする。
「あの……クラウディア殿、なぜ、断るのですか?」
「あなた方は同盟交渉において、『戦争停止』の条件を緩めようと考えているように思えます。そのような考えに、私は賛同することはできません!」
「いや、そんなことはない!連合憲章には、地上での争いごとを禁ずると明確に書かれている!その条件を曖昧にして同盟締結をするなど、絶対にありえない!」
まあ、交渉官の言うことはその通りだ。なればこそ、有力貴族の協力を得ようと考えているわけだが、クラウディアはそれを承知であえてこんなことを言い出したと思う。
しかし、ここからどうするつもりだ?彼女は一体、どういう方向に話を持って行こうと考えているんだ?
「それにしては、昨今の王国の戦争のことを、あなた方はご存知ではありませんよね。そして、その傷痕も。そのような認識で、貴族に頼って戦争停止の条件を王国に突きつけるなどと言われても、私には絵空事にしか聞こえません!」
なんとまあ、強気に出たものだ。いつものこの打ち合わせの場のクラウディアとは、大違いだ。
「戦争の傷痕とは、どう言うことですか、クラウディア殿。」
「ご覧になったことがありますか?国王陛下が戦争を推し進めた結果、この国の中がどうなっているかを。」
「いや、王国側からは特に聞いていない。全土に渡り、平穏な国だと聞いている。」
「平穏ではないでしょう。父……いや、オルレアンス公が反乱を起こした話は、お聞き及びですよね?」
「ああ、聞いている。だがそれは軍の管轄であって……」
「なぜ、オルレアンス公が反乱を起こしたのか、その理由はご存知ないのですよね?」
「もちろんだ。」
「それこそが、この王国の悲惨な現実の結果なのでございますよ、交渉官殿。」
「……そう言われても、わかりかねますな、クラウディア殿。」
なんだか、交渉官との間が険悪になってきた。そこでクラウディアは切り出す。
「一度、サン・アンポートの街へ足をお運びいただくと、分かります。」
「サン・アンポート?」
「はい。かつて『サン・アンポート王国』だった城塞都市で、今はオルレアンス公の領地の一部となっている都市でございます。」
「……その城塞都市に、何があると言うのだ?」
「口ではとても申し上げられません。ですがそこに行けば、あなたは悠長に貴族を使って王国との交渉を攻略などしている場合ではないことが、すぐにお分かりいただけます。」
いきなりクラウディアは、ある地方都市の訪問提案を交渉官にしてきた。
「なるほど。よく分からんが、クラウディア殿とこれ以上の話をしたければ、そこに行けということなのだな。」
「御察しの通りです、交渉官殿。」
「分かった。行くだけ行こうじゃないか。それで、気が済むのであればな。」
こうして今回の打ち合わせは終わる。私とクラウディアは席を立ち、会議室を出る。
しばらく通路を歩いていると、突然クラウディアは私にしがみつく。
「はぁ……はぁ……こ、怖かった……」
冷静さを保っていたクラウディアが、震えながらしがみついてくる。
なんとまあ、交渉官と渡り歩いているようで、所詮は私と同じ年齢の若造だ。それが、精一杯抵抗してみせた。そりゃあさすがのクラウディアもおっかなかっただろう。
「いや、大丈夫だよ、クラウディア。あなたの言うことは、正しい。実際、交渉官殿は手取り早く同盟締結に向けて動こうとしている節がある。クラウディアの言う通り、妥協に走らないとは限らない。」
「そ、そうですよね……でも、私はお父様ほどの歳の男性に意見をするなど、大それたことをしてしまいました……」
ああ、そうか。前回は同じようなことをやらかして、勘当されたばかりだったな。
「大丈夫だ。文官殿がどう言おうが、我々武官は民間人であるあなたを守る義務がある!これは、たとえ文官相手でも絶対に譲らない、我々の義務だ!」
「はい、ありがとうございます、レオンさん。頼りにしてますよ。」
それにしても、こういう類のプレッシャーでは、アナスタシアにはならないんだな。陛下に意見を具申した時も、アナスタシアにはならなかったようだし。
どうやらある程度の緊張状態にある時は、あの人格は現れないみたいだ。どちらかというと気が緩んでいるときの衝動で、アナスタシアが現れるようだな。まだまだ彼女には、謎が多い。
