表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

トニオふたたび ~ヴェネチアにて~

 結婚式は、人前式とし、レストランで皆に囲まれ、幸せに終えた。

 本当に東先輩達にも出席してもらい、千葉さんはじめ音楽事務所の皆さんや、谷也さんのお友達の佐々木優治さんや、伴奏の須田さん、理美さんにも、もちろん祝福してもらった。

竹野先輩には、

「こんなイケメン捕まえて、自分から、苦労背負うようなもんだわねぇ。まぁ、牧原さんは昔から、ややこしいシステム開発のほうが、燃えてたもんねぇ」

 と、励まされたのか、あきれられたのか分からない言葉をもらい、前川先輩にも

「そう、そう。組むプログラムも、マニアックだったわねぇ。構造化する前は、それでよく怒られてたものね。皆が分かりやすいロジックにしろ! って」

 と、大いに昔話に花が咲いた。

「ねぇ、よく分からないんだけど、僕がややこしくて、マニアックって言われてるの?」

 と小声でいぶかる谷也さんを

「いえいえ、イケメンだって、褒めてるんです」

 と宥めすかしたりして、楽しく過ごした。


「カリリン、新婚旅行、イタリアに決まりそうだよ」

 谷也さんがそう言ったのは、それから1ヶ月程過ぎてからだった。谷也さんのスケジュールが一杯で、旅行は全く考えていなかった。

「前園さんのとこで、ドタキャンが入ったらしい。『連隊の娘』で呼んでくれるって」

 固まった……。

「本当に……? 本当に!?」

 手を掴んで、思わず確認する。微笑んで頷く谷也さんの首に、思わずしがみつく。ぅわー!

 とうとう! 本当に! 世界のテノール「谷也修二」が、実現する!


 前園さんは、ヴェルディのレクイエムの時の指揮者だ。今年からイタリアのヴェネチアのオーケストラの常任指揮者に就任していた。谷也さんのトニオを画像で見て、代役として急遽呼んでくれるのだそうだ。

「よかった。ほんとに、ほんとに、おめでとう!」

「一緒に行こう。まだまだ、見たことがない景色、いっぱいあるから。僕が、連れて行く」

 手を取って誓ってくれた。


 本番は2週間後である。手続きを済ませて、2日後に出国した。パスポート残ってて、良かった……。

 既に、現地での合唱練習や舞台稽古等は、進んでいる。キャンセルした歌手の稽古風景の画像と、同じ演出の、前回の本番映像が送られてきていた。移動の飛行機の中では、谷也さんはそれを見続ける。頭に入れてしまわなければ、間に合わない。


 一日も早い現場入りを打診されていたが、どうしても一日だけ、以前から師事している、イタリア在住の咲先生に見てもらいたいということで、一旦マントヴァで一泊することになっている。


 咲先生は、日本で音大を卒業後イタリアに留学し、現地の弁護士と結婚して1児を儲けている。本人はピアニストとして活躍したわけではないのだが、コレペティとしての才能が認められ、日本からの留学生や、現地の声楽家に教えているのだそうだ。教え子が活躍し始め、彼女の評価も高くなってきているらしい。


 ミラノに到着後、その足でマントヴァまで鉄道で移動し、先生のご自宅に向かった。時差の関係で声を出すのが危ぶまれたが、谷也さんは大丈夫と言っている。先生も、そこのところは良く分かっていらっしゃるだろうから、私が心配しても仕方がない。ついて行くだけだ。


 咲先生は真っ赤なドレスを着ていた。胸の深く開いたフレアースカートのワンピースなのだが、長い巻き髪にすらりとした体系のその人が着ていると、それはやはりドレスと言わざるを得ず、すごいオーラに圧倒された。