ともかく、我々はその日の午後に、サン・アンポートという街へと向かうことになった。
「北緯38度2分30.955秒、西経2度15分43.594秒。サン・アンポートの位置情報の入力、完了!いつでも発進できます!」
「よし、では行こうか。」
交渉官のこの合図で、私は無線で発進を1521号艦に知らせる。
「1番機より1521号艦へ!これよりサン・アンポートへ発進する!発艦許可、願います!」
「1521号艦より1番機!発艦許可了承、ハッチ解放、直ちに発進せよ!」
ハッチが開く。ロボットアームが、哨戒機をハッチの外に哨戒機を突き出す。私はいつものようにレバーを引いて、アームを解除する。
今度はほぼ真下にある王都ではなく、ずっと南にある街へと向かう。このため、スロットルを最大にする。
時速990キロまで加速する。この哨戒機のほぼ最大速力だ。
「飛行経路上に障害物なし、進路クリア!」
なお、機内には交渉官に広報官、そしてクラウディアが乗り込んでいる。
ところで、なぜサン・アンポートの街に向かうと言い出したのか?事前に私は、クラウディアに聞いた。
「でも、どうしてサン・アンポートなんだ?」
「王国は近年、南国に侵攻を進めていたんです。その最前線が、サン・アンポートです。しかし、長年にわたる戦さゆえに畑は荒れ果て、飢餓が進んでいると聞いてます。だから、そこへ行けばこの王国がもたらした惨状を、目にすることができると思ったんです。」
つまり、この都市の訪問で、交渉官に戦争だけでなく兵役と税負担によって引き起こされた現実を見せつけ、今の緩い交渉を加速させようと言うのだ。
彼女自身、以前から今の交渉官が気に入らないようだ。何かと権力者や有力貴族、商人の情報を聞きたがり、その人間を取り込もうとする。自らが前面に出ることを嫌っている感じさえ受けると言っていた。
しかしこの訪問で、本当に交渉官は動くのか?
クラウディアでさえ、サン・アンポートの惨状を目にしたわけではない。もしかしたら、戦争に嫌気がさした現地住人が、大げさに報告しているだけかもしれず、実際は大したことないのかもしれない。こればかりは、見てみないと分からない。
そんな不安を抱えつつ、30分ほどで、サン・アンポート上空に到着する。
上空から見ると、さほど大きな変化は感じられない。とりあえず、私は城塞都市の真ん中あたりにある広場に向かって降りる。
……妙だな、辺りにほとんど、人がいない。
交渉官も、この街の異変に気付いた。
「なんだここは?人が住んでおらんのか?」
「いえ、そんなはずはありません!ここは2万人が住む街のはずです!」
2万人といえば、ほぼ戦艦ティルビッツの街と同じ人口じゃないか。もっと賑わっていてもおかしくはない。だが、誰も見当たらない。
ここは表通りで、多くの店が並ぶが、どこの店も品が並んでいる気配がない。
私は、ある店の中へと入った。だが、扉を開いた瞬間、猛烈な臭いが私を襲う。
その臭いの原因は、すぐに分かった。
これはいわゆる「死臭」だ。
腕で口を覆いながらその強烈な臭いに耐え、奥を見る。店の奥の椅子には、ほぼ白骨化した人が座っている。その足元の床には、2、3人ほどが倒れている。
それを見たクラウディアも絶句する。
これは……想像以上だ。すでに、とんでもないことになっていた。
他の店の中も見たが、似たような状況だった。誰もいないか、白骨化した死骸があるのみ。生きている人が、まったく見当たらない。
「……誰かいないのか?どこかに生存者はいないか?」
私は裏通りに向かう。しばらく歩くと、たくさんの人が集まっているのを目にする。
そこは裏通りの小さな広場。皆、やせ細った人々ばかりだ。だが、彼らはまだ生きている。なにやら、大きな鍋を囲んで座っている。
「おい!」
私は叫ぶ。一人が振り返り、私に尋ねる。
「……誰だ、お前は?」
「地球655という星から来た者だ!皆、ここで何を……」
「やっと食糧が手に入ったから、ここで皆、並んで待っているんだ……」
どうやらこの辺りで食べられそうなものを探し出しては鍋に入れて、それを食べてどうにか命を繋いでいるらしい。
だが、中はおよそ、食べ物と言えるものではない。雑草のようなもの、昆虫のようなもの、そしてネズミのような小動物、そんなようなものが雑多に集められて、鍋に放り込まれている。