 到着した早々、打ち合わせが始まる。

「劇場付のソロコレペティと、練習する時間はあるのか?」

「分からないんです。ソロ合わせはできるようですが、立ち稽古はもう随分進んでいると思われるので」

「ふん。そうか。じゃ、まずは聞かせてもらおうか」

 という先生の合図とともにレッスンが始まる。最初に、谷也さんの歌をひと通り確認した。


「随分、歌が変わったな。こんなに、愛の歌が歌えるようになったとはね。あの、谷也君がねぇ」

 と、なにやらデスられているように見えるが、本人はさっぱりした顔で「そうですか?」と答えていた。

 テキストの子音の位置や、フランス語の発音の修正、音符の長さの調整や、和音の再確認、オケとの音でのコミュニケーションを取る位置など、テクニック的な指導が始まり、レッスンが順調に進んでいく。

 焦っていた気持ちが、落ち着いていく。


 ご自宅のレッスン室はかなり広く、私は、ピアノと少し離れている応接セットに収まっていた。咲先生は、猫を一匹飼っている。その子が足元にまとわりついてきて、人懐っこい。静かにモフモフしていると、

「めずらしいな。その子はなかなか人には触らせないんだが」

 と、先生から声を掛けられて、驚いた。

「家で猫でも飼っているのか?」

 と谷也さんに聞いている。

 先生の日本語は、なにやら男っぽい。きっと、もうイタリア語の方が長いせいだろう。その代わり、簡潔で意志がしっかり伝わる話し方をされる。

「へぇ~、特別に触らせてくれてるの?」

 と小声で猫に聞けば、ニャ~その子は答えた。

 2人は少し休憩時間を取っているようだ。


「ところで、谷也君は彼女に何回逃げられたんだ?」

 と、私の顔を見ながら、谷也さんに突然聞く。

「……」

 私は、目をパチパチしてしまった。

「2回、いや、3回かな」

 谷也さんが答えている。

「えぇ!? どゆこと? 訳が分かりませんが……」

 谷也さんを見て、私は目で訴えた。

「ハハ、本人は逃げたつもりはないらしいよ」

 咲先生が笑いながら言っている。私にも分かるように、先生がお話してくださった。

「つまりだ。彼がこれほど愛の歌が歌えるようになったのは、それを経験したからってこと。失うかもしれない恐れがなければ、2幕のアリアは歌えないし、手に入れたときの喜びを知らなければ、1幕の重唱もアリアも歌えない。ねぇ」

 谷也さんに同意を求めれば、

「はい」

 と微笑みながら答えている。思わず、もう一度、谷也さんの顔を見つめてしまった。

「彼女がいたから、谷也君の歌は変わったってことだな。まぁ、これは手放せないな。よかったじゃないか、結婚出来て」

「はい」

 谷也さんは、少しテレながら答えている。……う~ん、きっと先生の勘違いだと思います。

 ニャ~と猫に合いの手を入れられ、笑いと共に2人はレッスンに戻った。


 今回の「連隊の娘」は、ダブルキャストである。そのうちの1人がキャンセルしたのだ。6日間の公演のうち、3日ずつ主要キャストを交代して演奏する。これは、歌手にとっては、大変負担だ。否応なく比較されるのだ。

 トニオのダブルキャストは、イタリアの新人ロレンツォである。こちらも、前園さんが選んだ歌手だそうだ。

 もちろん、「自分のできることを全力でやるだけ」主義の谷也さんにとっては、大きな問題ではないように思われるが、やはり気に掛かるのは当たり前である。

 ヴェネチアに移動した日、そのロレンツォの、舞台稽古を見た。

 彼のレパートリーも、ロッシーニやドニゼッティを中心としていて、いわゆる、「レジェーロテノール」である。完全に、谷也さんとキャラクターがかぶっている。やはり、イタリアにはこんな人が何人も存在するのである。


 曲が、始まった。とても、いい声だ。張りもあり、若いため多少の無理も利く。アクートも綺麗に開いている。少し力で押すきらいはあるが、後半になれば整ってくるだろう。

 トニオの「友よ、楽しい日よ」が始まる。2点Cは、どうなのか……。ヒヤリとした。ほんの一瞬引っ掛かったが、それは一瞬のことで、その後は綺麗に出し切った。

 最初は、椅子にもたれて聴いていた谷也さんが、途中から前のめりの姿勢になっていた。口に拳をあて、真剣な眼差しだ。瞬きすら、していない。多分、私がいることも忘れている……。


 曲が終わる。谷也さんは小さく息を吐き、しばらく後に、背を椅子に戻した。


 そっと、隣から谷也さんの手を取る。一瞬驚いてこちらを振り向いたが、改めて私がいたことを思い出したようだ。優しい笑顔になった。

「相手に不足はないようね……」

「ああ」

 と一言答えた谷也さんは、繋いだ手に力を込める。

「僕のできることを、全力でやるよ」

 とまっすぐ前を見つめる。私は、手を握り返して「信じている」と伝えた。


 その夜、隣で谷也さんが、寝返りを何度も打つ。

 日本時間で言えば、今は朝の7時である。1日徹夜したのと同じだ。しかも移動中ずっと勉強をしていて、ほとんど睡眠をとっていなかったのだから、すぐにでも寝られるはずなのだが……。

「寝られない?」

 こちらに寝返りをうって、体を向ける。

「さすがにね……。ちょっと、頭が休んでくれないらしい」

 と、微笑んでいる顔が、不安げだ。

 そっと谷也さんの頭を撫でる。ゆっくり、ゆっくり。頭や顔の筋肉をほぐすと、少し眠りに近くなる。手の動きにあわせて、顔の力も抜いてもらう。目も閉じたまま。

「ん、楽になってきた……」


「ねぇ……、谷也さんなら、大丈夫……。必ず、上手くいく」

 谷也さんは、黙って聞いている。

「だって、谷也さんが成功して、舞台の上で、笑顔で、何度もアンコールに応えてる姿しか、想像できないもん……」

 本当だ。

「こっちに来て、皆の声を聴いて、素敵なイタリアのイケメンさんも、いっぱい見たけど」

 ここで、谷也さんがクスッと笑う。

「やっぱり谷也さんが1番。その声も、笑顔も、演技も、谷也さんは世界級です。安心して……」


 目を閉じて聞いていた谷也さんが、少しだけ、そっと目を開ける。

「カリリン。もうカリリンも『谷也さん』だよ」

 そのまま、また目を閉じる。

「ひゃっ、またやっちゃった」

 なかなか、名前で呼ぶことができない。やはり、15年は長いのだ。

「じゃ、練習するから、付き合って」

「うん……」

 そっと撫でていた手を止めた。

「修二さん」

「はい」

 ゆっくり、谷也さんの呼吸に合わせて、ささやく。

「修二さん」

「はい」

 愛を込めて。

「修二さん」

「……はい」

 静かに。

「修二さん」

「……」

 ゆっくり、谷也さんが眠りに落ちてゆく。そっと、手を繋いで、身を寄せる。手があったかい。

「大好き……」

「……ん」

 谷也さんの体の力が、抜けていく。ほんのひと時の戦士の休息です。ゆっくり、休んで下さい。


 初めてのオケ合わせである。やっと、ロレンツォに追いついた感じだ。私もリハーサル室の隅の方で見学していたが、途中休憩になり、谷也さんに呼ばれた。

 マエストロの前園さんと、初めて挨拶を交わした。小柄で、一見優しいおじさん風なのだが、やはり一歩踏み込めない強いオーラに包まれていた。


「奥さん? 初めまして、前園です。ん~、どこかで、お会いしたことがありましたか?」

 すごい。ヴェルレクで一度帰り際に挨拶しただけなのに、記憶の片隅にあるのだろうか? 谷也さんといい、こういう人たちの頭の中はどうなっているのだろう? などと、凡人の頭で考えながら、挨拶した。

「花梨と申します。この度は呼んで頂いて、本当にありがとうございました。どうぞよろしくお願い致します」

 なかなか「主人がお世話になっています」とは慣れてなくて、言えません。ごめんなさい、ご主人様。


「花梨さん……? ん~、あぁ、カリリンさんね」

 と、突然思い出したようにマエストロがおっしゃった。思わず谷也さんと2人で、顔を見合わせてしまった。

「それ、どっからの情報ですか?」

 谷也さんが慌てて聞く。

「高橋さんだよ、ヴェルレクの時の。あの時、谷也君ちょっとまずかったんだよね」

 今更のようにおっしゃる。さすがに、分かっていらっしゃったのねぇ。

「それが、第3曲で奇跡の復活だったから、ちょっと驚いたんだよ。本人に聞こうと思ってたんだけど、確か2人で早く帰ったでしょ」

 と、これまたスラスラとおっしゃる。本当に、すごい記憶力だ。

「高橋さんからね、谷也君にはものすごく強力なサポーターがいて、その人のお陰であの復活だったって聞いたんだよ。それが、『カリリンさん』ってね」

 はぁ~、ビックリする情報をお持ちです。


「で、どんな方法であの復活劇は叶ったのかな、奥様」

 お茶目な顔でお聞きになった。ちょっと困ったが、しょうがないので「…企業秘密です」と、答えておいた。谷也さんも笑っている。

 前園さんは、おやっという顔をされた後、とても楽しそうにおっしゃった。

「では、トニオで確認させてもらいますよ」


 晴れ男の谷也さんを祝福するように、眩いばかりの星空の初日となった。


 日本とは違う、オケの音がする。日本の音を「端正」と表現するならば、このオケの音は「生きている」と言うべきだろうか。前園さんのタクトに呼応し、歌手たちの声に寄り添い、ある時は引っ張っていく。呼吸をするように歌を受け入れているのだ。まるで、ピットから舞台の隅々まで見えているかの様な演奏だ。これが「イタリアで歌う」ということなのだろう。


 ダブルキャストの前半が、谷也さんだった。トニオが舞台で縦横無尽に躍動している。とても、2週間で身に着けたとは思えない、自然で力強い演技だ。連隊の皆と絡み、マリーと愛を交わす。

 このマリーが、またとてつもなく良い。オーストラリア出身の、エレナだ。コロラトゥーラは当たり前のようにこなすが、なんといっても物腰が、知的に情熱的なのだ。だけど、トニオの前ではべらぼうに可愛くなる。連隊の皆が、もう2人を許さなければしょうがないと思わせるほどの、愛おしい演技である。

 これは、本人の持っているキャラクターの一部なのだろう。それが、谷也さんのトニオを更に情熱的にする。とても、すばらしい相手に恵まれたと言わざるを得ない。


 「友よ、楽しい日よ」も、日本の時よりさらに力強さが加わっている。咲先生のアドバイスにより、力を抜く場所ができ、全てで声を張り続けなくなったので、肝心な時に強く歌えているのだと分かる。

 オケが谷也さんのフェルマータに合わせて終わった、と思うほんの1拍あとまで、圧倒的な声量で歌い切る。息が長い。これも谷也さんの強みのひとつだ。そして、その1拍が、観客のブラボーコールを誘発する。続けて会場が、爆発する。


 その熱狂ぶりは日本の比ではない。谷也さんが、胸に手を当てて挨拶を繰り返す。次の演技に移ろうにも、ブーイングまで出る始末。結局ここでも、劇中にも関わらず、アンコールが歌われて、観客を歓喜させた。

 なんて、誇らしい笑顔なのだろう。こんな日が本当に来たのだと、胸がいっぱいで、ただただ、拍手を送り続けた。


「今回特筆すべきは、見事なオクターヴCばかりではない。何より、第2幕のアリアの切なさが、胸に強く響くのである。彼の魅力は、あの抑制された情熱を、均整のとれた力強い艶のある声で、我々に訴えかけてくることだ。「愛を歌う」それが、今回日本から来たSyuuji Taniyaによるトニオである。明日からのトニオは、どう太刀打ちするのか、楽しみである」と、批評がUPされることにより、谷也さんの成功が確約された。

 千葉さんが飛び込んできて教えてくれた時、皆で手を取り合って喜んだ。


 後半のロレンツォによるトニオも、大きな破綻なく歌われた。が、2回程Cが割れた日があった。なので、劇中のアンコールも当然されなかった。まだ若いこともあり、やはり力で押してしまうことを制御しきれなかったことが、大きな原因だろう。

 しかし、それは「失敗」とまでの批判には至らず、彼のトニオもまずまずの好評を得ていた。それでもやはり、谷也さんの歌う愛のアリアの評価を超えるものは、聞かれなかった。


 これが、ダブルキャストの怖さである。次のオファを確信しつつ、千葉さんは意気揚々と、先に帰国した。今回の成功を日本でプロモートすべく、「忙しくなるな」とこぼしながら。


 最終日の演奏後、2人で楽屋を訪れた。前園さんにお会いした際「今回は、谷也君とカリリンさんの勝利だな」と耳打ちしてくださり、2人で破顔した。また、一緒にやろうと言っていただき、楽屋を出た。

 

 もう1人、どうしてもお会いしたいと谷也さんにお願いしたのが、マリー役のエレナさんだ。舞台を見ていて、この人には間違いなく愛する人がいると確信した。でなければ、あんな風にトニオとの愛を、演技で表現できない。愛することも、愛されることも、十分に知っていて、それが自然ににじみ出ているのだ。谷也さんに聞いてみたら、やはり、昨年夏に彼女も結婚したばかりだという。


 彼女達も、最後の挨拶に楽屋に来ていた。

「あなたが、Syuujiのマリーさんね。キュートだわ」

 と、会った途端にハグされる。本当に、可愛らしい人だ。隣には、旦那様が寄り添っていた。彼女のために休暇を取って、オーストラリアから聴きに来たとの事だ。

 谷也さんも、その旦那様としっかり握手をしていた。とても知性的な男性である。エレナと、お似合いだ。

「本当にSyuujiとは、お芝居がやり易かったの。優しいハズバンドね」

 と言われ、

「今回のマリーがあなたでよかった」

 と拙い英語で伝える。

「彼は、あなたをとても愛しているわ」

 と耳打ちされ、顔が赤くなる。思わず谷也さんを見てしまったが、訳が分からない谷也さんは「何?」と首を傾げている。

「あなたも、旦那様をとても愛してらっしゃいますね」

 と返すと、彼女は天使のような笑顔で微笑んだ。

 私もエレナさんの旦那様と握手をし、また必ず「連隊の娘」で会いましょう、と分かれた。


 と、そこへポメラニアンを連れた、綺麗なイタリア女性がやって来た。

「うわっ、楽屋に『犬』ですか~」と、驚愕していると、ダブルキャストのロレンツォの部屋に入っていく。と同時に、彼女の叫び声がこだました。

 イタリア語ですごい剣幕で彼にまくし立てている。「da mangiare」とか、「cagnolino」とか聞き取れるのだが、よく分からない。

 演奏会が終わり、ロレンツォもかなり疲れていると思われるのだが、美しいイタリア女性は容赦しない。言うだけ言って、憤懣やるかたないといった風情で、楽屋部屋から出ていった。開け放たれたドアから、中をそっと覗くと、ロレンツォがぐったり、うなだれていた。


「うわ~、アリーチェが来たんだ。彼女なんだよ、ロレンツォの」

 と教えてくれたのは、何事かと自分の楽屋から出てきた前園さんだった。気の毒そうに、ボソッと言う。

「今日、犬のエサ、あげるの忘れたでしょー!」

 と叫んでいたらしい。


「僕の奥さん、カリリンでよかった……」

 私の手を繋なぎながら、谷也さんがこっそり呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