これを見た交渉官は絶句している。想定外の光景に、すっかり思考停止しているようだ。
「交渉官殿!」
私は叫ぶ。その声に、しばらくして応える交渉官。
「……な、なんだ?」
「なんだじゃありませんよ!これは緊急事態です!!すぐに救援物資の要請を!」
「ああ、そ、そうだな……少尉、駆逐艦1521号艦に連絡だ!補給物資の一部を、直ちにここへ!」
交渉官の要請を受けて、私はすぐに駆逐艦に連絡する。とりあえず、1521号艦が駆けつけることになった。
30分ほどで、駆逐艦1521号艦が到着する。突然現れた全長300メートルの巨大な空飛ぶ船に戸惑いつつも、もはやここの住人は慌てふためく元気すら残っていない。
「おい!しっかりしろ!すぐに食い物を食わせてやるからな!」
と叫ぶのは、クラウディア……ではなく、アナスタシアだ。さっき、餓死者を目にした時のショックで、人格が入れ替わってしまったようだ。
が、こんな事態の際は、アナスタシアの方がいい。着陸する駆逐艦から運び出された釜の設置を手伝うアナスタシア。
全部で3つの釜が並べられる。それぞれにロボットアームがついており、自動調理を始める。
釜の中は、粥が茹でられている。
「なあ、レオンよ。なんだってこんな粥なんて薄い料理を作ってるんだ!?」
「長いこと食事していない人に、普通の食事を与えると胃腸に負担がかかる。だから、飢えた人々には、あえてこういう料理を与えるんだ。」
「はぁ……なるほど、そういうことか。」
こうして、出来上がった料理を生き残った住人達に配るアナスタシアや乗員達。
だが、ここにいる住人を数えても、せいぜい1千人ほどしかいない。
聞けば、多くは街を逃れ、別の場所へと去って行ったらしい。が、行くあてのない住人だけが取り残され、その多くが餓死して、一部の人間がなんとか生きてきた。
が、我々が駆けつけ、ようやく食事にありつけるこの時に至っても、悲劇は起こる。
「坊や、食べ物だよ……さ、食べておくれ。」
母親が、やせ細った子供を抱きかかえて、その粥を与えようとする。が……すでに遅かった。
その子はもう、絶命していた。ピクリとも動かないその子供を揺さぶる母親。
だが、当然もう、動くことはない。泣き崩れる母親の姿を、ただ見守るしかない私。
私は悔やんだ。あと1日、いや、半日早ければ、この子を救えたかもしれない。
なぜ、どうしてもっと早く、動かなかったのだろう、と。
同じことを、アナスタシアも思っているようだ。彼女は突然、街の中心部の広場に向かって歩き始める。
「お、おい!アナスタシア!どこに行くんだ!」
だが、彼女は私の呼びかけに応えることなく、すたすたと広場へと向かう。そして、広場の真ん中にある銅像の前で立ち止まった。
それは、国王の銅像だった。ここが、ポールトゥギス王国の一部となったことを示すために建てられた像である。
その像に向かって、アナスタシアは右手を向ける。
右手の先端から、あの青白い光が光り始める。
「ち……ちっくしょーーー!!」
アナスタシアの叫び声とともに、魔術が放たれる。青白い光の筋は、まっすぐ銅像に向かう。
ドーンという地響きのような音とともに、銅像は爆発四散する。粉塵が舞い上がり、像は粉々に砕ける。
と同時に、アナスタシアは倒れる。私は走り寄り、アナスタシアを受け止める。
アナスタシアの魔術を受けた銅像は、土台の一部を残して跡形もなく吹き飛ばされてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
私は、声をかける。すぐに、彼女は目覚める。そして、「クラウディア」に戻るや、彼女は私に言う。
「……王都に、行きましょう。」
「えっ!?王都!?」
「サン・アンポートだけじゃない、こんな街が、王国のいくつもあると聞いてるわ!このままじゃこの国は、大変なことになる!」
そうだ。考えてみれば、ここは悲劇の一部に過ぎない。
今でも王国内の他の街でも、同様の悲劇が続いているはずだ。もはや、一刻の猶予もない。
私は、交渉官を呼びに走る。こうなったら、力づくでも国王には現実を知ってもらい、この悲劇を食い止める他ない。
新米パイロットと、勘当された元公爵令嬢の戦いが始まった。




